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映画は世界を戦争から救えるか?(教来石小織)

カンボジアの農村地域を回る移動映画館を延べ500か所以上で展開してきた著者。2年前、内戦時代の記憶を引きずるある村で上映したのは、当時の様子を描いた映画でした。

その日の上映会で、村人にある変化が――

貧困を引き起こす大きな要因でもある戦争に対する、著者が感じた「映画の力」とは?

連載:映画で貧困は救えるか――「途上国×移動映画館」で感じた葛藤と可能性


日本が誇る巨匠・黒澤明監督は、生前こんなことを言っていたそうだ。

「映画には必ず世界を戦争から救う、世界を必ず平和に導く、そういう美しさと力があるんだよ」

――2年前、私はカンボジアのある村でそんな光景を見たことがある。

喧騒から離れたある村で

普段私たちが移動映画館を実施している村は、都会の喧騒からは遠く離れている。その日に行ったダンホー村は、市内からクルマで2時間ほどかかる場所にあった。

クルマの窓から見えるのは田んぼの緑と薄紫色の夕焼け。どこまでも続くガタガタ道が腰にくる。

これだけ奥地に行くのだから、さぞや大規模な上映会になるだろうと思っていたが、先行組の映画配達人たちが上映準備をしていた場所は、ささやかな一軒家の庭だった。

上映があることは事前に村長さんに知らせていたはずだけど、集まっているのは3人ほど。果たして人は来るのだろうか。

「いまみんな農作業を終えて夕食をとっているから、もう少ししたら集まると思う」と村長。

子どもが10人ほど集まったところで、クメール語吹替版のアニメ映画の上映を始めた。

暗闇のなか、色鮮やかなアニメを映しだすスクリーンに、子どもたちが吸い込まれていくのがわかる。上映中、バイクに乗った家族たちが次々と降り立ち、スクリーンの前に敷かれたゴザに座っていく。

アニメ映画の上映が終わると拍手が起こった。観客は大人と子ども合わせて40人ほどに増えていた。

この映画を、この村で流していいのだろうか

その日のプログラムにはもう1本、『シアター・プノンペン』の上映が組み込まれていた。

この映画は、カンボジア人の女性監督、ソト・クォーリーカーさんが2014年に発表し、国際的に高い評価を受けた作品だ。

現代に生きるいまどきの女子大生ソポンが、ある日昔の映画フィルムを観たことをきっかけに、1970年代に起きた政治勢力ポル・ポト派による大虐殺の歴史を知るというストーリー。

カンボジアでは、200万人以上が虐殺されたと言われるあの時代について話すのはタブーになっているという。当時の加害者であるポル・ポト派の元兵士と、強制労働をさせられていた被害者が一緒に暮らしている村もあるからだそうだ。

ポル・ポト時代のことを知らない若者も多く、子どもに伝えてもそんな時代があったことを信じないらしい。

クォーリーカー監督は、そのような状況に一石を投じるために、「若い世代が大人たちの世代に寄り添い、未来のために過去と向き合わなければ」と、平和への願いを込めてこの映画をつくった。

カンボジア都市部や日本の映画館でも公開された『シアター・プノンペン』だが、彼女が最も届けたいであろう農村部に暮らす人々が観る機会はほぼなかった。

私たちが農村の方たちに上映すると聞き、クォーリーカー監督は「女神のような活動だわ」と喜んでくださった。実は彼女は、私たちが現地で映画配達人を雇うきっかけをつくってくださった恩人でもある。

だが映画配達人エン・サロンは、この映画をこの村で上映することを渋っていた。ここダンホー村にも、ポル・ポト派の兵士だった人たちが暮らしているからだという。

彼らの感情を逆なでしてしまうのではないか。私のなかにも不安がよぎった。

それでも、クォーリーカー監督と交わした上映の約束を破りたくない。彼女の思いを伝えたい。

幸いなことに村長の希望もあり、『シアター・プノンペン』は上映された。

国中が恐怖に支配されていたあの時代、農村では同じようにスクリーンを立てて映画が上映されていたそうだ。指導者ポル・ポトを讃える映画。強制労働で疲れ果てた人々は、ポル・ポト派のプロパガンダ映像を観せられていた。

その夜星空の下で村人たちは、平和への願いが込められたクォーリーカー監督の映画を、磁石に吸い寄せられるように観続けた。

「戦争は良くない」

すべての上映が終わった後、子どもをバイクに乗せて帰る人もいるなかで、その場に残る人たちもいた。懐中電灯の明かりのなか、話し込んでいる3人の大人たちに映画の感想を聞いてみた。

彼らは口々に言った。

「ポル・ポト時代のことをやっていたのが良かった」

そしてまた口々に言った。

「戦争は良くない」と。

一人の男性が、おもむろにサンダルを脱いで左足を見せてきた。親指が内側に曲がり込み、他の指はなかった。

内戦中に地雷を踏んだのだという。

「この村に、ポル・ポト派の兵士だった人も暮らしているのは本当ですか?」

加害者への小さな憤りを込めつつ聞くと、指のない足を見せてくれた彼自身がその人だった。

私が静かに衝撃を受けている間、彼はその後も何度も言った。

「戦争は良くない」

ポル・ポト派の兵士だったとき、彼は小さな子どもだった。無知で無垢な子どもだった彼に、当時兵士になる以外の選択肢は用意されていなかった。そして小さな彼はある日、地雷を踏んだ。

戦争で傷つかない人なんていない。平和を愛さない人なんていない。

「あのころに比べたらいまは天国だ。でも農作物がうまく育たず、生活は決して楽じゃない。うまくいくように政府はがんばっている。俺たちもがんばっている」

目の前でそう力強く語る彼は、より良き未来を目指し歩んでいるのだと思った。かつてポル・ポト派の兵士だった彼にも、クォーリーカー監督のメッセージは、おそらくまっすぐに届いていた。

映画は世界を戦争から救えるか?

黒澤明監督が言うように、映画は世界を戦争から救えるのだろうか。

映画には、地雷が吹き飛ばした足を元に戻す力はない。権力者が映画を悪用すれば、戦争への流れを助長する道具にもなるだろう。

1分間の映像には、文字に換算すると約180万文字分の情報量が含まれているという。影響力のある映像で、ストーリーを用いてメッセージを伝える映画は、人々を啓蒙するのに優れたツールだ。事実、この力に目を付けたヒトラーも、映画をプロパガンダに利用していた。

一方で、戦争の悲劇を人々の脳裏に植えつけ、戦争を予防させる力や、平和への旅路の背中を押す力も確かにあるのではと思う。

私の祖母は戦時中の話をしなかったが、私のなかには戦争への恐怖や反戦の気持ちがある。それは、『火垂るの墓』や『二十四の瞳』など、戦争の悲惨さと悲しみを体感させられる映画を子どものころに観たからなのかもしれない。

そして映画の力は、皆で一緒にひとつのストーリーを体感したときに、より大きく発揮されるのでは、とも感じる。

私がただ村を訪れても、彼がポル・ポト派の少年兵だったことを告白することはなかった気がする。皆でひとつになって映画を観たからこそ、見ず知らずの私にも心を開いて話してくれたのではないか。

映画は世界を戦争から救えるか――

「戦争は良くない」という彼の力強い声の余韻は、帰りのガタガタ道が終わっても消えなかった。


連載紹介

映画で貧困は救えるか――「途上国×移動映画館」で感じた葛藤と可能性
途上国の子どもたち向けに移動映画館を展開する著者。カンボジアをはじめとした世界各国5万人以上に映画を届けてきた実績とは裏腹に、活動の存在意義を自問自答する日々。食糧やワクチンを届けるべきではないのか? 映画を届けたいのは自分のエゴではないのか? 映画は世界を変えられるのか? 本連載では、「映画で貧困は救えるか」をひとつの象徴的な問いとして、類を見ない活動をするNPO経営のなかで感じる様々な葛藤や可能性と真摯に向き合っていく。

第1回:夢だった活動が広がることで、新たに生まれる不安
第2回:ただ生きるためだけなら、映画なんて必要なかった
第3回:映画は世界を戦争から救えるか?
第4回:映画からもらった夢に乗って、いま私は生きている
第5回:スマホとYouTubeが普及しても、移動映画館を続ける理由
第6回:挑戦をやめたらそこで試合終了ですよ。(新年特別企画)
第7回:西日本豪雨に思う――NPO代表の私が無力を感じる瞬間と、支えにしている言葉。
特別回:【3つの動画で知る!】途上国で移動映画館を行うWorld Theater Projectの活動
第8回:映画で少数民族が抱える課題に挑む――代表の私には見えなかった新しい活動の可能性
第9回:オフ日記「いつでも歩けば映画に当たる」
第10回:「ネパールで生まれた僕は夢を持てない」
第11回:「生まれ育った環境」とは何か。——ネパールで考えた問いと、移動映画館の新しい可能性。
第12回:【最終回】映画で貧困は救えるか

著者紹介

教来石小織(きょうらいせき・さおり)
NPO法人 World Theater Project 代表。日本大学芸術学部映画学科卒業。2012年より途上国の子どもたちへの移動映画館活動を開始。カンボジアをはじめとした世界各国5万人以上の子どもたちに映画を届けてきた。俳優・斎藤工氏の呼びかけで製作した世界中どこででも上映できる権利フリーのクレイアニメ『映画の妖精 フィルとムー』(監督:秦俊子)は、世界各国の映画祭で高く評価され、「2018年度グッドデザイン賞」を受賞。日本武道館で行われた「みんなの夢AWARD5」優勝。第32回人間力大賞文部科学大臣賞受賞。著書に『ゆめの はいたつにん』(センジュ出版)。(noteアカウント:教来石小織

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