見出し画像

メモ不要。読めば思考が走り出す本(岡田武史:今治.夢スポーツ)

連載:『ティール組織』私はこう読んだ。
人類の長大な歴史から組織モデルの進化に迫る『ティール組織』。各界のリーダーや研究者はこの本を読んで何を感じたか。元サッカー日本代表監督であり、現在は「今治.夢スポーツの代表」として「心の豊かさ」を大切にする社会づくりに取り組んでいる岡田武史さんが語る。

組織の「メタファー」を得たきっかけ

生物学者の福岡伸一さんと、組織について話したことがあった。福岡さんはそのつもりではなかったかもしれない。だが私は彼の話を聞き、組織の「メタファー」を得た。たしか、きっかけはこんな話だった。

「岡田さん、今日の体と明日の体は違うんですよ」
それくらい自分だって知っていると内心、ムッとした。だがその続きを聞いて、ハッとした。

「古い細胞と新しい細胞が入れ替わることを、脳は指示していないんです。細胞同士が折り合いをつけているだけなんですよ」
体が新陳代謝を繰り返していることは知っていた。だが、まさか細胞同士のコミュニケーションによって機能していたとは。

そして、この話は組織に通じるものがある、いや、自分にとって理想の組織そのものではないかと思った。脳が細胞を管理するのではなく、一つひとつの細胞が有機的に関わり合っている。つまり、組織のトップの指示でメンバーが動くのではなく、メンバー自らが主体的に考えて、協働・共創する。

――組織とは「生命体」である。

それから数年後、エメラルドグリーンの神秘的なジャケットをまとった本と出合い、自分と同じように組織を捉えている人がいることを知った。

本を読むのは子どもの頃から好きだった。当時は小説を読みふけっていたが、最近はもっぱら組織に関する本ばかり読んでいる。

読んでみておもしろくないと思ったら、すぐに次の本を手に取ってしまうたちだ。だが『ティール組織』は、なかなか次の本を手に取らせてくれない本だった。「生命体」という同じメタファーを組織に対して抱いている者同士、気が合うのかもしれない。

自分にとって本当に優れた書物とは

この本の最大の魅力は、「内省」と「発想」を読者に促すことではないだろうか。

内省という意味では、読み進めていくと、「あなたは、どんな組織をつくりたいのか?」「その実現のために最善を尽くしているか?」そう言われている感覚があった。サッカー監督から経営者になって4年目を迎えた今、この問いは自分にとってかけがえのない内省の機会となった。

会社を立ち上げたとき、3年で自立できる会社にすると決めていた。それはつまり、「岡田武史」の信用で成り立つのではなく、「今治.夢スポーツ」の信用で事業ができる会社になることだ。しかし、実際はそれとは程遠い。いま自分がいなくなったら、この会社はつぶれてしまうだろう。

がつんと、現実を突きつけられた気分になった。だが、それだけでは終わらないのがこの本の魅力だ。内省を通して、ふっとアイデアがわいてくる。

たとえば、ティール組織の特徴として「階層がない」ことが挙げられている。これを自分の組織に置き換えて考えてみると、選手とバックオフィスという線引きをなくし、すべてのメンバーを選手同様にプロフェッショナル契約にすることも可能ではないか、とひらめいた。

つまりこういうことだ。組織として一つの目的を共有しているにもかかわらず、現状は選手が脚光を浴びて、バックオフィスはそれを下支えするという上下関係のような構造になっている。だが本来、選手も清掃係も広報も、その仕事の価値に優劣はない。

ゴールを決められるストライカーも、そのストライカーの魅力をファンに伝えることに長けた広報スタッフも、すべての人間をプロフェッショナルと認め、一人ひとりの個性や長所がいかんなく発揮できるような環境を整える。100人100通りの働き方、報酬制度をつくる。ここで働くことが、全員にとってのドリームジョブになる。

……そんな組織、聞いたこともない。1年間、ずっと合宿や練習で同じ時間を過ごす選手と、オフィスの中で働いているスタッフとでは、状況がまったく異なる。きっと一筋縄ではいかない。だが、試してみる価値は十分にありそうだ。

このほかにも、読んでいるとアイデアがどんどんわいてくる。私は普段、じっくり読んだ本は、読みながらメモをして、感想や感銘を受けたフレーズをノートにまとめるようにしている。だが、この本はその必要はない。あとで振り返るまでもなく、読みながらもう思考が走り出しているからだ。

自分にとって本当に優れた書物とは、内省と発想を促すもの。そう『ティール組織』に教えてもらった気がする。

「目に見えない資本」を大切にする社会を夢見て

最後に、この本を読んで最も印象に残った箇所をあげたい。本はその後も200頁以上続くが、この一節に出合えただけで、この本からもう十分に価値を得たとさえ感じた。

人生は、それ自身がこうありたいという意思を持っている。人生の勢いを止めることはできない。人生を抑えつけ、奥底から湧き上がる表現欲求に干渉しようとすると、我々は問題にぶつかるだろう。
(中略)
あまりにも多くの組織が、人々を中身のない仕事に関わらせ、視野の狭いビジョンに熱狂するよう促し、利己的な目的への献身を求め、人々の情熱を競争に駆り立てる。こうした動きに嫌悪感を示し、不毛な努力に情熱をかけるのはもうやめよう。人生を真剣に生きる、仲間と約束し合うとは、そういうことなのだ。
――マーガレット・ウィートリー&マイロン・ケルナー=ロジャーズ
『ティール組織』324頁

みなさんは、この一節から何を感じただろうか。私はこう思った。「そうだよな、俺は金もうけのために会社をつくったわけじゃない。『新しい社会づくり』に貢献したいと思ったから、経営者の道を選んだんだ」

新しい社会とは、一言でいえば、「目に見えない資本」を大切にする社会のことだ。カネやモノよりも、信頼や優しさ、感動や勇気に価値を感じられる社会を私は創りたい。人の心に寄り添い、人の心を豊かにすることに貢献したい。それが自分の使命だと思って、サッカー監督を辞めた。

「目に見えない資本」という言葉を教えてくれたのは、多摩大学の田坂広志さんだった。田坂さんの話を聞き、『目に見えない資本主義』という本を読んで、自分の残りの人生はこれに賭けたいと心から思った。

「目に見えない資本を大切にする社会を創る」とは途方もない夢だ。だがそれは、「自分の会社のメンバーにとって幸せな社会を創る」あるいは、「自分の3人の息子にとって幸せな社会を創る」と、もっと自分に引き寄せて考えてもいいのかもしれない。

目の前にいる一人の人間に、心から向き合う。
目の前の一人から幸せにする。

自分にはそれくらいしかできないが、実はそれこそが、よりよい社会に通じる唯一の道なのかもしれない。そう思わせてくれた『ティール組織』に、心から感謝を。

岡田武史(おかだ・たけし)
株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 特任上級顧問
1956年大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、古河電気工業サッカー部(現ジェフユナイテッド市原・千葉)に入団し、サッカー日本代表に選出。引退後は、日本代表監督、コンサドーレ札幌監督、横浜F・マリノス監督、杭州緑城監督を歴任。2014年にFC今治のオーナーに就任。

連載紹介

連載:『ティール組織』私はこう読んだ。
人類の長大な歴史から組織モデルの進化に迫る『ティール組織』。各界のリーダーや研究者はこの本を読んで何を感じたか。多様な視点から組織や社会の進化を考える。

第1回:もし島全体がティール社会だったら(阿部裕志:巡の環)
第2回:色の変化をたのしもう(小竹貴子:クックパッド)
第3回:組織論の「夢」に迫れているか?(永山晋:法政大学)
第4回:100%のコミットメントをメンバーに求めない組織はありなのか?(藤村能光:サイボウズ)
第5回:ひとりから始める組織変革(滝口健史:スコラ・コンサルト)
第6回:ティール組織を絵空事で終わらせないために(樋口あゆみ:東京大学)
第7回:組織が「人と人になる」とき(田中達也:リクルートコミュニケーションズ)
第8回:メモ不要。読めば思考が走り出す本(岡田武史:今治.夢スポーツ)
第9回:CEO交代の激変期、人事の役割を再定義させてくれた一冊(島田由香:ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス)
第10回:リーダーが内省し合える「コミュニティー」が、意識の進化を後押しする(岡本拓也:ソーシャルマネジメント合同会社)

おすすめ連載

連載:Next Stage Organizations——組織の新たな地平を探求する
ティール組織、ホラクラシー……いま新しい組織のあり方が注目を集めている。しかし、どれかひとつの「正解」があるわけではない。2人のフロントランナーが、業界や国境を越えて次世代型組織(Next Stage Organizations)を探究する旅に出る。