失敗から学ぶチームはいかにつくられるか(村瀬俊朗)
村瀬俊朗(むらせ・としお)
早稲田大学商学部准教授。1997年、高校卒業後に渡米。2011年、University of Central Floridaで博士号取得(産業組織心理学)。Northwestern UniversityおよびGeorgia Institute of Technologyで博士研究員(ポスドク)をつとめた後、シカゴのRoosevelt Universityで教鞭を執る。2017年9月から現職。専門はリーダーシップとチームワーク研究。英治出版オンラインで「チームで新しい発想は生まれるか」を連載中。
奇抜な組み合わせに出合うために、チームは数多くの知恵を絞り出し、メンバー各自の思考の枠組みを超えて新たな視点を見出さねばならない。多くのチームは創造性を求めるが、なかなか到達できない。ピクサーのようにメガヒットを連発するチームもあれば、凡庸な結果で終わるチームも無数に存在する。
チームは個人の限界を超えるために存在し、頭脳は複数あるはずなのに、なぜチームの業績にこんなに差があるのだろう。様々な領域から生まれる発想を効果的に統合し、思いもつかなかった発想につなげるには、チームに何が必要なのだろう。
自由な雰囲気が創造性の源泉
心理的安全性という言葉を聞いたことがあるだろうか。ハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授が1999年に提唱した概念だ。
エドモンドソンは、議論の活発性に興味を持ち研究を行っていた。本来会議とは、活発な議論が起こる場のはずである。しかし、なぜか沈黙が流れ、周りの顔色を窺った同調的意見が発せられる。一方で別の会議では様々な意見が威勢よく飛び交っている。
このことに疑問を抱いたエドモンドソンは、忌憚のない意見を戦わせているメンバーは、お互いへの信頼が高いことに目を付けた。「本当に自分が思っていることを発言しても周りから批判や揶揄されることはない」という共通の認識、すなわち参加者がその場は安全と感じ取り、周りを信頼している状態。これが心理的安全であった。
この概念を世間に広めた研究が、2012年にスタートしたグーグルのプロジェクト・アリストテレスだ。
グーグルは、生産性の高いチームの特徴を発見するために、社内の180チームに膨大なインタビューを行い、構成メンバーの特徴やマネジャーの行動など250以上の項目を検証した。
残念ながら、検証されたほとんどの要素はチーム業績との深い結びつきが確認できなかった。だが心理的安全性は、生き残った数少ない要因であった。
グーグルのチームも、あるいは前回紹介したピクサーの映画製作者とブレイン・トラストも、彼らが格闘する問題は非常に複雑で正解がわからない。そのような問題に取り掛かっているとき、「これを発言すると、周りからの尊敬を失わないか」と思う雰囲気が蔓延すると、幅広いアイデアや意見は出てこない。その結果は、発想の展開の行き詰まりである。
奇抜な組み合わせの発見への第一歩は、数多くの異なる観点からの意見を集めることである。そうした意見を生み出す土壌として、心理的安全性は必要不可欠だ。
新しい枠組みの探索と失敗の必然性
もう一つ、事例を見てみよう。1970年代初頭、ユニリーバは粉末洗剤の製造過程で悩みを抱えていた[1]。製造工程は、液状の洗剤原料を超高圧噴射し、瞬く間に乾燥させて粉末洗剤に変化させるものであった。しかし、初期に使用されていた高圧噴射のノズルの構造は、洗剤粒子を目詰まりさせてしまい、一定の大きさの粉末洗剤を作れずにいた。
この問題を解決すべく、ユニリーバは自社でチームをつくった。このチームはまず目詰まりするノズルを10個複製し、ノズルの穴を調整したり、内部に溝を作るなど様々なテストを実施。そのうちの一つが数字にして1.2パーセントという小さな改善に達した。チームは、このモデルを次の規準とし、更に様々な変更が加えられた10個のノズルを製作。
その後も様々な失敗と変更を繰り返し、45世代のモデルと449回の失敗を経て、最終的には初期のモデルと比べて遥かに効率の良いノズル構造に到達したのである。
この例はまさにユニリーバのチームに心理的安全性が確保されていたことを物語っている。心理的安全があったからこそ、チームメンバーたちは探索と失敗を繰り返すことができ、最終的には大きな成果を上げることができた。挑戦させたいのなら失敗を許容しなければならない。
しかし、ただ失敗を繰り返して終わってしまうチームも存在する。つまり、心理的安全性が確保されていると共に、チームとして失敗から学習することが大切なのである。そしてチームが失敗から学習するには、失敗から成功に近づくパターンを模索する必要がある。
許容された失敗からいかに学習できるか
未知の領域に取り組む場合、失敗は組み合わせを見つける過程の重要な一部であり、失敗の後こそチームが新たな思考の枠組みを獲得する最高のタイミングである。学びの収穫は、成功体験よりも失敗体験からの方が大きい。
例えば、ロケット打ち上げの面白い研究がある。ロケット打ち上げの成功率は、過去の打ち上げ成功数よりも、過去の打ち上げ失敗数に左右される。
この理由は、失敗体験は既存の枠組みに真っ向から対峙するきっかけとなるが、成功はその枠組みを強化してしまい、学習を阻害してしまうからだ。失敗の後こそ、メンバーたちが一堂に会し、振り返りを行い、様々な問題を検証し、新しい枠組みを模索する絶好の機会になる。
では、新しい取り組みの末に成功したなら、どうなるか。面白いことに、成功は私たちの考えを収束する効果があるようだ。新しい取り組みを多く試してきた発明家でも、成功した新しい組み合わせが見つかると、それ以降は同じような組み合わせで発明する傾向にあることが、研究からわかっている。
つまりパターンの発明に成功したことにより、成功が続くと同時に、思考の枠組みの固定化も進むということである。
さて最後に、心理的安全性の重要な効果について触れておきたい。エドモンドソンが病院を対象に心理的安全性を分析した時、心理的安全性は投薬エラー(間違った量や種類の投薬)を減らすと彼女は仮定していた。
しかし結果は真逆だった。心理的安全性はむしろ投薬エラーを増やしたのだ。この理由は単純で、職員が互いに信頼を寄せると、エラーがしっかりと報告されたからだった。反対に信頼がなければエラーは隠蔽される。
新しい組み合わせの発見に失敗は不可避だ。そして、様々な小さい失敗を引き起こし、チームでその情報を共有し学ばなければならない。心理的安全性がなければ、メンバーは奇抜な組み合わせの模索に挑戦しないし、失敗が起きても報告をしない。結果、失敗の隠蔽がチームの学習を阻害してしまう。
新しい組み合わせを模索するとき、チームにとって必要不可欠なのは、チーム内のメンバーが安心を感じ、失敗から学ぶ機会とプロセスなのである。
※参考文献
[1]『失敗の科学――失敗から学習する組織、学習できない組織』マシュー・サイド著、有枝春訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2016年
英治出版オンラインTalkLive
「創造性を生み出すチームワーク」
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連載紹介
連載:チームで新しい発想は生まれるか
新しいものを生みだすことを誰もが求められる時代。個人ではなくチームでクリエイティビティを発揮するには何が必要なのか? 凡庸なチームと創造的なチームはどう違うのか? 多様な意見やアイデアを価値に変えるための原則はなにか? チームワークのメカニズムを日米で10年以上にわたり研究してきた著者が、チームの創造性に迫る。
第1回:「一人の天才よりチームの方が創造性は高い」と、わたしが信じる理由
第2回:なぜピクサーは「チームで創造性」を生みだせるのか?
第3回:失敗から学ぶチームはいかにつくられるか
第4回:チームの溝を越える「2つの信頼」とは?
第5回:「新しいアイデア」はなぜ拒絶されるのか?
第6回:問題。全米に散らばる10の風船を見つけよ。賞金4万ドル
第7回:「コネ」の科学
第8回:新結合は「思いやり」から生まれる
第9回:トランザクティブ・メモリー・システムとは何か
番外編:研究、研究、ときどき本
第10回:あなたのイノベーションの支援者は誰か
第11回:コア・エッジ理論で、アイデアに「正当性」を与える
第12回:仕事のつながり、心のつながり
第13回:なぜある人は失敗に押しつぶされ、別の誰かは耐え抜けるのだろう。
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