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挑戦をやめたらそこで試合終了ですよ。(教来石小織)

去年10月から始まった連載「映画で貧困は救えるか――『途上国×移動映画館』で感じた葛藤と可能性」。著者が活動のなかで感じる葛藤が真摯に綴られてきましたが、新年初となるこの記事では少し方向転換。ここまでの連載執筆を振り返りつつ、2019年はどんな挑戦をするのかを語ってもらいました。
これまでの記事にはなかった教来石さんの実際の雰囲気と、衝撃のラストをお楽しみください。


――明けましておめでとうございます。昨年は英治出版オンラインで連載「映画で貧困は救えるか」が始まりました。教来石さんにとって初めての連載とのことでしたが、書かれてみてどうでしたか?

常に何かに追われているような気持ちで、そわそわして眠れなかったり、夜中に目が覚めたりしていました(笑)。あとはもともと自虐的な笑える感じの文章を書くのが好きなのですが、連載テーマと雰囲気が違ってしまうので、真面目で厳かに書かなくてはいけないのも修行でしたね。

――そうでしたか。苦悩させてしまいごめんなさい(笑)

でも一つの記事が完成してアップされるときは達成感がありましたし、活動について深く考えるきっかけをいただきました。 思いがけず入院したときも、これは記事のネタになると思って冷静に捉えることができましたし。
※以下、そのときの記事です

ネット上にこれからも残っていくものなので、変なことは書けないと、参考文献になるような本を大量に購入したりして、あらためて映画や貧困のことを勉強するきっかけにもなって、このテーマで連載を書かせていただけて良かったなと思いました。英治出版オンラインに著者として関われている誇りもあります。編集や校正をしていただいて、何度もやりとりさせていただくことで文章が磨かれていくのも楽しかったです。一人で書いているときにはない安心感がありました。

――執筆されているなかで、特にこだわっている点はありますか?

読んでくださった方に、希望とか何か良いメッセージが残る記事にしたい、ということは意識していました。

――ほう。

もうだいぶ昔のことなのですが、偽名というかペンネームで日常を綴ったブログを書いていたことがありまして、それが書籍化されたことがあったのです。初版1万部という、いま考えるととても有り難いことだったのですが、書き下ろしで加えた最後の章が悲しい章になってしまいまして。買って読んでくださった見知らぬ女性から、「自分の未来を賭けるような気持ちで、空港でこの本を買って飛行機に乗ったのに、最後まで読んで絶望的な気持ちになりました」というメッセージをいただいたのがショックで申し訳なくて。

だからもしも次に本を出す機会があったら、読んだ方に希望を贈れるような本にしたいと思っていました。その後センジュ出版さんから出版していただいた、活動の軌跡を書いた『ゆめの はいたつにん』は、希望あふれるシーンで終わらせることができました(宣伝です)。

この連載「映画で貧困は救えるか」は、タイトルからして重たいテーマではあるのですが、一つひとつの記事の最後はなるべく光射す方向でまとめたいなと思っています。


「自分がいなくても良かった年」から「大きな挑戦をする年」へ

――昨年はどんな1年でしたか?

昨年は、とにかくたくさん休んだ年でした。活動を始めてからずっと、団体のことやビジョンのことを考えない時間はリアルに1分だってなかったのですが、体調を壊したこともあり、初めてほんとに長い時間ぼんやりしてましたね。ネットフリックスで『ウォーキング・デッド』とかめっちゃ観てました。

3年前は、私が折れたら団体は終わると思っていたのですが、いまは全然そんなことはなくて、私が動けず何もできない間も、日本のあちこちでイベントが行われているし、世界のいろんなところで子どもたちに映画は届いているんだなぁとしみじみしました。メンバーやご支援者への感謝が募った年でもありました。

――自分が何もしなくても動く組織って、ある意味理想かもしれませんね。お休み中『ウォーキング・デッド』を観られていたということでしたが、映画から影響を受けやすい教来石さんは、この作品からも何か影響を受けられたのでしょうか?

受けました。部屋の模様替えをするときに、「この棚はゾンビだ、抵抗しなきゃ咬まれる」と思ったら火事場の馬鹿力が出てきて、一人でめちゃめちゃ重たい家具を動かしまくることができました。あと料理中に包丁で指を切ったり火傷したりしても、以前なら騒いでいましたが、「このくらいの傷、マギーならどうってことないわ」と思って何とも思わなくなりました。なんとなく肉体的に強くなりましたね。映像から受ける影響ってすごいなと思います。

――……そうですか。それは良かったです。教来石さんご自身は例年よりもお休みした年だったかと思いますが、活動全体としてはどうでしたか? どんなことに挑戦し、何が進んだ1年だったでしょうか?

またどこかで詳しく書ければと思うのですが、新たにバングラデシュ、ネパール、マダガスカル、ドミニカ共和国などで現地に暮らす個人や団体様が映画を上映してくださり、活動が世界に広がっている感覚を味わいました。

現在ドミニカ共和国で青年海外協力隊として活躍されている上林萌柚さんが上映会を実施。真剣に映画に見入っている子どもたち。

国内では、高校生、大学生の若い力が「WTP Youth」という学生支部をつくってくれました。設立間もないのに多くのメンバーが集まり、各地でイベントや出展を行って若い世代への認知を広げる姿に感動しました。国内最大級の国際協力の祭典「グローバルフェスタ」での出展・運営も、ほぼ彼らだけの力で成り立っています。

ユースで活動する高校生の小林なつみさん。グローバルフェスタにて。

また、団体の北陸支部は去年設立されたばかりなのですが、代表の金原竜生君が中心になって大躍進しました。廃棄野菜を使った料理&上映イベントの開催、団体マスコットキャラクター「フィルとムー」の田んぼアートの実現、国連大学とSDGsについて考える上映会実施...などなど、とにかくすごかったです。

World Theater Projectのマスコットキャラクター「映画の妖精 フィルとムー」の田んぼアート。ヤマゾエヒロコ様とたかはし農園様主催。

――地域として横に、世代として縦に...活動の幅が縦横に広がった年だったのですね。それでは、今年はどんな1年にしたいですか?

昨年たっぷり休養して充電させてもらったので、今年はまた大きく挑戦をしていく1年にしたいです。

最近、どこかで自分の物語が終わった気がしていて。派遣の事務員が子どもたちに映画を届けたいと活動を始めて、多くの方の助けとたくさんのドラマがあって、カンボジア現地に映画配達人が生まれ、定期的に映画上映をできるようになった。他の国でも広がっている。活動をするなかで最愛の人と結婚することができた。映画でいうとハッピーエンドです。

――たしかに。

体力もますます衰えたし、ここで私の映画は終わりで、あとは若い者たちを応援しながら余生を過ごそうと弱冠隠居がかっていたのです。でもよく考えたら、物語の主役から降りた人には誰もついてこないよなと。それにまだ、全然団体はハッピーエンドじゃないなと。やるべきことは山ほど残されているし、未だ正職員もいなくて善意の搾取状態ですし、映画業界の方にさえ知られていない活動だし、海外の方にも知っていただきたいし...当たり前ですけどまだまだいろいろこれからだなと。

ちゃんとしたNPOにするために、運営体制を整えたり 、書類を作成したり、細かい数字を見たり、事務仕事をしなければいけないのですが、私はそういう仕事が劇的に苦手なのです。もともとは事務員だったのに。先日、差し込み印刷をしようとして、3時間40分向き合っていたけれどできなくて発狂しかけました。

これはもう、私はやっぱり大きなことに挑戦するしかないなと思いました。

――ロジックの飛躍がすごい。

母からも、「あなた代表やめたらただのおばさんだからね」と言われましたし。

――お母様……。

挑戦をやめたら、そこで試合終了ですよ。

――『SLAM DUNK(スラムダンク) 』の安西先生…?

つまり今年は若者を応援しながら、私自身もまた挑戦していこうと思います。

――なるほど。具体的にはどんな挑戦を?

挑戦したいことは3つあります。

①上映できる作品が増える仕組みをつくり、上映国数を増やす
②世界中に夢の種をまくためのプロダクションをつくる
③スピルバーグに巻物を送って応援を頼む

です。

――③については後ほど突っ込ませていただくとして、まずは①と②について詳しく伺ってもいいですか?

①にある「上映できる作品が増える仕組みをつくる」は、長年私たちがぶつかってきた壁を打破するための取り組みです。食糧や本を届ける世界的なNGOはあるのに、これまで映画を届ける大きな団体はありませんでした。なぜかわかりますか?

――上映権…があるからですかね?

さすがですね。たくさんの作品を世界中の子どもたちに届けたいと思っても、映画作品には上映権があるため、限られた資金のなかではそれが叶いませんでした。

――それで2017年に、俳優の斎藤工さんからのご提案で、世界中どこでも誰でも上映できる上映権フリーのクレイアニメ映画『映画の妖精 フィルとムー』を、クラウドファンディングで製作されたんですよね。

はい。それで多くの国でも上映していただけるようになったのです。もっと多くの作品を子どもたちに届けられればと思って、いま権利やアニメの歴史、クールジャパンのことなど勉強している最中です。

もし「提供できる作品があるよ!」「私が住んでいる国でも上映したい!」という方がいらっしゃったら、団体のHPからご連絡いただけたら嬉しいです。

――読者の方々が教来石さんたちとコラボして、ご縁のある国で映画上映会を開催する...そんなことがこの連載を通じて生まれていったら素敵ですね。②の「世界中に夢の種をまくためのプロダクションをつくる」とは?

こちらはまだ①以上にぼんやりとした構想段階なのですが、活動の収益事業として、動画制作事業を請け負えないかと考えています。

――詳細を聞ける日が楽しみです。では最後に、スピルバーグに巻物というのは…

スピルバーグ監督は、私に映画監督という夢を与えてくれた張本人です。映画界の神だと思っています。スピルバーグ監督に私たちの活動を応援していただけたらこんなに素晴らしいことはないと思っていますが、手紙を出したところでおそらく読んではいただけないだろうと。

そんななか、この連載を読んで会いに来てくださったある方との会話のなかで、「巻物でメッセージを送れば見てくれるんじゃない?」という話で盛り上がりまして。実は密かに巻物プロジェクトチームが動いております。

――なるほど。これは叶ったときのことを想像するとすごくワクワクしますね。これからも連載の続きが楽しみです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

よろしくでーす。(『カメラを止めるな!』の女優さんの真似)


この記事は、英治出版オンラインスタッフによる教来石さんへのインタビュー......

ではなく、質問も回答もすべて教来石さんによって執筆されています。

まさかのこの原稿が届き、編集メンバー一同大笑い! 教来石さんのキャラクターが伝わると思い、2019年最初の記事としてお届けしました。
本年も引き続き、連載「映画で貧困は救えるか――『途上国×移動映画館』で感じた葛藤と可能性」をお楽しみください。

2/4(月)の夜には、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんをお迎えして、教来石さんご登壇イベント第1弾を開催します! 以下のイベントページより、みなさまのご参加をお待ちしております。

イベントの詳細・お申し込みはこちら


連載紹介

映画で貧困は救えるか――「途上国×移動映画館」で感じた葛藤と可能性
途上国の子どもたち向けに移動映画館を展開する著者。カンボジアをはじめとした世界各国5万人以上に映画を届けてきた実績とは裏腹に、活動の存在意義を自問自答する日々。食糧やワクチンを届けるべきではないのか? 映画を届けたいのは自分のエゴではないのか? 映画は世界を変えられるのか? 本連載では、「映画で貧困は救えるか」をひとつの象徴的な問いとして、類を見ない活動をするNPO経営のなかで感じる様々な葛藤や可能性と真摯に向き合っていく。

第1回:夢だった活動が広がることで、新たに生まれる不安
第2回:ただ生きるためだけなら、映画なんて必要なかった
第3回:映画は世界を戦争から救えるか?
第4回:映画からもらった夢に乗って、いま私は生きている
第5回:スマホとYouTubeが普及しても、移動映画館を続ける理由
第6回:挑戦をやめたらそこで試合終了ですよ。(新年特別企画)
第7回:西日本豪雨に思う――NPO代表の私が無力を感じる瞬間と、支えにしている言葉。
特別回:【3つの動画で知る!】途上国で移動映画館を行うWorld Theater Projectの活動
第8回:映画で少数民族が抱える課題に挑む――代表の私には見えなかった新しい活動の可能性
第9回:オフ日記「いつでも歩けば映画に当たる」
第10回:「ネパールで生まれた僕は夢を持てない」
第11回:「生まれ育った環境」とは何か。——ネパールで考えた問いと、移動映画館の新しい可能性。
第12回:【最終回】映画で貧困は救えるか

著者紹介

教来石小織(きょうらいせき・さおり)
NPO法人 World Theater Project 代表。日本大学芸術学部映画学科卒業。2012年より途上国の子どもたちへの移動映画館活動を開始。カンボジアをはじめとした世界各国5万人以上の子どもたちに映画を届けてきた。俳優・斎藤工氏の呼びかけで製作した世界中どこででも上映できる権利フリーのクレイアニメ『映画の妖精 フィルとムー』(監督:秦俊子)は、世界各国の映画祭で高く評価され、「2018年度グッドデザイン賞」を受賞。日本武道館で行われた「みんなの夢AWARD5」優勝。第32回人間力大賞文部科学大臣賞受賞。著書に『ゆめの はいたつにん』(センジュ出版)。(noteアカウント:教来石小織

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