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【最終回】映画で貧困は救えるか(教来石小織)

途上国で移動映画館を展開するWorld Theater Projectの教来石さん。これまで「映画で貧困は救えるか」をテーマに連載を書かれてきました。今回がついに最終回。「映画で貧困は救えるか」という問いに対し、教来石さんが出した答えとは――?

「映画がなければ自殺してたと思います」

映画で貧困は救えるか――

この連載終了までに自分なりの答えを出さねばとあがき、ある日「貧困」をテーマにしたイベントに参加してみた。左どなりの席に座っていたのが、幸運にも日本の貧困者支援をしている代表の方だったので、休憩時間に図々しくも「映画で貧困は救えるでしょうか?」と聞いてみた。するとそれを聞いていた右どなりに座っていた女の子がポツリと言った。

「私、映画がなければ自殺してたと思います」

彼女は艶やかな髪をキレイな青に染め、小さな花のピアスをしていて、オシャレで可愛らしくて感じが良くて、いまを楽しんでいるように見えた。だからその言葉は意外だった。聞けば彼女は昔引きこもりで、生活保護を受けていたという。

「人を信用できない時期があって引きこもっていて。そういうときの社会との接点って、本や映画だけなんです。本や映画からでしか、ここから脱する突破口を見つけられなくて。『アートフル・ドヂャース』という映画を観たときに、人生負けてもいいんだと言われた気がしたんです。ダメなところを肯定してもらえた気がして救われたんです」

物資が足りない貧困、心の貧困、いろいろあるけれど、貧困が行きつく先の最悪な最終地点があるとしたら、「自殺」なのではないかと思ったことがある。それを映画によって免れたという話を聞いて、映画は貧困を救えるのではないかという可能性を感じた。

私にとって「貧困」とは何か。

そもそも「貧困」とは何か。

私にとって「貧困」とは、決して金銭的に貧しいことだけではなかった。だからこれまではあえて定義せず、貧困からイメージされる様々なテーマで連載を書き進めてきた。紛争、災害、心の乏しさなど。

今回それらの内容を振り返ってみると、すべてにある共通する要素があることに気が付いた。

紛争、災害、心の乏しさ…すべて、「誰かの可能性を閉ざすもの」なのではないか。ノーベル経済学賞受賞者のアマルティア・センは、貧困を「潜在能力を実現する権利の剥奪」と表現している。

たとえ物資や金銭に恵まれていても、可能性が閉ざされている人もいる。裕福ではあるけれど、過去のトラウマから自分を信じることができず苦しい毎日を過ごしている人など。貧困を救うのに大切なのは、具体的に何かを有すること以上に、可能性を開かせることなのではないか。

では「閉ざされていた可能性を開くもの」とは何だろうか。それを考えながら、移動映画館の大先輩で尊敬してやまないAさんと、東京駅の地下街でお酒を飲ませていただいたときに聞いた話を思い出していた。Aさんに「なぜこの仕事をしているのか」と聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

Aさんは学生時代にバイト先の女の子と付き合っていたのだが、その子は次第に心を病んでいったそうだ。彼女は父親との関係が幼少時代からうまくいっていなかった。厳しい父親はことあるごとに彼女を叱り、それが彼女の心を病ませた根本にあるようだった。

彼女の自殺を恐れた両親から、一緒に住んでほしいと申し出を受け、Aさんは彼女とその両親と一緒に住むことになった。奇妙な生活ではあったが、Aさんは彼女に24時間寄り添いケアをした。彼女との接し方について、父親に苦言を呈したこともある。でも彼女は一向に良くならなかった。

数カ月経ったあるとき、Aさんが彼女と道を歩いていたそのときだった。二人の向こう側から、美しく、オシャレな洋服を着た女性が歩いてきた。赤の他人である女性とすれ違った後、Aさんの彼女は立ち止まり言った。

「私、あの人みたいになりたい」

それから彼女は人が変わったように元気になり、「あの人みたいになりたい」という目標を持って、服飾の勉強を始めた。

彼女を心の貧困から救い出したのは、Aさんの24時間の献身的なサポートではなかった。ささやかだけれど強烈なきっかけと、彼女自身の意志の力だったのだ。

人のどん底と、変わるきっかけと、変わっていく様子をそばで見たという経験が、いまの映画の仕事を始めたきっかけなのかもしれない、とAさんは微笑んだ。映画なら、そんなきっかけを与えていけるのではないかと。


この話から、「可能性が閉ざされた状態」を打破するために大事なことは二つあると思った。

一つは、その人の心が動き、目指したいと思うもの(夢)との「出会い」。そしてもう一つは、その目指したい場所へ向かうための本人の「意志」だ。

私たちはこれまで、映画を届ける活動を「夢の種まき」だと思ってきた。子どもたちが目指したくなる将来像との出会いを、様々な生き方と出会える映画によって種のようにまいてきたつもりでいる。

けれど、最後の最後に必要なのは、本人の意志に他ならない。どんなに素晴らしい出会いに恵まれたとしても、最後には本人の意志がなければ人生を切り拓くことはできないのだ。

映画には、その意志を育む力はあるのだろうか? 私はまたいくつかのエピソードを思い出し、映画にはその力があるのではないかと思った。

映画で貧困は救えるか

カンボジア人の青年ラボットさんは、映画でまかれた種を咲かせた人だ。農村で暮らしていた少年時代、6歳のときに観た映画が彼の人生を変えた。自分と同じように貧しい境遇にいる少年が主人公だった。映画のなかの少年は、家の手伝いをしながら勉強をして、人生を切り拓いていった。「この少年のようになりたい」とラボットさんは思ったそうだ。そして勉強して優秀な成績をおさめてきたラボットさんは、いまカンボジアで地雷撤去を行う日本のNGOで活躍している。

私の母も、たぶん映画に種をまかれた人だ。母は、彼女曰く「何もない田舎町」で生まれ育った。そんな町で真面目な学生だった母が唯一していた悪いことは、一人で行くことを校則で禁止されている映画館に行くことだった。映画で様々な世界を知った母は、いつかこの町から出て、世界を飛び回る仕事がしたいと願った。目標があるから勉強に身が入ったという。そうして大学を出た母は、夢だったキャビンアテンダントになった。

もちろん人の可能性を開く手段は、映画だけではないだろう。活動で映画を利用しているのは、私が映画の可能性を一人称で信じることができ、映画にしか情熱を燃やせないということも多分にある。

しかし、映像や音楽で多くの感覚を刺激し、豊かなストーリーのなかで登場人物の生き様を追体験できる映画だからこそ、ロールモデルとの出会いを「憧れ」に留めず、本当にその姿を目指す意志を育む力が備わっているのではないかと思う。

少なくともいまの私は、そういう映画の力によってここまで進んでこられた。映画好きの母に育てられた私も映画で世界を広げてきて、ある日、荒廃した街に映画館が建ち街が復興していく映画を観て、それがいまの活動の原点になっているのだから。


正直、私たちの活動によって可能性が開花したとまで言い切れるエピソードはまだ多くない。その結果が見えてくるのは、あの子どもたちが人生の岐路に立つ数年後、あるいは数十年後かもしれない。だから「映画で貧困は救える」と断言することは私にはできない。

断言はできないけれど、映画に育てられ、人生を支えてきてもらったから、信じることはできる。映画は人の可能性を開くものであると。この連載で探究してきたことを糧に、これからも活動を続けていければと思う。

いつの日か、「映画が子どもたちの可能性を開いた」「映画が貧困を救った」と言える日まで。


イベントのお知らせ

ついに最終回を迎えた教来石さんの連載「映画で貧困は救えるか——『途上国×移動映画館』で感じた葛藤と可能性」。これまでご覧いただきありがとうございました。連載完走を記念して、フィナーレとなるイベントを7/16(火)夜に開催します。ぜひご参加ください!

イベントの詳細・お申し込みはこちら

連載紹介

映画で貧困は救えるか――「途上国×移動映画館」で感じた葛藤と可能性
途上国の子どもたち向けに移動映画館を展開する著者。これまで5万人以上に映画を届けてきた実績とは裏腹に、活動の存在意義を自問自答する日々。映画より、食糧やワクチンを届けるべきではないのか? 映画を届けたいのは自分のエゴではないのか? 本連載では、「映画で貧困は救えるか」をひとつの象徴的な問いとして、類を見ない活動をするNPO経営のなかで感じる様々な葛藤や可能性と真摯に向き合っていく。

第1回:夢だった活動が広がることで、新たに生まれる不安
第2回:ただ生きるためだけなら、映画なんて必要なかった
第3回:映画は世界を戦争から救えるか?
第4回:映画からもらった夢に乗って、いま私は生きている
第5回:スマホとYouTubeが普及しても、移動映画館を続ける理由
第6回:挑戦をやめたらそこで試合終了ですよ。(新年特別企画)
第7回:西日本豪雨に思う――NPO代表の私が無力を感じる瞬間と、支えにしている言葉。
特別回:【3つの動画で知る!】途上国で移動映画館を行うWorld Theater Projectの活動
第8回:映画で少数民族が抱える課題に挑む――代表の私には見えなかった新しい活動の可能性
第9回:オフ日記「いつでも歩けば映画に当たる」
第10回:「ネパールで生まれた僕は夢を持てない」
第11回:「生まれ育った環境」とは何か。——ネパールで考えた問いと、移動映画館の新しい可能性。
第12回:【最終回】映画で貧困は救えるか

著者紹介

教来石小織(きょうらいせき・さおり)
NPO法人 World Theater Project 代表。日本大学芸術学部映画学科卒業。2012年より途上国の子どもたちへの移動映画館活動を開始。カンボジアをはじめとした世界各国5万人以上の子どもたちに映画を届けてきた。俳優・斎藤工氏の呼びかけで製作した世界中どこででも上映できる権利フリーのクレイアニメ『映画の妖精 フィルとムー』(監督:秦俊子)は、世界各国の映画祭で高く評価され、「2018年度グッドデザイン賞」を受賞。日本武道館で行われた「みんなの夢AWARD5」優勝。第32回人間力大賞文部科学大臣賞受賞。著書に『ゆめの はいたつにん』(センジュ出版)。(noteアカウント:教来石小織

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