「新しいアイデア」はなぜ拒絶されるのか?(村瀬俊朗)
異質なものの組み合わせから新しい発想は生まれる。だが私たちには、未知の情報や知識を反射的に拒否してしまう、ある心理的作用があるという。その正体とは? どうすれば乗り越えられるのか? 早稲田大学准教授でチームワーク研究者の村瀬俊朗さんが解説する。
連載 チームで新しい発想は生まれるか(村瀬俊朗)
外部のアイデアを拒絶する「NIH症候群」
2007年、ツイッター社勤務のクリス・メシーナは、チャットルームの住人たちのやりとりを見て、ハッシュタグ(#)を用いたコミュニケーションの整理というアイデアを思いつき、プロトタイプを作成した。
「チームのみんなはきっと、この価値がわかるはずだ」
――しかし社内の反応は厳しかった。
「そんなのはオタクしかやらない」「絶対に流行らない」
このような経験は皆さんにもきっとあるだろう。プロジェクトに役立ちそうな情報を思わぬ場所で見つけ、嬉々としてメンバーに伝えたが、チームの反応は芳しくない。結局あなたのアイデアではなく、どこかで聞いたような意見が採用される。
「新しいアイデア」は、なぜ伝わらないのか? なぜスルーされるのか?
それを解き明かすカギが、「NIH症候群(Not invented here syndrome)」という心理的作用だ。NIHとは、外部から持ち込まれる情報、外部で生まれたサービスや製品に対する反射的な拒絶反応のことである[1]。
NIHのメカニズムはこうだ。他社の技術を取り入れることは、他社が優れていることを意味する。一方で他社の技術を中傷することは、自分たちが優れていることを意味する。自分たちの価値を守りたいがために、NIHという拒絶反応が起きてしまうのである。
そしてこのNIHは、会社や組織に対する忠誠心や所属意識が強まるほど起きやすい。企業小説などで「プライドが邪魔をしている」組織人が登場することがあるが、プライドが高いとNIHが起きやすいと言える。
ではどうすればNIHを乗り越え、新しいアイデアをチームに浸透させられるか? ポイントは、「馴染みを持たせること」である。
「新しさ」を主張すると、資金調達に失敗する
外部の情報は、チームが今まで作り上げてきた世界観や議論を前提とせずに存在する。あなた自身は外部の情報を探索し発見する過程で、その情報が今までの議論の中でいかに役立つかを考え抜き、自分の世界観にその情報を融合させてきた。
しかし、チームメンバーはその過程を飛び越えて突然、外部の情報を目にする。彼らの価値観と、外部の情報には断絶がある。だからメンバーは異物感を抱き、あなたの「新しいアイデア」を拒絶してしまうのだ。
こうした新しいアイデア特有の「異物感」を軽減させるには、チームメンバーがその情報に「馴染み」を感じるようにしなければならない。この方法を、起業家の資金調達行動と政治家のスピーチから学びたい。
起業家は、自身のアイデアは市場に溢れているものとは違ってユニークであることを投資家たちに伝えたい。だがユニークさを強調して市場で使われていない言葉を使いすぎるとNIHが起きてしまう。
カナダのアルバータ大学のジェニファー・ジェニングス教授は、半導体業界における資金調達について調査した。この業界では、「Technological leadership」や「Customer service」はよく耳にするが、「Human resource strategy」などは馴染みがない。
調査の結果、馴染みのある言葉を使って価値を説明したほうが、より多くの資金を調達できることがわかった。反対に独自性を出すために、業界で使われない言葉を多く用いると、製品の価値が伝わらず大きな資金調達につながらなかった[2]。
この結果をチームに当てはめると、外で見つけた情報の価値を見出してもらうには、チームが議論してきた言葉や重要なポイントを踏まえ、メンバーが異物感を感じないように情報を提案することが重要となる。
何の変哲もない言葉から、史上初の大統領が誕生した
言葉を用いて自分の考えを伝えることを生業としているのが、政治家だ。彼らは様々な人や世代に自分の考えを幅広く理解してもらうために、みんなに馴染みのある言葉を巧みにつなぎ合わせて価値を伝える。
「Change」という合言葉で大統領選を勝ち抜いたオバマ元大統領はその代表例だが、私は2008年8月26日のヒラリー・クリントンの言葉を取り上げたい。夏の討論会で、ヒラリーはオバマのサポーターとして登場し、「祖父母」「親」「子供」という言葉を用いて援護スピーチを行った。
過去に努力した私たちの祖父母や両親、未来の社会を担っていく私たちの子供。両者を繋ぐ現在を生きる有権者には、未来のためにより良い社会を営む責任があり、有権者一人ひとりが自分の責任で、世代を繋ぐ次の大統領を選ばなければならない。そう語ったのだ。
そしてヒラリーの言葉を聞いた有権者たちは、より良い未来が営まれるイメージを手にし、自分たちの世代が次の世代への責任を全うし、より良い変化を生み出す努力をすべきだと認識を新たにした。
祖父母、親、子供……ヒラリーがスピーチで使ったのは、言ってしまえば何の変哲もない言葉だ。新しさはまるでない。だが「馴染みがある」言葉だからこそ、訴えたいことの価値は伝わる。
外部のアイデアを誰かに伝えようとするとき、差別化を図って「新しさ」や「ユニークさ」を強調してしまいがちだ。だが大切なのは、チームの文脈に則って重要な言葉をつなぎ合わせ、外部のアイデアの価値がチームメンバーに伝わるイメージを作りだすことなのである。
最後に、今回紹介したNIHは、アイデア提案者にとっては不快感をもたらす心理的作用だ。しかし、NIHは避けようとしてはならない。NIHが起きない情報ばかりを共有しているということは、新しい情報の融合に挑戦していないとも言えるからだ。
さて、あなたのチームでNIHは起きているだろうか?
※参考文献
[1] Antons, D., & Piller, F. T. (2015). Opening the black box of “Not Invented Here”: Attitudes, decision biases, and behavioral consequences. Academy of Management Perspectives, 29(2), 193-217.
[2] Martens, M. L., Jennings, J. E., & Jennings, P. D. (2007). Do the stories they tell get them the money they need? The role of entrepreneurial narratives in resource acquisition. Academy of Management Journal, 50(5), 1107-1132.
連載紹介
連載:チームで新しい発想は生まれるか
新しいものを生みだすことを誰もが求められる時代。個人ではなくチームでクリエイティビティを発揮するには何が必要なのか? 凡庸なチームと創造的なチームはどう違うのか? 多様な意見やアイデアを価値に変えるための原則はなにか? チームワークのメカニズムを日米で10年以上にわたり研究してきた著者が、チームの創造性に迫る。
第1回:「一人の天才よりチームの方が創造性は高い」と、わたしが信じる理由
第2回:なぜピクサーは「チームで創造性」を生みだせるのか?
第3回:失敗から学ぶチームはいかにつくられるか
第4回:チームの溝を越える「2つの信頼」とは?
第5回:「新しいアイデア」はなぜ拒絶されるのか?
第6回:問題。全米に散らばる10の風船を見つけよ。賞金4万ドル
第7回:「コネ」の科学
第8回:新結合は「思いやり」から生まれる
第9回:トランザクティブ・メモリー・システムとは何か
番外編:研究、研究、ときどき本
第10回:あなたのイノベーションの支援者は誰か
第11回:コア・エッジ理論で、アイデアに「正当性」を与える
第12回:仕事のつながり、心のつながり
第13回:なぜある人は失敗に押しつぶされ、別の誰かは耐え抜けるのだろう。
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