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ただ生きるためだけなら、映画なんて必要なかった(教来石小織)

映画の力を信じて途上国での移動映画館を続けてきた著者を襲った、突然の腹痛、そして入院――
動けない体で感じた、活動の信念に生じた迷いとは。そして、それでも映画に残されていると信じる可能性とは。

突然の入院

明日から1週間、講演に打合せに英治出版オンラインの締め切りに忙しくなるぞと思っていた夜、腹痛に襲われた。病院に行くと、原因を告げられ、そのまま緊急手術をうけることになった。

状況を理解するまで多少の時間を要したが、手術のときに顔色が見えるようメイクを落とさなくてはいけないと言われ、夫に家からクレンジングやら何やらを持ってきてもらった。

ベッドから起き上がり洗面台の前に座ったが、夏の日の犬のようにハッハッと呼吸が荒くなり、顔を洗えぬまま看護師さんに支えられベッドに戻った。そろそろと横たわり、呼吸と具合の悪さがおさまるのを待った。

それまでの数日間、多少お腹は痛かったものの、数時間前までイトーヨーカドーで卵を買ったりサーティワンアイスを食べたりと普通に生活していたのに、いまでは自分で顔も洗えぬこの有様はいったいどういうことだ。始発で駆けつけてくれた母が売店でクレンジングシートを買い、顔を拭いてくれた。

手術台はあたたかかった。「万一全身麻酔が効かなくて手術中に意識があったらどうしよう」という心配も杞憂に終わり、術後朦朧と意識が戻ったときには病室のベッドの上にいた。

最低24時間体を起こすことは禁止。食事は点滴で、尿管はいつの間にやらチューブにつながれトイレに行くことはできない。眠ることは大好きだけれど、自分の意志で排泄できず、起き上がることが許されない状態があと20時間以上続くと思うと、プチンと理性が切れていっそひと思いに殺してくれという気持ちにさえなってしまった。

そして思った。

自分で起きて食べて寝るだけの状態がゼロだとして、いまの私はマイナスだ。これから回復していく私が映画を観たくなるのはいつのタイミングなのだろうか、と。

生理的欲求を前に、映画は完敗

マズローの欲求5段階説のピラミッドを思い浮かべながら、自分の欲望の動きを観察してみたところ、最初に出てきたのはやはり「生理的欲求」だった。

お世辞にも美味しいとは言えぬ病院食を、「生きねば」と口に運ぶ。そしてヨロヨロとでも自分の意志でトイレまで行けることが幸せだと思った。

テレビをつけてみたけれど、映像を楽しめることはなく、音がわずらわしくてすぐに消した。

「今日は病院の廊下をぐるりと10周してみましょう」という目標を看護師さんが与えてくれた。カラカラと点滴と一緒に歩く。手術の影響らしいのだが、歩くと肩がとても痛い。1周歩いては休み、1周歩いては休みの遅い歩みではあるけれど、目標到達に近づくことに喜びを感じた。

病院の屋上庭園に出てみた。空と風が気持ち良かった。

退院日には自分で顔を洗って、メイクをして、 パジャマからデニム生地のワンピースに着替えた。

短い入院生活だったとはいえ、病院で映画を観たいと思うことは一切なく、実家での療養中もそれは変わらなかった。映画の力を信じて活動をしている私にとって、回復にあたり映画がまったく必要なかったことは、わかってはいたが少しばかりショックでもあった。

「途上国には、映画よりも先に届けるものがあるんじゃないの?」

かつて言われたことがある言葉が頭をよぎった。

「自分のなりたいものになれ」

それから2週間経っても、安静にし過ぎるくらいが良いと言われ鬱々と引きこもっていた。ヒマだったので、一人で自宅のテレビでなんとなく映画を観ることにした。

観たのはインド映画の『きっと、うまくいく』。Amazonプライム・ビデオでの無料配信がもうすぐ終わるとTwitterで流れていたので、以前観たときに面白かったこともあり、また観てみようと思ったのだ。

『きっと、うまくいく』は、移動映画館の活動を始めて間もない2013年に日本で公開されたとき、メンバーと3人で六本木の映画館まで観に行った思い出の映画だ。学生たちにも自身の子どもたちにも、教師や親の思い描く道を強要していた学長が、生まれたばかりの孫に泣きながら「おまえのなりたいものになれ」というシーンに興奮したのを覚えている。

学長のシーンを観て、私のなかにある思いが芽生えた。それは、人や世界が長い年月をかけてどちらの方向に進んでいるかというと、すべての子どもたちに「好きな道を選べ」と言える方向に進んでいるのではないか、ということだった。

どうして戦争がいけないのか。
だって子どもたちが好きな道を選べなくなるから。

どうして差別がいけないのか。
だって差別される人の数ある未来への道のいくつかを容赦なく奪っているから。

どうして貧困がいけないのか。
お金があれば子どもに好きな道を選べと言えるのに。

3人で映画を観たあとに、そんなポエムを書いたのを思い出した。

二人の娘を持つ友人に、「自分の子どもたちにどうなってもらいたい?」と聞いてみたところ、「将来、選択肢がないと思ってもらいたくない。だから勉強させるの」という答えが返ってきた。友人は、子どもが好きな道を選べるように、全力で我が子を育てている。

私も父母に全力で育てられてきた。たぶん好きな道を選べるように。

私にはまだ自分の子どもはいない。だから世界中の子どもたちが自分の好きな道を選べるようになる世界をつくりたいと思った。特に夢の選択肢が少ない途上国の子どもたちに様々な世界を見せる映画を届けることで、彼らがマズローの欲求5段階説の最上段「自己実現」にいたるきっかけになれたらうれしい。初めて『きっと、うまくいく』を観たとき、そう思ったのだ。

退院後にまたこの映画を鑑賞したとき、そんな思い出もよみがえり、無気力だった心にようやくやる気が1滴ばかり落とされた。一人での鑑賞だったので、巻き戻して何度も観た。子どもたちがイキイキと好きなものを発明しているシーンが一番好きだと思った。


今回の手術と入院の原因は、子宮外妊娠だった。術後私が昏睡している最中、夫と母は先生から赤ちゃんになるはずだった赤い肉片を見せてもらったという。お腹のなかで生命が育つことは、当たり前のことではないのだとあらためて思った。

この世に生まれてくることは奇跡だ。奇跡を起こして生まれてきた生命が、ただ生きるためだけに生まれてきたはずがない。だから私は、この活動を通じて世界中の子どもたちに言い続けたい。「自分のなりたいものになれ」と。


連載紹介

映画で貧困は救えるか――「途上国×移動映画館」で感じた葛藤と可能性
途上国の子どもたち向けに移動映画館を展開する著者。カンボジアをはじめとした世界各国5万人以上に映画を届けてきた実績とは裏腹に、活動の存在意義を自問自答する日々。食糧やワクチンを届けるべきではないのか? 映画を届けたいのは自分のエゴではないのか? 映画は世界を変えられるのか? 本連載では、「映画で貧困は救えるか」をひとつの象徴的な問いとして、類を見ない活動をするNPO経営のなかで感じる様々な葛藤や可能性と真摯に向き合っていく。

第1回:夢だった活動が広がることで、新たに生まれる不安
第2回:ただ生きるためだけなら、映画なんて必要なかった
第3回:映画は世界を戦争から救えるか?
第4回:映画からもらった夢に乗って、いま私は生きている
第5回:スマホとYouTubeが普及しても、移動映画館を続ける理由
第6回:挑戦をやめたらそこで試合終了ですよ。(新年特別企画)
第7回:西日本豪雨に思う――NPO代表の私が無力を感じる瞬間と、支えにしている言葉。
特別回:【3つの動画で知る!】途上国で移動映画館を行うWorld Theater Projectの活動
第8回:映画で少数民族が抱える課題に挑む――代表の私には見えなかった新しい活動の可能性
第9回:オフ日記「いつでも歩けば映画に当たる」
第10回:「ネパールで生まれた僕は夢を持てない」
第11回:「生まれ育った環境」とは何か。——ネパールで考えた問いと、移動映画館の新しい可能性。
第12回:【最終回】映画で貧困は救えるか

著者紹介

教来石小織(きょうらいせき・さおり)
NPO法人 World Theater Project 代表。日本大学芸術学部映画学科卒業。2012年より途上国の子どもたちへの移動映画館活動を開始。カンボジアをはじめとした世界各国5万人以上の子どもたちに映画を届けてきた。俳優・斎藤工氏の呼びかけで製作した世界中どこででも上映できる権利フリーのクレイアニメ『映画の妖精 フィルとムー』(監督:秦俊子)は、世界各国の映画祭で高く評価され、「2018年度グッドデザイン賞」を受賞。日本武道館で行われた「みんなの夢AWARD5」優勝。第32回人間力大賞文部科学大臣賞受賞。著書に『ゆめの はいたつにん』(センジュ出版)。(noteアカウント:教来石小織

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英治出版オンライン

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連載「映画で貧困は救えるか」

途上国の子どもたち向けに移動映画館を展開する著者。カンボジアをはじめとした世界各国5万人以上に映画を届けてきた実績とは裏腹に、活動の存在意義を自問自答する日々。食糧やワクチンを届けるべきではないのか? 映画を届けたいのは自分のエゴではないのか? 映画は世界を変えられるのか?...

コメント2件

命数を精一杯生きたお子さんに、安らかな眠りがありますように…
(´;ω;`)
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