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『自主経営組織のはじめ方』④ 第6章コラム:組織のDNAを育む(嘉村賢州)

ティール組織の3要素の中でも、とくに注目を集めるのが「自主経営(セルフ・マネジメント)」です。しかし、実践的・体系的なノウハウはまだ少なく、日本ではほとんど紹介されていませんでした。
2020年2月出版の『自主経営組織のはじめ方──現場で決めるチームをつくる』は、ティール組織の代表例である<ビュートゾルフ>の組織づくりにも関わったコンサルタントが、15年間にわたる知見を凝縮した一冊です。そして翻訳は、連載Next Stage Organizationsの執筆者である嘉村賢州さん、吉原史郎さん。全7回にわたって、日本語版に特別に追加した「訳者まえがき」と「コラム」をお届けします。

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『自主経営組織のはじめ方』第6章コラム
組織のDNAを育む

本書では、自主経営を運用していくに連れて、さまざまな合意事項が決まっていき、独自の文化が生まれると述べています。この第6章では、合意事項を「チーム・ハンドブック」にまとめておくことで、新人が入ってきても、すぐに独自の組織のルールや文化になじめる仕組みを実現できると論じています。

昨今増えてきている自己組織化組織では、このようなチーム・ハンドブックに類するものをつくっている組織が非常に多くあります。組織文化や合意事項のような、いわば「組織のDNA」を明文化して継承することは、自己組織化組織をつくるうえで、重要要件のひとつではないかと感じています。

組織のDNAを規定する事例でよく取り上げられるのが、ホラクラシーワンが提供している「ホラクラシー憲法」です。ホラクラシーは、自己組織化組織をつくる際、高い再現性を実現できる方法論のひとつとして、世界中に普及しつつあります。ただし、導入する際には全メンバーが「ホラクラシー憲法」に合意することが求められています。

憲法などというと、堅いイメージを抱くかもしれませんが、より適切な表現で言い換えれば、自己組織化組織における新しい働き方やコミュニケーション方法を定めた「ゲームのルールブック」というほうが実態に近いと思います。

たとえばサッカーでは、「ボールを手で触ってはいけない」や「オフサイド」などのルールがあることで、創造的なプレーが展開されるようになります。同じように、日々の意思決定や対立時の解決方法など、最低限のルールを明文化しておくことで、今までの常識とは異なる新しい組織の捉え方(パラダイム)が可能になり、仕事をよりスムーズに進められるようになります。

実際にホラクラシーを導入したザッポス(靴の販売メーカー)のCEOトニー・シェイは、こう語っています。

都市も自己組織化組織のいい例です。人間の組織のなかでも、都市には時の試練に耐える力がある。会社よりも古くから存在しているし、傷ついても立ち直るレジリエンスや適応力も備えている。そして、会社のように階層的でもありません。

時の試練に耐えてきただけでなく、都市は、生産性やイノベーションを起こす組織という意味でも、はるかに優れているという証拠がいくつもあります。都市の規模が2倍になると、住民一人あたりのイノベーションや生産性が15%増加するという、とても興味深い統計があります。

これが会社となると真逆になるのです。規模が大きくなるほど、ほとんどの組織は官僚的になり、社員一人あたりのイノベーション力は低下していくのです。

都市の首長は、住民に対してあれをしろとか、ここに住めといった指示をすることはありません。都市が住民に提供すべきなのは、水道、電気、下水処理といったインフラです。さらに、基本的な法律や条例を定めるのです。

そして都市の成長やイノベーションは、ほとんどが住民や企業などの組織が「自己組織化」した結果として生まれるものなんです。[1]

この発言は、「全員が守るべき基本的な法律を明文化することで、一人ひとりが、より自由になれる」ことを示唆しています。つまり、人を自由にするために、ルールを明文化する必要があると言っているのです。

確かにそれがないと、組織内に俗人的な暗黙知が形成されたり、場合によっては政治と忖度がはびこったりして、自由な働き方が実現できなくなるかもしれません。

ホラクラシー憲法は、どの組織も共通のものを使っていますが、なかには独自のガイドブックをつくっている自己組織化組織の事例も多く見受けられます。

たとえば、世界的なゲームメーカーのバルブ・コーポレーションは、「新入社員のためのハンドブック」を作成しました。遊び心あふれるそのハンドブックは最初の版が60ページを超えるもので、会社の哲学や変遷、仕事のつくり方、ミスをしたときの対処法など、かなり詳細に記述されています。特に強調されているのが「上下関係の階層構造がない」ことです。

階層構造は、予測や再現性を維持するためにはとても役立つものです。計画も単純化できるし、大規模な組織をトップダウンでコントロールしやすいからです。だから軍隊は階層構造に頼っているのでしょう。

でも、人々を楽しませようとするゲームメーカーの会社で、「机に座って言われたことをしろ」なんて命令したら、それこそ人材の価値を99%無駄にするようなものです。イノベーターこそが必要なんですから。だから私たちは、イノベーターが花開くような環境を保とうとしています。

これが、バルブがフラットたる理由。ひとことで言えば、「管理職はいない。だから誰にも<報告>する必要がない」のです。社長や創立者はいますが、あなたの上司ではありません。バルブは、あなたたち社員のもの。自分たちで機会をつかみ、リスクを避けるよう運営してください。新しいプロジェクトを始める権限も、商品を世に出す権限もあるのですから。[2]

別の事例を挙げましょう。

RHDは、米国の4000人規模の非営利組織で、精神疾患や各種依存症からの回復、ホームレスの支援といった多様なサービスを展開しています。独自の枠組みとして、「従業員と消費者の権利と責任憲章」を明文化しています。

たとえば、組織内で受け入れられない5つの敵対的な表現を次のように定義しています[3]。

①恥ずべきスピーチと行動
②陰口
③見捨てるという恐怖を与える
④他の人の現実を無視する
⑤脅迫や怒りの爆発

このように具体的に定義することで、誰にとっても安心・安全である職場を実現しようとしています。

以上見てきたように、自己組織化組織は、行動の規範・ルール、組織における哲学、つくりたい文化などを明文化しているケースが多くあります。その作成と浸透は、少人数のトップがおこなっているわけではありません。

組織のすべてのメンバーが関われるような機会を設けたり、本書のチーム・ハンドブックのように、日々の業務と話し合いを通じて進化・更新していったり、さまざまな工夫をこらしています。そうしたプロセスを大切にすることで、魂のこもった、メンバー一人ひとりが活用できる「組織のDNA」が育まれていくのです。

嘉村賢州

[1] 以下のインタビューから筆者が抜粋し、訳出。
https://www.mckinsey.com/business-functions/organization/our-insights/safe-enough-to-try-an-interview-with-zappos-ceo-tony-hsieh
[2] 以下の資料から筆者が抜粋・訳出。
https://steamcdn-a.akamaihd.net/apps/valve/Valve_NewEmployeeHandbook.pdf
[3] 『ティール組織』(英治出版)より引用。


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Next Stage Organizations 組織の新たな地平を探究する
ティール組織、ホラクラシー……いま新しい組織のあり方が注目を集めている。しかし、どれかひとつの「正解」があるわけではない。2人のフロントランナーが、業界や国境を超えて次世代型組織(Next Stage Organizations)を探究する旅に出る。

第1回:「本当にいい組織」ってなんだろう? すべてはひとつの記事から始まった
第2回:全体性(ホールネス)のある暮らし──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて①
第3回:リーダーの変化は「hope(希望)」と「pain(痛み)」の共有から始まる──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて②
第4回:「ティール組織」は目指すべきものなのか?──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて③
第5回:ホラクラシーに人間性を──ランゲージ・オブ・スペーシズが切り開く新境地
第6回:『ティール組織』の次本

-----『自主経営組織のはじめ方』無料公開-----
第7回:訳者まえがき(嘉村賢州・吉原史郎)
第8回:新しい組織論に横たわる世界観:第1章コラム
第9回:自主経営に活用できる2つの要素:第2章コラム
第10回:組織のDNAを育む:第6章コラム
第11回:グリーン組織の罠を越えて:第7章コラム
第12回:ティール組織における意思決定プロセス:第8章コラム
第13回:情報の透明化が必要な理由:第9章コラム

連載著者のプロフィール

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嘉村賢州さん(写真右)
場づくりの専門集団NPO法人場とつながりラボhome’s vi代表理事、東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授、コクリ!プロジェクト ディレクター、『ティール組織』(英治出版)解説者。京都市未来まちづくり100人委員会 元運営事務局長。まちづくりや教育などの非営利分野や、営利組織における組織開発やイノベーション支援など、分野を問わずファシリテーションを手がける。2015年に新しい組織論の概念「ティール組織」と出会い、日本で組織や社会の進化をテーマに実践型の学びのコミュニティ「オグラボ(ORG LAB)」を設立、現在に至る。共著書に『はじめてのファシリテーション』(昭和堂)。

吉原史郎さん(写真左)
Natural Organizations Lab 株式会社 代表取締役、『実務でつかむ!ティール組織』(大和出版)著者。日本初「Holacracy(ホラクラシー)認定ファシリテーター」。証券会社、事業再生ファンド、コンサルティング会社を経て、2017年に、Natural Organizations Lab 株式会社を設立。事業再生の当事者としてつかんだ「事業戦略・事業運営の原体験」を有していること、外部コンサルタントとしての「再現性の高い、成果に繋がる取り組み」の実行支援の経験を豊富にもっていることが強み。人と組織の新しい可能性を実践するため、「目的俯瞰図」と「Holacracyのエッセンス」を活用した経営支援に取り組んでいる。

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