ひとりから始める組織変革(滝口健史:スコラ・コンサルト)
人類の長大な歴史から組織モデルの進化に迫る『ティール組織』。各界のリーダーや研究者はこの本を読んで何を感じたか。組織コンサルタントとして様々な企業の組織課題解決を支援してきた滝口健史さんが語る。
ひとりのメンバーが会社を変えるのは、本当に不可能なのか
経営者に「ティール」の世界観が備わっていない時に、ミドルマネージャーやひとりの社員が組織をティールに変容させることは「無駄な努力」「最初から負けゲーム」である。そう本書には書かれています。
経営者の影響力が絶大であることは間違いありません。しかし多くの人は、一社員として既にいずれかのパラダイムで運営されている組織に所属しています。「経営者次第だから仕方がない」とあきらめないで、ひとりのメンバーが会社を変えていくことは、本当に不可能なのでしょうか。その可能性はある、と私は考えています。
私が所属するスコラ・コンサルトは、企業の変革を支援する会社です。対話を通じて「会社を変えたい」という社員の思いを引き出し、志のある人たちをつなげます。そうすることで変革のダイナミズムが生まれる「プロセスデザイン」を実践しています。その方法は「ティール組織」の3つの特徴である「全体性」「存在目的」「自主経営」とかなり共通していると私は感じています。
以下では、ある自動車メーカーの変革事例をもとに、ひとりのメンバーが会社を変えていく可能性を考えたいと思います。
「全体性と存在目的を問う」対話の場をつくる
その会社は、やらされ感の強い品質管理活動によって社員が疲弊していました。一人ひとりが自部署のことだけを考えて、部署同士の連携がとれていない典型的なサイロ組織。業績は低迷し、高コスト体質に悩んでいました。
そんな会社の現状に危機感を抱いたひとりの部長が、変革活動を行いたいと社長に手紙を書く。これが組織変革の「はじめの一歩」でした。その後、社長やその他の信頼できるキーマンを私たち組織コンサルタントと引き合わせ、会社公認の対話の場が開催されていきます。
まずは課長層に呼びかけて、問題意識を強くもつ人たちが自発的に集まりました。
私たちが対話をコーディネートする際は、言葉にならないモヤモヤとした悩みや思いに耳を傾けることで安心して話せる環境をつくります。すると最初は不平不満が噴出。それが出尽くしたあたりで、今度は「どんな会社にしたいと思っているのか」「改革は自分にとってどういう意味があるのか」と問います。
組織のあるべき姿を客観的に考えるのではなく、一人称の視点で青臭く語り合うところがミソです。次第に、目先の利害対立を超えて共通の目的が浮かび上がり、その目的に向かって協力し合える関係になることで、チームのエネルギーが高まっていきます。
このように、日常の仕事モードから離れて、自分らしさや弱さをさらけ出すことで信頼関係を築くプロセスは、ティール組織の「全体性」と共通します。また、チームで目的を生み出し、それが判断の指針となるところは「存在目的」と似ていると思います。
「自主経営を育む」コアネットワークを築く
課長層を中心に始まった対話の場は、中堅や若手が加わって彼らが本音を言うことで潮目が変わり、若いメンバーが50人加わったところで活動が一気に盛り上がりました。さらに、このタイミングで社長を招待し、一緒に話す場を設定することで、階層を縦断してネットワークが広がっていきました。
社長が参加する場であっても、この活動の原則は、あくまで自由参加。「2:6:2の法則」と言われるように、2割の先頭集団が会社の空気を変えれば、6割の中間層は後からついてくる。そう考えて核となる熱い集団の形成に力を注ぎます。
こうした強い意志を持って行動し、組織全体に変革を浸透させていくエンジンとなる人のつながりを「コアネットワーク」と呼んでいます。変化が次の変化を生み、組織内に新たな価値観が広がるネットワークです。
このネットワークには、意思決定者がいるわけではありません。指示命令はないので、メンバーは目的に照らして自分で考えて行動することが促進されます。たとえば社内広報活動をしたり、部署同士で意見交換会を実施したり。するとやがて、こうしたマインドが通常業務にも活かされるようになり、「集めた情報をもとに一人で決める」という自律分散的な価値観が組織内に定着していくのです。
このプロセスは、ティール組織が「自主経営」で実践している「助言プロセス」による意思決定と似ています。
「はじめの一歩」は、変革のスポンサーを見つけること
変革の仕掛け人やその活動に対しては、社内から否定的な反応が当然出てきます。いったん負のイメージがついてしまうとその後の挽回が難しくなります。また、現場で問題意識が顕在化するだけでは活動の火が消えかねません。そうならないために不可欠なのは、協力してくれそうなスポンサーを上層部に見つけること。スポンサーが活動の後ろ盾となることで、現場からの問題提起が全社の課題として位置づけられるからです。
コアネットワークを通じて人や情報の交流が活発になったこと、そして自分たちで自律的に考え行動するようになった結果、この会社では次の変化が生まれていきました。
社長プレゼン用に構想を練ったにもかかわらず、各自が仕事をするときの判断基準になっていなかった開発コンセプトを再議論。販売会社との接点を積極的につくっていくことで、社員に顧客視点が定着。上意下達でなく、一人ひとりが主体的な姿勢となって対話を重ねることで「不良品ゼロ」という難題を実現。
こうした社員の変化や活動の成果が明らかになることで、経営者の意識が変容することも十分ありえるでしょう。たったひとりでは大変革はできない。でも、ひとりのメンバーから始まった活動が組織に大きなうねりを生み出し、全社的な意識と行動の変容をもたらすことは可能だと思うのです。
ティール組織の3つの特徴とも通じる「プロセスデザイン」が、会社のパラダイムを進化させるかもしれない。そう思って「はじめの一歩」を踏み出す人が出てきたら嬉しいです。そうした方々と共に、私も変革プロセスを歩んでいきたいと思います。
滝口健史(たきぐち・たけし)
株式会社スコラ・コンサルト 組織プロセスリサーチャー。株式会社日経リサーチでマーケティングリサーチを行い、早稲田大学ビジネススクールに進学。修了後、2009年に株式会社スコラ・コンサルトに参画。現在はリサーチ部門の運営やワークショップ開発などを担当している。
連載紹介
連載:『ティール組織』私はこう読んだ。
人類の長大な歴史から組織モデルの進化に迫る『ティール組織』。各界のリーダーや研究者はこの本を読んで何を感じたか。多様な視点から組織や社会の進化を考える。
第1回:もし島全体がティール社会だったら(阿部裕志:巡の環)
第2回:色の変化をたのしもう(小竹貴子:クックパッド)
第3回:組織論の「夢」に迫れているか?(永山晋:法政大学)
第4回:100%のコミットメントをメンバーに求めない組織はありなのか?(藤村能光:サイボウズ)
第5回:ひとりから始める組織変革(滝口健史:スコラ・コンサルト)
第6回:ティール組織を絵空事で終わらせないために(樋口あゆみ:東京大学)
第7回:組織が「人と人になる」とき(田中達也:リクルートコミュニケーションズ)
第8回:メモ不要。読めば思考が走り出す本(岡田武史:今治.夢スポーツ)
第9回:CEO交代の激変期、人事の役割を再定義させてくれた一冊(島田由香:ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス)
第10回:リーダーが内省し合える「コミュニティー」が、意識の進化を後押しする(岡本拓也:ソーシャルマネジメント合同会社)
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