スマホとYouTubeが普及しても、移動映画館を続ける理由(教来石小織)
映画を発明したと言われている人物は二組います。アメリカのエジソンと、フランスのリュミエール兄弟。前者が発明したキネトスコープは、覗き穴から一人で映画を観るタイプ。後者が発明したシネマトグラフは、映像をスクリーンに投影することによってみんなで映画を観るタイプ。
リュミエール兄弟は、「映画を発明したのではなく、映画を観る大衆を発明した」と言われています。人々をひとつの場所に集める――映画が持つこの力に備わる大きな可能性について、途上国での上映で実際に起きた変化をもとに考えます。
連載:映画で貧困は救えるか――「途上国×移動映画館」で感じた葛藤と可能性
裸の子どももYouTube
カンボジアでのとある休日。映画配達人ナットが、湖に浮かぶ村に連れて行ってくれた。湖上に高床式の民家が立ち並び、人々は小舟で移動する。金色のお寺がある、静かで美しい村だった。
村の売店では、お母さんが赤ちゃんを抱えてうとうとしていて、その横で3~4歳の子どもたちが3人、スマホを覗き込んでいた。一人の男の子は丸裸だった。
彼らが観ていたのはYouTube。スマートフォンのカンボジアでの普及率は、2020年までに120%を超えるとも言われているが、湖の上の村にまでもう普及しているのだなと驚いた。
ナットは以前この村にある学校でも映画上映をしたと言っていたけれど、この村に限らず、スマホでYouTubeを観られる場所へわざわざ私たちが映画を上映しに行く意味はあるのだろうか。
そんな疑問を抱いてしまった。
子どもたちの夢が増えたのはなぜ?
カンボジアの農村部に暮らす子どもたちに将来の夢を尋ねると、彼らの口から出てくる職業は、どの村でも「先生」か「お医者さん」がほとんどだった。
とても良い夢だけれど、日本の子どもたちに比べて数が少ない気がした。
知らない夢は思い描くことができない。様々な世界を見せてくれる映画が新しい夢を抱くきっかけになればという想いで、「生まれ育った環境に関係なく、子どもたちが夢を持ち人生を切り拓ける世界をつくる」という理念を掲げ活動してきた。
活動を続けてきて7年目。子どもたちの夢に変化が現れた。
ナットたちは各村で子どもたちにインタビューをして、動画を送ってきてくれる。動画を観ると、子どもたちの将来なりたい職業の種類が、科学者、シェフ、パイロット、エンジニア、警察官と増えていたのだ。
もしかしたら、上映した映画や、映画の後に行う「世のなかにはどんな職業があるのか」を膨らませるワークショップの影響かもしれない。淡い期待を胸に、現地カンボジア人マネージャーに尋ねてみたところ、
「んー、最近はYouTubeとかあるからですかね」
とサラリと答えられてしまった。
活動を開始してから受けた質問で多かったのは、「村にテレビはないのですか?」というものだった。だからテレビが普及したら私たちの活動は必要なくなると思っていた。
実際はテレビよりもスマホの普及の方が圧倒的に早かった。スマホとYouTubeが行き届いたら、私たちはもう必要ないのではないか...と思ってしまうこともある。
けれど、それでも私が移動映画館を続けたいと思えるようなこの活動の可能性も、少しずつ見え始めてきている。
星空上映会が教えてくれたこと
アンコール遺跡近くの村で、400人規模の移動映画館を行ったことがある。
上映前には余興として、日本から来たマジシャンが手品を披露。マジシャンは手品の最後に、「今度はみんなで、3、2、1でスクリーンに魔法をかけましょう」と子どもたちに呼びかけた。子どもたちが広場に立てられた大きなスクリーンにパワーを送ると、プロジェクターが点灯し、映画の上映が始まった。
星が見えるようになったころ、ふと気が付くと上映中の広場の周囲には、さとうきびジュースなどの屋台を出す人たちが出現していた。こうして村の経済が回り出す光景は、上映前にはまったく想定していないことだった。
「人を集める」という映画の力は、途上国において「映像を観る」以上の可能性を秘めているのかもしれないと、そのとき思った。
アフリカやアジア諸国でパブリックビューイングを行ってきた株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所の吉村司さんのお話を伺ったとき、それが確信に変わった。吉村さんのお話は面白く、夢中になって聞き入った。
世界で一番平均寿命が短い国で起きたこと
吉村さんは2009年にガーナでサッカーのパブリックビューイングを行った際、JICAと連携してHIV/AIDSの血液検査を行った。
サッカー観戦前の昼間は、衛生に関するクイズ大会を行ったり、地元の人々を指導して俳優になってもらい、「エイズになった場合どうするか」を考える演劇を上演したり、パブリックビューイング用の巨大スクリーンに啓発映像を流したりしたという。
その結果、JICAの経験に基づく予想を大幅に超える人々が血液検査を受け、地区によってはJICA予想の9倍もの人々が受診する結果になったそうだ。
2017年、東京大学医科学研究所 感染・免疫部門の河岡義裕教授らの研究グループはシエラレオネに行き、エボラ出血熱のワクチン開発のための血液採取を行った。
そこには吉村さんも同行されていた。吉村さんがたまたま河岡教授とお会いした際、血液採取の話を聞き、ガーナなど過去の経験から、「パブリックビューイングをやれば人が集まりますよ」と提案されたそうだ。
現地では、『ベスト・キッド』や『ANNIE/アニー』など、ソニー・ピクチャーズの映画作品を4本上映。これらの映画の他にも、「エボラ」「高血圧」「衛生環境」「マラリア」「コレラ」の5つの保健映画をシエラレオネの俳優とともに制作し、大スクリーンで流したそうだ。
エンタメの力は絶大だ。会場には多くの人が集まり、血液の採取とともにその場で行った健康診断は大盛況となった。そのことが功を奏して、血圧が高い人が多いということも判明。世界でもっとも平均寿命が短い国、シエラレオネ。その理由がわかった気がしましたと吉村さんはおっしゃっていた。
また、弊団体でもこんなことがあった。カンボジア現地で長らく国際協力活動をしている団体の方が、映画上映の見学にいらした。上映会に多くの村人が集まる様子を見て、
「いままで出てこなかった村の人が出てきた。こんな簡単に人が集まるなんて」
と驚かれていた。
たとえば置き薬や栄養食、健康診断、マラリア対策の啓発などが映画上映と組み合わされば、それぞれの活動のインパクトはより大きくなるのではないか。映画と何かを組み合わせて、現地の子どもたちの生活環境が良くなることは、「子どもたちが夢を持ち、人生を切り拓ける世界をつくる」という私たちの活動のミッション達成に近づく一助にもなるはずだ。
「映画で貧困は救えるか」
これは本連載のタイトルだが、映画上映会が持つ「人を集める力」には、貧困に対して直接アプローチできることがあるのではないか。スマホとYouTubeが普及しても、途上国での移動映画館には大きな可能性があると信じたい。
連載紹介
映画で貧困は救えるか――「途上国×移動映画館」で感じた葛藤と可能性
途上国の子どもたち向けに移動映画館を展開する著者。カンボジアをはじめとした世界各国5万人以上に映画を届けてきた実績とは裏腹に、活動の存在意義を自問自答する日々。食糧やワクチンを届けるべきではないのか? 映画を届けたいのは自分のエゴではないのか? 映画は世界を変えられるのか? 本連載では、「映画で貧困は救えるか」をひとつの象徴的な問いとして、類を見ない活動をするNPO経営のなかで感じる様々な葛藤や可能性と真摯に向き合っていく。
第1回:夢だった活動が広がることで、新たに生まれる不安
第2回:ただ生きるためだけなら、映画なんて必要なかった
第3回:映画は世界を戦争から救えるか?
第4回:映画からもらった夢に乗って、いま私は生きている
第5回:スマホとYouTubeが普及しても、移動映画館を続ける理由
第6回:挑戦をやめたらそこで試合終了ですよ。(新年特別企画)
第7回:西日本豪雨に思う――NPO代表の私が無力を感じる瞬間と、支えにしている言葉。
特別回:【3つの動画で知る!】途上国で移動映画館を行うWorld Theater Projectの活動
第8回:映画で少数民族が抱える課題に挑む――代表の私には見えなかった新しい活動の可能性
第9回:オフ日記「いつでも歩けば映画に当たる」
第10回:「ネパールで生まれた僕は夢を持てない」
第11回:「生まれ育った環境」とは何か。——ネパールで考えた問いと、移動映画館の新しい可能性。
第12回:【最終回】映画で貧困は救えるか
著者紹介
教来石小織(きょうらいせき・さおり)
NPO法人 World Theater Project 代表。日本大学芸術学部映画学科卒業。2012年より途上国の子どもたちへの移動映画館活動を開始。カンボジアをはじめとした世界各国5万人以上の子どもたちに映画を届けてきた。俳優・斎藤工氏の呼びかけで製作した世界中どこででも上映できる権利フリーのクレイアニメ『映画の妖精 フィルとムー』(監督:秦俊子)は、世界各国の映画祭で高く評価され、「2018年度グッドデザイン賞」を受賞。日本武道館で行われた「みんなの夢AWARD5」優勝。第32回人間力大賞文部科学大臣賞受賞。著書に『ゆめの はいたつにん』(センジュ出版)。(noteアカウント:教来石小織)
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