『自主経営組織のはじめ方』③ 第2章コラム:自主経営に活用できる2つの要素(吉原史郎)
ティール組織の3要素の中でも、とくに注目を集めるのが「自主経営(セルフ・マネジメント)」です。しかし、実践的・体系的なノウハウはまだ少なく、日本ではほとんど紹介されていませんでした。
2020年2月出版の『自主経営組織のはじめ方──現場で決めるチームをつくる』は、ティール組織の代表例である<ビュートゾルフ>の組織づくりにも関わったコンサルタントが、15年間にわたる知見を凝縮した一冊です。そして翻訳は、連載Next Stage Organizationsの執筆者である嘉村賢州さん、吉原史郎さん。全7回にわたって、日本語版に特別に追加した「訳者まえがき」と「コラム」をお届けします。
『自主経営組織のはじめ方』第2章コラム
自主経営に活用できる2つの要素
自主経営(セルフ・マネジメント)へスムーズに移行するために
本書では、自主経営の鍵として「経営陣全員が意識を変えて、組織のメンバーを信頼すること」が重要だと述べています。
では、「信頼を高める」とは、どういうことでしょうか? 私の経験から言えば、<コラム1>で示した「ティール組織」の3つの特徴を包括的に見ていくことが役立つと考えています。
具体的には、「全体性」と「存在目的」の視点に立って経営の進化に取り組むことで、組織内の信頼を高めていくことができます。その取り組みを通じて、自主経営組織への移行は、より円滑に進んでいくでしょう。以下、「全体性」と「存在目的」の視点をどう取り入れていくか、具体的に説明します。
全体性は不安や抵抗をやわらげる
「全体性」を実現している組織とは、「メンバーが、外向けの仮面をかぶることなく、心の奥底にある声に耳を澄まし、自分自身のすべてを職場に持ち込むことができる組織」です。
「自分自身のすべて」とは、これまでビジネスパーソンに求められてきた合理性や強さだけでなく、感情的な部分、特に不安や弱さも含んだものです。そして、それらを職場でさらけ出せるほど互いの信頼が育まれているかどうかが問われているのです。
この「全体性」の視点を自主経営に活用すれば、移行過程で生じる心理的な抵抗やプレッシャーに、早い段階から対処できるでしょう。それによって、「業務上の混乱」や「自主経営への諦めと拒否感」を抑制できるのです。
自主経営への移行を性急に進めると、どうなるでしょう? これまで上司の指示命令によって忠実に仕事をしていたメンバーの中には、依然として、元上司に対して自分の意見や想いや不安を伝えることに心理的な抵抗を感じたまま、日々を過ごしている人もいるはずです。
また、「自律的にならないといけない」という心理的なプレッシャーを感じているかもしれません。これらを予防したり解消したりするには、「全体性の視点を活用しながら、心理的な抵抗やプレッシャーを伝えあう土壌を育んでおく」ことが効果的です。
具体的にどのような混乱が生じるかというと、こんな具合です。
●「どう意思決定すればいいか相談したいけれど、自分で決めなければいけないので、誰にも相談できない」まま抱え込んでしまう。
●元上司が「自分はもう指示命令ができないので、決めてくれるのを待つしかない」とメンバーに自分の意見を伝えるのをためらってしまう。
このような場合、自分の葛藤を正直に伝え合うことができれば、課題の解消に向けて動き出せるので、業務の停滞を防げるでしょう。
逆に、こうした葛藤を放置すれば、「指示命令も出さずに、どうやってチームで仕事を進めていけばいいんだ」という、諦めの気持ちが湧き、ひいては自主経営自体への拒否感が生まれてくるかもしれません。それを防ぐには、心理的な葛藤が組織内に滞留する期間を短縮化することです。そうすれば、自主経営への心理的な敵対心が減少し、その結果、自主経営への円滑な移行が可能となります。
つまり、「全体性」の考え方を活用し、「メンバーが心理的な抵抗やプレッシャーを感じたときに、不安や葛藤をお互いに伝え合い、聴き合い、支え合う土壌をつくっておくこと」が重要なのです。
全体性を実現するには
私の組織では、ティール組織を「心と頭の循環の良い組織」と解釈しています。心の循環とは「メンバーの意見や不安、大切にしていることを伝え合える状態が育まれていること」です。頭の循環とは「仕事に必要な情報が十分に透明化されている(誰もがアクセス可能な状態である)こと」です。自主経営への移行は頭の循環、全体性の実現は心の循環を高めることだと言えるでしょう。心の循環があってこそ、頭の循環が最大限に活きてくるのです。
私の組織では、日々の仕事のなかで、アイデア、提案、情報提供、サポート依頼などの「ニーズ(今解決したいこと)」が生まれたら、「じゅんかん」というフレーズを伝えるようにしています(気楽に言えるように、ここでは平仮名にしています)。
メンバーが「じゅんかん」と伝えたら、緊急事態以外は作業や議論をいったん止めて、そのメンバーのニーズを聞きます。そして、次の一歩を速やかに踏み出せるように支援します。
たとえば、「情報共有のミーティングをしたい」というニーズが出てきたら、「関係者が集まって日程調整をしよう」という次の一歩が生まれます。
これらはあくまで一例ですが、さまざまな組織が独自の慣行を築いています。小さなことからでも試していくといいでしょう。
意思決定の軸となる存在目的
存在目的とは、きわめて簡潔に言えば「組織の方向感」です。<コラム1>で示したように、ティール組織では、組織を「生命体」と捉えます。生命体は個別の目的に則って活動しますが、外部の自然環境に適応しながら変化(進化)していきます。そのため、組織における存在目的とは、「今、この組織がどうなりたいのか、この組織が自然に行きたい場所はどこなのか」と言えるでしょう。
存在目的は、ミッションやビジョンのように固定化された表現と異なり、メンバー一人ひとりが耳を傾け、感じるものだとされています。ティール組織の事例の多くでは、固定的な戦略、中期の事業計画、短期の予算や目標を設定しないかわりに、定期的にメンバーが集まり、個人と組織の存在目的について語る場が設けられています。
ここで大切なのは、「個人の存在目的と組織の存在目的が共鳴しているかどうか」です。共鳴度が高ければ「経営者だけでなく、ここにいるメンバーは、誰もが組織の存在目的を実現するために大事な役割を持っている」という共通認識と信頼感が得られます。意思決定に迷った際は、経営者の意向ではなく、存在目的が拠り所となるのです。
また、共鳴度の高さは、従来型の組織ではトレードオフと考えられていた「組織の成果」と「人の幸せ」の共存にもつながります。誰もが「個人の存在目的」と「組織の存在目的」を大切にしているからこそ、状況に応じて、重心の置き方は変わるものの、成果も幸せもどちらも、存在目的を実現するために大切な要素であるという認知が高まるのです。
このように、存在目的を感じて対話する機会を設けることは、自主経営で重要となる、信頼を土台とした現場での意思決定ができる環境づくりにつながるのです。
全体性と存在目的を感じるには
では、「存在目的を感じる」とか「共鳴する」というのは、どうすれば実現できるのでしょうか。
信頼が土台となる組織で、「これが組織の存在目的だ」と強制することはできません。大切なのは、「メンバーが個人と組織の存在目的を自然に感じて、両者が共鳴しているかどうかがわかる環境をつくること」です。
私の組織では、全体性と存在目的の両方の視点を取り入れた「心の循環ワーク」という慣行を行っています。これは次のようなプロセスです。
●小さなことでいいので、最近あった「嬉しかったこと」「感謝したこと」「前に進んだこと」を思い出す。
●「その経験を通じて、自分が大切にしたいこと」を考える。「大切にしたいこと」は、思考ではなく、身体のエネルギー感覚として捉えることを意図しています。
●「最近あった小さな嬉しかったことや小さな感謝」と「大切にしたいこと」を共有する。
●「大切にしたいこと」と組織の存在目的との小さな共鳴を感じる。
ミーティングの冒頭10分くらいの時間を使って、このワークをおこないます。最初は気恥ずかしかったり慣れなかったりしますが、このワークを繰り返していくと、自分の想いをみんなと分かち合える土壌、つまり全体性がしだいに育まれていきます。
また、実体験から発見した「大切にしたいこと」と組織の存在目的との小さな共鳴を感じることは、日常の経験が実は組織の存在目的につながっているということに気づくことを意図しています。「小さな」というのがポイントで、メンバーによっては「強く感じることは難しい」場合もあるからです。もし共鳴度が低いと感じても、自分なりの「小さな共鳴」を発見することから始めていきます。もし、気がかりなことがあれば、「じゅんかん」と伝えたうえで心の内を吐露してもいいですし、別途相談することも気軽にできるようにしています。
日常的に自らの経験を通して「大切にしたいこと」を振り返る習慣があれば、しだいに「個人の大切にしたいこと」が浮かび上がってきます。また、実体験を通しているため、言葉だけではなく、経験に付随する身体的なエネルギー感覚とともに、感じられるようになります。すると、組織の存在目的との共鳴状態も自然と自覚でき、対話できるようになるため、組織全体の共鳴度合いも高まっていきます。
吉原史郎
連載「Next Stage Organizations」をお読みくださり、ありがとうございます。次回記事をどうぞお楽しみに。英治出版オンラインでは、連載著者と読者が深く交流し、学び合うイベントを定期開催しています。連載記事やイベントの新着情報は、英治出版オンラインのnote、またはFacebookで発信していますので、ぜひフォローしていただければと思います。(編集部より)
連載のご案内
Next Stage Organizations 組織の新たな地平を探究する
ティール組織、ホラクラシー……いま新しい組織のあり方が注目を集めている。しかし、どれかひとつの「正解」があるわけではない。2人のフロントランナーが、業界や国境を超えて次世代型組織(Next Stage Organizations)を探究する旅に出る。
第1回:「本当にいい組織」ってなんだろう? すべてはひとつの記事から始まった
第2回:全体性(ホールネス)のある暮らし──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて①
第3回:リーダーの変化は「hope(希望)」と「pain(痛み)」の共有から始まる──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて②
第4回:「ティール組織」は目指すべきものなのか?──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて③
第5回:ホラクラシーに人間性を──ランゲージ・オブ・スペーシズが切り開く新境地
第6回:『ティール組織』の次本
-----『自主経営組織のはじめ方』無料公開-----
第7回:訳者まえがき(嘉村賢州・吉原史郎)
第8回:新しい組織論に横たわる世界観:第1章コラム
第9回:自主経営に活用できる2つの要素:第2章コラム
第10回:組織のDNAを育む:第6章コラム
第11回:グリーン組織の罠を越えて:第7章コラム
第12回:ティール組織における意思決定プロセス:第8章コラム
第13回:情報の透明化が必要な理由:第9章コラム
連載著者のプロフィール
嘉村賢州さん(写真右)
場づくりの専門集団NPO法人場とつながりラボhome’s vi代表理事、東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授、コクリ!プロジェクト ディレクター、『ティール組織』(英治出版)解説者。京都市未来まちづくり100人委員会 元運営事務局長。まちづくりや教育などの非営利分野や、営利組織における組織開発やイノベーション支援など、分野を問わずファシリテーションを手がける。2015年に新しい組織論の概念「ティール組織」と出会い、日本で組織や社会の進化をテーマに実践型の学びのコミュニティ「オグラボ(ORG LAB)」を設立、現在に至る。共著書に『はじめてのファシリテーション』(昭和堂)。
吉原史郎さん(写真左)
Natural Organizations Lab 株式会社 代表取締役、『実務でつかむ!ティール組織』(大和出版)著者。日本初「Holacracy(ホラクラシー)認定ファシリテーター」。証券会社、事業再生ファンド、コンサルティング会社を経て、2017年に、Natural Organizations Lab 株式会社を設立。事業再生の当事者としてつかんだ「事業戦略・事業運営の原体験」を有していること、外部コンサルタントとしての「再現性の高い、成果に繋がる取り組み」の実行支援の経験を豊富にもっていることが強み。人と組織の新しい可能性を実践するため、「目的俯瞰図」と「Holacracyのエッセンス」を活用した経営支援に取り組んでいる。