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ティール組織において「人事」はどうなるか?(ユニリーバ・ジャパン 島田由香さんインタビュー)

ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス人事総務本部長の島田由香さんは、2016年に働く場所と時間を自由に選べる制度「WAA(Work from Anywhere and Anytime)」を導入、その考え方に共感する人々が集まるコミュニティ「Team WAA!」を立ち上げるなど、社内外でその影響力を発揮されています。そんな島田さんにとって、『ティール組織』はとても大切な一冊なのだそう。その理由や、島田さんが考える究極の人事の役割について伺いました。(聞き手:下田理・小竹貴子、執筆:やつづか えり、写真:下田理、カバー写真:Photo by geralt on pixabay

ずっと目指してきた組織のあり方が言語化されていた

── 『ティール組織』出版以来、島田さんには感想コラムを書いていただいたり、様々なイベントで取り上げていただいたりして、本当に感謝しています。あらためて、島田さんにとって『ティール組織』はどんな本だったのでしょうか?

島田:こんなことを言うのはおこがましいですが、この本を読んだとき、「私がずっと考えてきたことが言語化されている!」と感じました。

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島田由香 Yuka Shimada
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社取締役 人事総務本部長。1996年慶応義塾大学卒業後、株式会社パソナ入社。2002年米国ニューヨーク州コロンビア大学大学院にて組織心理学修士取得、日本GEにて人事マネジャーを経験。2008年ユニリーバ入社後、R&D、マーケティング、営業部門のHRパートナー、リーダーシップ開発マネジャー、HRダイレクターを経て2013年4月取締役人事本部長就任。その後2014年4月取締役人事総務本部長就任、現在に至る。
学生時代からモチベーションに関心を持ち、キャリアは一貫して人・組織にかかわる。日本の人事部「HRアワード2016」個人の部・最優秀賞、「国際女性デー|HAPPY WOMAN AWARD 2019 for SDGs」受賞。高校一年生の息子を持つ一児の母親。
米国NLP協会マスタープラクティショナー、マインドフルネスNLP®トレーナー。

── ご自身の組織で実践されてきたことが書かれていた、ということですか?

島田:もちろん、完璧にはできていませんが、重なるところが多いと感じました。

2013年に私が人事のヘッドをやることになったとき、「どんなチームがベストなのか」と考えました。そのとき私は、ピラミッドの上からみんなを見下ろすんじゃなくて、ピラミッドの三角形をぱたんと横に倒してフラットになったところを自由に動き回りたい、そんなイメージを持ちました。

それから6年間ずっと、毎月1回はチーム全員で集まって「私たちってどういうチームかな?」「何に困ってる?」「どうしてたらもっと良くなる?」という話をしてきました。そこに『ティール組織』が出てきて、「目指してきたのはこれだ!」と気づいたんです。私が実現したい組織のあり方がロジックと感情の両面で言語化されていた。これは私たちのバイブルみたいなものです。

さらに社外では「Team WAA!」というコミュニティを運営していて、こちらは完全なるティールだと感じています。大きなパーパスに基づいて集まってきたメンバーは、立場も置かれている状況や環境も全然違う。だからこそ、それぞれのやりたいことや持っている強みを生かし、お互いを見ながらパーパスに向かって動いています。

── たしかに、コミュニティやプロジェクトのレベルでは「ティール的に運用しよう」という声がいろいろなところで聞こえてくるようになりました。一方で、会社の中にティールを持ち込むというのはまだまだ難しい面もあるのではないですか?

島田:そうかもしれないですね。特に、組織の構造がピラミッド型で役職というものがある以上、完全にフラットな関係になるのには相当な時間がかかるかもしれません。

私の人事のチームには階層が3つしかありません。それでも、その階層の一番上にいる私の言うことが絶対だと思ってしまう人はいます。「そうじゃないよ」という話はずっとしているのですが。例えば日系企業から転職してきたメンバーなどは役職が上の人の言うことを聞くのが当たり前になっていますから、ものすごく戸惑うんです。ずっとユニリーバにいたとしても、役職を気にする人はいます。もちろん人は変わることができるので、少しずつ私たちのやり方に慣れてはいきますが、会社が組織構造を変えない限りは完璧にはなりえないでしょう。

それでも私のチームにおいては、理解者を増やし、ティール組織を体現できることを目指しています。

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トップの交代に伴う組織の変化に直面し、自身の役割を再定義

── 人事のチームだけでなく会社全体がティールになるとしたら、それはユニリーバさんにとって良いことですか?

島田:素晴らしい質問ですね! 感覚的には良いことだと感じます。きっと無駄なストレスがなくなると思うからです。

今はピラミッド型の組織でかつ部門というものがあるため、みんなが勝手に「これはどこどこがやるべき仕事だ」というイメージを持っていたり、「これ、私がやってもいいのかな」という遠慮があったりします。そうなると、やるべきことをやらなかったりするんですね。ユニリーバには、「サステナビリティを暮らしの”あたりまえ”に」というパーパスに共感した人が集まっているわけだから、そのパーパスのための仕事であれば誰がやってもいいはずなんです。

「これは誰々の仕事」と区別してしまうのは、組織がある程度大きくなってサイロになっているからでしょう。本当にティールになることができれば変な遠慮がなくなり、パーパスに向かってもっと自分の強みを生かしていけるはずです。

でも、もしやるとしたら結構大変でしょうね。評価や給与はどうするのかとか、みんな制度的なことにものすごく関心がいきますから、最初は抵抗が大きいと思います。

── 部門を越えて俯瞰できるトップの心持ちや取り組みが重要になってきそうですね。

島田:リーダーの色がそのままチームの色になりますよね。

昨年、ユニリーバ・ジャパンの社長が変わって、「組織はリーダーがどの段階にいるかで決まる」ということを本当に体感しました。そして、ちょうどその時期に『ティール組織』を読んで考えることができたのは、私にとってはとても良かったと思っています。

以前のトップは本当にパーパス中心で、世界の見方を引き上げてくれる人で、私は勝手に「ティール・リーダー」と呼んでいました。その当時、ユニリーバは少なくともグリーンだと感じられて、このリーダーがいることによってティールになっていける可能性が非常に高いと感じていました。もちろん、制度も何もかも変えるのは難しいかもしれないけれど、目指すべきところや共通言語としてティールを追求していけることはあり得ると信じられたのです。

ところが、リーダーが変わった当時は組織がオレンジになったように感じました。私はそのことを勝手ながら残念に感じたりもどかしく思ったりしていました。ですが同時に、「あの人はティール・リーダーだったけれど、この人は……」と勝手に思っている私はティールなのか? 自分自身がオレンジなのではないか? ということも考えるようになったんです。

そして「私ができることってなんだろう」と考えると、ティール・リーダーと一緒に働くという稀有な体験をしたのだから、自分がその視点と世界観を持てるように日々努力と精進をし、トップの世界観がグリーン、そしてティールに進化できるような刺激を与えることなんだと思いました。それはこの本のおかげです。ここに答えが書いてあったわけではないですが、「自分はティールなのか」という内省をさせてくれました。

── そのことは、以前のコラムにも率直に書いてくださっていましたね。その後、島田さんと社長との関係性は変わりましたか?

島田:当時から悪いわけではないので大きくは変わりませんが、ありがたいのは、新しい社長も私の言うことによく耳を傾けてくれるということです。私は感じたことは相手に直接言うようにしています。一般的には、自分より年下の女性に色々言われることを心地よく思わない男性が多いかもしれません。でも社長は、「わかった。自分なりにやってみる」と言ってくれました。だから私も「自分ができることをしよう」と決め、実際に関係性にもチームの在り方にも変化を感じています。

── トップが変わっても、変わらずに残っていることもありますか?

島田:はい。「Be Yourself」という個人を大切にする文化や、パーパスを中心においているという点は、新しいリーダーになっても変わらない部分です。

── パーパスはすでに根付いているから、誰がリーダーになろうとも変わらない?

島田:おっしゃるとおりです。軸になるところは変わりません。今の社長は30年以上ユニリーバにいるので、そういう意味ではパーパスへの理解もとても深いものだと思います。

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人事部がいらなくなったとき、それでも私たちに残る役割

── ここまでお話しいただいたことも踏まえ、 組織における人事の役割として、何が大切だとお考えですか?

島田:私は、究極的には人事部はいらなくなると思っています。会社が存続するために、働いている人たちに給与という名の価値の対価を支払っていくプロセスはもちろん残りますが、それはアウトソースできることですよね。

今のユニリーバにおける私たち人事の存在意義は何かというと、社内の必要な人にコーチングをしたり、うまくいっていないところに介入して人間関係を修復する手助けができるということです。例えば、ある部門で上司と部下で揉めているときに、両者が対話できるように間に入ります。

これも各部門の中でできるようになれば、私たちが出ていく必要はないんです。例えばNLPやクリーン・ランゲージなどのスキルや知識をひとりひとりが持っていたら、当事者同士で解決できるんですよ。

そうなったときに私たちに残される役割は何か。それは、会社全体を見て、人のつながりや関係性、温度感みたいなものを把握した観点から、リーダーにアドバイスや提言をし、時には異議も唱えるパートナーであるということ、これだけです。もちろん、社内のいろいろな人の相談に乗ることはあるかもしれないけれど、本当にティールな組織になれば、今みたいに各所に呼ばれて問題解決をする必要はなくなっていくのだと思います。

── 「人」のことに関して「トップにアドバイスをする」、これが究極の役割だということですか?

島田:それを自分でできる社長もいるかもしれません。ただ、社長という仕事は大変孤独なものだと思うのです。ですので、愚痴も聞くし時には叱咤激励する、そういう存在は必要なんじゃないかな、と。それを「人事」と呼ぶかどうかはわかりませんが、「リーダーのコーチ」という役割は残るのだと思います。

ティール組織を「制度」から考えるのはナンセンス?

── 日本の企業の人事部で、今おっしゃったような役割を認識している方はとても少ないと思います。

島田:私は外資系企業にいますが、日本企業とは人事の意義の捉え方が大きく違うということは感じています。私自身が在籍したことはないので見聞きしただけなのですが、日本企業の人事は給与や労務の対応や制度作りなどに重きを置く傾向があるようです。一方で外資系の会社における人事は、スタッフに伴走する「ビジネス・パートナー」として捉えらているように感じます。本質的に大事なことは両者の間で変わらないと思うのですが、どうしたら立場の違いを越えて「より効果的な人事」を追求していけるか、よく考えなければいけませんね。

── 「人事」とは別の、新しい言葉が必要なのかもしれません。島田さんがおっしゃったことは、リーダーシップを発揮したいという意思がある人のためのコーチやアドバイザーのような役割だと思います。日本の企業でいわゆる「人事」というと、社員全員に対して公平であることやルールを課すことをイメージする人が多そうです。

島田:たしかに。Team WAA!のセッションでティールについてディスカッションしたときにも、出てくる質問の多くは「制度」に関することでした。私からすると、それはナンセンス。

例えば、近年「ノーレーティング」という人事評価制度が出てきて、「A」「B」「C」といった評価をなくすところも出てきています。ですがそれも、「制度としてどういうものなのか」ということよりも、「評価の結果によって人にラベルを貼るのをやめる」という本質こそが大事。そのコンセプトから理解しないと、組織の血肉にはならずに終わってしまいます。

── 制度や仕組みそのものの話に目が向きがちなのは、より具体的に自分の世界に置き換えやすいからなのかもしれませんね。人は自分がいる世界からしか物事が見えないものだと思うので、新しいものと出会ったときには特にそうなってしまうのだと感じます。

島田:そういう意味では、「給料を自分で決められるの!?」とか「評価ないの!?」といったことだったとしても、「まずは気になる」というのはいいことなのかもしれません。おっしゃるとおり、私たちは自分の世界からものを見ていて、それが思考や判断のパターンになっています。でも、誰かとの出逢いや、何かにハッとさせられたりドキッとしたりすることが、そのパターンを良い意味で崩すこともあるんですよね。

最初は「制度としてどうなの?」という関心でもいい。次第に、「評価がない」とか「給料を自分で決められる」というのは、いったいどういうことなんだろう? というところが気になるようになる。やがて、これによって「選択肢が増える」「自分をより生かせるようになる」「生産性を上げられる」というコンセプトレベルの理解にたどり着く。そうして「これは望ましい取り組みだ」という深い気付きにつながるのかもしれません。

そういう観点からティールを読み解いていくのも、いいかもしれませんね。

── 最後に、島田さんがご登壇される9/14(土)のカンファレンス(ティール・ジャーニー・キャンパス)に期待することをお聞かせください。

島田:せっかく『ティール組織』著者のラルーさんがいらっしゃるので、多くの人にたくさん質問をしてほしいですね。どんなレベルの話でもいいから、この機会を最大限に生かしてほしいです。ラルーさんがいる場がどのような場になるのか、私自身もすごく楽しみです。私のなかには「世界平和」というテーマがあるのですが、ラルーさん自身のパーパスをシェアしてもらうことによって、そこに一歩近づくような日になるんじゃないかな、と思っています。

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9/14 TEAL JOURNEY CAMPUS 開催!

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日本初、「新しい組織の探求者」が一堂に会するカンファレンスを開催!

「ティール・ブーム」から「ティール・ムーブメント」へ

「これからの組織のあり方」を示して注目を集めた『ティール組織』発売から1年余り。 日本各地で、自然発生的に多くの勉強会・読書会が開催されてきました。その草の根の動きも新しい現象であり、国会でとりあげられたり数多くの賞を受賞したりする中で、日本社会においても少しずつ広まっていっています。

しかし、ティールを始めとする新しい世界観(パラダイム)の実践は、探求すればするほど味わい深く、すぐに答えが出るものではありません。どの実践者も試行錯誤を繰り返し、独自のやり方を見出そうと模索し続けています。

私たちは、今こそ日本における実践知を集めることで、新たなる動きを生み出せるのではないかと考え、本ではじめてのカンファレンスを開催します。

●公式サイト
https://teal-journey-campus.qloba.com/


連載「Teal Impact」をお読みくださり、ありがとうございます。次回記事をどうぞお楽しみに。英治出版オンラインでは、連載著者と読者が深く交流し、学び合うイベントを定期開催しています。連載記事やイベントの新着情報は、英治出版オンラインのnote、またはFacebookで発信していますので、ぜひフォローしていただければと思います。(編集部より)

連載のご案内

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連載 Teal Impact:日本の組織と社会はどう変わるのか
ティール組織』発売から1年余り。それまで日本でほとんど知られていなかったコンセプトは急速に広まり、実践に取り組む組織も次々と現れている。なぜ「ティール組織」がここまで注目されているのか? これまでどのような取り組みがあったのか? そして、これからどんな動きが生まれるのか? 多角的な視点から、「日本の組織と社会のこれから」を探究する。

第1回:「ティール組織」学びの場づくりについて語ろう。(前編)
第2回:「ティール組織」学びの場づくりについて語ろう。(後編)
第3回:自分たちの存在目的を問う「哲学の時間」を持とう( 『ティール組織』推薦者 佐宗邦威さんインタビュー)
第4回:ティール組織では、リスクとリターンの等分がカギとなる(コルク・佐渡島庸平さんインタビュー)
第5回:内発的動機はどこから生まれるのか? (篠田真貴子さんインタビュー)
第6回:組織文化は「評価」によってつくられる(カヤック・柳澤大輔さんインタビュー)
第7回:ティール組織は耳心地が良い。それでは「明日から」何を始めるのか?(チームボックス・中竹竜二さんインタビュー)
第8回:ティール組織において「人事」はどうなるか?(ユニリーバ・ジャパン 島田由香さんインタビュー)
第9回:「できないこと」が受け入れられ、価値にすらなる世界が始まっている(FDA・成澤俊輔さんインタビュー)
第10回:「ティール組織」の次に来るのは、「〇〇組織」ではない(サイボウズ・青野慶久さんインタビュー)
第11回:「全力で振り切る」組織をどうつくるか(ガイアックス・上田祐司さんインタビュー)
第12回:ティールを広げるためには「国家レベルのデザイン」が求められる(早稲田大学ビジネススクール・入山章栄さんインタビュー)

~Teal Journey Campus参加レポート~
沖依子:仲間の声に耳を澄ませると、 組織のありたい姿が見えてくる
野田愛美:組織は「つくる」のではなく「できていく」

みんなにも読んでほしいですか?

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