リーダーの変化は「hope(希望)」と「pain(痛み)」の共有から始まる――『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて②
『ティール組織』著者のフレデリック・ラルー氏は、ほとんど講演や取材を行わない。そのため、世界中でムーブメントが広がる中、本人がどのような暮らしをしているのか、どんな活動を行っているのかについての情報は多くない。
本連載の著者らも、これまでの取り組みの中であえてラルー氏に会うことはせず、海外と日本のコミュニティで独自の探求を続けていた。しかし2018年5月、ついに両者の邂逅が実現する。
ラルー氏が暮らすエコビレッジでの対話から、それぞれ何を感じたのか。3回に分けて訪問レポートをお届けする。(執筆:吉原史郎、写真:下田理)
前回記事:全体性(ホールネス)のある暮らし――『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて①
lazy farmer
「僕は”lazy farmer(怠け農家)”なんだ」
フレデリックさんとの対話で出てきた、いちばん好きな言葉だ。
エコビレッジを散策するなかで、フレデリックさんはこれから住民が広げようとしている農地について説明してくれた。
「今、向こう側のほうにみんなで畑をつくろうとしてるけど、傾斜をそのまま残してるんだ。いくつか段を作って、水が自然に流れていけるようにね。土を一度掘り返して種をまいたら、あとは何もしないよ。だから、僕は“lazy farmer”なんだ」
「lazy farmer」という言葉には、「肩の力を抜いて、自然に野菜が育つことを大切にしている」というメッセージが込められていると感じた。洒落も効いているし、新鮮な響きだった。
「僕もまさに“lazy farmer”ですよ」と返すと、彼も嬉しそうだった。
フレデリックさんのエコビレッジで実践されているのは、僕たち夫婦が自社(Natural Organizations Lab)で取り組んでいる「自然の循環を大切にする畑づくり」と近い。普段は、企業経営の進化を自然の循環を軸に伴走支援させていただいている。経営者の方には、自社が運営や運営支援をしている関東や関西の自然の畑に来てもらい、自然の循環という視点から経営を振り返る時間をとっている。
一般には「自然農法」と呼ばれる方法に近く、天地返しという土壌づくりをしたあとは、基本的に耕しもしないし、水も肥料も与えない。「いのちの循環」を大切にしたいため、「自然の循環を大切にする畑づくり」と表現している。
畑で栽培しているミニトマト。まわりに生えてくるいわゆる「雑草」もそのままの状態だ。
2015年の冬、『ティール組織』の原書『Reinventing Organizations』を読んだとき、フレデリックさんも近い自然観を持っているのではないかと思っていたが、本人と出会ってその思いはますます強まった。後からわかったのだが、僕が以前に海外の方向けに書いた記事『From “Natural” Farming to “Natural” Organizations(自然農法の叡智を活かした「いのちの循環」を大切にする組織づくりへ)』を、フレデリックさんは読んでくれていた。だから、出会ってすぐに、お互いのことを理解できたような気がした。
僕は、原書が家に届いてからの2ヵ月間というもの、無我夢中に読みこんだ。特に、ティール組織の特徴である3つのブレイクスルーのひとつ、「evolutionary purpose(進化する目的)」という言葉に無性に惹かれていた。
自然の循環を大切にする畑づくりをやっていると、「いのちを繋ぐ」という目的(purpose)を、野草(いわゆる雑草)や虫といったあらゆる生き物が持っており、いのちの循環をリアルに感じることができる。継続的に畑に来るようになると、次第に、生き物ひとつひとつの個体が繫がり合い、土や畑全体にも「いのちを繋ぐ」ということが、純粋なpurposeとして存在しているように感じていた。
purposeとは、「いのち」そのものである。そして、いのちは進化し続ける。
いのち(種)を繋いでいくことで、種が現地適応し、生命力の高い次世代を生み出していく。次世代から振り返ってみると、前世代よりも進化している。
これまで野菜を育てて食べることはあっても、自然に育った野菜から種を採り、次世代に繋ぎ続けるというのをやったことはなかった。その循環のありように気づいたとき、僕にとってはまさにパラダイムがシフトと言えるほど考え方が変わった。
こういう背景もあって、「evolutionary purpose」という言葉を見たとき、人や組織、あるいは社会そのものが、植物と同じように、次世代にいのちを繋ぐ「いのちの循環」が生き生きと紡がれている様子がふわっと想起された。
また、これから人類が、世代や文化の違いを超えて、自然という共通の土壌に立ち還り、いのちが循環し続ける状態を生み出していくための、壮大な旅路が始まるのではないか、とも感じていた。
同時に、「どうして、evolutionaryという言葉を選んだのだろうか?」という、彼自身への大きな興味が僕の中で湧き上がってきたことも覚えている。
evolutionaryの意味
だから、エコビレッジ散策後に共有スペースのコモンハウスでお茶を飲みながら、ひととおりこれまでのストーリーをお互いに共有したあと、僕はずっと聞きたかった質問をフレデリックさんに投げかけた。
「どうしてフレデリックさんは、purposeだけにするのではなく、evoutionaryという言葉を選んだのでしょうか? 他の言葉、たとえばtransformative(変容する)でもagile(アジャイル)でもなく、なぜevolutionaryだったんでしょう」
彼は「はじめて聞かれた」と笑い、「たぶん、心の奥底で“進化は色んなものに当てはまる”と信じているんだと思う」と答えた。
少しポカンとする僕を見て、補足してくれた。
「今、組織に変化が起こる絶好の時代が来ているのではないかと感じてる。実は、原書を出したあと、『The Age of Heretics』という、とても興味深い本を読んだんだ。それは20世紀の先進的な企業事例について書かれた本で、セルフ・マネジメントと似た形で運営されていて、どれも大きな成功を収めていた。見学者も絶えなかったけど、うまく真似できた人はなかった。ただ希望だけが残されていたんだ」
「でも、今の時代は全然ちがうように思える。『ティール組織』や他の本がどんどん出て、たくさんの人が実験している。これまでの歴史のなかで、ほぼ同じ時代に同じものが発見・発明される、という現象は何度もあった。ティール組織もそうじゃないかと思うんだ。お互いの組織のことは知らなかったのに、助言プロセスが同時多発的に色んな文化の組織で発明されている。だから、“時機が来た”と思うし、“組織の進化”が起こっているのではないか、と感じてるんだ」
「evolutionary purpose」――フレデリックさんの自然に対する態度とあわせて考えると、この言葉の背景には、脈々と「いのちの循環」が続く、人類を含めた自然、地球への感謝があるのではないかと感じた。そして、いのちの循環は、長期的な視点で見ると、「進化」となる。その旅路を、喜びをもって探究しようじゃないか、といざなわれているように感じていた。
ティール組織に興味をもったリーダーと、どう向き合うのか
フレデリックさんがこんなことを問いかけてくれた。「ティール組織に興味をもった日本の経営者に、どのように対応しているの?」
僕は「背景を聞くようにしている」と答えた。そして、つい最近のエピソードを伝えた。
「ある方が僕のところに相談に来て、『ティール組織に希望を感じつつも、実現できるか懐疑的な自分がいる。どうすればいいか?』と質問してくれました。僕が質問の背景を聞くと、その方は大きな痛みを抱えていると仰ったんです。僕は、その痛みについて、じっくりと耳を傾けました。痛みをすべて吐き出したあと、その方は『吉原さんは直接、私の質問に答えていないのに、今、自分はとてもすっきりしている』と言ってくれました。相手の背景をお聴きすることで、その方が自然と今、生きている文脈を感じることができ、次の半歩の芽が生まれてくるのではないか、と思っています」
フレデリックさんも、同じように接しているという。
「僕も経営者が『頭』で考えていることではなく、『心』で感じていることを言語化するように促している。経営者が自分自身のhope(希望)やpain(痛み)について、感じて、語れるようになることは、とても大切だと思っている。hopeやpainを打ち明けるようになると、次第に、経営者自身のwholeness(個人としての全体性)が開かれてくる。すると、purposeへの自覚も高まり、そのpurpose自身が前と比べて変化していることも感じられるようになるんだ」
これを聞いて僕が感じたのは、「wholenessがpurposeの入口になる」ということだ。wholenessの土壌が豊かになれば、埋もれていたpurposeに光があたり、purposeが動きだす。すると、実は、purpose自身が変化していたことに気づくことができる。結果として、purposeが進化している、ということなのだろう。
自然の循環を大切にする畑づくりでも、たとえば過去に農薬や肥料などがたくさん使われて不自然な状態となっている土壌では、いのちの循環が十分に育まれない。wholenessが十分でないとも言える。そうした土壌の場合、まずは、自然な状態に戻す(=wholenessを取り戻す)ことが必要となる。そうすることで、植物や微生物が「いのちの循環」を取り戻す新しい旅路を始めることが可能となってくる。
リーダーの準備ができるまで、半年でも一年でも待つ
もう一つ印象的だったのが、フランスで組織開発コーチとして活動している、フレデリックさんの友人たちの話だ。
フランスにある大企業のほとんどが、彼ら二人が始めたコーチングの組織のクライアントになっている。『ティール組織』出版後、彼らにも「ティール組織になりたい」という相談が殺到するようになった。二人ともフレデリックさんの古くからの知り合いなので、本の世界観はよく理解していたという。
「相談が来たときに彼らがまず行うのは、CEOとじっくり話すこと。そして、だいたいのケースで『申し訳ありませんが、あなたにはティール組織になる準備ができていないようです。半年から1年くらい、準備ができるまで対話を続けましょう』と伝えることになるらしいよ。意識レベルがティールの世界観に十分に達していないと感じたら、すぐに変革に取り掛かるようなことはしないんだ」
「対話を続けていくと、あるときに転換点が訪れる。CEOが恐れや疑問、希望について話せるようになる。仮面が少しとれた状態だね。彼らが注意深く見ているのは、変化へのモチベーションがどこにあるか。もっとスピードを上げようとか、アジャイルになろうといった、ビジネスで成果をあげるような考え方ではないし、社員に幸せになってほしいという漠然とした願望でもない。もっと個人の、深いところから湧き上がってくる変化が大切なんだ」
「もうひとつ重視しているのが、彼ら二人が『ティール組織になるための計画』を立てるようなことはしないのを、CEOが十分に理解しているかどうかなんだ。まずは一緒に始めてみて、どうなるか見てみましょう、というスタンスをとっている」
驚いたことに、従業員が何十万人もいるスーパーマーケット・チェーンの会長が来ても、「リーダーの準備ができていない」という理由で断るという。
「でも、まったく上から目線ではないよ(笑)。本当によい人たちで丁寧に接しているんだ。いざ関わるとなったら、CEOのコーチだけじゃなくて、経営幹部やミドルマネジャーなど、組織のあらゆるレベルのファシリテーションも行って、変化をサポートしている。これは本当にすばらしいと思う」
どうして彼らは、率直に断ったとしてもクライアントから受け入れられるのだろうか。
「あくまで僕の印象だけど、クライアントへの深い愛情があるからだと思う。つねに目の前の人を助けたいと思っているし、隠れた意図もない。その人のためになると確信するから、正直に伝える、というスタンスがあるのだと思う」
「僕自身、数年前までは、クライアントに対して『こうなってほしいのに』とか『僕の考え方をどうすれば理解してもらえるのか』とか、隠れた意図があった。でも彼らは、クライアントと正面から向き合って、『本当のことを伝える』『何も売り込まない』『CEOを崇め奉らない』。こうした評判が経営者コミュニティに行き渡り、支持されてるんだ」
深い愛情を持って接する、つまり、コーチ自身がwholenessにあふれていることが、本当に大切なのだと実感した。
フレデリックさんが、その大切な仲間のことを丁寧に伝えてくれたことが、僕たちに何かを感じてくれた証のように思えて、とても嬉しかった。
実は、この数カ月後、またいくつかの偶然が重なって、僕はその友人の一人、クリストフさん(Christophe Le Buhan)に出会うことができた。彼らは「toscane(トスカーナ)」という、リーダーたちの学びのコミュニティを15年にわたって運営している。
彼らと話していく中で、自然の畑に存在している「いのちの循環」という言葉を紹介すると、英語では芯を捉えた表現がないことがわかり、「JUNKAN」という言葉がしっくりとくると言ってくれた。人類共通の、自然の営みを表す言葉が生まれた瞬間のように感じた。その後、自然、人、組織における「いのちの循環(JUNKAN)」というテーマで大いに盛り上がり、再会を誓った。
フレデリックさんもクリストフさんも、またこの数年間に世界中で出会った人は、自然に歩みを進める旅の同志のように感じている。この地球で、それぞれの人生でホールネスを取り戻し、本当に人間らしく生きていく旅路を一緒に歩んでいく、そんな感覚だ。
連載「Next Stage Organizations」をお読みくださり、ありがとうございます。次回は「ラルーさんを訪ねて」の第3弾をお届けする予定です。どうぞお楽しみに。英治出版オンラインでは、連載著者と読者が深く交流し、学び合うイベントを定期開催しています。連載記事やイベントの新着情報は、英治出版オンラインのnote、またはFacebookで発信していますので、ぜひフォローしていただければと思います。(編集部より)
連載のご案内
Next Stage Organizations 組織の新たな地平を探究する
ティール組織、ホラクラシー……いま新しい組織のあり方が注目を集めている。しかし、どれかひとつの「正解」があるわけではない。2人のフロントランナーが、業界や国境を超えて次世代型組織(Next Stage Organizations)を探究する旅に出る。
第1回:「本当にいい組織」ってなんだろう? すべてはひとつの記事から始まった
第2回:全体性(ホールネス)のある暮らし――『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて①
第3回:リーダーの変化は「hope(希望)」と「pain(痛み)」の共有から始まる――『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて②
第4回:「ティール組織」は目指すべきものなのか?――『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて③
第5回:ホラクラシーに人間性を――ランゲージ・オブ・スペーシズが切り開く新境地
第6回:『ティール組織』の次本
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第7回:訳者まえがき(嘉村賢州・吉原史郎)
第8回:新しい組織論に横たわる世界観:第1章コラム
第9回:自主経営に活用できる2つの要素:第2章コラム
第10回:組織のDNAを育む:第6章コラム
第11回:グリーン組織の罠を越えて:第7章コラム
第12回:ティール組織における意思決定プロセス:第8章コラム
第13回:情報の透明化が必要な理由:第9章コラム
連載著者のプロフィール
嘉村賢州さん(写真右)
場づくりの専門集団NPO法人場とつながりラボhome’s vi代表理事、東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授、コクリ! プロジェクト ディレクター、『ティール組織』(英治出版)解説者。京都市未来まちづくり100人委員会 元運営事務局長。まちづくりや教育などの非営利分野や、営利組織における組織開発やイノベーション支援など、分野を問わずファシリテーションを手がける。2015年に新しい組織論の概念「ティール組織」と出会い、日本で組織や社会の進化をテーマに実践型の学びのコミュニティ「オグラボ(ORG LAB)」を設立、現在に至る。
吉原史郎さん(写真左)
Natural Organizations Lab 株式会社 代表取締役、『実務でつかむ!ティール組織』(大和出版)著者。日本初「Holacracy(ホラクラシー)認定ファシリテーター」。証券会社、事業再生ファンド、コンサルティング会社を経て、2017年に、Natural Organizations Lab 株式会社を設立。事業再生の当事者としてつかんだ「事業戦略・事業運営の原体験」を有していること、外部コンサルタントとしての「再現性の高い、成果に繋がる取り組み」の実行支援の経験を豊富にもっていることが強み。人と組織の新しい可能性を実践するため、「目的俯瞰図」と「Holacracyのエッセンス」を活用した経営支援に取り組んでいる。