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新結合は「思いやり」から生まれる(村瀬俊朗)

「イノベーションは情報や知識の新結合から生まれる」。経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが提唱して以来、時代が移り変わってもこの説は有力である。

これまで知られていた情報や知識が、これまでにない方法で組み合わさることにより新しいものが生まれる。――頭では分かる。だが実現は難しい。

私もイノベーティブな発見を生み出すべく日夜励んでいるが、現実として「これが私のイノベーションです」と言える研究成果は乏しい。

しかし、情報と情報の「組み合わせ」を探究するネットワーク科学と、人と人の「結びつき」を考察するチームワーク研究を生業としてきた者として、「これが重要なのではないか」と手応えをもってみなさんにお伝えできることはある。

情報や知識が新結合するために私が重要だと思うもの。それは「ブローカー」である。今回はネットワーク科学の観点から、このブローカーの重要性について考えたい。

なぜ異業種交流会は新結合が生まれにくいのか?

「これまで知られていた情報や知識が、これまでにない方法で組み合わさることにより新しいものが生まれる」

とはつまり、情報や知識そのものが「まったく新しいもの」である必要はないということだ。重要なのは組み合わせであり、自分が持ち合わせていない情報に触れる機会を作る必要がある。

しかし、私たちは「新しいもの」ではなく、「似たようなもの」を求めてしまう同質化の傾向を備えている。同質化とは、人種・年齢・専門性・所属企業といった特徴が近い人や、過去に共同作業をした人に引き寄せられる心理的作用である。他人との共通項の多さは安心感を与え、会話も容易にさせるため、同質化を引き起こす。

2018年6月21日の日本経済新聞は、就任したばかりの経団連会長の中西宏明氏と、18人の副会長があまりにも同質化していることを苦言して、「経団連、この恐るべき同質集団 」という見出しを付けた[1]。

大企業が多様性を掲げる中、日本経済の司令塔となる経団連トップの構成は、日本人男性のみであり、最も若いメンバーは62歳。加えて、メンバー全員はサラリーマン経営者で転職経験ゼロ、首都圏以外の大学卒業者は一名のみであった。

同質化は例えば異業種交流会のような場でも起きてしまう。新しい出会いを求めに行ったにもかかわらず、同じ業種や顔見知りの人とばかり懇談し、自分と異なる人との出会いを作らずに終わってしまった。そんな経験はみなさんにもあるかもしれない。

コロンビア大学のポール・イングラム教授とマイケル・モリス教授は、エグゼクティブMBAコース参加者向けのネットワーキング・イベントを調査し、参加者が立ち話をする人選パターンに同質化が生まれることを発見した[2]。

イベントには92名が参加し、平均年齢は33歳、34%が女性。そして参加者全員がnTagというデバイスを首から下げ、誰が誰と話しているかを分単位で計測した。

研究結果はこうだ。イベント冒頭は、同じ人種の参加者を会話相手とするが、時間の経過とともに他の人種の参加者とも会話を楽しむこともわかった。しかし会話は、同じ人種の人のほうが長かった。そして興味深いことに、会話をしているグループに一人も自分と同じ人種が見当たらない場合、そのグループには加わらないことが明らかになった。

新しい発見を求めてイベントへ出かけたとしても、同質化が私たちにつきまとう。そして、組織においても同質化は顕著に表れる。

部署や部門は、マーケティング、開発、営業などの同じ専門性を持つ集団として組織化されることで、業務にまつわる共有認知を育む。このような集団では仕事の連携や情報共有が行いやすいが、似通った情報が循環する傾向が高まる。例えば組織内のメールのやり取りを分析しても、部署"外"よりも部署"内"の連絡のほうが多い[3]。

すると、部署のメンバーは同じような背景や情報を共有するようになり、活発に議論しても新たな発想や観点の共有が起こりにくい。

新結合の担い手「ブローカー」

チーム内はどうしても同じような情報が循環してしまう。では新しい情報に触れるには、どうすればよいか。ここで「ブローカー」の出番だ。

ブローカーとは、あるチームにとって新しい情報や知識を別のチームから輸入し、これまで交流のなかったチームとチームをつなぐ役割を果たす人である。

図1を見ていただきたい。丸は人であり、線は情報共有を表す。AチームにBチームの情報を伝える赤丸の人が、Aチームのブローカーだ。Aチームのブローカーは、Bチームのメンバー(青丸)に課題や問題点を相談することで、新しい観点や情報を入手し、Aチームに運び込む。

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このようなブローカーの活動によって情報と情報、知識と知識は組み合わさる。しかし新結合、つまり、これまで知られていた情報や知識が、これまでにない方法で組み合わさることにより新しいものが生まれるのは、そう簡単ではない。

ブローカーの情報は拒絶されやすいのだ。そのことを顕著に表したのがハーバード大学のリー・フレミング教授の研究である。

フレミング教授は、どれだけ新しい知識が目の前にあっても、それが実際に使われなければ価値がないと考え、「特許使用頻度(ある特許が、別の特許申請の際に活用される頻度)」のデータに目を付けた[4]。

開発者は何か開発を行う際、既存の知識(特許)と組み合わせて新しい知識(特許)を申請する。そのため特許使用頻度をデータ収集することで、「どういう知識だと新たな知識を創造する際に役立つか」が明らかになる。

そしてフレミング教授は、1975年から1998年における、200万人以上の特許登録者の特許データを収集して分析を実施。すると興味深い結果が浮かび上がった。

・頻繁に開発を共にするメンバー(ノン・ブローカー)の特許。
・普段は開発を一緒に行わないがたまたま開発を共にしたメンバー(つまりブローカー)の特許。

両者の使用頻度を比較すると、ブローカーの特許よりも、ノン・ブローカーの特許のほうが、別の開発の際に使用される頻度が高いことが明らかになった。つまり、同じ特許であっても、自分と頻繁に作業するメンバー(ノン・ブロカー)の特許を使用する。「ブローカーの情報は拒絶されやすい」のである。

外から輸入された知識は、チーム内部で交わしてきた議論や前提が想定されていないケースが多く、ブローカー以外のメンバーはその価値が分かりづらい。加えて、チーム内から生まれた知識のほうがなじみ深く重要視されやすい。そのため、「外部情報を拒絶する」NIH症候群が発生すると考えられる(連載第5回「『新しいアイデア』はなぜ拒絶されるのか?」参照)。

価値の「気づき」を生み出すパースペクティブ・テイキング

ではどうすれば、情報を右から左へと流すだけのブローカーから、自分のチームに新たな知識を根付かせるブローカーになれるだろう。注目すべきは、知識や情報は提示するだけでは不十分であり、その価値を相手が認めなければ新結合は起きないことだ。

相手が自分のアイデアの価値に気づくための行動。
それを「パースペクティブ・テイキング」という。

パースペクティブ・テイキングとは、相手の視点から物事を考え、相手の状況、価値観、要求を自分の思考過程に組み入れる手法だ。どこかで得た知識が仲間に役立つと感じても、それをうまく伝えることができなければ、知識の価値を見出されず拒絶される。

ペンシルバニア大学ウォートンスクール最年少教授であり、『GIVE & TAKE』や『ORIGINALS』著者のアダム・グラントも、パースペクティブ・テイキングについて研究している。

グラント教授は、水道処理施設に勤務する111名の従業員と、その上司111名にアンケート調査を実施。従業員は、以下のパースペクティブ・テイキングと内発的動機の設問を5段階評価で回答した[5]。

パースペクティブ・テイキングに関する設問例
・業務において、他人の立場に立ってしばし物事を考える。
・職場では、他人の視点から世界を見るように努める。
・業務において、他人がどのように感じているかをしばし想像する。
・仕事では、他人の観点を理解できるよう常に耳を傾ける。

内発的動機に関する設問例
・潜在的に他人の助けになる業務を行う際に気持ちが高まる
・他者に良い影響を与えることができる仕事を行いたい

また上司は部下の創造性に対して回答した。例えば、「新しく、実践的なアイデアを考え、業績を高めた」などである。

調査の結果、「パースペクティブ・テイキング」と「内発的動機」の両方が創造性には必要であることが明らかになった。相手の立場に立って考えられない従業員は、他者の役立ちたいと思う「内発的動機」が高まっても、上司に評価されなかった。相手の立場に立って考えを提案する従業員には、「内発的動機」と「上司からの創造性評価」に正の相関が確認された。

この話をブローカーに置き換えると、どうだろうか。ブローカーは誰しも、外部から知識を輸入することでチームに貢献したい、という内発的動機に駆られて行動する。しかし、その想いだけでは外部の情報はチーム内部に根付かず、チームに貢献できない。

オランダにあるエラスムス・ロッテルダム大学のインガ・ホーバー教授の研究は、ブローカーだけでなくメンバー全員がパースペクティブ・テイキングを行うことの重要性を示唆している。

ホーバー教授は、メンバーが異なる役割を担うときに衝突が多々起こることに目を付け、多様性をチーム内における役割の違いで定義し、パースペクティブ・テイキングの効果を検証した[6]。

この実験には231名の学生が参加し、3人一組の77チームを編成。77チームは以下の4種類に分類。

A:パースペクティブ・テイキング・トレーニングあり/役割の多様性あり
B:パースペクティブ・テイキング・トレーニングあり/役割の多様性なし
C:パースペクティブ・テイキング・トレーニングなし/役割の多様性あり
D:パースペクティブ・テイキング・トレーニングなし/役割の多様性なし

そして彼らには「映画館の営業力を高めるためのビジネスプラン作成」が課された。実験をするにあたっての条件は次の通りである。

・役割の多様性ありのチームは、「芸術」「イベント」「金融」という明確な役割が設定された。芸術は創造性や新規性を担当、イベントはサービスの質や観客を巻き込む活動を担当、そして金融はコストや利益率などを担当した。ビジネスプランを練る上で一人ひとりが自分の役割に基づいて意見し、連携しなければならない。
・多様性なしのチームは役割を設定されず、役割に固執せずに考えを共有できる。
・多様性あり・なしの両方のチームに、芸術、イベント、金融のすべての観点を取り入れてプランを練るように指示した。
・パースペクティブ・テイキングのトレーニングの受けたチームは、なるべく他人の観点から考え、プランもグループで精査して完成させるよう研究者から指示された。
・ビジネスプランの創造性は、「新規性」と「有効性」の基準で研究者が評価した。

実験の結果、役割の多様性が高くパースペクティブ・テイキングを行ったチーム(A)は、多様性はないがパースペクティブ・テイキングを行ったチーム(B)よりも、様々な役割に基づいた意見がプランに反映され、創造性が高いと評価された。

加えて、役割の多様性があるチームを比較しても、パースペクティブ・テイキングのトレーニングを与えられたチーム(A)のほうが、与えられていないチーム(C)よりも創造性に優れていた。

様々な観点の接点を見つけることは非常に難しく、本人が経験していなければ簡単には伝わらない。したがって、伝える本人は、他のメンバーが現在どのようなことを意識し、問題視しているか、どのような情報が欲しいのかをよく考えなければならない。そして、どのタイミングで、どう表現したら最も伝わるかを考えて提案することが、伝えたい価値を相手に気付かせるために有効である。

また、受け手も相手の立場を想像する必要がある。相手が伝えていることが自分の想定する情報と合致しないから軽視するのではなく、なぜ相手がそれを伝えようとしているかを考える。異なる考えや意見の価値を探索する雰囲気をチーム全体で醸成していくことが、新結合には求められるのである。

あなたが今日からできること

私たちは同質化を好むため、新しい人とプロフェッショナルな交流を図ろうとしても似通った人と交流する。この人間の習性を認識して、自分の身近な人ばかりと会うのではなく、全く新しい場所に出向いて知識や情報を探索することが重要だ。そこで得た知識を輸入することで、自分のチームに新しい観点をもたらすことが可能である。

だが前述の「特許使用頻度」の研究からも分かるように、私たちは外部からやってきた情報を拒絶しやすい性質を持っている。そのため、ブローカーもブローカーでない人も、新しい情報の価値を理解するために、他者はどのような意図をもってその情報を提案しようとしているかを思いやることが重要だ。そうしたパースペクティブ・テイキングの実践により、意外な組み合わせを見出すことができるかもしれない。

●参考文献
[1] 日本経済新聞 電子版「経団連、この恐るべき同質集団」2019.6.21
[2] Ingram, P., & Morris, M. W. (2007). Do people mix at mixers? Structure, homophily, and the “life of the party”. Administrative Science Quarterly, 52(4), 558-585.
[3] Kleinbaum, A. M., Stuart, T. E., & Tushman, M. L. (2013). Discretion within constraint: Homophily and structure in a formal organization. Organization Science, 24(5), 1316-1336.
[4] Fleming, L., Mingo, S., & Chen, D. (2007). Collaborative brokerage, generative creativity, and creative success. Administrative Science Quarterly, 52(3), 443-475.
[5] Grant, A. M., & Berry, J. W. (2011). The necessity of others is the mother of invention: Intrinsic and prosocial motivations, perspective taking, and creativity. Academy of Management Journal, 54(1), 73-96.
[6] Hoever, I. J., Van Knippenberg, D., Van Ginkel, W. P., & Barkema, H. G. (2012). Fostering team creativity: perspective taking as key to unlocking diversity's potential. Journal of Applied Psychology, 97(5), 982.


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連載紹介

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連載:チームで新しい発想は生まれるか
新しいものを生みだすことを誰もが求められる時代。個人ではなくチームでクリエイティビティを発揮するには何が必要なのか? 凡庸なチームと創造的なチームはどう違うのか? 多様な意見やアイデアを価値に変えるための原則はなにか? チームワークのメカニズムを日米で10年以上にわたり研究してきた著者が、チームの創造性に迫る。

第1回:「一人の天才よりチームの方が創造性は高い」と、わたしが信じる理由
第2回:なぜピクサーは「チームで創造性」を生みだせるのか?
第3回:失敗から学ぶチームはいかにつくられるか
第4回:チームの溝を越える「2つの信頼」とは?
第5回:「新しいアイデア」はなぜ拒絶されるのか?
第6回:問題。全米に散らばる10の風船を見つけよ。賞金4万ドル
第7回:「コネ」の科学
第8回:新結合は「思いやり」から生まれる
第9回:トランザクティブ・メモリー・システムとは何か
番外編:研究、研究、ときどき本
第10回:あなたのイノベーションの支援者は誰か
第11回:コア・エッジ理論で、アイデアに「正当性」を与える
第12回:仕事のつながり、心のつながり
第13回:なぜある人は失敗に押しつぶされ、別の誰かは耐え抜けるのだろう。
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