研究、研究、ときどき本(村瀬俊朗)
※7月某日、オンラインチャットでの一幕。
村瀬:先日お伝えした右手の腱鞘炎の手術ですが、しばらくギブス生活なので、次の記事を書けるのは9月以降になりそうです。ごめんなさい。
山下(連載担当):ゆっくり静養してください。と言いたいところですが、間が空いてしまうので、インタビュー記事を入れてもいいですか?
村瀬:もちろんです。なにを話しましょうか。
山下:村瀬さんが熱く語れる本を三冊、用意していただけますか?
「個の圧倒的な強さ」が好き
村瀬:三冊選びました。
――この本、なんですか。
村瀬:ラノベです。まずこれから話しましょうか。
『オーバーロード』(丸山くがね著、KADOKAWA)
その日、一大ブームを起こしたオンラインゲーム、“ユグドラシル"は静かにサービス終了を迎えるはずだった。しかし、終了時間をすぎてもログアウトしないゲーム。意思を持ち始めたノンプレイヤーキャラクター。なにやらギルドごと、異世界に飛ばされてしまったらしい…。現実世界ではゲーム好きの孤独でさえない青年が、骸骨の見た目を持つ、最強の大魔法使い“モモンガ"となる。彼が率いるギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の伝説が、いま始まる! 圧倒的人気のWEB小説の書籍化。(Amazon商品説明文より)
村瀬:『オーバーロード』主人公のモモンガ。もうこのキャラクターがとにかく強いんです。どんな相手も瞬殺で。
――そんなに強くて話はもつんですか?
村瀬:勝つか負けるか分からないハラハラドキドキは、この本には一切なし。なのに続きが気になるストーリーテリングが素晴らしくて。そこそこページ数があるのに一気読みしてしまいます。
――村瀬さんはチームワーク研究者ですよね。なのに個の力が好き。
村瀬:子どもの頃からなんですが、「個の圧倒的な強さ」に惹かれるんですよね。知力の出番がないほどの武力。「三国志」の呂布とか、「北斗の拳」のラオウとか、最近だとワンパンマン。でも最強だったはずの呂布も最後は駆逐されちゃう。
――ラオウもワンパンマンも現実にはいない。
村瀬:そう、個の圧倒的な強さなんて幻想で、結局勝つのはチーム。でも強いチームがなんなのかはよくわからない。だからチームワークに興味を持つようになりました。
――それは高校を卒業してアメリカに行ってからの話ですか?
村瀬:そうです。ちょっとした変化でパフォーマンスが変わったり、優秀なメンバーが集まっても平均的なメンバーのグループに圧倒されたり。そのメカニズムはわかりづらくて、面倒なんですが、チームはとにかく面白い。
――興味をもつきっかけが何かあったんですか?
村瀬:アメリカに渡って間もない頃の僕は、ろくに英語を話せず、授業のグループワークについていけず悔しい思いをしました。でもある日、あるチームの中心メンバーが「トシオの意見も聞いてみよう」と、僕が時間をかけて話せる雰囲気を作ってくれました。いっぽう他のチームは中心メンバーが好き勝手に話し、僕も含めて周囲の意見を反映しようとしなかった。
――チームワークの事例になりそうな話ですね。
村瀬:そういう体験があって、「ああ、チームっておもしろいな。ポテンシャルがある」と思って研究対象に選び、チームの認知(あうんの呼吸)を研究しているレズリー・ディチャーチという教授の研究室に入りました。
井戸端会議で話題になるか
――『オーバーロード』以外のラノベもよく読むんですか?
村瀬:読まないです。今日持ってきた三冊はどれも2017年に日本に帰ってから読んだ本で、アメリカではほとんど本は読んでいませんでした。
――チームワークとかリーダーシップの本も?
村瀬:アメリカは教員の評価基準が論文を書くことなので、もうひたすら論文を読んでいました。99%が論文です。
――論文を書くために、論文を読んでいる?
村瀬:論文を書くには論文を読むことが不可欠なんです。ざっくり言うと、論文は、誰かが書いた論文(先行研究)と自分の研究を結合する作業なので、自分と関係する業界の論文を知っていなければ、いい論文は書けない。
――村瀬さんが考える「いい論文」って何でしょうか。
村瀬:そうですね。井戸端会議で話題になること、ですかね。僕の感覚では、研究の世界というのは、「チームワーク」とか「リーダーシップ」とかのテーマごとに井戸端会議が行われていて、それは最近できたものもあれば、数十年続いているものもある。その井戸端会議のメンバーが論文という形で発言したことが、ときに井戸端会議で話題になって議論を一歩進める。たまに他の井戸端会議にも影響を与えていく。そんなイメージなんです。
――井戸端会議のメンバーたちは、一つのテーマやメカニズムを協力して解き明かそうとしていると。
村瀬:そんな感じです。なので、他の論文にたくさん引用された論文は高く評価されます。
井戸端会議を超えていけ
――そろそろ二冊目にいきましょうか。
村瀬:論文の話をしたので、これがいいかな。
『ザ・フォーミュラ』(アルバート=ラズロ・バラバシ著、江口泰子訳、光文社)
やりとげたことが成功に結びつかないことはままある。懸命に働いても昇進できず、自分が最初に立てた手柄は後から来た人に横どりされる。才能と真面目さが合わさったときに道は開けると確信していても、どういうわけか結果が出せない……。そんな現象に気づいた著者と高名な研究者チームが、膨大なデータと最先端の分析システムを駆使し、これまでつかめなかった「パフォーマンス」と「成功」の関連を解明する。(Amazon商品説明文より)
村瀬:この本の著者のアルバート=ラズロ・バラバシは、ソーシャルネットワークという分野の神のような存在です。ソーシャルネットワークは、他者との関係構築や共同作業を研究する分野なので、僕が取り組んでいるチームワークとも密接に関わっています。
――村瀬さんから見て、バラバシさんはなにがすごいと思いますか?
村瀬:着想、ロジック、分析、ライティング。どれをとっても研究者として超一流です。そして彼は一つ一つの論文も優れていますが、この『ザ・フォーミュラ』が秀逸なのは、ほぼ自分の研究と論文だけで「何が成功の可否を決めるのか?」という普遍的な問いを科学的に解明しています。
普通は他の研究を色々引っ張ってきてロジックを作ります。でも彼の場合は、大きな問いに対して小さな問いを作りそれを一つの論文で解明し、また次に小さな問いを解いていくという作業を繰り返す。なのでバラバシの論文は連続していて、俯瞰すると一つのストーリーになっているのです。
――アメリカでは評価基準が論文という話がありましたが、なぜバラバシさんは本を書いたんだと思いますか?
村瀬:自分の研究が広く一般の役に立ってほしいと思った、あるいはその確信を得たからじゃないでしょうか。
――本の推薦文に「バラバシ自身、大成功を収めた偉大な科学者である。その彼がみんなのために、科学の力で成功というものを解明しようというのである」と寄せている方がいますね。
村瀬:研究者としては「井戸端会議を超えていけ」と言われているような読後感がありました。自分はまだまだその領域に達していませんが、バラバシは僕にとってロールモデルのような存在です。
研究と実践を橋渡す
――さて、最後の本になりました。
村瀬:これはアップルの財務トップがその台所事情を赤裸々に語った本です。こういう苦労話が好きなんですよね。それこそ「ピクサー潰れるんじゃないか」と思うくらいヤバい状況が出てきます。そういう時に、経営チームがどう意思決定し、それに現場がどう反応し、どんな変化があったか。こういう話は好奇心をかき立てられるし、ケーススタディとしても優れていると思います。
『PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』(ローレンス・レビー著、井口耕二訳、文響社)
ジョブズが自腹で支えていた赤字時代、『トイ・ストーリー』のメガヒット、株式公開、ディズニーによる買収……。小さなクリエイティブ集団をディズニーに並ぶ一大アニメーションスタジオに育てあげたファイナンス戦略! ビジネス書ではありますが、著者の人間性の魅力あふれる、血の通った真実の物語です。クリエイティブを追求すること、現実的に会社として生き残らなければいけないというプレッシャー、 ふたつの折り合いをどうつけるかというテーマは、今読まれるべき本だと思います。(Amazon商品説明文より)
――なぜこの本を読もうと思ったんですか?
村瀬:日本に帰って企業人と話すことが増えて、彼らの興味と自分の研究を紐づける必要性が出てきたんです。アメリカにいた頃は話し相手はほとんど研究者で、隠語で会話が成り立っていたんですが。それで、日本企業の人たちに自分の研究内容を話す時のイントロダクションや概念を説明する事例として、こういうビジネス・ノンフィクションを参考にしています。
――本を読む時間があったら研究したい、とは思わない?
村瀬:研究の時間は確保しないといけません。でも、これはアメリカにいた時に感じたんですが、本当に研究室にこもって研究だけしていると、成果を出せば大学や学会からは評価されますが、ふと「いまやっていることは社会にどれだけ貢献しているのだろう?」と自分の仕事の意義がわからなくなることがあります。
――いまはどうですか?
村瀬:日本に帰ってからは、社会との接点がずいぶん増えました。先ほど言ったように企業の方々とよく会うようになったんですね。彼らは共同研究ができて、私はデータや研究費をもらえて、両方にメリットがある。そういう共同研究をしているときに、僕が知っているメカニズムやこれまでの研究を話すと、彼らはとても納得していて、実際に少し成果を出すこともできて。当然ですが、人の役に立てるのはうれしいです。
――アメリカより日本のほうが村瀬さんにとって良い研究環境なんですね。
村瀬:そうかもしれません。あと、これはあくまで僕の意見ですが、日本の経営学分野の研究者のほうが自分のキャリアやアイデンティティについて深く考えて行動しているように思います。それはアメリカと違って日本経営学者は、科学的論文を書くだけでなく、一般書籍やビジネス誌を含めた幅広い活動が評価されるからかもしれません。
――何をするかは個人に広く委ねられている。
村瀬:そうです。科学を前進させるにはアメリカのやり方が効率的だと思います。でも日本のシステムは、研究者がその人らしいやり方で研究生活を送れる余地が大きいように思います。あくまで、早稲田大学という恵まれた環境に籍を置いている僕個人の考えですが。
――村瀬さんらしいこれからの研究生活を楽しみにしています。
村瀬:自分の研究室の智慧をみんなのものにしたい、と思えるほどの研究成果が出せるように頑張ります。あと、この連載も腱鞘炎になるくらいのパワーを投下していますので、連載の続きもバックナンバーもぜひ贔屓にしていただきたいです。
――では最後に次回のテーマを教えてください。
村瀬:次回のテーマはリーダーシップです。乞うご期待!
村瀬俊朗(むらせ・としお)
早稲田大学商学部准教授。1997年に高校を卒業後、渡米。2011年、University of Central Floridaで博士号取得(産業組織心理学)。Northwestern UniversityおよびGeorgia Institute of Technologyで博士研究員(ポスドク)をつとめた後、シカゴにあるRoosevelt Universityで教鞭を執る。2017年9月から現職。専門はリーダーシップとチームワーク研究。
連載:チームで新しい発想は生まれるか
新しいものを生みだすことを誰もが求められる時代。個人ではなくチームでクリエイティビティを発揮するには何が必要なのか? 凡庸なチームと創造的なチームはどう違うのか? 多様な意見やアイデアを価値に変えるための原則はなにか? チームワークのメカニズムを日米で10年以上にわたり研究してきた著者が、チームの創造性に迫る。
第1回:「一人の天才よりチームの方が創造性は高い」と、わたしが信じる理由
第2回:なぜピクサーは「チームで創造性」を生みだせるのか?
第3回:失敗から学ぶチームはいかにつくられるか
第4回:チームの溝を越える「2つの信頼」とは?
第5回:「新しいアイデア」はなぜ拒絶されるのか?
第6回:問題。全米に散らばる10の風船を見つけよ。賞金4万ドル
第7回:「コネ」の科学
第8回:新結合は「思いやり」から生まれる
第9回:トランザクティブ・メモリー・システムとは何か
番外編:研究、研究、ときどき本
第10回:あなたのイノベーションの支援者は誰か
第11回:コア・エッジ理論で、アイデアに「正当性」を与える
第12回:仕事のつながり、心のつながり
第13回:なぜある人は失敗に押しつぶされ、別の誰かは耐え抜けるのだろう。
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