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医療界のティール組織は、現場の課題をどう乗り越えているか?(ティール組織探求シリーズVol.3レポート)

2020年3月14日にオンラインで開催した【『ティール組織』探求シリーズVol.3 ~「組織の現実」にどう向き合うか】。本イベントでは、『ティール組織』に事例として取り上げられた〈ビュートゾルフ〉と〈ハイリゲンフェルト〉の経営者がそれぞれの組織の実践を語り、本連載の著者である吉原史郎さんと嘉村賢州さんとともに、組織の現実との向き合い方を探求した。(執筆:やつづかえり、編集:下田理、写真:安村侑希子、バナー画像:by truthseeker08 from Pixabay

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「治療」ではなく「患者」中心のモデルを確立する──ビュートゾルフの挑戦

〈ビュートゾルフ〉は、高齢者や病人に在宅ケアを提供するオランダの非営利組織だ。オランダでは最大のシェアをもち、近年は広くアジア・ヨーロッパ地域にも展開している。

2006年にヨス・デ・ブロックさんと3人の仲間が立ち上げ、14年間成長を続けている。今回登壇したタイス・デ・ブロックさん(以下、タイスさん)は、ヨス・デ・ブロック氏の息子であり、〈ビュートゾルフ・サービス・ジャパン〉のディレクターと〈ビュートゾルフ・ネーデルラント&アジア〉のシニア・アドバイザーを兼務しながら、日本とアジアの事業展開を担っている。タイスさんは、ビュートゾルフが設立された背景から語った。

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タイス:私が子供時代を過ごした1970年代から80年代にかけては、地域看護師というのは、コミュニティの健康福祉を預かる大変面白くてやりがいのある仕事だと言われていました。ところが1990年代に変化が起きたんです。

オランダでは看護師の組織化と規模の拡大が起こり、仕事の管理が強化されました。国のシステムによって業務が細分化され、看護師はケアマネージャーが決めたことを実行するだけになり、記録やレポートなどの煩雑な事務仕事にも追われるようになりました。たとえば、医療行為を行うたびに、12種類に細かく分類された業務のひとつひとつを登録・報告しなければなりませんでした。

制度改革の目的はケアの質を向上させるためでしたが、実際には看護の質は劇的に落ち、費用は倍増しました。結果として、看護師たちには不満が募っていきました。せっかく高い教育を受けて専門職になったのに、自分で業務を決める権限がなくなったうえに、事務処理に追われて生産性も落ちていったからです。

このような状況を変えるべくスタートしたビュートゾルフの運営方針には、6つの柱があるという。

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・ソーシャル・ヘルスケア
患者を単に「治療が必要な人」として見るのではなく、地域に暮らすひとりの個人として関わり、総合的なケアを提供する

・関係性の重視
利用者との関係のみならず、看護師のフォーマル、インフォーマルな関係も大切にする。

・指示ではなく解決策
看護師を評価したり必要な業務を指示したりするのではなく、幅広い選択肢を提供する。

・看護とスタッフ機能の分離
看護師が事務仕事に忙殺されないよう、小さなバックオフィスで看護師をサポートする。

・ICTの活用
ビュートゾルフ設立時につくったIT会社で「ビュートゾルフ・ウェブ」という社内システムを構築。看護師はタブレットを介して互いにコミュニケーションし、必要な情報を得ている。

・地域の規模
利用者やその周囲の人々をよく知ることができる、近隣地域の単位でチームをつくる。

中心事業である在宅ケアについては、彼らが「玉ねぎモデル」と呼ぶ独特の考え方が適用されている。

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タイス:従来の考え方では、「医療行為」が中心でしたが、玉ねぎモデルでは、「患者」を中心に置くことが重視されます。患者の周りには友人、家族、近所の人といったネットワークがあります。

その外側にいるのがビュートゾルフチームで、患者とその家族にとって最適な方法を模索します。ビュートゾルフの外側の層が理学療法士、医者、病院、薬剤師といった公式な医療ネットワークで、必要に応じて連絡をとりあっています。患者がビュートゾルフチームに満足であれば、周りの家族、友人とも連携が容易になるのです。

このような哲学と実践は多くの共感を集め、4人で始めた組織は1万人以上の看護師が所属するまでになり、現在は1,000チームでオランダの8〜10万人の患者をケアしているという。


完全な自主経営(セルフ・マネジメント)でチームをつくる

タイス:ビュートゾルフを始めて以来、毎週のように、全国の看護師さんから我々の組織に加わりたいと電話がかかってきました。我々は何が効果的かを自問していくなかで、チーム規模を12人までとするガイドラインをつくりました。12人程度までであれば、ひとつのテーブルを囲んで、お互いの顔を見ながら話し合って良い意思決定ができます。それ以上になると、議論には多すぎると考えたからです。

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各チームは、担当地域の仕事について完全な決定権限を持つ自主経営(セルフ・マネジメント)チームだという。従来のマネジャーのようなチームに指示を出す権限をもつ人は存在せず、非常にフラットな組織構成になっている。また、バックオフィスがチーム共通の事務仕事を引き受けるため、各チームは専門職としての仕事に専念できる。

全員に仕事用のiPadを支給し、ケア行為の登録業務などが非常に簡単にできるようになっている。さらにチームのサイズに応じてトレーニング予算があり、それぞれの関心に応じて学習を進められる。

これらのことが看護師たちのやりがいやケアの品質向上につながり、利用者の満足度もスタッフの満足度も非常に高いレベルにあるという。さらに、間接費はオランダの業界平均が25%のところ、ビュートゾルフでは8%と、財務的にも大きな効果が出ている。

タイス:ビュートゾルフは自主的・自律的な組織で、階層がありません。互いを信頼することで、すべてが問題なく進むと信じています。私はこれまで、仕事中に他者を貶めるような看護師に出会ったことがありません。つまり看護師は看護師であって、他人を大切にする人。だから信頼ベースでうまくいくんです。

ビュートゾルフのモットーは「Keep it Small, Keep it Simple(小さくあれ、シンプルであれ)」。そうすれば、必ず成功します。

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ビュートゾルフの成功理由を凝縮するなら、システムやルールから徹底的に複雑さを取り除いていること、そしてなにより、スタッフを信頼し、看護師たちが自らの専門性や情熱を発揮できる環境づくりに専念していることだと言えるだろう。


全体性(ホールネス)を実現する──ハイリゲンフェルトの組織文化

ドイツで事業を展開する〈ハイリゲンフェルト〉は、精神疾患のある患者の治療やリハビリテーションを行うサイコソマティック(身体心理療法)専門の病院グループだ。医師や心理療法士として診療に携わってきたヨアヒム・ガルシュカさんは、1990年にハイリゲンフェルトを設立した。身体心理療法は一般的な医療とはちがったアプローチが必要とされるという。

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ヨアヒム:1、2回の外来診療で治療が終わらない患者には、6~8週間入院してもらうことになります。私たちは全体性(ホールネス)の視点から、一人ひとりの治療スケジュールを組み立てます。身体面の問題だけでなく、魂、心、社会的能力の問題も含めて、どのように治療していくかを考えます。

最終的なゴールは鬱、不安症、PTSDといった精神的な疾患のパターンによって決められるのではなく、健康な状態になれるかどうかによって規定されるのです。患者が当院で過ごすのは、治療というよりは、いわば「癒やし」のプロセスなのです。

ハイリゲンフェルトは1つの病院からスタートし、2020年現在8つの病院グループに発展してきた。ヨアヒムさんは、組織の成長過程において大事なのは「組織文化」だと強調する。

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ヨアヒム:日々の業務を円滑にするためのマネジメント・プロセスは、組織運営の基本的な土台になりますが、そこだけに注意を払い続けると官僚的な組織になってしまいます。そうすると、柔軟性やイノベーションの能力が失われていきます。

過去の研究が示しているように、成功した企業は、構造と同じだけ組織文化の構築に力を入れています。組織文化とはアイデンティティ、つまり「組織が自らをどう定義するか」ということです。もっと深いレベルの企業理念や哲学と言えるでしょう。

ほとんどの会社は理念を持っていますが、十分に理解しているとは言えません。それを明確にするには対話が必要です。自分たちにとって何が大切かを、組織にいるメンバーが何度も対話していくのです。組織文化が発展していけば、コアバリューがよりはっきりと見えてくるでしょう。

ハイリゲンフェルトでは、組織文化について対話する機会がふんだんにある。経営層だけでなく、組織のあらゆるレベルにおいて、大小さまざまなグループで自分たちの価値観について話し合う場を設けているという。価値観について話し合っていくと、色んなキーワードが浮かび上がる。そのなかでも象徴的なものが「ハイリゲンフェルトの本質」としてまとめられている。

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ヨアヒム:まず中心にあるのは「生命」です。以前から「ハイリゲンフェルトはより良き生命に進んでいく」というスローガンがありましたが、最近では「生きることを愛する」に変更されました。つまり、患者の生きる力を発展させ、人生に感謝する、という考え方が表れています。このようなことを含めて、日常的に会社の中で対話を続けているのです。


マインドフルネス・自己組織化・統合的リーダーシップが組織をつくる

また、ハイリゲンフェルトでは組織の基本原則として3つの柱を置いている。それが「意識・マインドフルネス・気づき」「自己組織化」「統合的なリーダーシップ」だ。1つ目の原則について、マインドフルネスの実践は、日々のさまざまな活動に組み込まれているという。

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ヨアヒム:例えば、すべての会議は沈黙や詩の朗読から始まります。会議の最中でも、誰かが必要だと感じたときにベルを鳴らせば、一度議論をやめて沈黙し、それまでの議論のあり方について振り返る時間を取ることが習慣づけられています。

また、年に4回「沈黙の日」というものがあり、患者さんも含めて治療行為はすべて沈黙のうちに行われます。スタッフ向けには、当日の朝に75分の全体ミーティングがあり、マインドフルネスのエクササイズや、仕事のやりがいや感謝を伝え合う対話を行います。それぞれの部門ごとに独自のマインドフルネスのトレーニングプログラムがあります。

このように、1年中、毎日、あるいは毎週のように、マインドフルネスが少なくとも10分間のエクササイズとして実践されているわけです。そうすると、スタッフ一人ひとりの意識レベルが徐々に上がっていきます。それが組織全体の意識の向上につながるのです。「私たちは何をしているか」をつねに振り返り、考えをめぐらせているからです。

2つ目の原則である「自己組織化」において重視されるのは、「参加」と「オープンな組織開発」だ。2週間に1度、400〜500人いるすべてのスタッフがオンラインで参加可能な会議が開催されている。そこでは情報共有や少人数のグループ対話が行われている。

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ヨアヒム:組織について何かを変えたいと思ったら、このグループ対話において、関係する業務の意思決定者に対して提案します。そしてお互いに納得いくまで話し合います。徹底した話し合いの中から、小さな改善やときには恒久的な改革が起こるのです。

少人数のグループで話し合われているテーマが自分に合わないと感じれば、自由に話すオープングループに言って新しいトピックを話し合うこともできます。話の内容は何でもいいんです。仕事の進め方でもいいし、駐車場のことでも構いません。

3つ目の「統合的なリーダーシップ」は、組織の進化に欠かせないものだという。

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ヨアヒム:現代のリーダーが学ぶべき一番大切なことは「視点を変えること」です。組織に対して、顧客・患者、従業員、文化、構造などさまざまな視点で考えることが大切です。

ハイリゲンフェルトでは、看護師や医師などリーダーシップを専門に学んできていないスタッフのために独自の教育プログラムを開発し、インテグラル理論やバランスド・スコアカード、ブルーオーシャンといったさまざまな立場や社会、文化を捉えるためのモデルを教えています。

ただし注意しなければならないのは、ひとつのモデルで会社を理解することはできないということです。なぜなら会社というのは社会的存在で、生きているからです。そのような存在を完全に理解することはできません。

患者さんは、こちらが「この人はこういうものだ」と考えている以上の存在かもしれません。それは会社に関しても同様です。概念にとらわれずに会社の状況を理解することができるかどうかが問われます。そのためには、直感に関する新しい理解が必要です。

私が引退する時に一番重要だと思ったことは、会社が自ら進化する存在目的を見つけるということでした。生きている組織自体が進化の一部なのです。

生きている組織ですから、機能だけでなく、人々の活力に注視すべきです。なぜなら、すべてのスタッフが組織の文化に影響するからです。組織の生き生きとした企業文化が違いを生むのです。最終的には、組織の影の部分、隠し持ってきたことにも向き合うことになります。すべての生けるものには秘密がありますから。

生きている組織は生命に仕えます。生命の目的を満たし、豊かにしていきます。進化の発展についての責任を分かち合います。なぜなら生きているもの全てが、自分たちは進化の一部だと感じているからです。私たちが生命であり、進化です。だから私たちにはその進化に責任があるのです。

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組織の中にいる自分たち自身が進化の過程にあって一緒に未来を創っているのだーーそう説くヨアヒムさんは、最後に「あなたは生きている(You are alive)」という自作の詩を披露してくれた。

私だけではなく、あなたも生きている。
命は私の中だけではなく、あなたの中にも生きている。
命は私としてだけではなく、あなたとしても生きている。
私はあなたの中にあなたの存在を感じることができる。
あなたはここにいる。
あなたはただあなたとして生きている。
あなたは私が考える以上の存在だ。
あなたはあなた自身が考える以上の存在だ。
あなたは偉大な魂だ。


見えない声を大切にするJUNKAN 経営──日本での実践

続いて登壇したのは、日本で自らティール組織を探求しながら、実践の支援も行う吉原史郎さん。Natural Organizations Lab(NOL)で、クライアント企業の経営者や社員が自然から得られる学びを生かして組織を進化させるサポートをしている。

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吉原:ヨアヒムさんの話に心が揺さぶられています。うまく話せないかもしれませんが(笑)、僕の実践についてお伝えします。

会社(NOL)のロゴはキャベツです。4年前に僕がびっくりした体験に由来しています。上にいるのは青虫さんです。外の葉っぱを食べるんですけど、内側はほとんど食べません。それで人間である僕が、内側を食べる。青虫さんのウンチはやがて土に戻っていき、キャベツの栄養になる。

とてもびっくりしました。それまでは「野菜を育てるためには水をあげなきゃいけない、肥料をあげなきゃいけない、毎日メンテナンスしなきゃいけない」という思い込みがあったんですけど、このキャベツは何もしなくても、自然と育っていきました。これが循環/JUNKANです。

このような体験が、NOLの「JUNKAN経営」というコンセプトおよび、体験を通して「いのちの循環」に気づいてもらうという現在の事業につながったという。

NOLでは顧客企業に畑づくりの体験プログラムを提供している。みんなで畑をつくり、種をまき、雨水の他に水はやらず、肥料も農薬も使わないナチュラルファーミングで野菜を育て、収穫する。元気な作物からは種が落ち、次の年の収穫につながるーーそのような循環のプロセスを、年間を通じて観察していく。

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吉原:このプログラムを通じて参加者は、それまで当たり前に思っていたものが変わっていくような気づきを得ていきます。

たとえば、「種は買わなきゃいけない」と思っていたのに、「いや、買わなくてもいいんだ」という気づき。種は誰のものでもなく、自然の中で育って自然に還っていくものだ。こう考えるようになります。

数年ほど経つと、雑草についても気づきがあります。雑草は「悪いものだ」「いらないものだ」と言われるんですけど、そんなことはなくて。「背の高い雑草は根を伸ばして、土を耕やしている」という意義があるわけです。

同じように害虫と言われる虫も、先ほどのキャベツの例のように野菜の栄養となっている。虫に害も益もないんです。虫さんはそこに生きている。生きていること、存在することに意味があるーーそんなことに観察を通じて気づいていきます。

月に1〜2回、畑の観察を続けて1年ほど経つと、まずは経営者や創業者に変化が起きるという。

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吉原:最初は自社の人材に対してその成果(畑で例えるなら「収穫」)に目が向いていたのが、「すべての生きとし生けるものに、生きているだけで意味がある」と思えるようになります。さらに発展していくと、生態系にも目を向けるようになっていきます。もちろん考え方は人それぞれですので、良し悪しはありません。

この畑づくりと並行して行うのが、創業者や経営者として自らが作った企業理念を見直し、どう発展させていくことができるのかを丁寧に考えていくことです。不思議なことに畑仕事をした後は、経営者の方も普段より正直に自分の思いを語れるようになるんです。この状態を私たちの会社では「循環している」と表現しています。

大事なポイントは、経営者がしっかり認識することです。虫さんにも雑草さんにも意味があるのと同じように、他のメンバーのことを、自分の収益や理念を成し遂げるための手段としてではなくて、本当に存在することに意義があるんだと感じられている状態、これが大事です。そういう意味で、「I」ではなく「We」という言葉を使っています。

ある経営者はこのプロセスを経て、経営者としての自分は「ただ土でありたい」と語ったそうだ。

吉原さんによれば、大事なのは目に見えにくい部分だ。畑でいえば、育った作物は収穫物として目に見えやすいけれど、本当に大事なのは土の状態や他の草や虫との関係といった見えにくいところ。組織においても、本当に注目すべきなのは個人や組織のパーパス(存在目的)、文化、関係性といった要素なのだ。

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吉原:見えにくいところに焦点を当てると、とくに経営者が大切にしたいことを物語として語れるようになっていきます。また、自分の考えが正解ではない、「IからWeへ」という意識の広がりから、謙虚な姿勢で他のメンバーの声に耳を傾けるようになっていきます。

つまり組織の中で循環が生まれていくのです。このようなプロセスで会社のあり方を見直していくと、給与などの具体的な制度、運営面での課題意識も表に出てきます。

ただ、「大切にしたいこと」「パーパス(存在目的)」という土台をもとに組織の循環も高まっていけば、課題をどうやって解決していくかも含めて、経営者ひとりに頼る必要はなくなっていきます。

今までどんな経営をしていたとしても少しずつ変わっていくことができる、という希望を感じられるようになっていきます。このように、目に見えない部分を、物語を通じてどんどん見えるようにしていくようなプロセスが、非常に大切なのです。


パネルトーク──世界観が変わる中で、組織はどう変わるのか

3人の登壇者による事例共有のあと、パネルトークが行われた。『ティール組織』解説者である嘉村賢州さんがモデレーターを務め、より具体的な現場でのリアリティについて突っ込んだ議論が交わされた。

嘉村:今日はティール組織の研究者としてよりは、現場で格闘されている方たちの意見を反映しながら、具体的な問いを投げかけたいと思っています。

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まず聞いてみたいのは、「新型コロナウイルスの感染拡大に対して、それぞれの組織でどんな動きがあったか?」というものです。「信頼にもとづく組織」や「生命体的な組織」と言葉で聞いてもなかなかイメージできないのですが、日々現場でどんなことが起こっているかを聞くことで理解を深めたいと思っています。

タイス:ビュートゾルフでは、緊急対応をサポートするクライシスチームをつくりました。

看護師はゼネラリストとしてあらゆる状況に対処しますが、人によって経験の差があります。そこでコロナウイルスに関してより多くの経験を積んだメンバーがこの問題の専門家となり、どういうふうに対応すべきかについて情報を提供しています。また、バックオフィスはそれをサポートする形で政策やデータなどの情報を収集してビュートゾルフ・ウェブで共有しています。

嘉村:専門性がある人でも意見が異なることがあると思いますが、その違いを乗り越える工夫はありますか?

タイス:まず、対応の結果(アウトカム)がどうなるかわからないという前提に立っています。だれも予測できないという前提に立って、日々結果をモニタリングしながら対応を考えていくことが大事だと考えています。

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嘉村:クライシスチームはどのような経緯で生まれたのですか?

タイス:オランダ各地の看護師から要請が出たからです。ビュートゾルフでは日常的なことなのですが、ビュートゾルフ・ウェブでオープンなディスカッションが常に行われています。新しいアイデアが提案されて、みんなが良いと感じて実現してほしいという声を上げると、実現に向けて動いていきます。

ヨアヒム:ハイリゲンフェルトでは、(イベント登壇時点では)まだ地域で感染者が出ていないので大きなイベントを中止した程度に留まっていますが、「恐れ」は生じています。その恐れにどう対処するかは、話し合いながら考えていく必要があります。組織にしっかりした文化があれば、よく話し合ってクリエイティブな解決策を見つけることができます。私はハイリゲンフェルトにはその力があると信頼しています。

「恐れ」は相談相手としてはあまり良くないのですが、今回の危機は、感染症への意識が高まり、その社会に対して自分たちはどんな貢献ができるのか、新たに学んだり議論したりするよい機会だと言えるでしょう。そのためにも、組織内で話し合う文化が重要なのです。

嘉村:ありがとうございます。それぞれの組織らしさがよく現れていると感じました。ヨアヒムさんに伺いたいのは、ハイリゲンフェルトが組織として規模が大きくなるにつれて、どんな変遷をたどったか、という点です。ビュートゾルフは設立当初から自主経営方式でしたが、ハイリゲンフェルトについてはあまり情報がなかったのでお聞かせください。

ヨアヒム:ハイリゲンフェルトは「患者さんを全体的な観点で手当したい」という思いで設立しました。専門性がまったく異なる人が集まっていたので、いつも試行錯誤でしたが、成長していくにつれて、正式に仕組み化されていきました。

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次のステップでは、「人間の医療」をしたいと思うようになりました。「患部の治療」ではなく、「ひとりの人間」として扱う。そのための人材が必要になるし、チーム文化というものを育んでいきました。

その次のステップは、患者さんだけでなく、患者さんを取り巻くスタッフや環境に意識が向かうようになり、組織開発に着手するようになりました。その頃、10年ほど前ですが、今で言えば「統合的な組織」になっていたと思います。さまざまな専門分野・意見・個人が統合されている状態。

そうすると、「これらすべてに向き合うことができる、より高次の意識とは何か?」という問いが生まれました。

これについて私が今最も大切だと感じているのが、「コンセプトから離れて進むこと」です。コンセプト、組織、人々、それらを突き抜けて何もないところに立ってオープンになるとはどういうことか、そこから組織を捉えるとどうなるか、を探求しています。

今のハイリゲンフェルトは、創設者である私の引退によって岐路に立っています。これまではどうしても創設者に意識が向かっていましたが、今後はチームとして物事を進めていく組織になろうとしています。

嘉村:お話を伺っていて、人生の歩みのようにそれぞれの段階で生まれた課題に向き合ってきたのだと感じました。

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コーチがチームをサポートすることで、自主的な問題解決が促される

次に嘉村さんが投げかけたのは「組織が大きくなっていくと、サボりなど信頼を損ねそうな状況も出てくるのではないか」という問いだ。この議論から見えてきたポイントのひとつは、会社やチームを外側からサポートする人の存在だ。

ヨアヒム:会社を始めたときから、「スーパービジョン」というシステムを作っていて、最低年に1度、希望すればもっと頻繁に、一般的には6週間か2ヶ月ごとに社外のコーチに入ってもらい、チームとして働いている状態はどうであるか、どのように感じているか、一緒に働く方法をどう改善するかについて、話し合う機会を設けてきました。

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それによって組織内のメンバーだけでは見えなかった影の部分が浮かび上がってくることがあります。たとえば協力的でないメンバーがいる、リーダーが厳しすぎる、といったことです。そうやって問題を見える化してメンバー自身で解決していきます。

とくにハイリゲンフェルトは価値観に基づく組織ですので、そういった場ではつねに「あなたはなぜここで働いているのか」が問われることになります。

コーチは4人いて、心理学や組織開発などそれぞれの専門性を持っています。

タイス:私もよく言われるのですが、「リーダーをなくすと責任者がいなくなって混乱が起きるだけじゃないか」と考える人がいます。でも実際には「だれもが責任者になる」のです。

なので、もしビュートゾルフできちんと仕事をしていない人がいれば、チームがそのことを指摘して、チームで解決していく必要があるのです。そもそもチームが採用を担うので、その人を雇ったプロセスにも問題があるかもしれません。

チームが問題を感じたら、ビュートゾルフでは地域ごとにコーチを設けているので、チームはいつでもサポートを要請できるようにしています。

嘉村:コーチは専用の採用・育成プロセスがあるのでしょうか?

タイス:はい。コーチはもともと看護師として働いていた人で、ポジションが空いていて向いているからコーチになってみたら、と推薦されて本人が希望すれば1年間のトレーニングを受けます。

トレーニング中に教育していることの一つは、コーチングセッションの後、チームのことを評価するだけではなくて「自分の働きはどうだったか」を振り返るように教えています。コーチとしての働きに満足しているか、自分がコーチとして他に改善できることや学ぶべきことがあるか、を自分に問うてもらうのです。

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組織文化に触れることで、自然と人は発達していく

嘉村:参加者からの質問で多いのは採用とそのあとのプロセスについてです。私も普段から「もともと意識の発達段階が高い人向けではないか」という意見を聞きますが、そういう人を選別しているのか。あるいは、パラダイムが異なる職場で働いてきた人が組織に入ってきた場合、新しいパラダイムにどう適応させていくのか、という質問です。

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ヨアヒム:最初の半年が大切な時期になります。ハイリゲンフェルトには、医師、心理学者、看護師、ソーシャルワーカー、アートセラピスト、理学療法士、ITスペシャリスト、ハウスキーピング、キッチン設備の管理者など、さまざまな職業の人がいて、ここで働きたいと考える理由も人それぞれです。

重要なのは組織の哲学を理解することです。それぞれの専門職ごとにプログラムがあり、最初の半年の間にたくさんのイベントや研修を通じて組織の文化や働き方を学んでいきます。もし合わないと感じる人はその間に組織を去り、残った人はその後も定期的に現場のさまざまなグループに入っていろいろな職種の同僚と知り合う機会を得られます。

いちばん大事なのは、2週間ごとに行う75分間の全体ミーティングで、1年も経てば誰もが立派な「ハイリゲンフェルダー」になりますよ。

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嘉村:採用は誰が行うのですか?

ヨアヒム:職別のチームで選びます。医師は医師を、看護師は看護師を、あとで一緒に働くことになるスタッフが採用チームをつくります。

タイス:ビュートゾルフの場合は現場のチーム単位で採用するのでシンプルです。看護師同士で友人となる場合も多く、スタッフの周りから自然とビュートゾルフに興味を持つ人が出てきます。

採用にあたって、まずはプロとしてのスキルを見るのが重要ですが、それと同時に人柄も欠かせない要素です。専門的なスキルは習得できますが、人柄は変えられません。発達段階というよりは、誰もが安全な港のように感じられるような良いチームを一緒に築いていけるかどうかが重要です。

あなたが尊敬している人や好きな人と仕事をするなら、職場に行きたくないとはあまり思わなくなるでしょう。だから、信頼できる人柄の良い人を採用することはあらゆる面で利益があるのです。

ヨアヒム:ハイリゲンフェルトには、先ほど説明したように「癒やしの文化」があります。患者さんはその豊かな環境で2週間過ごせば、人間的な成長が見られます。スタッフは毎日その文化に触れているので、1月、1年経てば自然と人間的に発達していくようになるのです。

なぜなら個人としてではなく、チームの一員として働いているからです。自主経営、自己組織化、対話、つながり、スピリチュアルなマインドフルネストレーニングなど、すべてが文化に含まれているので、次第に発達が促されますし、ときには人柄も変わっていくのです。

嘉村:給与と評価に関する仕組みについて伺わせてください。お金が介在すると、どうしても妬みなども生まれやすく、難しい問題です。それぞれの組織の仕組みと哲学について聞きたいです。

タイス:ビュートゾルフの場合はとてもシンプルで透明です。給与は、国の基準に従って教育と経験年数に基づいて決められます。同僚の給与もわかりますが、基準が明確で公正だと納得しているので、不満はありません。年度末にはすべての従業員に利益を分配しています。

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ヨアヒム:ハイリゲンフェルトでは、まず給与は個人的なものというよりは社会的なものだという考え方があります。それを前提として、経験と専門性、ハイリゲンフェルトでの勤務年数に応じて給与が決まっていきます。

加えて、年金や家族手当などさまざまな手当がありますが、職種に限らず収入の低い人が高い人よりも多くもらえるようにしています。たとえば自社独自の年金制度がありますが、清掃に関わっている人のほうが医師よりも多くもらえるようになっています。医師の方が給与が高いですから。

あるいは、給与額に関わらず支給する費用もあります。幼稚園の費用や、社会保障では賄えない医療費などです。

吉原:参加者からいただいた質問ですが、自組織で培ってきたメソッドを用いて、違う組織を生まれ変わらせることができると思いますか?

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タイス:今まさにそういう仕事をしています。日本ではジョイントベンチャーをつくって、自主経営組織になる方法について助言しています。

とくに力を入れているのは、マネジャーに「プロセスに委ねるように」と伝えることです。自分の立場がなくなるのではないかと恐れる人がいますが、コントロールしたり罰したりするのではなく、人々を励まし良い影響を与えるという役割が出てくると言っています。

完全な自主経営組織になるために、システムを信じなければうまくいきません。既存の企業構造に何かを付加したり部分的に導入したりするのではなく、構造を完全に置き換える必要があります。

ヨアヒム:ここ数年、ドイツで既存の組織を変えるチャレンジを行ってきました。その経験から言えるのは、オーナーやトップ・マネジメントが確信をもって変わろうとしない限り、変わりません。それが上場企業であれば、CEOがなにか違うことをしようとすれば株主によって交代させられてしまうため、ほとんど不可能だということです。

しかしそのうえでも、変化を起こしたい会社やリーダーをサポートするためのネットワークをつくり始めました。理念はそれぞれの組織で頑張っている人たちがつながることで、変化のための新しい場や文化を生み出そうとすることです。そうすることで、より良い変化が他の会社にも広がるかもしれないことを願っています。

嘉村:今日お話を伺っていると、お二人ともそれぞれの軸があって、それに従って組織に関わっていらっしゃるんだなということがわかりました。最後に、視聴者に対してメッセージを贈ってください。

ヨアヒム:あなたの人生を愛してください。そして進化の一部となってください。人生という贈り物に感謝し、未来に責任を持ってください。

タイス:「小さくあれ、シンプルであれ」というビュートゾルフの言葉を残していきたいです。また、ビュートゾルフで働く看護師は多くが女性ですが、家庭を切り盛りする力をもっている女性には、組織を経営できる力があると考えています。

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(編集後記)
今回のイベントは、昨年開催した日本初のティール組織に関するカンファレンス「Teal Journey Campus」からちょうど半年後というタイミングでした。日本でも実践と探求が蓄積され、さらにはコロナショックという状況もあいまって、今回の話は日本の実践者にとって示唆に富むものではないでしょうか。

当初から小規模チームで自主経営化を推進してきた〈ビュートゾルフ〉、組織の成長にともない統合的な視点で組織開発を行っていった〈ハイリゲンフェルト〉と、同じ医療分野でもそれぞれ異なる、独自の進化を遂げてきた2つの組織ですが、「より人間的な医療を目指す」という大きな共通点も感じました。

それはまさに世界観(パラダイム)の転換で、「患者さんは機能不全を治すべき対象」「スタッフは必要な処置だけ施せばいい」という機械的な考え方から脱却し、より人間性を重視した有機的な世界観に立脚した組織運営と言えるでしょう。

そう捉えると、まさに自然の叡智から学ぶという吉原さんの「JUNKAN経営」とのつながりも明確になってきます。私自身も『ティール組織』に出会ってから色んな探求をしていますが、世界観の転換ほど難しいものはない、と痛感しています。

吉原さんのお話からは、畑仕事を通じて考え方が変わっていった方々と同じように、何気ない自然の営みから日々の仕事を見つめ直していくことが、地味なようでいて大切なことではないかと感じました。

それは、治療(問題解決)を急ぐのではなく、患者さんの声に耳を傾けながら、自分たちに何ができるかを探っていく、ビュートゾルフやハイリゲンフェルトで働く方々の姿勢に通じるものがあるでしょう。

イベントのなかで、嘉村さんの質問にタイスさんが答えた「発達段階よりも人柄が」という言葉が印象的でした。『ティール組織』の発達段階のフレームワークは非常にわかりやすいのですが、逆にレッテルとなって分断を生じさせてしまうのではないか、という懸念をずっと抱いていました。

むしろ「私たちは、仕事とどう向き合い、目の前の人とどうつながるのか」という問いを得られたことが、私にとっていちばんの収穫でした。

2つの組織の実践についてもっと詳しく知りたい方は、ぜひ『ティール組織』や『自主経営組織のはじめ方』を読んでみてください。『ティール組織』には巻末に索引があるので、組織ごとの実践内容を参照することができます。『自主経営組織のはじめ方』には、ビュートゾルフの組織づくりに携わったコンサルタントが、従来の階層型組織から自主経営組織になるためのロードマップが描かれています。このイベントで話題にあがった「コーチ」の役割や、具体的なミーティングのやり方なども示されているので、実践のヒントになるはずです。
(下田)


イベントの記録動画全編と登壇資料を有料配信!

今回の記事でご紹介したイベントについて、当日参加できなかった方のために、Zoomの記録動画全編と登壇資料を共有いたします。みなさまの探求に、ぜひお役立てください。

動画へはこちら
https://eijionline.com/n/nb0506c622de1

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連載のご案内

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Next Stage Organizations 組織の新たな地平を探究する
ティール組織、ホラクラシー……いま新しい組織のあり方が注目を集めている。しかし、どれかひとつの「正解」があるわけではない。2人のフロントランナーが、業界や国境を超えて次世代型組織(Next Stage Organizations)を探究する旅に出る。

第1回:「本当にいい組織」ってなんだろう? すべてはひとつの記事から始まった
第2回:全体性(ホールネス)のある暮らし──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて①
第3回:リーダーの変化は「hope(希望)」と「pain(痛み)」の共有から始まる──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて②
第4回:「ティール組織」は目指すべきものなのか?──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて③
第5回:ホラクラシーに人間性を──ランゲージ・オブ・スペーシズが切り開く新境地
第6回:『ティール組織』の次本
第7回:医療界のティール組織は、現場の課題をどう乗り越えているか?(ティール組織探求シリーズVol.3レポート)

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訳者まえがき(嘉村賢州・吉原史郎)
新しい組織論に横たわる世界観:第1章コラム
自主経営に活用できる2つの要素:第2章コラム
組織のDNAを育む:第6章コラム
グリーン組織の罠を越えて:第7章コラム
ティール組織における意思決定プロセス:第8章コラム
情報の透明化が必要な理由:第9章コラム

連載著者のプロフィール

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嘉村賢州さん(写真右)
場づくりの専門集団NPO法人場とつながりラボhome’s vi代表理事、東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授、コクリ!プロジェクト ディレクター、『ティール組織』(英治出版)解説者。京都市未来まちづくり100人委員会 元運営事務局長。まちづくりや教育などの非営利分野や、営利組織における組織開発やイノベーション支援など、分野を問わずファシリテーションを手がける。2015年に新しい組織論の概念「ティール組織」と出会い、日本で組織や社会の進化をテーマに実践型の学びのコミュニティ「オグラボ(ORG LAB)」を設立、現在に至る。共訳書に『自主経営組織のはじめ方』(英治出版)、共著書に『はじめてのファシリテーション』(昭和堂)。

吉原史郎さん(写真左)
Natural Organizations Lab 株式会社 代表取締役、『実務でつかむ!ティール組織』(大和出版)著者。日本初「Holacracy(ホラクラシー)認定ファシリテーター」。証券会社、事業再生ファンド、コンサルティング会社を経て、2017年に、Natural Organizations Lab 株式会社を設立。事業再生の当事者としてつかんだ「事業戦略・事業運営の原体験」を有していること、外部コンサルタントとしての「再現性の高い、成果に繋がる取り組み」の実行支援の経験を豊富にもっていることが強み。人と組織の新しい可能性を実践するため、「目的俯瞰図」と「Holacracyのエッセンス」を活用した経営支援に取り組んでいる。共訳書に『自主経営組織のはじめ方』(英治出版)。

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