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トランザクティブ・メモリー・システムとは何か(村瀬俊朗)

「チームの業績はABCで決まる」

そうチーム研究者の間では言われている。AはAffect(感情)、BはBehavior(行動)、CはCognition(認知)だ。

そしてチーム研究では、行動や感情以上に、認知が重要だとされている。認知の重要性を顕著に示したのが、ノースウェスタン大学のレズリー ・ディチャーチ教授とノースカロライナ大学ウィルミントン校のジェシカ・メスマーマグナス教授による研究だ[1]。

ディチャーチ教授たちは、無数の研究結果をメタ分析し、「感情」「行動」「認知」とチーム業績の相関関係を検証した。その結果、チームの行動や感情に関するデータよりも、認知に関わるデータのほうが業績に与える影響が強いことが明らかになった。

彼女たちの研究結果は実に面白い。多くの人はチームがコミュニケーションを取るほど業績が高まると考える。しかし、彼女らの研究では、チームの認知を高めることの方がチームの業績を上げるうえでは重要なのだ。

さて、チームの認知とは何なのだろう。

トランザクティブ・メモリー・システム

チーム認知の代表的概念の一つに、トランザクティブ・メモリー・システム(TMS)がある。一般的にTMSは、誰が何を知っているかがチーム内で共有されている状態と定義される。

TMSが成熟していないチームでは、メンバーがお互いの得意・不得意分野を理解していないため、各自が遭遇する情報を個別に努力して対処する。たとえば、自分に馴染みのない分野の情報に出くわしても、その情報の重要性を判断できず、理解するにも時間がなく見過ごしてしまう。

一方で、TMSが成熟したチームでは、互いの専門性や苦手分野がチーム内で共有されている。このようなチームでは、たとえ自分に必要のない情報でも、他のメンバーが必要としていることを知っているため、情報を然るべきメンバーへと送ることができる。加えて、自分の不得意分野の情報も、その分野を得意とする他のメンバーと協力して対処できる。そして、自分は得意分野の情報に集中できるため、チーム全体として様々な情報に対応できるのである。

TMSの知られざる3要素

TMSは「誰が何を知っているかが共有されている状態」と定義とされることが多々あるが、TMSの構成要素は実はそれだけではない[2] 。TMS研究の大家のカリフォルニア大学サンタバーバラ校のカイル・ルイス教授は、TMSの構成要素は3つあると言う。

「メンバー間の専門性の理解」「相手の知識や情報への信頼」「メンバー間の情報共有・提供 」。この3つである[3]。

つまりカイル教授が考えるTMSとは、「誰が何を知っている」だけでなく、メンバー間で情報のやり取りが効率よく起こり、チーム全体で様々な情報を記憶している状態である。一つの記憶回路のようにチームが機能しなければならない。

したがって、メンバーの得意分野を知るだけではTMSとしては不十分である。他のメンバーから必要な情報を効率よく引き出し、遭遇した情報を必要とするメンバーに共有する。そして人間の記憶のように、効率よく情報を引き出し蓄えることができてこそ初めて機能的TMSといえるのだ。

TMSと業績の相関関係

北京大学のチャン教授らは、様々な企業から104チームのデータを集め、業績とTMSの相関関係を検証した[4]。チームの属性はマーケティング、R&D、製造、品質管理など多岐にわたる。また、調査対象チームのメンバーの平均所属期間は37カ月であった。

TMSの測定のために、前述のルイス教授が作成した15問で構成される質問票を使用した。以下は筆者が意訳した質問票の一部である。

専門性
・様々なメンバーが異なる領域の専門を担っている(Different team members are responsible for expertise in different areas.)
・どのメンバーが特定の領域において専門性を有しているかを理解している(I know which team members have expertise in specific areas.)
信頼性
・他のメンバーのプロジェクトに関する知識を信頼できる(I trusted that other members’ knowledge about the project was credible.)
・議論によって他のメンバーが共有した情報を信頼できる(I was confident relying on the information that other team members brought to the discussion.)
連携
・チームはよく連携された状態で作業を行った(Our team worked together in a well-coordinated fashion.)
・何の作業を行うかに関してチーム内には誤解がほとんどない(Our team had very few misunderstandings about what to do.)

チームの業績は、以下の7項目に対してチームマネジャーが5段階で評価し、7項目の数値の平均をチーム業績値とした。
・効率性
・質
・目新しい手法
・期限順守
・予算順守
・業務の達成度合い

分析結果から、TMSとチーム業績は正の相関が確認できた。つまり、チームのTMSが高まると、チーム業績項目の平均点も高まる。チームメンバーが互いを信頼し、知識を理解し合い、情報のやり取りを円滑に行うことで業績を高めたのだ。

TMSは知識探索をガイドする

TMSが成熟することで情報の共有と処理は高まる。しかしチームが直面する課題は、チームの知識だけでは十分な解決に至らないことが多く、内外の知識をつなぎ合わせることが求められる。それゆえチームは外部の知識に必要に応じてアクセスしなければならない。

だが、外部の世界で必要な情報や知識がどこにあるかがわからない。そこで知識探索を円滑にするために、外部のTMSが必要となる。いかに外の知識を効率よく獲得できるかは、チームとして広域をカバーするTMSが重要となる。

知識探索におけるTMSの役割を発見したのが、ネットワーク科学で著名なボーガッティ教授とクロス教授だ。彼らは2種類のデータを用いて、知識探索と外部TMSの関係を検証した[5]。

1つ目のデータは、グローバル製薬企業で働く、IT研究を行う37名の科学者。もう一つのデータは、別のグローバル製薬企業の35名のゲノム研究者。両グループの作業は高度な知識を必要とし、彼らは難問に度々ぶち当たる。解決の糸口を探るため、役立ちそうな知識やアドバイスを他者から得て、解となる組み合わせを見つける必要がある。

そうした知識探索を必要とする際に誰に相談するかを、以下のアンケート項目を用いて尋ねた。

1. 【知識】その人の得意分野を知っている
2. 【価値】その人の知識や技術は自分の職務との関わりが深い
3. 【アクセス】その人の知識にアクセスできる
4. 【コスト】助けを求めることで何らかのコストが生じない(負の効果)
5. 【相談行動】誰にどのぐらい仕事関係のアドバイスを求めるか

ボーガッティ教授とクロス教授は、「1から4の条件を満たすと、その人に対する相談行動が高まる」という仮説を立て、データを検証した。

また、調査対象者と相談相手が同じオフィスで働いているかどうかも加味した。同じチームや同じオフィスで働くメンバーはプロジェクトの関わりが深い可能性があり、また物理的に身近なためアドバイスを得やすいとボーカッティ教授とクロス教授は考えた。

分析結果は、1と2と3は相談行動に影響することが確認できたが、4の影響は確認できなかった。同じ分析結果が、二つのデータで確認できた。

知識探索を行う際、時間や場所に制約があるため、無限に広がる様々な知識を探索して吟味することはできない。どこに知識があるか、その知識に価値があるか、そして相談に協力的か、これらの認知に従って、私たちは誰にアドバイスを受けるかを決める。したがって、チームの外部知識活用力を向上させたいのなら、どのような人がどこにいるかを各メンバーが十分に理解することが重要なのだ。

TMSの課題

ボーガッティ教授とクロス教授の面白い発見は、相談相手の決め手は、「物理的距離ではなくTMSである」という点だ。有力な情報源となる同僚が近くにいても、その人のことを十分に知らないためチームのTMSに入っていなければ、その人に相談を持ち込まない。

こんな話を聞いたことがある。ある研究者グループが課題を抱えていて解決策を見つけるために四苦八苦していた。結局、他の企業の専門家に相談を持ち掛けたところ、「この問題ならば、あなたの企業の○○さんの専門中の専門じゃないですか」と笑いながら言ったそうだ。

あなたのそばに重要な知識の源があっても、それがTMSの一部でなければ相談先と見なさない可能性が高い。TMSは知識探索の効率性を高めるが、同時にTMSは絶えず拡張・更新しなければならない。

また、TMSが知識探索の強力なガイドとなってしまった場合、時間をかけて新しい情報源を探さなくなるため、同じ人へのアクセスが集中してしまう。そして同じ情報源を長期使用することで、チームメンバーが得られる情報は限定され、真新しい情報に触れる機会を徐々に減らしてしまう。

創造性は、情報と情報の新しい組み合わせで生まれる。そう、重要なのは組み合わせの「新しさ」である。チーム内外の慣れ親しんだ人との交流の重要性は否定しない。だが、あなたがもし創造性を求めているのであれば、新しい人と深い交流を図り、他流試合を繰り返すことに力を入れるべきなのかもしれない。

●参考文献
[1] DeChurch, L. A., & Mesmer-Magnus, J. R. (2010). The cognitive underpinnings of effective teamwork: A meta-analysis. Journal of Applied Psychology, 95(1), 32.
[2] Lewis, K., & Herndon, B. (2011). Transactive memory systems: Current issues and future research directions. Organization Science, 22(5), 1254-1265.
[3] Lewis, K. (2003). Measuring transactive memory systems in the field: scale development and validation. Journal of Applied Psychology, 88(4), 587.
[4] Zhang, Z. X., Hempel, P. S., Han, Y. L., & Tjosvold, D. (2007). Transactive memory system links work team characteristics and performance. Journal of Applied Psychology, 92(6), 1722.
[5] Borgatti, S. P., & Cross, R. (2003). A relational view of information seeking and learning in social networks. Management Science, 49(4), 432-445.

村瀬俊朗(むらせ・としお) 早稲田大学商学部准教授
1997年に高校を卒業後、渡米。2011年、University of Central Floridaで博士号取得(産業組織心理学)。Northwestern UniversityおよびGeorgia Institute of Technologyで博士研究員(ポスドク)をつとめた後、シカゴのRoosevelt Universityで教鞭を執る。2017年9月から現職。専門はリーダーシップとチームワーク研究。英治出版オンラインで「チームで新しい発想は生まれるか」連載中。

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連載:チームで新しい発想は生まれるか

新しいものを生みだすことを誰もが求められる時代。個人ではなくチームでクリエイティビティを発揮するには何が必要なのか? 凡庸なチームと創造的なチームはどう違うのか? 多様な意見やアイデアを価値に変えるための原則はなにか? チームワークのメカニズムを日米で10年以上にわたり研究してきた著者が、チームの創造性に迫る。

第1回:「一人の天才よりチームの方が創造性は高い」と、わたしが信じる理由
第2回:なぜピクサーは「チームで創造性」を生みだせるのか?
第3回:失敗から学ぶチームはいかにつくられるか
第4回:チームの溝を越える「2つの信頼」とは?
第5回:「新しいアイデア」はなぜ拒絶されるのか?
第6回:問題。全米に散らばる10の風船を見つけよ。賞金4万ドル
第7回:「コネ」の科学
第8回:新結合は「思いやり」から生まれる
第9回:トランザクティブ・メモリー・システムとは何か
番外編:研究、研究、ときどき本
第10回:あなたのイノベーションの支援者は誰か
第11回:コア・エッジ理論で、アイデアに「正当性」を与える
第12回:仕事のつながり、心のつながり
第13回:なぜある人は失敗に押しつぶされ、別の誰かは耐え抜けるのだろう。
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