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ティール組織を絵空事で終わらせないために(樋口あゆみ:東京大学)

人類の長大な歴史から組織モデルの進化に迫る『ティール組織』。各界のリーダーや研究者はこの本を読んで何を感じたか。『組織社会学から見た「ほぼ日」』の連載などで知られる、社会学者の樋口あゆみさんが語る。

繰り返し求められてきた「新しい組織」

本書を読んだ後にパッと浮かんだ感想は、正直なところ、「事例はとてもおもしろいのだけど、どこか既視感がある議論だなぁ……」だった。組織を生命のメタファーで語ることも、階層を減じることも、また自己改革する組織も、個々人を尊重する必要性も、組織論では以前から指摘されたり、議論されてきた。

階層や上下の権限関係が生み出す弊害を指摘する官僚制批判や、それに替わるべき「新しい組織」の議論は、実は1970年代ごろからずっとなされていて、本書で挙げられている批判も利点も、それ自体はかなりの部分が指摘されている。

たとえば、経営学者の長岡克行氏はそうした官僚制批判とそれに替わるべき「ポスト官僚制」を次のようにまとめている。既に『ティール組織』を読まれた方は、ティール組織の思想的側面を除いて、ほとんどの点で類似していることが分かると思う。

それら(官僚制組織に対置された様々な「新しい組織」:引用者注)はポストインダストリアル組織とかポストモダン組織とかポスト構造主義的組織、さらにはポスト官僚制的な組織と呼ばれ、機械論的組織ないし官僚制組織と対置されている。そしてこの対置に基づくことで、新しい形態の組織の主な特徴として次の諸点が挙げられている。
(1)フラット(ヒエラルヒー階層の少ない)な組織
(2)「多義性ないし曖昧さ」に対するより大きな許容能力
(3)外部環境との接触面の拡大と外部環境変化に対する感応性の上昇
(4)透過性の高い境界
(5)各従業員および各単位組織の管理者にあたえられる権能の拡大(empowerment)と組織の分権化
(6)「リニューアル能力」の成長
(7)自己組織する組織単位ないし自律的な組織単位の形成
(8)自己統合的な調整メカニズムの形成と組み込み
(9)フレキブルな組織
(長岡2006 : 234)

もちろん本書は一般向けのビジネス書であって、学術書ではないので、「新しくはない」からといって本の価値がなくなるわけではない。むしろ、これが今なお未解決の課題であることを、あらためて確認させてくれたと思う。

しかしそれと同時に、本書を読んだ後の次なる課題として、これだけ長く言われてきた「新しい組織」がなぜいまだに十分に実現されていないのか、かたちや名前を変えて繰り返し求められているのかについては、もう少し真剣に考えられてもいい。

『ティール組織』の価値は、「革新性」ではない

本書で展開されている議論を読む限り、その答えはさしあたり、ティール組織を持続できる意識を持つ人が少ない、あたりになりそうだ。他に理由が書いていないからである。

けれども、そこで終わってしまうと、本書の議論も読者が現在属する組織への不満のはけ口や、上司・CEOも含めた他のメンバーへの批判、というより愚痴の道具になってしまうのではないだろうか。せっかく著者が「個人/組織の発達段階はその優劣ではない」と断ってくれているにもかかわらず、である。そんな危惧を抱いた。

そうした懸念は、本書でもっぱらティール組織の利点がクローズアップされていることとも関連する。たとえば、多くの箇所で官僚制組織(達成型組織/オレンジ組織)の負の側面と、ティール組織の正の側面が対置されている。現状ティール組織ではない組織の変革可能性として「健全なオレンジ組織」への移行を提案する箇所にも、同じ傾向がみてとれる(本書397頁)。

そのために、本書はいわゆる上手くいっている組織の良い側面と、問題がある組織の悪い側面とを比較する格好になっている。けれども、本当にティール組織の特長を浮かび上がらせるのであれば、両組織モデルの「健全な」性質同士も(または「不健全な」性質同士も)比較検討するべきではなかっただろうか。ティール組織にはデメリットはないのか。

こうした課題を、読者にも、ぜひ意識してほしいと私は思っている。とりわけビジネス書では「新しく、革新的!」な組織が次々と声高に喧伝されてはすぐに忘れられて、またいつの間にか次の「新しい組織」が売り出される。しかも、その循環がとりわけ速い。新しい言葉も生み出されては、忘れられてゆく。

本当に大事なのは、新しさでも、宣伝文句としての革新性でもない。本を読もうとする読者自身が、生活の大部分の時間を過ごす組織で何を感じ、働いているか、なぜ本書を手に取ろうかと思ったのかであり、そうした動機と実感をもって、本に書かれたことからどれだけ実りのある欠片を引き出せるかにある。

組織に属する個人が信頼関係で結びつき、個々人が尊重され、その能力がいかんなく発揮される状態は、組織論者にとっても、働く人にとっても、理想であり、実現したい夢である。しかし、ならばなおさら、良い面ばかりを見ていては絵空事になってしまう。

ビジネス書的な「現象」を超え、声をあげる一歩となってほしい

いまのところ、本書には大まかに二種類の読者像が想定できる。まず一つは、すでになにかしら「ティール的な性質」をもった組織にいる人が、自分たちが目指す方向の正しさを確認しなおし、本書に記された他の実践を参考にしようとする。そしてもう一つは、現状の組織になんらかの不満をもち、その対極にある理想としてティール組織を歓迎しようとする。そんな読者である。

前者の人については、先の危惧は杞憂だろう。コンサルタント出身である著者は、理論的な枠組みの提示よりも、実践的なツールの整理の方が上手い。事例集として本書を利用するのであれば、とても役立つと思う。

後者の人については、一度立ち止まって、なぜ自分が「ティール組織いいね」と思ったのか、自分自身の言葉で言語化してみてほしい。理由は人によって違うだろうが、その作業によって、いまの組織に関して自分が感じている問題や不安が、多少なりとも具体的になる。少なくとも新しいバズワードによって何かを語った気になったり、他人への安っぽい「批判」や愚痴のはけ口にしたりすることからは、距離をとれるだろう。 

さいわい、読書会も各地で開かれているようだ。売れている本を読むことの一番の利点は、本が持つ傾向に惹かれた人と出会えることである。よけいな警戒心をもたずに、ふだん言いにくいことでも口に出せる。だから、本書に書かれている既存組織の「恐れ」を共有したり、その改善の具体的な手立てを意見交換したり、あるいは改善しようとして失敗した苦い経験を話し合ったりするには、きっといい機会になると思う。

女性新聞記者たちが、取材過程で遭遇するセクハラに対して集団的に立ち上がったのは、つい先日のことだった。2010年代もそろそろ終わりそうなのに、私たちはまだまだ声に出せない身近な問題や思い、変えられない事態をたくさん抱えている。

「甘えだ」、「そんなのは、よくある」、「我慢するべきだ」といった言葉に、私たちは性別・年齢・職業を問わず、囲まれている。「ティール現象」とも言える売れ行きと、読書会の隆盛に私が期待するのは、そうした切実な痛みが語りはじめられ、そしてそれがきっかけとなって人々が組織化されていくことである。

引用文献:
長岡克行「ポスト官僚制?――企業の管理様式と意思決定過程について」『東京経大学会誌』. (250), 233-250

樋口あゆみ
東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程在籍
1986年生まれ。英治出版、モバイルコンテンツ企業に勤務した後、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。現在、同研究科博士課程在籍。日本学術振興会特別研究員DC。専攻は社会学(コミュニケーション論、組織論)。寄稿記事に『組織社会学から見た「ほぼ日」』(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー、2017年)など。

連載紹介

連載:『ティール組織』私はこう読んだ。
人類の長大な歴史から組織モデルの進化に迫る『ティール組織』。各界のリーダーや研究者はこの本を読んで何を感じたか。多様な視点から組織や社会の進化を考える。

第1回:もし島全体がティール社会だったら(阿部裕志:巡の環)
第2回:色の変化をたのしもう(小竹貴子:クックパッド)
第3回:組織論の「夢」に迫れているか?(永山晋:法政大学)
第4回:100%のコミットメントをメンバーに求めない組織はありなのか?(藤村能光:サイボウズ)
第5回:ひとりから始める組織変革(滝口健史:スコラ・コンサルト)
第6回:ティール組織を絵空事で終わらせないために(樋口あゆみ:東京大学)
第7回:組織が「人と人になる」とき(田中達也:リクルートコミュニケーションズ)
第8回:メモ不要。読めば思考が走り出す本(岡田武史:今治.夢スポーツ)
第9回:CEO交代の激変期、人事の役割を再定義させてくれた一冊(島田由香:ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス)
第10回:リーダーが内省し合える「コミュニティー」が、意識の進化を後押しする(岡本拓也:ソーシャルマネジメント合同会社)

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