ティール組織では、リスクとリターンの等分がカギとなる(コルク・佐渡島庸平さんインタビュー)
「ドラゴン桜」や「宇宙兄弟」など数々の大ヒット漫画を世に送り出した敏腕編集者の佐渡島庸平氏。漫画家・小説家などクリエイターのエージェント会社、コルクの経営者でもある同氏は、社員がより高いパフォーマンスを発揮できる組織のあり方についても常に思考を巡らせ、実践されています。昨年来、ビジネスの世界で話題になっている「ティール組織」について、佐渡島氏はどうとらえているのでしょうか。その上で彼が理想とする組織やコミュニティーとはどのようなものなのでしょうか。(聞き手:下田理、構成・写真:伏見学、カバー写真:Photo by Jehyun Sung on Unsplash)
ティール組織では強烈なクリエイティビティは生まれにくい?
―― 佐渡島さんは「ティール組織」について、どのような感想をお持ちでしょうか?
佐渡島:僕はコルクという会社をどのように大きくしていくべきか考える中で、新しい組織論である「ティール組織」や「ホラクラシー型組織」を綿密に調べてきました。そこでいくつかの強い疑問を抱いたのです。
佐渡島庸平 Yohei Sadoshima
1979年生まれ。東京大学文学部卒。2002年講談社入社。週刊モーニング編集部にて、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当する。2012年講談社退社後、クリエイターのエージェント会社、コルクを創業。著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。従来の出版流通の形の先にあるインターネット時代のエンターテイメントのモデル構築を目指している。
1つは、どんなビジネスモデルであっても、ティール的な形で果たして意思決定できるのか。もう1つは、漫画や小説のようなクリエイティブなコンテンツをつくるとき、全員が同じように意見が言えるのは正しいことなのかどうか。
例えば、多くの出版社だと、営業部ではなく編集長が最終的な意思決定をする仕組みになっています。そのことによってコンテンツのクリエイティビティが担保されているのです。営業部や編集長以外の社員が、このコンテンツを出したいと言っても、編集長が同意しなければその作品が世に出ることはりません。それくらい絶対的な権限があるのです。
昔は本を出せばかなりの確率で収益を回収できるビジネスモデルだったため、自由度はありました。ただ、今は限りなく回収確率が低く、売れない本が増えています。その中で、編集経験の浅い社員にコンテンツを出すべきかどうかの権限を渡して本当に大丈夫なのかと思います。
ティール組織の本には、つくった商品に対して皆でフィードバックする事例が出てきます。目に見える商品であれば改善しやすいわけです。ECサイトなどもそれに当てはまるでしょう。
一方、コンテンツに関して、これは本当にクリエイティブなのか、面白いのかどうかというのは、ものすごく主観が入ります。
本ではティール組織ならばクリエイティブになり得ると言っていますが、コンテンツづくりには当てはまらないと個人的には思います。僕は常に面白い漫画を描ける人間を探しています。手塚治虫のような50年に1人しか現れないような才能を求めていて、世の中を変えるコンテンツを作りたいのです。皆に権限を与えて、フィードバックをもらって出来上がったものが、そのような強烈な作品になるのでしょうか。
つまり、ティール組織は、ビジネスモデルが出来上がっている中でのクリエイティブな改善には向いているけれども、イノベーティブなクリエイティブには向いてないのでは、と思うのです。
―― なるほど、コルクのようにクリエイティビティが求められるビジネスにおいては、ティール組織は難しいと?
佐渡島:例えば、コルクはコンテンツから派生したグッズを展開しています。今僕が着ている服も、漫画『宇宙兄弟』のパーカーです。この服をより良くする方法はティール組織でできるでしょう。けれども、世間がびっくりするような商品はティール組織で生み出せるのか、疑問です。
すでにお伝えしたように、僕はティールやホラクラシーに強い関心をもっています。『ティール組織』や『HOLACRACY(ホラクラシー)』、日本人著者の本など関連書籍を徹底的に読み込むことで多くを学びました。うちの社員に(ホラクラシーの代表格である)米Zapposの現地プログラムを体験しに行ってもらったこともあります。それでも、コルクをそうした組織にすべきかどうかは悩ましいんです。
日本人は意思決定できる人が少ない
―― 実際、コルクではどのような組織づくりに取り組んでいるのでしょうか?
佐渡島:組織づくりに関しては、ヒューマンロジック研究所の「FFS理論」という自己診断テストを、社員や「コルクラボ」のコミュニティーメンバーに受けてもらっています。
これは人間が恣意的、無意識的に考え、行動するパターンを5因子として、それを分析することで、その人が保有する潜在的な強みが客観的に分かるというものです。具体的には、「A:凝縮性」「B:受容性」「C:弁別性」「D:拡散性」「E:保全性」の5つです。
僕について調べた結果、「A:凝縮性」という意思決定の因子が強いことが明らかになりました。この因子が強いと、情報が不十分で成功するという確信がはっきりもてなくても、意思決定して前に進むことができるとされています。
「B:受容性」は、周りの皆のためになりたい、皆がどう考えるかを優先させたい因子です。「C:弁別性」は、すぐには意思決定をせず、情報を集めて白黒はっきり判断したい因子です。「D:拡散性」が強い人は自分にとって新しいと思うかどうか、「E:保全性」が強い人は自分にとって安全かどうかが意思決定の基準になりやすくなります。
欧米人は基本的に凝縮性が高い一方で、日本人は凝縮性を持っている人がほとんどおらず、受容性と保全性ばかりと言われています。ティール組織を実践するとなると、8人くらいの小集団に分けてプロジェクトを進めていくと思いますが、米国だと8人いればほぼ確実に凝縮性の人間がいることになるでしょう。だから意思決定して前進できるのです。
ところが日本だと、受容性や保全性の因子が強い人だけしかいないチームもあり得るので、「あなたはどう思う?」というような他者の意見をまとめようとする作業を延々と繰り返すことになるかもしれません。当然、前には進めませんが、居心地は良いのです。
凝縮性と弁別性の高い人は、意思決定や判断をどんどん下すので、日本では冷たい人だと思われて、チームから排除される可能性もあります。こうした点から、ティール組織は米国流のものだとヒューマンロジック研究所の社長も話しています。
組織にヒエラルキーは必要
―― では、日本においてティール組織は実現困難なのでしょうか?
佐渡島:正直言って、ビジネスの世界では、ティール組織で語られているようなリスクを完全に分散化することが難しいのではないかと思っています。
特にコルクは上場してないので、会社が負債を背負ったときに、僕の個人保証になります。例えば、1億円の負債が出たときに、メンバーが20人いるから一人当たり500万円を返そうとは絶対になりません。権限は全員に与えるほうが利益が出るとティール組織の本には書いているけど、現実にはリスクは経営者一人に降りかかってきます。
だから、全員から賛同を得るのではなく、リスクをある程度負った特定の人が意思決定する。今のコルクがまさにそういう組織です。
ティール組織についての本を読んでいると、意思決定するという役割を与えれば、全員賛成を得て進まなくても良い、という風に書いてあるものも多く見られるので、今のコルクの決め方もティール組織と反しているものではないかもしれません。
でも、そうだとするとティール組織とヒエラルキーの具体的な違いが急にわかりにくくなったりするので、もしかしたら僕がまだティール組織というものを十分に理解していないだけなのかもしれませんね。
ただ、ティール組織というものは、やることがまだ明確でないフェーズのときは難しいのではないかなという気がしています。
例えば、全員が意思決定に関与できるとなると、経験値のレベル80の社員が、レベル20の社員の意見を聞かなくてはいけません。これでは意思決定が遅くなります。それは危機的状況ですよね。そう考えるとヒエラルキーは必要なのです。つまりティール組織とは、ヒエラルキーとホラクラシーの合体した組織ではないかなと自分なりに解釈しています。
『ティール組織』では、新しい組織は従来のピラミッド構造から脱却した「進化した組織」と表現していますが、書籍に出てくる事例を見ると、CEOも役員もいて、ヒエラルキーが残っている組織がけっこうあるじゃないかと指摘したくなります。僕自身のティール組織の定義は「役割の交代が起きやすいピラミッド組織」ではないかと考えています。
ティール組織を体現するコルクラボ
―― ティールのモデルを応用しやすい組織というのはあるのでしょうか?
佐渡島:利益を出さなくてもいいような地域コミュニティなどでは、ティール組織を実現できると思います。そうした中で、コルクラボはティール組織を体現してると言えるかもしれません。
世の中の多くのコミュニティにおいて見られるのが「古参問題」です。なぜ問題になるのか。古参は新しい人が入って来ると、自分の立場や、安全、安心が脅かされるのではと思うからです。
会社は研修プログラムがあって、新しく入ってくる人の安全、安心の確保ができています。コルクラボで取り組んでいるのは、「新しい人の安全の確保」と、「昔からいる古参の安全の確保」の両方なんです。
古参たちは、基本的には自分たちのグループに新しく入る人を望んでいて、向こうから話しかけてきてもらいたいのです。つまり、待ちの姿勢になるのです。そうならないために、コルクラボでは古参が中心となって説明会を運営して、新しい人たちと触れ合う機会をつくります。
加えて、古参が新人と1対1で向き合い、コミュニティに馴染んでもらうようにサポートする「バディ制度」という仕組みもつくりました。そうすると古参は新しい人に知り合いができるので、彼らのグループに入って行きやすくなります。逆も然りです。
―― 古参と新人の間の溝が埋まって、コミュニケーションが取りやすくなるわけですね。
佐渡島:これによってコミュニティーの中で「新人+古参」というひとつの強いつながりができます。さらに、コルクラボでは誰もが6〜8人規模のグループに入ることになります。それによって、別の強いつながりができます。そして、オンラインでの他のメンバーとの薄いつながりもある。「バディ」「グループ」「オンライン」と、3つの絆ができるようにしています。
コルクラボは約2年前に立ち上がり、常に組織体が変化しています。バディ制度は最近できたのですが、効果を実感しています。僕もコルクラボができてから、遊ぶ相手はほとんどコルクラボのメンバーだけになりました。居心地がいいんですよ。
コルクラボができたばかりのころは、参加者の心理的、つまり緊張を解くことを重視していたので、弱いものを許容するだけの弱い場所になるのではという不安もありました。けれども結局、皆活躍したい、自分で自分を認めたいという気持ちを持っているので、転職して活躍している人、起業した人など、逆にコミュニティーに参加することで強くなる人間がコルクラボからどんどん出てきています。
安全、安心の確保は、一般的な会社組織では難しいでしょう。多くの組織では、社員は生活のためにお金を稼ぐには、会社で評価されなければという心理から、失敗を恐れ、自分の弱さを見せようとはしないからです。一方で、コルクラボは参加者自身が毎月1万円を払い続けているという時点で、大きな意思決定をしています。だから早く自らの安全、安心を確保したいという気持ちがあります。そうでなければやめるでしょう。
―― 確かに、1万円という金額は決して安くないです。
佐渡島:月額1万円はちょうど良いハードルになってるなと感じています。1000円だと有象無象に人が入って来るので、安全と安心の確保には至りません。10万円だと入ってくる人が少なすぎるからです。
コルクラボは全員が1万円を払ってきていて、上下関係がなくフラットで、楽しむか楽しまないかはそれぞれのやりたいこと次第です。まさにティール組織ですよね。
1年前、今のコルクラボは200人の「村」なので、これを「町」にする方法を考えよう、と僕が提案して、皆で話し合いました。結果、人を増やすことに皆がコミットするように意識が変わりました。今の居心地を保つためには、誰も入ってこない方がいいはずです。でも、「そうした(古参ばかりになる)コミュニティーは居心地が良いんだっけ?」と全員が自問自答して、違うよねと意思決定したのです。
次に考えたのは、どうやって人を増やすかです。今までは毎月入りたい人が自由に入っていたけれど、誰が入ってきたのか分からなくなっていました。それだと今までいたメンバーの安心が脅かされるから、入会は3カ月に1回にしようとなりました。
基本的に、半分はリファラル(推薦・紹介)での入会で、半分は自分たちが知らない人を入れるようにしました。そうすることで、コミュニティ内外で説明するのも楽になり、入会に関する仕組みがどんどん出来ていきました。ティール組織を運営するときに重要なのが、リスクとリターンを全員で等分することなんだと実感しています。
本当の安心を確保するために
―― 安全、安心の確保がコミュニティーの活性化にもつながるわけですね。
佐渡島:安全や安心という言葉は日常的に使われるので、多くの人たちはとても早めに確保できるものだと思っているはずです。けれども、実はそう簡単なものではありません。
例えば、社会人になってから他人とタメ語で喋る機会ってありますか? ほとんどの人は自宅か同窓会のような場所しかないのでは。タメ語で話してないのは、社会に対して薄い膜を張っていることの表れです。
コルクラボにおいて、僕は上の立場だから、誰に対してもタメ語で話しやすいと思うでしょうが、そうではないのです。僕も相手が土足で踏み込んでくるのが怖いから、関係性の距離を保つために、最初のころはタメ語で話せませんでした。
けれども、それを乗り越えて、タメ語で話せるようになると、次第にコミュニティ以外のさまざまな人にもタメ語が出せるようになったのです。これによって社会に対する安心感が増しています。
きっとほとんどの人は丁寧語で話すときに、これは恐れのせいだと思ったことはないでしょう。でも、儀礼的なものというのは基本的に安全、安心の確保のためなんです。相手と自分の間に「壁」を置いて、これ以上お互いに自分の領域に入ってこないようにするのが儀礼だからです。
他者との関係性において早い段階で安全、安心の確保をしたいのであれば、丁寧語を使うのは1つの手段と言えるでしょう。けれども、そこで得た安全、安心というのは最低限のものでしかありません。本当に心の底から安全だと思える場をつくりたければ、他者との距離をグッと縮めるような行動をとらなくてはなりません。ティール組織のような環境があるコルクラボで、僕はそれを実感しています。
9/14 TEAL JOURNEY CAMPUS 開催!
日本初、「新しい組織の探求者」が一堂に会するカンファレンスを開催!
「ティール・ブーム」から「ティール・ムーブメント」へ
「これからの組織のあり方」を示して注目を集めた『ティール組織』発売から1年余り。 日本各地で、自然発生的に多くの勉強会・読書会が開催されてきました。その草の根の動きも新しい現象であり、国会でとりあげられたり数多くの賞を受賞したりするなかで、日本社会においても少しずつ広まっていっています。
しかし、ティールを始めとする新しい世界観(パラダイム)の実践は、探求すればするほど味わい深く、すぐに答えが出るものではありません。どの実践者も試行錯誤を繰り返し、独自のやり方を見出そうと模索し続けています。
私たちは、今こそ日本における実践知を集めることで、新たなる動きを生み出せるのではないかと考え、日本ではじめてのカンファレンスを開催します。
●公式サイト
https://teal-journey-campus.qloba.com/
連載「Teal Impact」をお読みくださり、ありがとうございます。次回記事をどうぞお楽しみに。英治出版オンラインでは、連載著者と読者が深く交流し、学び合うイベントを定期開催しています。連載記事やイベントの新着情報は、英治出版オンラインのnote、またはFacebookで発信していますので、ぜひフォローしていただければと思います。(編集部より)
連載のご案内
連載 Teal Impact:日本の組織と社会はどう変わるのか
『ティール組織』発売から1年あまり。それまで日本でほとんど知られていなかったコンセプトは急速に広まり、実践に取り組む組織も次々と現れている。なぜ「ティール組織」がここまで注目されているのか? これまでどのような取り組みがあったのか? そして、これからどんな動きが生まれるのか? 多角的な視点から、「日本の組織と社会のこれから」を探究する。
第1回:「ティール組織」学びの場づくりについて語ろう。(前編)
第2回:「ティール組織」学びの場づくりについて語ろう。(後編)
第3回:自分たちの存在目的を問う「哲学の時間」を持とう( 『ティール組織』推薦者 佐宗邦威さんインタビュー)
第4回:ティール組織では、リスクとリターンの等分がカギとなる(コルク・佐渡島庸平さんインタビュー)
第5回:内発的動機はどこから生まれるのか? (篠田真貴子さんインタビュー)
第6回:組織文化は「評価」によってつくられる(カヤック・柳澤大輔さんインタビュー)
第7回:ティール組織は耳心地が良い。それでは「明日から」何を始めるのか?(チームボックス・中竹竜二さんインタビュー)
第8回:ティール組織において「人事」はどうなるか?(ユニリーバ・ジャパン 島田由香さんインタビュー)
第9回:「できないこと」が受け入れられ、価値にすらなる世界が始まっている(FDA・成澤俊輔さんインタビュー)
第10回:「ティール組織」の次に来るのは、「〇〇組織」ではない(サイボウズ・青野慶久さんインタビュー)
第11回:「全力で振り切る」組織をどうつくるか(ガイアックス・上田祐司さんインタビュー)
第12回:ティールを広げるためには「国家レベルのデザイン」が求められる(早稲田大学ビジネススクール・入山章栄さんインタビュー)
~Teal Journey Campus参加レポート~
沖依子:仲間の声に耳を澄ませると、 組織のありたい姿が見えてくる
野田愛美:組織は「つくる」のではなく「できていく」