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ティール組織は耳心地が良い。それでは「明日から」何を始めるのか?(チームボックス・中竹竜二さんインタビュー)

ラグビーはじめ各種スポーツチームのコーチ、そして企業のマネジメント層まで、さまざまな組織を率いるリーダー育成に取り組む中竹竜二さん。日本ラグビーフットボール協会のコーチングディレクターとしても、シビアな勝負の世界で実績を残してきた「コーチのコーチ」は、ティール組織の可能性や反響をどう見ているのでしょうか。一部ではいまだに軍隊的なヒエラルキー組織(アンバー型)が勝利への近道だと思われているスポーツの世界で、中竹さん自身が行ってきた自律支援型の指導法も含めてお話を伺いました。(聞き手:伊藤健吾・下田理、執筆:伊藤健吾、写真:伊藤健吾・上村悠也、カバー写真:Photo by Viktor Jakovlev on Unsplash

最も大切なのは「水面下の動き」

── まずは『ティール組織』を読んだ感想からお聞かせください。どの辺が刺さりましたか?

中竹:ティール組織を成立させるには、非常に緻密な作業が必要なのだという点です。メンバー全員が型にはまらず自由に動く組織の裏側には、内部で揉めごとが起きたときに徹底的に話し合うなど、相当細かいディシプリン(行動原則)があるというか。

スポーツに例えると、シンクロナイズドスイミング(※編集部注:2017年以降は「アーティスティックスイミング」と呼ばれている)みたいですよね。見ている側は「華やかな演技だ」と感じるけれど、選手たちは水の下で必死に動いている。他のスポーツと比べても、ものすごい運動量です。

ティール組織も、現象だけを見ると「夢の組織」のように感じますが、うまく機能させるには細部に至る地道な苦労が欠かせないんだ、と再認識しました。

実は私自身、ティール組織のような形を目指してチームづくりをしていたことがあって。日本ラグビー協会のコーチングディレクターに就任する前、早稲田大学のラグビー蹴球部で監督をしていた時です。この時にも、水面下の仕込みの重要性を強く感じていました。

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中竹竜二 Ryuji Nakatake
株式会社チームボックス代表取締役、公益財団法人日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクター、一般社団法人スポーツコーチングJapan 代表理事。
早稲田大学人間科学部に入学し、ラグビー蹴球部に所属。同部主将を務め全国大学選手権で準優勝。卒業後、英国に留学し、レスター大学大学院社会学部修了。帰国後、株式会社三菱総合研究所入社。2006年、早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任。2007年度から2年連続で全国大学選手権優勝。2010年、日本ラグビーフットボール協会初代コーチングディレクターに就任。2012年より3期にわたりU20日本代表ヘッドコーチも兼務。2014年、リーダー育成トレーニングを行う株式会社チームボックスを設立。2018年、スポーツコーチングJapanを設立、代表理事を務める。著書に『新版リーダーシップからフォロワーシップへ カリスマリーダー不要の組織づくりとは』(CCCメディアハウス)など多数。監訳書に『マネジャーの最も大切な仕事』『insight』(ともに英治出版)など。

── 早稲田大学では、監督就任2年目の2007年度から、大学選手権を2連覇されましたね。その成果を出すために、具体的にはどんな仕込みをされたのでしょうか?

中竹:観察です。本当に一瞬の隙もないくらい、誰がどんな発言をし、日々どんな態度で生活しているかを見ていました。あれをもう一度ゼロからやれと言われたら、相当な覚悟を決めてやらないとできないだろうと思うくらい、コーチやチームメンバーの言動をつぶさにチェックしていました。

理由は、チームの誰もが自由に発言し、自分たちで考え、判断しながらリスクを取って動くチームに変えたかったから。そういうチームには、一緒に働く人同士、「もっとこうしたい」「こうしてほしい」と要求し合う水面下のプロセスが必ずあるものです。

そうやって、特定のリーダーが指示しなくても全員で最善策を考え、実現に向けて要求し合うチームにするためには、誰にどんな役割を託し、どう振る舞ってほしいかを整理しなければなりません。だから、チームメイトの人となりや人間関係を観察する時間が必要だったんです。

そうこうしているうちに、監督就任2年目で何とか大学選手権を制することができました。その翌年からは、継続路線では相手に研究されて勝てなくなっていくだろうと思い、ガラリと方針を変えました。「ダイナミック・チャレンジ」というスローガンを立てて、抜本的なチーム改革に乗り出したんです。当然、スローガンを掲げるだけでは変わらないので、これを旗印にさまざまな工夫をしました。

── 中竹さんがされた工夫とはどんなものですか?

中竹:例えば、練習でも戦術ミーティングでも、あらゆるシーンで「リスクを取っているか?」「新しいチャレンジをしているか?」を問うようにしました。また、学生は仲の良い人同士でつるむ傾向が強いので、普段あまり話さないチームメイトともコミュニケーションを取るように食事の席を変えたりもしました。これらはすべて、シンクロで言う「水面下の動き」です。

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「良き主将」か、「自分らしい主将」か

中竹:「ダイナミック・チャレンジ」に向けた改革のハイライトは、私に対して事あるごとに文句を言ってくる、破天荒で一番肌が合わなかった選手を主将に抜擢したことでした。私自身もリスクを取ってチャレンジすると全員に示すためです。

彼と同じ年次には、高校時代に主将として全国優勝していた生粋のリーダーもいました。皆が「次の主将は彼だ」と思うようなタイプです。それでも、彼には「ごめん、俺とお前が組んでも想定通りの結果しか生まないと思う」「不本意かもしれないがチームを裏で支えてくれ」とお願いして、まったくそりが合わない人を起用するというリスクを取ったんですね。

── うまくいく確信はあったのですか?

中竹:いえ、まったく(笑)。確信があって選んでいたなら、リスクを取ったとは言えません。実際、決断した当初は周囲に大反対されましたし、選手からもほぼ毎週文句を言われ、メディアに「主将を変えるべき」と書かれたこともありました。

── でも、監督に対してもズバズバものを言う選手を主将にしたことで、ティール組織で言う「自主性(セルフマネジメント)」を引き出す効果があったのでは?

中竹:ええ。それが彼を主将に任命した狙いの一つでした。

ただ、人間というのは面白いもので、彼はいざ主将になるといわゆる「人の良いリーダー」っぽい振る舞いをするようになったんですね。その年の大学選手権で、予選の一試合を落とした後、急に後輩たちに励ましの手紙を書き始めたりして。「あいつらしくない」と違和感を持ち始めた頃、案の定、彼から「どう振る舞ったらいいか分からない」「悩んでいる」と相談されました。チーム全体にも、「ダイナミック・チャレンジ」に対して停滞ムードが漂っていました。

それから何度も1 on 1で面談して、「今の姿はお前らしいのか?」と問いかけました。「お前が主将っぽく振る舞ってチームも今のまま終わるか、お前らしく言いたいことを遠慮なく言うことで巻き返すか。どっちに賭けるんだ?」と。

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そういうやりとりを重ねて、本来の彼らしい振る舞いを取り戻してからは、チームも再びチャレンジするようになり、最後は最高の結果を出してくれました。2008年度の大学選手権決勝、対帝京大学戦で、選手たちが私の出した指示を「無視」して得点を決め、優勝したんですよ。

この年、帝京大学には予選で一度負けていて。その時と似たような試合展開になりかけていたので、スタンドから「前半は失点しないことを最優先にプレーしろ」と指示を出したんです。戦略的なセオリーとしては、今でも私の指示は正しかったと思っています。でも、選手たちが「それはダイナミック・チャレンジじゃない」と判断して攻め切った結果、私だけでなく相手チームの予想をも上回った。

ハーフタイムに、選手たちがドヤ顔でロッカールームに戻ってきた姿を見て、「このチームは私の期待を完全に超えてくれたな」と思ったのを覚えています。自分たちで判断して柔軟に動く組織の強さを見た瞬間でした。

── 主将が自分らしさを重視して「全体性(ホールネス)」を得たことで、チーム全体の「自主性(セルフマネジメント)」が引き出され、良い結果が生まれたんですね。

中竹:結局、パフォーマンスを最大化するには「どれだけ他のことに気を遣わずperformできるか?」が大事なんです。

スポーツの世界ではこれを「フロー状態」や「ゾーンに入る」と言いますが、従来型の組織だと、上司や他人の評価を気にしたり、レギュラーから外されたくない一心でミスを恐れたりと、目の前の一挙手一投足に集中できない状態を生んでしまいます。こうした「アナザージョブ」を極限まで減らすことができるのが、ティール組織の良さでしょうね。

しかし何度も言いますが、チームがこういう状態になるまで、相当な仕込みをしたという自覚があります。例えば主将やチームメンバーとの面談一つを取っても、回数だけでなくやり方そのものにすごく配慮していました。

大事なのは、「自分が最も自分らしくいられるのはどういう時なのか?」と本音をぶつけ合うこと。単刀直入に言うべき時は、「最近調子乗ってるよね」とか「いやいや、それはお前らしくないだろ」と直言するべき。そうしないと、本音をさらけ出せる関係性がつくれないですし、つくれたとしてもすごく長い時間がかかってしまいます。

最近のマネジメント論ではフォロワーシップや引き出すマネジメントが大事と言われていますが、必ずしもそればかりではいけないのではと感じます。言うべき時は言わないと。

── ある種の衝突が、本音を引き出す糸口になる時もあると?

中竹:綺麗なやり方だけでは、理想を形にできませんからね。リスクを取る行動ができないなら、ティール組織のような形を目指すべきではないとすら思います。

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ティールを目指すために、「明日から何をしますか?」に答えられるか

中竹:この本が出てから、いろんなところでティール組織を目指す活動が起こっていますが、自分たちにとってのホールネスやセルフマネジメントとはどんなものか? どうすれば実現に近づけるのか? それらを言語化できていない状態で「自由で柔軟な組織」を目指したところで、形にできるはずがありません。

水泳で50メートルも泳げない人たちが、シンクロをやろうとしても無理ですよね? これと同じで、憧れだけでやれるものじゃないと思います。

ティール組織の考え方に共感して、ああなりたいと試行錯誤する行為自体は大切でしょう。どんな組織を目指すにせよ、失敗から学ぶプロセスはとても重要で、このプロセスで得た気付きが理想に近づく糧になるからです。

ただもし、チャレンジした結果自分たちにはティール組織を実現できないと分かったなら、他の方法で成果を出すことに集中したほうがいい。そうでないと、「ティールごっこ」と言われてしまっても仕方がない状態を続けてしまうリスクがあると思います。それでは得たい成果を得ることがかえって難しくなってしまうのではないでしょうか。

── 中竹さんから見て、そのようなリスクがあると感じる組織の特徴とは何でしょう?

中竹:一つは、ティール組織の良い面だけを語り、シンクロで言う「水面下の動き」をほとんどやっていないケースです。

もう一つは、ティール組織を唯一の正しい解だと思い込んでいるケースですね。ティール組織というのは、あくまでも組織運営の概念の一つ。なのに、過剰な幻想を抱いて「これが究極のゴールだ」と考えてしまうと、オレンジ(達成型)の組織と何も変わらなくなってしまうのではないでしょうか。

こういう状態は、理想的なリーダーを見つけて「あなたについていきます!」と言っているのと同じ。であれば、高度で難しい「水面下の動き」を必要とするティール組織を目指すよりも、優秀で強いリーダーシップの下で組織運営をしたほうが現実的な成果が出せるでしょう。

── もう一歩踏み込んで、憧れだけでティール組織を目指してしまっている人が陥りがちなポイントはあるでしょうか?

中竹:答えはシンプルで、「総論賛成、各論反対」になってしまうことです。

私がやっている企業向けのリーダートレーニングでも、「ティール組織のような組織をつくりたい」と熱く語るリーダーが少なからずいます。そういう方には、「じゃあ明日から何をしますか?」と聞くんですね。そこで具体的なアクションプランが出てこない人は、ちょっと危ない。

ティール組織を運営する上で必要なディシプリンの実践を敬遠する人も、単なる憧れ層だと思ってしまいます。「うちの人事評価システムではできない」などと、できない理由は出てきますが、「じゃあ明日から何を変えますか?」と聞いても答えが出てこない。

私の経験上、組織変革において「ティール組織が良い」などの総論はほとんど意味がないと感じます。具体的に実践する各論を積み上げていくことでしか将来像は見えてこないんです。

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── そもそもなぜ、日本でティール組織への憧れや期待を持つ人が増えているのでしょうか?

中竹:先ほど『ティール組織』の担当編集者さんに話を聞いたら、この本の感想を寄せてくださる方々の中には、大企業にいて無力感を抱いているような人もいるそうです。そういう人たちにとって、ティール組織が明日から行う組織変革活動のヒントになっているのであれば、とても素晴らしいことだと思います。

一方で、ティール組織がムーブメントになりつつある今だからあえて伝えたいのは、うまくいかない現状から逃げるために「ティール組織を信じる自分」でいたいだけなら、今すぐやめたほうがいいということです。

ティール組織が好きな人たちの集まるコミュニティに行って、「私もティール組織を信じています」と言えば、承認欲求が満たされるでしょう。でも、ティール組織を目指すこと自体に価値があるわけではありません。オレンジ(達成型)の組織を目指そうが、レッド(衝動型)の組織を目指そうが、目指す組織のあり方に近づくための取り組みにこそ価値があるのであって、それがなければ成果も出ません。

新しいユートピアが見つかって、「そこを目指すこと自体がステータスになっている」という状態は、とても危険だと感じます。自分自身にも周囲にも、この点は問いかけるべきでしょう。

── 『ティール組織』著者のフレデリック・ラルーさんが来日して、9月14日にはカンファレンス(ティール・ジャーニー・キャンパス)が開催されます。中竹さんもご登壇されますが、どんな会にしたいですか?

中竹:ラルーさんは著書の中で、「ティール組織は他の組織体系の特徴を内包している」と述べています。つまり、ティール vs オレンジのような対立構造ではないということです。

ティール組織に共感した人たちの中には、もしかすると「階層構造の組織は悪だ」と思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、そういう議論にはあまり意義を感じません。「これをやればティール組織ができる!」という正解がない中で、どうやって理想を形にしていくのか? カンファレンスでは、そんな具体的な各論が多様に議論される場になればいいなと思っています。

逆に、知識があることで他の参加者にマウントを取ったり、異なる意見に不寛容な態度を取ってしまってはもったないと思います。ラルーさんが来るということで、彼の発言を神のお告げのように捉えることも。「そもそもティール組織ってホントに機能するの?」などと、率直な意見をぶつけ合える空間にできたら成功なんじゃないでしょうか。

もちろん、そうやって本音で語り合う空間を、1日のイベントという短い時間で形にするには、ティール組織よろしく「水面下の動き」が鍵を握るでしょう。私も当日登壇させていただくので、今からできる仕込みをしておきたいと思います。


9/14 TEAL JOURNEY CAMPUS 開催!

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日本初、「新しい組織の探求者」が一堂に会するカンファレンスを開催!

「ティール・ブーム」から「ティール・ムーブメント」へ

「これからの組織のあり方」を示して注目を集めた『ティール組織』発売から1年余り。 日本各地で、自然発生的に多くの勉強会・読書会が開催されてきました。その草の根の動きも新しい現象であり、国会でとりあげられたり数多くの賞を受賞したりする中で、日本社会においても少しずつ広まっていっています。

しかし、ティールを始めとする新しい世界観(パラダイム)の実践は、探求すればするほど味わい深く、すぐに答えが出るものではありません。どの実践者も試行錯誤を繰り返し、独自のやり方を見出そうと模索し続けています。

私たちは、今こそ日本における実践知を集めることで、新たなる動きを生み出せるのではないかと考え、日本ではじめてのカンファレンスを開催します。

●公式サイト
https://teal-journey-campus.qloba.com/


連載「Teal Impact」をお読みくださり、ありがとうございます。次回記事をどうぞお楽しみに。英治出版オンラインでは、連載著者と読者が深く交流し、学び合うイベントを定期開催しています。連載記事やイベントの新着情報は、英治出版オンラインのnote、またはFacebookで発信していますので、ぜひフォローしていただければと思います。(編集部より)

連載のご案内

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連載 Teal Impact:日本の組織と社会はどう変わるのか
ティール組織』発売から1年余り。それまで日本でほとんど知られていなかったコンセプトは急速に広まり、実践に取り組む組織も次々と現れている。なぜ「ティール組織」がここまで注目されているのか? これまでどのような取り組みがあったのか? そして、これからどんな動きが生まれるのか? 多角的な視点から、「日本の組織と社会のこれから」を探究する。

第1回:「ティール組織」学びの場づくりについて語ろう。(前編)
第2回:「ティール組織」学びの場づくりについて語ろう。(後編)
第3回:自分たちの存在目的を問う「哲学の時間」を持とう( 『ティール組織』推薦者 佐宗邦威さんインタビュー)
第4回:ティール組織では、リスクとリターンの等分がカギとなる(コルク・佐渡島庸平さんインタビュー)
第5回:内発的動機はどこから生まれるのか? (篠田真貴子さんインタビュー)
第6回:組織文化は「評価」によってつくられる(カヤック・柳澤大輔さんインタビュー)
第7回:ティール組織は耳心地が良い。それでは「明日から」何を始めるのか?(チームボックス・中竹竜二さんインタビュー)
第8回:ティール組織において「人事」はどうなるか?(ユニリーバ・ジャパン 島田由香さんインタビュー)
第9回:「できないこと」が受け入れられ、価値にすらなる世界が始まっている(FDA・成澤俊輔さんインタビュー)
第10回:「ティール組織」の次に来るのは、「〇〇組織」ではない(サイボウズ・青野慶久さんインタビュー)
第11回:「全力で振り切る」組織をどうつくるか(ガイアックス・上田祐司さんインタビュー)
第12回:ティールを広げるためには「国家レベルのデザイン」が求められる(早稲田大学ビジネススクール・入山章栄さんインタビュー)

~Teal Journey Campus参加レポート~
沖依子:仲間の声に耳を澄ませると、 組織のありたい姿が見えてくる
野田愛美:組織は「つくる」のではなく「できていく」