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「コネ」の科学(村瀬俊朗)

業績を上げるためにチームのマネジャーとして何を大切にしていますか?
そう聞かれたら、あなたは何と答えるだろうか。

チームの創造性研究の第一人者として知られるハーバード・ビジネススクール教授のテレサ・アマビールは共著書『マネジャーの最も大切な仕事』の中でこう断言している[1]。

「創造性や生産性を高めるためにマネジャーにとっても最も大切な仕事は、メンバーの仕事が進捗するよう支援することである」

これは1万超の日誌分析、669人のマネジャー調査などによって明らかになったものだ。本を読み進めていくと、著者の膨大な定量・定性調査に基づく理論は説得力がある。

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だがチーム研究者として、この議論に一石を投じたい。業績を上げるには――この連載で言えばチームで新しい発想を生み出しイノベーションを起こすには――、マネジャーはチーム内部だけではなくチーム外部にもリソースを割く必要がある。

みなさんにとって馴染みのある言葉で言えば「コネ」を作ることがマネジャーにとって大切な仕事だと私は思っている。今回はその「コネ」の重要性について考えてみたい。

ネットワーク科学が明らかにするコネの重要性

「コネ」を科学的に分析し、体系的知識化した分野をネットワーク科学と呼ぶ。この分野の長年の研究結果の蓄積により、コネが私たちの行動や業績にいかに影響するかが明らかにされてきた。

例えば、ネットワーク科学の代表的な概念に、ネットワーク研究の大家であるシカゴ大学のロナルド・バート教授の「ストラクチュアル・ホール(構造的隙間)」がある。ストラクチュアル・ホールとは端的に言うと、チームのメンバー同士は互いに情報を共有し助け合う「関係の構造」を構築するが、部署を越えるとこの構造は維持されず、情報は外部に共有されないというものだ。

自分や部署の同僚たちの動きを思い出してほしい。同じプロジェクトメンバーとなら、進捗報告や課題の議論、情報共有などを頻繁に行うだろう。しかし、他のプロジェクトメンバーとのやり取りは、同じ部署内であっても極端に少なくなる。

バート教授は、私たちの行動の性質から生まれるこのストラクチュアル・ホールに目をつけた。隙間をまたいで関係を構築できる人は、チーム内の他の人間が手にしにくい情報やアドバイスを誰よりも早く入手できるため、業績や昇進の確率も高くなることを証明した[2]。

リーダーがチーム力の向上を考えるときも同じ理由で、チーム内部の関係のみを意識するだけではなく、チーム間の関係作りも意識すべきである。

ケンタッキー大学にネットワーク科学を牽引している著名な研究所LINKがある。LINKのアジャイ・メヘラ教授の研究グループは、ある金融機関の営業チームに対して、チームリーダーたちが構築する友好関係は営業チームの売り上げと顧客維持率にどのように影響するかを調査した[3]。

81の営業チームの各リーダーに、どのリーダーと友人関係にあるかを尋ね、友人関係データを作成し、各リーダーの直接・間接的な友人関係の数値を計算した。図を見ると、Case1も2もあなたの直接的な友人は2人だ。しかし、友人AとBが複数のリーダーと友好関係を築いているため、間接的な友人はケース1のほうが多い。

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この友人スコアを用いて業績との関係を分析すると、営業チームのリーダーの社内の友人数が高まると、チーム営業成績と顧客維持率が高まったのであった。

「暗黙知を交換」できるコネを作れるか

リンクトインやフェイスブックの台頭により、コネは作りやすくなった。だが、ビジネスカードの交換が業績を向上させるコネになるとは限らない。重要なことは、単なる知り合いから、入手困難な情報や技術を交換できる深い結びつきへと関係を発展させることである。

情報の性質は、形式知と暗黙知を両極とする[4]。形式知に近い情報とは、書式化できるものである。情報の保有者は、その情報の利用者が使用・理解できるように言語化できる。機械の説明書などが良い例だろう。形式知は書式化されるため伝達しやすく、メールのやり取りなどでも理解でき、またコネがなくともインターネット検索で取得できるものである。

一方で暗黙知とは、書式化することが難しい情報となる。例えば、経験や修練の末に身につけた知識や技術は、一部を形式化することはできても、多くは保有者の心の奥底に眠っていたり、体が覚えていたりするため、文字だけでは言い表すことが難しい。暗黙知を体得するには、経験的・身体的な知識を保有者が意識して表現し、また習得者も根気よく学ばないとならないため、知識の交換が難しいのである。

コネを積極的に作っていけば、業界で何が起こっているか、市場が何に注目しているか、などの情報は手に入るだろう。しかし、製品の質を高めるための特殊技術や知識の共有となると、一度だけ名刺交換したような関係で入手できるものではない。

では、こうした暗黙知を交換するにはどのような関係が必要なのだろうか。

ペンシルバニア州立大学のウェンピン・ツァイ教授は、面白いデータを入手するチャンスに恵まれた。ある大手食品製造会社が健康食品部門を新たに設立するというのだ。この新しい食品部門がどうすれば形式知と暗黙知を他の36部門と共有できるかを調査した[5]。

新部門設立から2年後、36部門の部長に、過去に健康食品部門と「形式知の共有」を行ったか、「暗黙知の共有」を行ったか、という2つの質問を投げかけた。健康食品部門の部長にも同様の質問を行った。

次に、36部門の部長が健康食品部門に部長を信頼しているかどうかを測定するために、2つの質問を行った。1つめは「たとえ契約書を交わさなくても依頼を聞いてくれるか」、2つめは「信用できる技術を備えているか」。回答者は2つの質問を5段階で回答する。

この2つの質問の意図は、「契約書を交わさなくても人として信頼できるか」、そして「保有している技術を信用できるか」という信頼に関する数値を算出することだ。2つの回答の平均値を用いて、健康食品部門の信頼データを作成した。

そして分析の結果、健康食品部門は相手から信頼されていなくとも形式知は共有されていることが分かった。しかし、暗黙知の共有は、信頼度が増すと共有率も高まった。

コネは重要だが、それだけでは暗黙知の共有や交換は起きない。信頼関係を築かなければ、誰しもが入手できる情報しか手に入らない。マネジャーは、チーム外部の関係者と信頼関係を築き、チームが必要とする情報や技術を外から輸入できる環境を形成することが重要なのである。

情報を得るには、関係構築への投資を

チームにとって有益な情報やアドバイスを外部から得るには暗黙知を共有できる信頼関係を築く必要がある。ではどうすれば、そうした信頼関係を築けるだろうか。

ドイツのビジネススクールESMTベルリンのダフランダー教授は、300名以上のIBMのエンジニアが内外の関係構築にどのように時間を割いているかを調査した[6]。この調査の目的は、人間関係と業績(特許取得数)の因果関係を明らかにすることである。

顧客やユーザー、競合他社、大学関係者やコンサルなどのリストをエンジニアたちに提示し、社外のどこから新しいネタを探すかを聞いた。ダーランダー教授の仮説は、組織外に幅広いコネを持っていると情報量が増し、業績を高めるというものだった。しかし、話はそう単純ではなかった。

外部の技術や知識が自分のチームにとって有益かどうかを深く理解するには時間がかかる。また、ツァイ教授の研究結果が示すように、暗黙知を共有するには信頼関係を必要とする。

特許取得数の高いエンジニアは、探索する業種の幅が広いだけでなく、外部情報源との日常的関わり合いに十分に時間を当てていることが分かった。反対に、幅広い業種から情報を探索すると報告していても、関係作りの時間を十分に割いていないエンジニアの特許取得数は低かった。

そして興味深いことに、幅広い外部の情報を探索すると答えた30%以上のエンジニアが実は、外部との日常的関わり合いに十分に時間を費やしていないこともわかった。

インターネット検索で得られるような情報ではなく、自分のチームにとって本当に価値のある技術や知識を取得するのは容易ではない。なぜなら、他人の知識を自分の業務に活用するには、その馴染みのない知識を十二分に理解する必要があるからが。さらに、あなたのことを相手が信頼していなければ、いつまでたっても暗黙知は共有されない。

ダフランダー教授のこの調査にはもう1つ興味深い発見があった。

調査対象となった300人以上のエンジニアの中には、情報を探索する業種の幅は狭いが、社内のエンジニアとの日常的関わり合いに時間を費やすエンジニアたちがいた。彼らの業績はどうだったか? 驚くべきことに、彼らの特許取得数は、調査対象となったエンジニアの中でも上位であった。

一言でコネと言っても、やみくもに知り合いを増やしたところでチームの業績は変わらない。やはり、量より質だ。重要なのは、暗黙知を得られるだけの信頼関係を構築すること。そして、誰が重要な情報源であるかを十分に理解し、日常的関わり合いに時間をかけることである。

●参考文献
[1] テレサ・アマビール,スティーブン・クレイマー『マネジャーの最も大切な仕事――95%の人が見過ごす「小さな進捗」の力』(中竹竜二監訳,樋口武志訳,英治出版,2017年)
[2] Burt, R. S. (2005). Brokerage and closure: An introduction to social capital. Oxford University Press.
[3] Mehra, A., Dixon, A. L., Brass, D. J., & Robertson, B. (2006). The social network ties of group leaders: Implications for group performance and leader reputation. Organization Science, 17(1), 64-79.
[4] Leonard, D., & Sensiper, S. (1998). The role of tacit knowledge in group innovation. California Management Review, 40(3), 112-132.
[5] Levin, D. Z., & Cross, R. (2004). The strength of weak ties you can trust: The mediating role of trust in effective knowledge transfer. Management Science, 50(11), 1477-1490.
[6] Dahlander, L., O'Mahony, S., & Gann, D. M. (2016). One foot in, one foot out: how does individuals' external search breadth affect innovation outcomes?. Strategic Management Journal, 37(2), 280-302.


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連載紹介

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連載:チームで新しい発想は生まれるか
新しいものを生みだすことを誰もが求められる時代。個人ではなくチームでクリエイティビティを発揮するには何が必要なのか? 凡庸なチームと創造的なチームはどう違うのか? 多様な意見やアイデアを価値に変えるための原則はなにか? チームワークのメカニズムを日米で10年以上にわたり研究してきた著者が、チームの創造性に迫る。

第1回:「一人の天才よりチームの方が創造性は高い」と、わたしが信じる理由
第2回:なぜピクサーは「チームで創造性」を生みだせるのか?
第3回:失敗から学ぶチームはいかにつくられるか
第4回:チームの溝を越える「2つの信頼」とは?
第5回:「新しいアイデア」はなぜ拒絶されるのか?
第6回:問題。全米に散らばる10の風船を見つけよ。賞金4万ドル
第7回:「コネ」の科学
第8回:新結合は「思いやり」から生まれる
第9回:トランザクティブ・メモリー・システムとは何か
番外編:研究、研究、ときどき本
第10回:あなたのイノベーションの支援者は誰か
第11回:コア・エッジ理論で、アイデアに「正当性」を与える
第12回:仕事のつながり、心のつながり
第13回:なぜある人は失敗に押しつぶされ、別の誰かは耐え抜けるのだろう。
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