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日本で起業家が少ない、見過ごされがちなもう一つの理由(竹内明日香)

中小企業白書(2017年版)によれば、日本の「起業無関心者」の割合は7割を超え、欧米諸国の2倍に近い。なぜ日本に起業家が少ないのか? 様々な理由が語られてきたなかで、国際舞台で活躍する企業のビジネスマンから幼稚園児まで、幅広く「話す力」の支援を行ってきたアルバ・エデュの竹内明日香さんが考えることとは。

日本に起業家が少ない理由には、一般的には「ロールモデルがいないから」「起業家の地位が低いから」などのようなことが挙げられてきました。しかし、活躍してきた起業家を見てきたなかで、私はもう一つ決定的な要因があると感じています。

それは日本の教育が「好きを表明することを重視してこなかった」という点ではないかと思います。

「夢の国」完成の裏にあった、ウォルト・ディズニーの泥臭過ぎる執念

起業家、社会起業家と言われる仲間が多々いますが、彼らに共通するのは、「今の事業や活動が好きで、それを通じて世のなかにこんなインパクトを与えたい」という情熱。そして、周囲を巻き込むために自分の「思い」を発信する力の高さです。

大企業となってからも成長を続けているグーグルの強さの秘訣は、社員がどんどんとイノベーションを生み出す力であり、それを支えるのは業務時間の20%は「好きなこと」を見つけてそれに取り組める制度にあると感じます。また、創業者の2人がワクワクを共有するミーティングをいまだに全社員対象に毎週開いているというのも有名な話です。

ウォルト・ディズニーは勉強ができず、高校1年で学校を中退、その後就職してからも何度も失敗したそうです。しかし他方で、7歳にして自分が描いた絵を売り始め、生涯にわたりおとぎの世界のキャラクターを描き続けていました。さらにその世界を具現化しようとして、1953年に広大な土地をアナハイムに見つけた後は、自分の財産を処分してお金をかき集め、並行して銀行には303回も足を運んで、自分が夢見るおとぎの世界への愛を繰り返し言葉にし続けたそうです。

その努力が実り、1955年ついに「ディズニーランド」が完成。まさに「好きを表明する力」が実った例ですよね!!

もしたまたまウォルトが勉強ができ、まじめなサラリーマンになって、自分の「好き」をここまで情熱的に表明できずにいたら、ディズニーランドも数々の名作映画も生まれていなかったのではないかと思うのです。

「好き」を表明すると、未来への視野が開ける

「好きの表明」には、すでに描いていた構想を叶えるだけでなく、構想自体を浮かび上がらせる効果もあります。

プレゼンの授業で訪れたある大学でのお話です。就活を控えた学生さんで、子どものころから現在の部活までずっとサッカーをやってきて、第一線で活躍することは諦めたものの、好きなサッカーと関連ある人生を送りたいと話してくれた子がいました。そして紆余曲折を経て、「アスリートの居場所ともなる定食屋さんを開きたい」という夢に行きつきました。その根底には、高校時代のある経験があったとのこと。

サッカーの強豪校は練習後に夕食があるのに対し、そこまで強くない彼の高校にはなく、よくわからず部員はジャンクフードも食べてしまっていたそうです。今になるまで、それがますます力の差を生むことになるとは知らなかった彼は、強豪校に入れなかった選手たちがそんな思いをしないで済むように、アスリートを栄養面からサポートする定食屋を開きたいと思い至ったのでした。

「おっちゃんただいま!」と入ってくる若者たちに、「お帰り! 今日の試合どうだった!? ちゃんと食べろよー」と言ってあげられるような、そんな店主になりたい、と。

サッカーへの変わらぬ愛とそれにつながる夢をプレゼンすることで、ぼんやりしていた未来についてのもやが少しずつ晴れて、自分が将来やりたいことが明確になった。後日、そのような授業の感想をいただきました。

起業率の低い日本のなかで、福井県に見た薄明かり

下図のとおり、日本は起業意識が先進国のなかでも非常に低い国です。

出典:中小企業庁「2017年版 中小企業白書」から一部抜粋(2019.7.3)

「周囲にロールモデルがいないから」
「知識を教えてもらえないから」
「起業家の社会的なステータスが低いから(※住宅ローンの審査もなかなかおりませんよ、念のため)」

など、いろいろな理由が言われます。

しかし私は、「好きを人に伝えること」に重きを置いた教育がなされないから、そしてその好きをもとに人を巻き込んでチームをつくることの重要性が認識されていないからなのではないかと感じています。好きなことをもとに起業したら失敗する、なんていう本が売れるくらいなのです。

でも、好きなことでなければ続かないと思います。もっと「好き」を叫べる国になれば、その好きなことにより執着して、壁を打破し、新しい分野を切り開く人や、既存の事業にイノベーションを起こす人材も増えるのではと感じます。もっと「好き」を叫べる国になれば、起業家は増えるのではないかと思うのです。

そんな思いのなか、福井県での授業で私は一筋の光を見ました。 

福井県の小学生に、自分たちが考えた商品やサービスをプレゼンする「お店をつくろう」という授業を実施したところ、どのチームからも非常に斬新で活発な答えが返ってきました。「恐竜を発掘する仕事が飛躍的に簡単になる技術を持つ会社」「花粉症にも多言語にも対応した眼鏡を開発する会社」などなど、地元の産業なども熟知した上での発言に驚きました。

授業の後にご教示いただいたのですが、福井県は共働き率や女性の有業率のみならず、起業率も47都道府県でトップとのこと。また、通常教科の学力も国内トップクラスであるばかりでなく、

「得意分野を伸ばし、夢や希望を実現する『突破力』を身に付けることができる教育」
「知識の活用、意見発表など自ら考え行動する力を身に付ける教育」

の推進を標ぼうしており、まさに「好き」やその「表明」を大事にしていたのです。福井県に、日本の未来に対する薄明かりを感じました。

今のように消費者の趣向もニーズも成熟した世のなかで必要とされるのは、自分の「好き」を極め、「好き」を主張し、周りを巻き込んでいく力。そして他人(消費者)の「好き」を見つけ、革新的なアイディアにチャレンジしたり、これは面白い!と思える商品やサービスを提案していく力ではないかと思うのです。

起業家になるだけではなく、大企業に勤める身であっても、「好きを表明して新しいプロジェクトを生み出すぞ!」「どんな楽しいことがあるか、探してやる!」くらいの気持ちで毎日を過ごし、周囲の人にも日ごろからその気持ちを伝えるのが当たり前になれば、将来が広がるような気がしています。


≪連載紹介≫

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連載:「好き」を言語化しよう(フォローはこちら
道徳の教科化が始まり、「忖度」が流行語となる時代。善悪の判断や他人への配慮が問われる一方で、飛び抜けた活躍をする人たちはみな、自分自身の「好き」を表明し、徹底的に追い求めている。社会を動かすのは、正しさ以上に「好き」を原動力にしている人たちではないだろうか。
この連載では、国際舞台で戦う日本企業の発信を長年支援し、4年間で延べ1万5,000人以上の子どもたちに「話す力」を育む出前授業を行ってきた著者が、自らの「好き」を言語化する力の可能性を、プレゼンやチームづくりなどの様々な場面における効用を示しながら探る。

インタビュー:「話す」ことに苦労した子どもが、子ども向けプレゼン教育のプロになった
第1回:なぜ「好き」を語る子どもが「正しい」を語りたがる大人になるのか
第2回:「聴き手のため」を考え抜いたプレゼンは本当に強いのか?
第3回:プレゼンもキャリアも特別なものにできる、「好きのかけざん」の力
第4回:日本の20代の好奇心はスウェーデンの60代並み!?
第5回:「不得意だけど好き」と「嫌いだけど得意」はどちらが強いのか
第6回:強いチームは「苦手」を克服させない
第7回:勢いのある企業が社員の「得意」よりも大事にしていること
第8回:なぜ結婚式の主賓スピーチはつまらないのか
第9回:人に刺さり、人が集まる「S字の自己紹介」
第10回:日本で起業家が少ない、見過ごされがちなもう一つの理由
最終回:「好き」を語る子どもであふれる未来は、私だけの夢ではなくなった
編集後記:「話す力」は本人だけの問題ではない。取り巻く環境をどう変えていくか

≪著者紹介≫

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竹内明日香(たけうち・あすか)
一般社団法人アルバ・エデュ代表理事。株式会社アルバ・パートナーズ代表取締役。
東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャル・グループ)にて国際営業や審査等に従事。(株)アルバ・パートナーズを2009年に設立し、海外の投資家向けの金融情報提供や、日本企業向けのプレゼンテーション支援事業を展開。さらに、子どもたち・若者たちの話す力を伸ばすべく、2014年に(社)アルバ・エデュを設立、出前授業や教員研修、自治体向けカリキュラム策定などを精力的に行っている。2019年3月現在、延べ150校、15,000人に講座を実施。2014年、経済産業省の第6回キャリア教育アワード優秀賞受賞。2018年、日本財団ソーシャルイノベーター選出。日本証券アナリスト協会検定会員。

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