「ティール組織」は目指すべきものなのか?――『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて③
『ティール組織』著者のフレデリック・ラルー氏は、ほとんど講演や取材を行わない。そのため、世界中でムーブメントが広がる中、本人がどのような暮らしをしているのか、どんな活動を行っているのかについては、ほとんど情報がなかった。
本連載の著者らも、これまでの取り組みの中であえてラルー氏に会うことはせず、海外と日本のコミュニティで独自の探求を続けていた。しかし2018年5月、ついに両者の邂逅が実現する。
今回の記事はさらにその後日談だ。5月のラルー氏訪問メンバーでもある藤間朝子(とうまあさこ)さんは、2018年8月にもう一度イサカのエコビレッジを訪れた。そんな藤間さんに、ラルー氏との邂逅について語っていただいた。(執筆:嘉村賢州、写真:藤間朝子・下田理)
ナチュラルに人を大切にする人
嘉村:最近アメリカ転勤を終えて、日本に帰ってきたんですよね。おかえりなさい。
藤間:はい、5月に一緒にイサカのエコビレッジへフレデリックさんを訪ねて以来ですね。
嘉村:そうですね、そのときも学び豊かな時間が過ごせて幸せだったんですが、朝子さんはもう一度フレデリックさんを訪ねたということで、お話が聞きたいなと思っています。
まず、今はジョンソン・エンド・ジョンソンで、人事としてグローバルでも日本国内でも組織づくりに携わっていらっしゃる朝子さんが、どのような仕事をされているかお聞かせください。
藤間:そうですね。私はジョンソン・エンド・ジョンソンの日本法人グループで人事リーダーをしています。
人事といってもさまざまですが、私の主な仕事は、リーダーの皆さんの相談役・戦略パートナーとして、社員も組織全体もうまく機能するような仕組みづくりです。たとえば、人材育成やタレントマネジメントの戦略づくり、組織デザイン、組織文化醸成のための施策実行などですね。
「戦略パートナー」というと聞こえは良いですが、外部のコンサルタントではないので、実際は泥臭い問題に向き合うこともあります。組織が弱っているときにどう立て直すのか、リーダーシップの課題をどう解決するのか、こういった問題は簡単ではないため、リーダーも迷います。そのときにリーダーときちんと向き合って、腹を割って話せるかどうかが重要だと考えています。
そうした仕事をしているうちに、自然と「理想のリーダー、理想の組織とは何か」という問いをいだくようになりました。また当社はグローバル企業ですから、「理想の組織を世界中に広げるにはどうすれば良いのか」とも考えていました。昨年までアメリカ本社の人事部門に出向していたのは、そうしたグローバルでの人事マネジメントをより深く学び、実践するためでした。
数年前に『ティール組織』の概念に出会って共鳴し、賢州さんや史郎さんと勉強を始めたのも、こうした日頃の問題意識があったからだと思います。フレデリックさんとお会いするときは、大企業における人材マネジメントという観点で話がしたいと思っていました。
嘉村:ありがとうございます。そういった中でフレデリックさんを再び訪ねてみて、どうでしたか?
藤間:一度目のときは通訳の役目があったので、直接考えを聞けているようで聞けていない、という感覚がありました。そのため、じっくりと話してみたいと思っていました。そして、改めて1対1でフレデリックさんと会ってみて“ナチュラルに人を大切にする人”という印象をもちました。
終始私がリラックスできているかどうかを気にかけてくれたんです。たとえば「僕が気に入ってる場所がいくつかあるけど、どこがいい?」ってたずねてくれたり。そうして二人で行った場所が、本当に広くて自然が豊かな場所で私もすぐに気に入りました。夕焼けに染まった空を見ながら話すという、とっても贅沢な時間を過ごせたんです。
嘉村:写真からも、その素敵な雰囲気が伝わってきますよね。どんな話をされたんですか?
藤間:ティール組織の話だけでなく、個人としての人生観についても話をしました。それを聞いていて、ああフレデリックさんは「自分の人生を大切にしながら、目の前にいる人の人生も大切にする人なんだな」と感じました。
印象的だったのが、「あなたの人生の章はいくつぐらいある?」ってたずねたときの答え。「今は第4章かなあ」って言ったので、その内訳を聞いたら、社会人になる前、マッキンゼー入社後、家族と一緒にイサカのエコビレッジに引っ越ししたことなどを挙げたんですが、その中に本の出版とか今の世界的なムーブメントのことは入れなかったんです(笑)。
本を書いたのは、彼にとって自分のパーパスに沿った旅路の過程の一つぐらいに捉えているようでした。
嘉村:なるほど。彼にとっては「本によって何かを変えよう」といった意図はなく、ただ自分の探求の旅路をそのまま書籍に切り取った感じなんでしょうね。自費出版で出したことやギフトエコノミーで本を提供していることの理由が、わかったような気がします。
ティール組織に行きついた軌跡
嘉村:特に印象に残った話はありますか?
藤間:今回再び訪問するにあたって、周囲の人に質問を募集しました。その中で多かったのが「どうやって調査企業を見つけたのか?」と、「オレンジ→グリーン→ティールというように段階づけをすると、ティールがベストと思われやすいし、そのこと自体がティール的ではないのではないか?」といったものでした。
嘉村:確かに段階づけへの批判はよくありますね。
藤間:まず執筆の経緯を聞いてみると、最初から今書いているような結論を特に意識していたわけではなかったそうなんです。まずは現状のビジネスや組織に関する問題意識があって、自分の知識を深めるために経営学や心理学などを幅広く研究していった。そうしていくうちに「どうも時代そのものが転換期を迎えているらしい」と気がついたって言ってました。
研究の過程でインテグラル理論とも出会い、「人類の意識(パラダイム)」が進化しているのであれば「組織のあり方」も進化しているのではないかと考え、その仮説をもとに事例研究を始めたらしいです。そうして調べた事例を自分なりに分析した結果、インテグラル理論に当てはめて考えられる、と結論づけたようなんです。
フレデリックさんが注目したのは、パラダイムが変化するときは必ずあらゆる分野で共通するメタファーが出てくること。産業革命のときは「機械」だったり、その後の解放運動が起きたころには別のメタファーも出てきた。そして今は「複雑性」「生命体」というメタファーが出てきている。そこに注目したそうです。
嘉村:じゃあ、問題意識の出発点は「脱ヒエラルキーの組織構造」ってところではなく、組織のあり方の中に、なにかしら「生命体」のメタファーに通じるものがあるかもしれない、というのが入口だったんですね?
藤間:そんな感じです。とはいえ、「これぞティール組織」という形が彼の中にあったわけではないので、調査するうえでは「extraordinary(変わった、常識はずれ)」のやり方をしている組織を、人に聞きながら、少しずつ広げていったみたい。
面白かったのは、ティール組織に取り上げた組織の経営者たちに「似たような組織はあるか?」と聞いてみると、きまって誰もが「知らない」と答えたこと。芋づる式に見つかったわけではなかったそうなんです。それぞれの経営者は自分の信念に基づいて経営しているので、誰かの真似をしたわけでは全くないということですね。
嘉村:面白いなあ。ということは、日本にもまだまだ隠れたユニークな組織があるかもしれないですね。ぜひ探してみたい。
今の時代にはグリーンの方が幸せなのかもしれないよ
嘉村:段階づけの弊害についてはどうでしたか?
藤間:そもそも、こんなに多くの人に広がって誤解やマイナスの印象が生まれることを、あまり想定していなかったのではないかなと思います。本がこんなにたくさん売れるとも思っていなかったし、わかる人に少しずつ広がっていくと想像していたらしいんです。
フレデリックさんの捉え方によれば、「ティール」の意識段階というのは、物事の優劣を追い求めなくなっていて、良いことも悪いことも包含しているという状態のようです。
嘉村:もしかしたら、それぞれの段階は優劣をつけるために書いたというより、大きな歴史を俯瞰的に見たときに、パラダイムの変化とともに新しい種類の組織が出ているというだけの話で、そこに優劣はないという意図なのかもしれませんね。だから「ティール組織」を目指す必要もないと。
藤間:特にそのあたりの話で私が面白いなあと思ったのは、フレデリックさんが「あさこ、今の時代ではグリーン組織の方が社員の幸福度も高いし、利益も上げて成功しているんだよ」と言っていたことです。
彼はある企業についてかなり時間を割いて調べたらしいんですが、最終的に意識の段階をティールではなくグリーンとしたそうです。その会社は本当に一人ひとりの社員は幸せそうだし、売上も含めて圧倒的に素晴らしかったそうです。
嘉村:そのあたりで「グリーン」と「ティール」の大きな違いは何なんでしょう?
藤間:グリーンでエンゲージメントの高い状態の企業は、優しいリーダーのもとでみんなハッピーな状態を維持することを目標にしているように見える。とはいえ、人間である以上、「本当にいつもハッピーな状態なのか」「ときには疲れている人もいるのでは」という疑問も当然ある。そういう人もいるのが自然な状態として受け入れるのがティール。フレデリックさんはこんなふうに捉えているようです。
嘉村:確かに最近、「幸せ」とか「笑顔」を増やそうということに頑張りすぎている風潮もあるなあって感じてました。ポジティブな面だけを追いかけても、自然な状態ではないってことなんですね。
他にも、グリーンやティールを見分けるうえで、フレデリックさんなりの視点はありましたか?
藤間:そうですね、端的に言えば、ティール組織の3つのブレイクスルーの中で「セルフ・マネジメントができるかどうか」を、フレデリックさんは重視しているのではないかと思います。
ただ、ブレイクスルー自体も最初から想定していたわけではなくて、事例組織の中で共通するものから浮かびあがってきたものだったそうです。その中で、直感的に最初に浮かびあがったのがセルフ・マネジメントだったような気がする、と言っていました。
さっき話した組織の事例についても、最終的に「グリーン組織」と位置づけたのは、セルフ・マネジメントではなかったからだそうなんです。その組織は、基本的にCEOがお父さん的な役割として、色んなことを意思決定していた。
ティール組織の条件としては、意思決定の仕組みが整っているというよりは、一人ひとりが独立して意思決定できて、あらゆる業務がマネジメントできている環境があるかどうかではないか、とフレデリックさんは言っていました。
嘉村:日本ではセルフ・マネジメントという言葉を使うと、「優秀で強い人材がいる組織しか機能しないのではないか」というようなイメージがついてしまうときがありますが、そのあたりはどうでしたか?
藤間:むしろ、「一人ひとりの強み・弱みを認識して、強みと役割に基づいたリーダーシップを発揮できる組織」というイメージですね。意思決定の瞬間を切り取れば、ある面では誰かが強みを発揮できるときもあるし、逆に苦手な場合があるかもしれない、というような優劣は存在します。それぞれの強みや役割が状況に応じて発揮できるようになっていればそれでいいし、誰も解決策がわからない問題が生じればみんなで相談する、というような感じです。
嘉村:「弱くもあれる」ということがポイントですね。どうしてもセルフ・マネジメントを語るときに「強くないと生き残れない」という論調もあって、そうすると全体性(ホールネス)から遠ざかってしまうのではないかなと感じています。
夏のエコビレッジの様子。澄んだ青空に豊かな自然が広がる。
ティールが市民権を得るまで、どれぐらい時間がかかるのだろう?
嘉村:ティール組織が、そもそも目指すべきものではないというのは、よくわかりました。それをふまえたうえで、フレデリックさんが出版後、新たに注目している組織の話は聞きましたか?
藤間:フレデリックさんは、今でも面白い企業があれば訪問しているらしいですよ。最近だと世界トップクラスのあるタイヤメーカーがそれに近いと言ってました。それぞれの工場でセルフ・マネジメントを推進し、存在目的に沿って意思決定しているそうなんです。
しかも、本部機能のようなホワイトカラーの業務ではなく、まずは1つの工場でブルーカラーの業務をセルフ・マネジメントにすることから始めたとか。それがすごくうまくいって、全世界的に導入を広げようとしているらしいんです。
嘉村:それは初めて聞きましたが、面白いですね。
別の観点で質問です。フレデリックさんは本のPDF版や最近始めたビデオシリーズも、「無料で提供するので、価値を感じたら自由な価格を払ってほしい」というギフト・エコノミーのやり方で展開していますよね。お金にまつわるところで何か話はしましたか?
藤間:今の社会全体の仕組みとしては、ティール的なやり方は難しいし大変だろうという話はしました。たとえばお金を集めるときにも、ティールの考え方に共感する投資家を集める必要があるだろうし、まだまだそのあたりは難しさも残っていると思います。
嘉村:ティール的な組織が本当に市民権を得るまでに、どれくらいの時間が必要なんでしょうね。
藤間:社会の一般常識になるまではいかないまでも、パラダイムの大きな転換点が数年後に来るのではないか、と感じてるみたいです。ここ数年で、仮想通貨が出てきたり、それぞれがもっている能力を提供しあう「ギブ・エコノミー」と言われるような形が出てきたりしています。するとどんどんネットワーク型になっていくので、ティール的なあり方が浸透していくのではないかと捉えているようです。
嘉村:そんなところまで言っていたんですね。とても面白いです。たくさん話を聴かせていただきありがとうございました。せっかくなので、読者の皆さんにメッセージや伝えたいことは何かありますか?
藤間:こちらこそ、充実したダイアローグ(対話)の時間をありがとうございました。
そうですね、フレデリックさんと接していく中で私自身が心から実感し、皆さんに最もお伝えしたいのは、シンプルに表現すれば「『ティール組織』という概念は組織の問題解決のためのソリューションではない」ということです。
今日お話ししたように、組織の段階やその組織が目指す姿によっては、「ティール」が必ずしも合うわけではなく、むしろ「オレンジ」「グリーン」の段階でやるべきことをやっていく方が現実的な場合は多いはずです。
それを理解したうえで、それでもなお、「ティール」の段階に惹かれる、組織の何かを変えてみたいと思われるのなら、今の組織の中で、自分がまず「ティール」の意識だったらどういうふうに行動できるだろう、と考えてみてはいかがでしょうか。
たとえば、まずは自分のチームメンバーを集めて『ティール組織』の読書会をやってみる、というのはとても良いアイデアだと思います。私も先日、人事部で勉強会を実施してみたのですが、とても良いダイアローグができました。
私はフレデリックさんから本当に多くの影響をうけ、今は自社で、自分がそこで学んだことを少しずつ周囲に広げようとしています。焦ることなくじっくりと、人から人へ広げていくというのが、「ティール」の意識を広げていくうえで、実は一番効率的な方法なのではないかとも思っています。
まずは、自分ができる範囲の行動をしてみて、ゆるくゆっくりと進めていく。フレデリックさんも、そういったアプローチに共感してくださるのではないかと思います。
1/25&1/26 関西で『ティール組織』関連イベント開催!
両日ともに、フレデリック・ラルーさんを訪問した3名の方が登壇されます! 1月25日は『ティール組織』の概要をつかむ入門イベント、1月26日は参加者同士で実践や知見を共有しあう対話会となっておりますので、ぜひご関心に応じてチェックしてみてください。
1/25(金)19:00-21:00 大阪@梅田蔦屋書店
いま話題の次世代型組織「ティール組織」とは? 嘉村賢州氏トークイベント
http://real.tsite.jp/umeda/event/2018/12/post-671.html
1/26(土)13:00-17:00 京都@TRAFFFIC
【Teal Dialogue in 関西】世界と日本の「ティール探求」をネタに対話を深めよう。(吉原史郎さん、藤間朝子さんがご登壇〕
https://teal190126.peatix.com/view
連載「Next Stage Organizations」をお読みくださり、ありがとうございます。次回記事をどうぞお楽しみに。英治出版オンラインでは、連載著者と読者が深く交流し、学び合うイベントを定期開催しています。連載記事やイベントの新着情報は、英治出版オンラインのnote、またはFacebookで発信していますので、ぜひフォローしていただければと思います。(編集部より)
連載のご案内
Next Stage Organizations 組織の新たな地平を探究する
ティール組織、ホラクラシー……いま新しい組織のあり方が注目を集めている。しかし、どれかひとつの「正解」があるわけではない。2人のフロントランナーが、業界や国境を超えて次世代型組織(Next Stage Organizations)を探究する旅に出る。
第1回:「本当にいい組織」ってなんだろう? すべてはひとつの記事から始まった
第2回:全体性(ホールネス)のある暮らし――『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて①
第3回:リーダーの変化は「hope(希望)」と「pain(痛み)」の共有から始まる――『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて②
第4回:「ティール組織」は目指すべきものなのか?――『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて③
第5回:ホラクラシーに人間性を――ランゲージ・オブ・スペーシズが切り開く新境地
第6回:『ティール組織』の次本
-----『自主経営組織のはじめ方』無料公開-----
第7回:訳者まえがき(嘉村賢州・吉原史郎)
第8回:新しい組織論に横たわる世界観:第1章コラム
第9回:自主経営に活用できる2つの要素:第2章コラム
第10回:組織のDNAを育む:第6章コラム
第11回:グリーン組織の罠を越えて:第7章コラム
第12回:ティール組織における意思決定プロセス:第8章コラム
第13回:情報の透明化が必要な理由:第9章コラム
連載著者のプロフィール
嘉村賢州さん(写真右)
場づくりの専門集団NPO法人場とつながりラボhome’s vi代表理事、東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授、コクリ! プロジェクト ディレクター、『ティール組織』(英治出版)解説者。京都市未来まちづくり100人委員会 元運営事務局長。まちづくりや教育などの非営利分野や、営利組織における組織開発やイノベーション支援など、分野を問わずファシリテーションを手がける。2015年に新しい組織論の概念「ティール組織」と出会い、日本で組織や社会の進化をテーマに実践型の学びのコミュニティ「オグラボ(ORG LAB)」を設立、現在に至る。
吉原史郎さん(写真左)
Natural Organizations Lab 株式会社 代表取締役、『実務でつかむ!ティール組織』(大和出版)著者。日本初「Holacracy(ホラクラシー)認定ファシリテーター」。証券会社、事業再生ファンド、コンサルティング会社を経て、2017年に、Natural Organizations Lab 株式会社を設立。事業再生の当事者としてつかんだ「事業戦略・事業運営の原体験」を有していること、外部コンサルタントとしての「再現性の高い、成果に繋がる取り組み」の実行支援の経験を豊富にもっていることが強み。人と組織の新しい可能性を実践するため、「目的俯瞰図」と「Holacracyのエッセンス」を活用した経営支援に取り組んでいる。