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組織論の「夢」に迫れているか?(永山晋:法政大学)

人類の長大な歴史から組織モデルの進化に迫る『ティール組織』。各界のリーダーや研究者はこの本を読んで何を感じたか。組織論を専門とし、主にチームや組織のクリエイティビティを研究している永山晋さんが語る。

組織論かねてからの「夢」とは?

言うまでもなく、「組織」とは分業のパワーを存分に活かすことで個人では不可能な目標を達成するためのものだ。にもかかわらず、組織に埋め込まれたメンバーは個人では生じ得ない問題に直面してしまう。誰も望んでいない意思決定、過度な形式化による硬直化、資源・権力配分を巡る社内政治への浪費、手段の目的化、人間性の抑圧など枚挙にいとまがない。

組織で起こる様々の現象やその理論的メカニズムを研究対象とする組織論者は、これらの個人では生じ得ない問題をいかに解決するかに長年頭を悩ませてきた。いわば、組織ならではの問題を回避しつつ、組織のパワーを存分に活かすための組織モデルを考案することは、組織論者にとって長年の「夢」だ。

例えば、組織論者(時に実務家)は、「有機的組織」「フラット型組織」「ネットワーク組織」など様々な組織モデルを考案してきた。『ティール組織』を手に取った読者であればご存じの方も多いだろう。

これらの組織モデルに共通する特徴が、現場への権限委譲、組織メンバーの機能的役割の柔軟化、組織内外の多様な人的ネットワークの形成などである。官僚組織に代表される機械的組織や、大企業に代表される階層組織・自前主義組織によって生み出される種々の問題への解決策として提示された。

実は、本書『ティール組織』は、上記の組織モデルと同様、組織に生じる問題を事前に回避しつつ、組織のパワーを存分に活かせる組織モデルを議論していることが分かる。その意味で『ティール組織』は組織論かねてからの「夢」に迫った書籍ともいえる。

実際、ティール組織の特徴として、役割の柔軟性や現場への権限委譲などが含まれるため、先に述べたこれまでの組織モデルと重なる部分が大いにある。それゆえ、経営学にありがちな、ラベルを変えただけの類似コンセプトとしてティール組織を受け止めた方もいるかもしれない。

しかし、あくまで私見だが、先に挙げた組織モデルとティール組織には決定的な違いがある。それは、ティール組織が「個々の人間がもつ固有の目的意識に徹底的に寄り添っている」という点である。

個人の目的意識に徹底的にこだわるティール組織

ティール組織という組織モデルでは、そこに埋め込まれた個人の目的意識が希釈・抑圧されない。むしろ、組織の中で個人の目的意識がより純化し、組織が個人の目的達成の強力な推進力となるようなものを想定している。

つまり、『ティール組織』というタイトルから一見して「組織」が主のように思えるが、ティール組織とは「個人」の目線に立った組織モデルなのである。それゆえ、私からみた本書の価値は、「個人に内在する目的の追求と、組織という仕組みがもつ潜在力の活用をどうすれば両立できるか」という問いに真剣に向き合った点にある。

個人の目的意識に寄り添った組織モデルを検討することは次の二つの理由で重要な意味をもつ。

一つは、製品やサービスづくりにおいて、個人の中に秘めた目的意識に忠実になることこそが、その提供価値の独自性と直結しやすいからである。現代ほど個人の目的意識が重要な役割を帯びている時代はない。

アマゾンのジェフ・ベゾス、テスラのイーロン・マスクなど、近年圧倒的に大きな成果を収めている組織は、いずれもトップの強い目的意識や「哲学」が全面に出ている。おそらく、既存の市場ニーズに合わせた製品・サービスづくりではどうしても同質化してしまうのだろう。一方、個人に内在する強い思いに忠実になった場合、それは他人が簡単に真似することができないがゆえ、生み出す製品・サービスの独自性につながりやすいのかもしれない。

もう一つは、われわれ人間が組織に対して脆弱だからである。個人の目的意識が製品・サービスの価値の独自性を高めうるとしても、われわれは一旦組織に埋め込まれると、いとも簡単に自分の目的意識を見失ってしまう。

その経路は様々である。組織の価値観に染まってしまう場合もあれば、いつのまにか手段が目的と化してしまう場合もある。やりがいを全面に出そうにも、それを利用されて搾取されることを恐れたり、組織内から批判にさらされることを危惧し、自分をさらけ出せない場合もあるだろう。

私の中のティール組織

では、ここで問題となるのが、本書で議論されているティール組織の考え方が「どこまで組織論の夢に迫れているか」という点である。言い換えれば、先に挙げた「個人に内在する目的の追求と、組織という仕組みがもつ潜在力の活用はどうすれば両立できるか」という問いにどこまで答えられているかである。

この問題を考えるためにも、本書を読みながら私が思い浮かべたティール組織らしいティール組織を簡単に紹介したい。それは公文式でよく知られる「公文教育研究会」(以降、公文と呼ぶ)である。

実は何を隠そう私の修士論文の調査対象は公文だったのである。2010年頃、当時の私の指導教員の早稲田大学井上達彦教授と、研究室の先輩で、現在九州産業大学の真木圭亮准教授とともに研究を行っていた(公文のビジネスに関わる詳しい仕組みは、井上達彦(2015)『模倣の経営学』日本経済新聞出版社を参照)。

公文は教育サービス業としては極めて珍しいグローバル企業にまで発展した組織である。「指導者」と呼ばれる個々の教室の先生がフランチャイジー(加盟者)として、ほぼ世界共通の教材・メソッド・哲学をもとに、公文本部のサポートを受けながら教室を運営していく。

公文には大変興味深い点がある。それは、一見競争相手であるはずの同じ地域内の指導者同士が、教えている子どもの事例を引き合いに出しながら、教室での指導経験を語り合い、互いに日々指導法を研究・研鑽している点である。

私は許可を得て直接その場を観察させてもらったが、子どもの成長に資するためにどのように子どもに向き合えばよいかについて、真剣かつ濃密な議論が何度も展開されていた。他方で、公文の本部社員は、教室運営のサポートだけでなく、こうした学び合いが起動する場づくりに徹しているのである。

このように、それぞれの指導者が抱える課題は様々あったとしても、どこの地域でも、どの指導者も「自分の教室の子どもの成長」について真剣に考えているのである。公文では、子どもの成長を実現させるうえで、組織階層や教室間競争が障害となっておらず、むしろ他の組織メンバーが自分の目的達成の推進力となっている。まさにティール組織が提示している「存在目的」「自主経営」「全体性」がそこにあるのだ。

ティール組織が機能する条件

本書ではティール組織が機能する条件・要因として様々なポイントを挙げている。例えば、トップの強いコミットや、組織の理念や価値観に対する各メンバーの深い共感。また、人間本来の感知能力を高めることや、互いへの全面的信頼などである。さらに、著者によれば、組織の規模や業態など関係なく、あらゆる組織がティール組織となりうるとしている。

しかし、「ザ・ティール組織」である公文を思い浮かべてみたとき、本書で語られているポイントを抑えてさえいれば、本当にティール組織になれるのかと疑問に思ったのも事実である。もちろん、完璧なコンセプトなど存在しないが、次の点はティール組織の導入を検討するうえで重要なポイントとなりうる。

それは、「組織における資源配分の影響」である。端的に言えば、複数の事業を展開している多角化企業や一定の規模に成長した組織ではティール組織の実現はかなり難しいのではないか。

とりわけ多角化企業では、組織内での資源配分の偏りがどうしても生じる。こうした状況では、どれだけ公平かつ透明性をもって資源配分に望んでも、組織内での政治プロセスが介在しやすい。政治プロセスの介在によって、資源配分や権力獲得を巡って部門間などで競争意識が芽生え、足の引っ張り合いや情報の錯綜などが生じる。そうすると、目的を達成するために互いに協力しあうという意識が弱体化してしまうし、目的達成以外の調整活動に多くの労力を割くはめになる。

他方、公文の場合、個々の教室の指導者は、いくばくかのリスクを伴った投資を必要とするフランチャイジー(経営者)である。であるがゆえに、他者と資源を奪い合う必要がなく、否応がなしに「自主経営」を求められる。結果として、公文では組織の規模の拡大に応じた資源配分の問題が起こりにくいのであろう。

これに加え、公文では一通り子育て経験を経た方が指導者になるケースが多いため(とりわけ日本公文)、「子どもの成長」という組織の「存在目的」の追求にすんなり入っていきやすいのだろう。

このように考えると、多角化組織や規模の大きな組織においてもティール組織の実現が不可能とはいえない。だが、それには本書で論じられている「感じる」や「全面的信頼」といった精神面での解決だけでは不十分に思える。これらに加えて、公文のようにより構造的な解決方法が必要とされるのだろう。

さて、多少批判的にティール組織が機能するポイントについて考えてみたが、まだ登場して間もないコンセプトゆえに、今後はティール組織を機能させる方法についての有効かつ実践的なアイデアが提示されるかもしれない。

いずれにせよ、本書は、個人の目的意識が重要な意義を帯びている現代において、「個人に内在する目的の追求と、組織という仕組みがもつ潜在力の活用はどうすれば両立できるか」という問いに真剣に向き合った点、そして普段われわれが目にする組織が「ティール的か否か」という視点を提供した点で大きな意義をもたらしたことには疑う余地はない。

永山晋(ながやま・すすむ)
法政大学経営学部 准教授。2009年早稲田大学商学部卒業。2011年同大学大学院商学研究科修了。2017年同大学大学院より博士号(商学)を取得。早稲田大学商学学術院助教、法政大学経営学部専任講師を経て、2018年4月より現職。組織論を専門とし、チームや組織のクリエイティビティを主な研究対象とする。

連載紹介

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連載:『ティール組織』私はこう読んだ。
人類の長大な歴史から組織モデルの進化に迫る『ティール組織』。各界のリーダーや研究者はこの本を読んで何を感じたか。多様な視点から組織や社会の進化を考える。

第1回:もし島全体がティール社会だったら(阿部裕志:巡の環)
第2回:色の変化をたのしもう(小竹貴子:クックパッド)
第3回:組織論の「夢」に迫れているか?(永山晋:法政大学)
第4回:100%のコミットメントをメンバーに求めない組織はありなのか?(藤村能光:サイボウズ)
第5回:ひとりから始める組織変革(滝口健史:スコラ・コンサルト)
第6回:ティール組織を絵空事で終わらせないために(樋口あゆみ:東京大学)
第7回:組織が「人と人になる」とき(田中達也:リクルートコミュニケーションズ)
第8回:メモ不要。読めば思考が走り出す本(岡田武史:今治.夢スポーツ)
第9回:CEO交代の激変期、人事の役割を再定義させてくれた一冊(島田由香:ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス)
第10回:リーダーが内省し合える「コミュニティー」が、意識の進化を後押しする(岡本拓也:ソーシャルマネジメント合同会社)

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連載:Next Stage Organizations——組織の新たな地平を探求する
ティール組織、ホラクラシー……いま新しい組織のあり方が注目を集めている。しかし、どれかひとつの「正解」があるわけではない。2人のフロントランナーが、業界や国境を越えて次世代型組織(Next Stage Organizations)を探究する旅に出る。

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