チームの溝を越える「2つの信頼」とは?(村瀬俊朗)

異なる知識をもつ多様なメンバーが集まると、これまでなかった意見やアイデアが出る。しかし、仕事の仕方や価値観の違いは軋轢や不信感を生んでしまう。どうすれば効果的なチームワークを発揮できるか? 日米で10年以上にわたってチームのメカニズムを研究してきた、早稲田大学准教授の村瀬俊朗さんが解説する。
連載:チームで新しい発想は生まれるか

新しい発想が生まれるには、異なる知識との連携が必要である。しかし、異なる専門性を持つメンバーがいると、通じない用語があったり、一から十まで説明を求められたりする。加えて、自分にとっては十分な説明であっても相手が納得するかはわからない。

このような状況に陥ると、メンバーの間の知識の違いは「関係の溝」へと変化し、チームワークにわずらわしさを感じてしまう。しかし、新しい発想を求めているなら、この関係の溝を避けて通ることはできない。ではどうすれば乗り越えられるか。

データ・サイエンティストと現場警察官の間に生まれた溝

2009年、シカゴ警察のウェイス署長は重犯罪の対応に頭を抱えていた。前年の犯罪率はニューヨークよりも高く、殺人件数は増える一方であった。政治的圧力が増す中、警察官の人員増強では間に合わず、新しい対処法を模索していた。[1][2]

そのような状況下で、風変わりな打開策が舞い込んでくる。シカゴ署のある警察官が、市内に渦巻く一見無関係な膨大なデータを重ね合わせ、犯罪発生場所を予測するシステムを作りたいというのだ。この提案を受け、ウェイス署長はテクノロジーとデータを武器に犯罪に立ち向かうチーム設立を承認した。

このチームのリーダーであるゴールドステインは、インターネット予約サイトOpenTableの元プログラマーであった。ゴールドステインの犯罪への対処法は、それまでの銃を持って犯罪者を追跡する伝統的なやり方とは著しく違った。

彼は、月の満ち欠け、気温の変化、住民の通報、過去の犯罪場所、店の種類や営業時間など様々なデータを重ね合わせ、犯罪につながる特徴的なパターンを探索していった。

ゴールドステインのパターン分析は現場からは見えない全体の犯罪状況とその移り変わりを、まるで天気予報図のように示した。一方で従来の手法は、局所的な情報のため管轄を越えた全体像がつかみにくいが、現場の鮮明な状況を捉えることはできる。両者に違いはあるが、共通の目的は犯罪の軽減であり、まさに補完関係である。

しかし、専門性や方法の違いは溝を作った。システムを信用できない現場の警察官はゴールドステインに様々な罵倒を浴びせた。「お前のやっているわけのわからないテクノロジーを俺は信じない」「お前の予測と実際の犯罪現場は一区画分ずれていた」。

システムの予測精度を向上させるには、刻々と変化する現場の生データが欠かせないのだが、現場の抵抗に加え、他の部署も非協力的であった。

知識と知識の境界に現れる「関係の溝」をどのように越えるか。これが、ゴールドステインの課題であった。

関係の溝を越える「2つの信頼」

溝を越えるには橋を渡さなければならない。それは信頼という橋だ。シンガポール国立大学のダニエル・マカリスター教授によると、信頼には「感情」と「認知」の2つの側面がある。

「この人は自分のことを裏切らず、弱みを見せても大丈夫」との思いから生まれる感情面の信頼。そして、「この人は仕事を遂行する能力がある」という評価から生まれる認知面の信頼。関係の溝を越えるには、この両方の信頼を勝ち取ることが重要なのである。

「感情の信頼」を得るには、同じ思いを共有する仲間だと相手が自分のことを認識しなければならない。私たちは、他人と出会った瞬間に仲間か部外者かを感じ取り、分類する。部外者と区別した者に対しては不信感を募らせ、自分たちとは違うと思い込んでしまう。

感情の信頼を勝ち取るには、「共通点を強調する」、そして「共通の目的に向かっていることを相手に納得させる」 ことが有効である。それによって相手と自分の仲間意識が醸成される。ゴールドステインは、その点は巧みだった。

彼はエンジニアでありながら一年以上続くトレーニングキャンプを潜り抜けた経験を活かし、現場の警察官に対し一貫して、彼らに馴染みのある警察用語や隠語、彼らが理解できる文脈で語りかけたのだ。

また、方法こそ違うが、ゴールドステインも犯罪をなくすために奮闘していることを周りに訴え続けた。そうすることで、同じ経験と目的を共有する仲間として感情の信頼を得ることができた。

では、なぜゴールドステインと現場警察官の間に「関係の溝」が生まれてしまったのか。

それは、認知の信頼がなかったからに他ならない。感情と認知、二種類の信頼がなければ、関係の溝を越えられないのである。

認知の信頼を得るために不可欠なのは「結果を残す」ことである。しかし、ゴールドステインのシステムはまださしたる成果を生んでいなかった。現場の抵抗は続き、他部署の非協力的な姿勢も変わらない日々が続いた。

だがついに、「認知の信頼」を勝ち取る事件が起きた。

ある日、彼が予測図を見ていると、一般的には絶対に起こりえない場所に対して、システムは高確率での犯罪発生を予測していた。

その地区は荒廃した建物が立ち並ぶわけでもなく、管理は十分だった。念のため警備を配置したが、何も起きず、夜の11時に警察官は立ち去った。しかし、事態は深夜に急変した。発砲が起こったのだ。

この事件をきっかけに、現場の警察官はゴールドステインの予測システムをパトロールに活かすようになった。そして、シカゴ警察は2010年の犯罪率を前年から5パーセント減らすことに成功したのであった。

新しい発想を手に入れるには、知識の領域をまたぐチームを準備するだけでは不十分である。感情と認知の二種類の信頼を築き、世界観や専門性の違いから生じる溝を乗り越えなければ、チームワークは生まれない。

そして、その溝を越える困難こそがチームワークの重要な一部だと認識しなければならないのである。

※参考文献
[1]『サイロ・エフェクト――高度専門化社会の罠』ジリアン・テット著、土方奈美訳、文藝春秋、2016年
[2] Joshua Brustein, The ex-cop at the center of controversy over crime prediction tech, Bloomberg, 2017

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連載紹介

連載:チームで新しい発想は生まれるか
新しいものを生みだすことを誰もが求められる時代。個人ではなくチームでクリエイティビティを発揮するには何が必要なのか? 凡庸なチームと創造的なチームはどう違うのか? 多様な意見やアイデアを価値に変えるための原則はなにか? チームワークのメカニズムを日米で10年以上にわたり研究してきた著者が、チームの創造性に迫る。

第1回:「一人の天才よりチームの方が創造性は高い」と、わたしが信じる理由
第2回:なぜピクサーは「チームで創造性」を生みだせるのか?
第3回:失敗から学ぶチームはいかにつくられるか
第4回:チームの溝を越える「2つの信頼」とは?
第5回:「新しいアイデア」はなぜ拒絶されるのか?
第6回:問題。全米に散らばる10の風船を見つけよ。賞金4万ドル
第7回:「コネ」の科学
第8回:新結合は「思いやり」から生まれる
第9回:トランザクティブ・メモリー・システムとは何か
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村瀬俊朗 連載「チームで新しい発想は生まれるか」

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コメント2件

村瀬先生、事例を基にした論考非常に興味深いです。「感情の信頼」の部分は共通点を強調することで得られるかと思いますが、「認知」の信頼を促すような仕掛け(行動経済学のナッジのようなもの)はないのでしょうか? 確固たる成果がなければ、その溝を乗り越えるのは厳しいように思えてしまいました(次の連載で明かされるようでしたら、楽しみにお待ちしております)。
上野さん、コメントありがとうございます。「認知の信頼」は、過去の実績や現在持っている技術や能力から、発達するものと思えます。ですので、先立つものが全くないと、なかなか認知の信頼を促すのは難しいかもしれません。しかし、実績があっても相手にそれが上手く伝わっていなければ、相手が認知の信頼を抱かないので、「自信をもってふるまう」や「過去の実績を相手に伝えること」が重要となると思えます。

今後も頑張って連載を続けるので、これからも応援をよろしくお願いします。
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