なぜピクサーは「チームで創造性」を生みだせるのか?(村瀬俊朗)
アメリカと日本で10年以上にわたってチームワークを研究してきた、早稲田大学准教授・村瀬俊朗さんの連載「チームで新しい発想は生まれるか」。第2回は、創造性を阻害する「思考の枠組み」とそれを打破する方法に迫る。
新しい組み合わせを阻害するもの
前回は、異なる情報の組み合わせから創造性は生まれること、そして異なる情報は個人より集団のほうが多く集まることから、チームは個人の創造性を超えると主張した。
創造性におけるチームの利点はもう一つある。それは、異なる情報の新しい組み合わせを阻害する「思考の枠組み」を、個人よりチームのほうが打破しやすい点だ。
私たちは、過去に体得した知識や成功体験から、思考の枠組みを作り出す。学習や実務経験を経て、世界や身のまわりに起こる様々な出来事やルールを解説する「説明書」を頭の中に蓄えるのだ。
例えば、料理を材料の組み合わせ作業と考え、キュウリを用いた料理を想像して欲しい。いろいろあるだろうが、「他の生野菜」「みそ」「南蛮漬け」とキュウリの組み合わせは想像しやすいだろう。私たちは様々な組み合わせを学習していくなかで、「キュウリ料理とはこういうもの」という説明書を頭の中に積み重ねていく。だから、キュウリ料理と言われたとき瞬時に、他の生野菜やみそを想像することができるのだ。
つまり、思考の枠組みとは、多くの説明書から構成されたものの見方・考え方である。その人の学習や実務経験を通して形作られ、この枠組みを通して人間は物事を解釈する。
「思考の枠組み」があるから私たちは、物事の関係性を理解することができ、ある事象の本質を瞬時に捉えることができる。だが枠組みが強固になると、無意識に特定の思考パターンが起動するようになり、様々な角度から事象を解釈するのが困難となる。
先ほどの例では、「みそ」は思いつきやすいが、キュウリに「はちみつ」をかけることは想像しづらいのではないだろうか。この組み合わせはメロンの食感と味を生み出すのだが、あなたの説明書にこの組み合わせが存在しないと、連想しづらく、受け入れがたい。思考の枠組みの固定化が進むと、延長線上にある発想は容易になるが、自由な発想は徐々に難しくなっていく。
ではどうやって、チームは「思考の枠組み」を打破するのだろう。
ピクサーNo.1ヒット映画はこうして生まれた
チームで創造性を生みだしている企業と言えば、私はピクサーを思い浮かべる。意外に思われる方もいるかもしれないが、ピクサーは個人の創造性に頼らず、チームによって質の高い発想を意識的に作り出しているのだ。
ピクサーは、ストーリー製作経験者で構成される「ブレイン・トラスト」というプロ集団を製作過程に関わらせ、実際の製作チームと製作段階で内容や方向性を議論するシステムを設けている。このシステムを導入しているのは、初期段階のすべての製品は問題だらけであり、問題の特定と究明を何度も行わせることが極めて重要な課題と考えているからだ。
製作チームは映画の着想当初から深くかかわっているため、どうしても別の視点から問題を認識することが難しく、解決の糸口が限られる。そこでブレイン・トラストの出番である。
「アナと雪の女王」を遥かに凌ぐディズニー/ピクサー・アニメーション映画歴代No.1のオープニング興行成績を叩き出した「インサイド・ヘッド」は、少女ライリーの幸せのために、彼女の頭の中にいる五つの感情たち(喜び、悲しみ、怒り、嫌悪、恐れ)が奮闘する物語だ。
この物語のテーマは、感情たち(少女ライリー)の「成長」である。だが、着想の初期段階において監督のピーター・ドクターは、感情の「成長」をテーマに掲げていなかった。ライリーの頭の中で何が起きているか、つまり感情たちの「やり取り」がテーマだった。
社内での10分の試写会では、感情キャラクターのやり取りは面白く描写され、ブレイン・トラストたちもこの映画は成功すると感じていた。しかし、気になる点があった。
監督が感情たちの「やり取り」に着目する一方、ブレイン・トラストのあるメンバーは、記憶や感情の「変化」が重要だと考えた。感情たちがどのように記憶と関わりをもち、自分の役割を理解し、変化させていくかをテーマにしたほうが面白いと感じたのだ。
しかし、感情たちの「変化」はメインテーマとは異なるため、監督はどの部分が重要かを考えなおさなければならなかった。この映画の本質はどこか。感情たちの「やり取り」か、それとも感情たちの「変化」なのか。
最終的に監督はブレイン・トラストの指摘を取り入れ、人間が避けて通れない変化、すなわち「成長」こそこの映画の本質だと捉えなおした。単純なやり取りだけではストーリーの深みがなく、感情キャラクターの変化から人間の成長を描くことを決断したのである。
チームワークとは、思考のバイアスを打ち破る最高の道具である
「やり取り」をテーマとして長らく考えていた監督は、別のテーマの価値を見出すことは一人では困難だった。特定のテーマを中心に物語を構成すると、それ以外のテーマから物語を考えるのが徐々に難しくなるのだ。
例えば、医師に専門外のケースを診断してもらうと、本来であれば別の領域の観点から診断を下すのが正解なのだが、その医師は自然に自分の専門的枠組みからケースを解釈し診断を下してしまう。
枠組みに囚われると、それ以外の考え(もの)が本当に見えなくなる。イリノイ大学のダニエル・サイモンズは、この現象を「モンキー・ビジネス・イリュージョン」と名付け、簡単な映像で証明した。
映像では、黒と白のシャツを着た六名が二チームに分かれ、各チームがボールを自分のチームメンバーにパスする。はじめにパスを数える指示があり、パス数えに集中すると、その途中で起こる奇異な出来事が目に入らなくなるのだ。
ピクサーは発想を個人の力に任せず、物語の創造過程に他人の視点を常に与えることを重視し、ブレイン・トラストが製作者を特定の思考の枠組みから引っ張り出す役割を果たしているのだ。
更に、このエピソードで注目したいのは、これが複数のアイデアから一つのアイデアを選択するのとは決定的に異なる点である。
私たちがよく会議で目にするのは、AとBのどちらが良いアイデアかを吟味して選択するというプロセスである。だが「インサイド・ヘッド」のチームはそうはしなかった。「やり取り」や「変化」というテーマを異なる視点を交えて突き詰めた結果、「成長」という新たなアイデアを見出したのだ。
「やり取り」を通じた「変化」によって感情がいかに「成長」していていくかを描く。彼らがこの結論にたどり着けたのは、まさしくチームワークの賜物である。メンバーの発言やアイデアを受けて、別の誰かが別の視点からそのアイデアと対峙し問題の原因を考える。さらにまた別のメンバーがその指摘を受けて新たな思考に着手する。
チームワークにおいて欠かせないのは、単純な情報量ではなく、メンバー間に起こる発想から発想、展開から展開の連続である。情報の送り手も受け手も、互いに尊敬の念を持ち、問題を様々な角度から指摘し、新しい組み合わせを模索する。互いの思考の限界を最大限に揺さぶり、個人のバイアスを打ち砕き、一人では到達できない発想へと向かうのだ。
私たちの多くは個人の仕事のほうが、チームの仕事よりも楽だと感じる。チームの仕事は、自分の意見が通りづらく、摩擦も起きやすいため、共同作業は面倒だ。しかし、一人作業ではどんなに意識をしても気づけない点が多く、そして目の前に問題が見えても意識に残らないことが多い。
あなたには「思考の枠組み」があり、あなたを無意識にその枠にはめる。だが、あなたが仲間とブレイン・トラストのようなチームワークを起こすことができるのなら、チームワークはあなたをその先にある新しい組み合わせへと連れて行ってくれるだろう。
チームワークとは、あなたの思考のバイアスを打ち破る最高の道具なのである。
連載紹介
連載:チームで新しい発想は生まれるか
新しいものを生みだすことを誰もが求められる時代。個人ではなくチームでクリエイティビティを発揮するには何が必要なのか? 凡庸なチームと創造的なチームはどう違うのか? 多様な意見やアイデアを価値に変えるための原則はなにか? チームワークのメカニズムを日米で10年以上にわたり研究してきた著者が、チームの創造性に迫る。
第1回:「一人の天才よりチームの方が創造性は高い」と、わたしが信じる理由
第2回:なぜピクサーは「チームで創造性」を生みだせるのか?
第3回:失敗から学ぶチームはいかにつくられるか
第4回:チームの溝を越える「2つの信頼」とは?
第5回:「新しいアイデア」はなぜ拒絶されるのか?
第6回:問題。全米に散らばる10の風船を見つけよ。賞金4万ドル
第7回:「コネ」の科学
第8回:新結合は「思いやり」から生まれる
第9回:トランザクティブ・メモリー・システムとは何か
番外編:研究、研究、ときどき本
第10回:あなたのイノベーションの支援者は誰か
第11回:コア・エッジ理論で、アイデアに「正当性」を与える
第12回:仕事のつながり、心のつながり
第13回:なぜある人は失敗に押しつぶされ、別の誰かは耐え抜けるのだろう。
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