なぜ「好き」を語る子どもが「正しい」を語りたがる大人になるのか(竹内明日香)
道徳の教科化が始まり、「忖度」が流行語となる時代。善悪の判断や他人への配慮が問われる一方で、飛び抜けた活躍をする人たちはみな、自分自身の「好き」を表明し、徹底的に追い求めている。社会を動かすのは、正しさ以上に「好き」を原動力にしている人たちではないだろうか。
この連載では、国際舞台で戦う日本企業の発信を長年支援し、4年間で延べ1万5,000人以上の子どもたちに「話す力」を育む出前授業を行ってきた著者が、自らの「好き」を言語化する力の可能性を、プレゼンやチームづくりなどの様々な場面における効用を示しながら探る。
プレゼンの国際舞台で悲惨だった日本のエリートたち
「話す力」というと、みなさんは何を想像されるでしょうか。発声の仕方、間の取り方、論理的な話の組み立て方などを想像されるかもしれません。
私はビジネスパーソンや子どもたちにプレゼン手法を教える活動を続けるなかで、話す上で最も大切なのは「好きを言語化する力」だと思うようになりました。それはあるきっかけからでした。
4年前に顧客に同行して海外のプレゼン大会に出席したときのことです。日本企業の代表の方々のプレゼンは、内容も、スライドも、英語の文法も整然としているのに、情熱が感じられませんでした。一方で、欧米のプレゼン力はイメージ通り高かったことに加え、東南アジアや中東の代表たちも、粗削りな内容でつたない英語ながらも、
「これが私の考えた新しいポイントシステム! このシステムの何がクールかって・・・」
と、個人の「好き」があふれる、引き込まれるトークの数々を繰り広げており、彼我の差を見せつけられたのでした。
このプレゼン力は子どものうちから鍛える必要があると痛感し、帰国の翌月から子ども向けに公募のワークショップを開始しました。プレゼン大会の経験から、話す順序や発声法、場の掌握力のみならず、「自分が『好き』なことや、強い思いを言葉にして人に伝える」という根源的な力が欠かせないことを強調しています。公募型にすると、意識の高い親子だけしか参加しないため、今では学校に出前授業という形でプログラムを届け続けています。
「好き」を語れる子ども、「正しさ」を語りたがる青年
「あなたが好きなものって何?」
この4年間、私が繰り返し小中高大や特別支援学級、ゼミなどの授業先で問いかけてきた言葉です。このなかで悲しみをぬぐえないのが、一定の世代以上の子たちが、自分の「好き」はどこかに置き去りにして、「正解はなんだろうか」と不安そうな目で探り求める姿です。
「好き」の発信から「正しさ」の模索へ・・・この転換が起きる年齢層は、地域によってばらつきがありますが、どうやら小学校5~6年あたりのようです。
小学校での私たちの定番プログラムに「今はない商品やサービスを考えてチームでお店をつくろう」という授業があります。直近の授業では、対象が4年生だったこともあり、それぞれの「好き」があふれる楽しい場となりました。人の目を気にせず、あふれるアイディアをぶつけあい、ひとつに案をまとめていざ発表。
ゴキブリを撃退してくれるパンツ、学校に遅刻しないように人を運ぶ会社、母親の家事を代行するように飼い犬を調教してくれる首輪!など、「正しさ」とは無縁の楽しいアイディアの数々が出てきました。
中学校で行うプログラムは、職業体験の発表がよくあるテーマです。なぜか「働くとは、人への思いやりだと知った」「責任と感謝の気持ちが大事だと思う」など、急に一般論が増えていきます。
これらの話の前後に具体例や個人の思いが盛り込まれれば説得力も増すのですが、自分の経験談を話すことが恥ずかしいのか、大人の目を意識してなのか、思考なるものは一般化すべきという強迫観念なのか、「こう言っておくことがポリティカリーコレクトだ」と言わんばかりのコメントばかりとなります。
このような中学生や高校生でも「何が一番面白かった?」「へー、風景撮るのが好きなの?」「そのエピソードいいね! プレゼンに入れてよ」などと声をかけていくと、ちょっと疲れた顔をした生徒の目の奥がキラリと光るんです。
この瞬間が私は大好きです。
みんな持っているんですね、「好き」の種を。小学校中学年までは、その種を手のひらに乗せて「ほらー」っと見せられるのに、なぜかどんどん殻で包んで、心の奥にしまい込んでしまう。そして重症化してしまうと、自分がいったい何が好きなのかもわからなくなってしまう。
世のなかで求められているのは、自分の「好き」ではなくて、一般的な「正しい答え」なのだと思い込んでしまうことによるのだと思います。
今の時代、「好き」を語れる人が強い理由
社会に出て圧倒的に強いのは、大人になってもこの「好き」がはっきりしている人、「好き」という感情を堂々と言える力を子どものころから根絶やしにせずに持ち続けられた人だと感じます。
幼少期から描くことが好きで見るものを片っ端からデッサンし、生涯で15万点弱の作品を残したピカソ。魚が大好きで魚の絵を描き続けて魚博士になったさかなクン。勉強そっちのけで電子機器の製作に没頭し、やがて世界的な企業を築き上げたSONYの盛田昭夫さん。数え上げればきりがありませんね。
最近、子どもたちの人気職業ランキングに入るようになった「ユーチューバー」も、オタクともいえるレベルで、自分が好きで面白いと思うことを発信している人たちです。SNSなどを通じて、誰もが情報の「受け手」ではなく「発信者」になる時代。ありふれた一般論よりも、突出した個人の「好き」を発信できる人が、ますます強くなってくるのではないでしょうか。
従前は大事とされてきた「正解を模索する力」は、人工知能がますます発達するこれからの時代、機械の方が得意になっていきます。今後、人間が機械と差別化し、そして既存のアイディアに革新を起こしながら生きるには、いかに個性的な「好き」を人に「伝える」ことができるかが鍵ではないかと思います。
特に天然資源も乏しく、少子化で人口が減少する日本にあっては、周囲の目を気にして縮小均衡に陥るのではなく、ひとりひとりが「好き」という軸で自ら輝き、力強くそれを外に発信することで、自分も周囲も笑顔になるのではないかと思うのです。
各世代が「話す力」を高められるように日々奔走している私は、「好き」を叫ぶ人が日本にあふれる未来を想像しています。この連載では、「好き」を言語化することで仕事や日々の生活をいかに楽しく、またパワーアップさせられるか、についてお話ししてまいりたいと考えています。
人の目や客観的な「正しさ」を気にすることなく、日々の暮らしも仕事も楽しめる人が増えますように。私自身も、そんな未来が「好き!」「つくりたい!」と叫んでいきたいと思っています。
≪連載紹介≫
連載:「好き」を言語化しよう(フォローはこちら)
道徳の教科化が始まり、「忖度」が流行語となる時代。善悪の判断や他人への配慮が問われる一方で、飛び抜けた活躍をする人たちはみな、自分自身の「好き」を表明し、徹底的に追い求めている。社会を動かすのは、正しさ以上に「好き」を原動力にしている人たちではないだろうか。 この連載では、国際舞台で戦う日本企業の発信を長年支援し、4年間で延べ1万5,000人以上の子どもたちに「話す力」を育む出前授業を行ってきた著者が、自らの「好き」を言語化する力の可能性を、プレゼンやチームづくりなどの様々な場面における効用を示しながら探る。
インタビュー:「話す」ことに苦労した子どもが、子ども向けプレゼン教育のプロになった
第1回:なぜ「好き」を語る子どもが「正しい」を語りたがる大人になるのか
第2回:「聴き手のため」を考え抜いたプレゼンは本当に強いのか?
第3回:プレゼンもキャリアも特別なものにできる、「好きのかけざん」の力
第4回:日本の20代の好奇心はスウェーデンの60代並み!?
第5回:「不得意だけど好き」と「嫌いだけど得意」はどちらが強いのか
第6回:強いチームは「苦手」を克服させない
第7回:勢いのある企業が社員の「得意」よりも大事にしていること
第8回:なぜ結婚式の主賓スピーチはつまらないのか
第9回:人に刺さり、人が集まる「S字の自己紹介」
第10回:日本で起業家が少ない、見過ごされがちなもう一つの理由
最終回:「好き」を語る子どもであふれる未来は、私だけの夢ではなくなった
編集後記:「話す力」は本人だけの問題ではない。取り巻く環境をどう変えていくか
≪著者紹介≫
竹内明日香(たけうち・あすか)
一般社団法人アルバ・エデュ代表理事。株式会社アルバ・パートナーズ代表取締役。
東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャル・グループ)にて国際営業や審査等に従事。(株)アルバ・パートナーズを2009年に設立し、海外の投資家向けの金融情報提供や、日本企業向けのプレゼンテーション支援事業を展開。さらに、子どもたち・若者たちの話す力を伸ばすべく、2014年に(社)アルバ・エデュを設立、出前授業や教員研修、自治体向けカリキュラム策定などを精力的に行っている。2019年3月現在、延べ150校、15,000人に講座を実施。2014年、経済産業省の第6回キャリア教育アワード優秀賞受賞。2018年、日本財団ソーシャルイノベーター選出。日本証券アナリスト協会検定会員。
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