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勢いのある企業が社員の「得意」よりも大事にしていること(竹内明日香)

あなたが経営者なら、社員の配属において何を一番重視するだろうか? 自社の成果を求めるのであれば、その社員の「得意」を活かすことに目を向ける場合が多いのでは。しかしそれだけでは、長期的に見れば必ずしもいい結果に結びつかないことも。「得意」を最重要視せずとも勢いのある会社は、何をどのように大事にしているのか。これまで国内外900社と仕事をしてきた著者が考える。

「得意なこと」を任せて失敗した思い出

私には苦い思い出があります。たまたま得意だからということで、創業早々から加わってくれていたYちゃんにミドルウェアの管理などを任せきっていましたが、実は彼女は数理解析の専門家でした。そうと知りながらも、なかなかそのような業務を彼女に担ってもらうプロジェクトを見つけられず、彼女は数年前に新天地に身を置くことになってしまいました。申し訳ないことをしたなぁと思います。会社としても何度かした失敗のひとつです。

そして今。起業前の金融機関勤務の時代と合わせて、国内外のベンチャー含めて900社ほどとお仕事をしてきてつくづく感じることは、社員をはじめその会社・団体で活動する人たちが「好き」を言語化し、「得意」よりもその「好き」を優先できる組織は強い、ということです。

担当業務を「得意」ではなく「好き」と言える会社

第7回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞で審査委員会特別賞を受賞した名古屋のベンチャー企業ネオレックス社では、年に3回、4日間かけて、経営陣が36人の社員と面談するのが恒例で、毎回多少のアレンジが加わる面談シートには、

a. 次の面接でこう言いたい!
b. 大好きなこと(仕事でも、仕事以外でも)
c. 得意なこと(仕事でも、仕事以外でも)
d. ちょっと気になっていること、他

というようなヒアリング項目が並ぶそうです。

社長が一番うれしかったのは、何人かの従業員が、cの「得意」ではなく、bの「好き」のところに現業務を書いていたことだったそうです。例えば技術者が「コーディング」と書いていたり、問題処理の担当者が「困ったことに対処すること」と書いていたりしたことなどです。今手掛けている仕事が「好き」と言っている人は離職から最も遠い人なのだろうと思います。

同社にはさらに、仕事以外のことでも社員が「好き」で取り組んでいることがあれば、有給の取得を勧めたり、朝礼でその「好き」の内容を叫んで取り組みの結果を発表する場を設け、みんなで祝福や応援をする文化があります。会社の公約は「メンバーの幸せを追求する」だそうで、今ではその取り組みが話題になり、就職希望者が増加しているそうです。

離職は10年でたったひとり

弊社の長年の顧客である米国の資産運用会社ホッチキス・アンド・ワイリー社も、36名のプロフェッショナルのうち、この10年で1名しか離職していない、というこの業界では驚異の離職率の低さを誇る会社です。

経営者たちは、本業とは別でスポーツ協会の理事をしているなど仕事以外の趣味も多く、私がこれまで10名ほど会ったマネージャーたちも、出張の間中、仕事以外の話題も豊富で話題が尽きない人たちです。運用会社のマネージャーといえば、日本市場の情報をなるべく多くヒアリングしようと、余裕なく次から次へと質問してくる方がほとんどなので、それに比べるととても楽しくお仕事させてもらっています。

そして本職においても、自分が担当している業界について、どのマネージャーも本当にうれしそうに楽しそうに世界中の該当企業のことを語ります。そんな社風に惹かれて、年間800の事業会社が彼らを訪ねて出張してくるそうです。

欧米のファンドや、日本でも外資系の金融機関の多くがそうであるように、この会社もひとりのマネージャーが生涯を通じて特定の業界を担当しています。自動車を見ている人はずっと自動車、エネルギー担当はひたすら原油やLNGなどの動向を見る、などといったように。2~3年で異動がある日系企業の感覚からすると、同じ業界をずっと見ていて飽きないのか、と不安になりますが、「もうその業界が好きで他は考えられないんだ」、なんて冗談が返ってきます。

全体を見ている同社No.2の役員に聞くと、スタッフを担当業界にアサインするときは、その業界について学位を持っていたり、専門性があるかよりも、好きかどうかが大事、少しでも違和感を持ったら早いうちに担当業界をどうするか徹底的に話し合うことで不安や不満を解消している、と話していました。

「得意」を重視した短期的な業績よりも、「好き」を重視した長期的な成長を

これまで多くの大組織では、人事異動の際に従業員の「得意」に着目して、社としての最適解を求めてきたかと思います。得意な人が得意な分野を担当すれば、短期的には業績が上がるかもしれません。

ただ、働き方改革における社員のモチベーションアップという観点からは、「得意」だけを見るのではなく、「好き」にも着目して人員配置を考えてみた方が、長期的な社員の満足度は上がり、離職率も抑えられるでしょう。

すべての組織ですべての人が「好き」なポジションにつけるわけではなく、また業務量が膨大で、ひとりひとりの「好き」になんてかまっていられないという会社もあるでしょう。それでも、「好き」でさえあれば、不得意なものも克服でき、得意にすらなっていく蓋然性が高いのではないか、と以前の記事に書きました。

経営や人事のみならず、従業員が相互にそれぞれの「好き」を認識し、お互いを応援するような文化ができると、会社は居心地が良くなるのではないかと思います。そのためには、個人がきちんと自分の「好き」を言語化できるようになることも大事な要素となるのではないでしょうか。「好き」の言語化は、個人の単位のみならず、日本が組織単位で強く生き返るための処方箋のような気がしています。


≪連載紹介≫

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連載:「好き」を言語化しよう(フォローはこちら
道徳の教科化が始まり、「忖度」が流行語となる時代。善悪の判断や他人への配慮が問われる一方で、飛び抜けた活躍をする人たちはみな、自分自身の「好き」を表明し、徹底的に追い求めている。社会を動かすのは、正しさ以上に「好き」を原動力にしている人たちではないだろうか。 この連載では、国際舞台で戦う日本企業の発信を長年支援し、4年間で延べ1万5,000人以上の子どもたちに「話す力」を育む出前授業を行ってきた著者が、自らの「好き」を言語化する力の可能性を、プレゼンやチームづくりなどの様々な場面における効用を示しながら探る。

インタビュー:「話す」ことに苦労した子どもが、子ども向けプレゼン教育のプロになった
第1回:なぜ「好き」を語る子どもが「正しい」を語りたがる大人になるのか
第2回:「聴き手のため」を考え抜いたプレゼンは本当に強いのか?
第3回:プレゼンもキャリアも特別なものにできる、「好きのかけざん」の力
第4回:日本の20代の好奇心はスウェーデンの60代並み!?
第5回:「不得意だけど好き」と「嫌いだけど得意」はどちらが強いのか
第6回:強いチームは「苦手」を克服させない
第7回:勢いのある企業が社員の「得意」よりも大事にしていること
第8回:なぜ結婚式の主賓スピーチはつまらないのか
第9回:人に刺さり、人が集まる「S字の自己紹介」
第10回:日本で起業家が少ない、見過ごされがちなもう一つの理由
最終回:「好き」を語る子どもであふれる未来は、私だけの夢ではなくなった
編集後記:「話す力」は本人だけの問題ではない。取り巻く環境をどう変えていくか

≪著者紹介≫

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竹内明日香(たけうち・あすか)
一般社団法人アルバ・エデュ代表理事。株式会社アルバ・パートナーズ代表取締役。
東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャル・グループ)にて国際営業や審査等に従事。(株)アルバ・パートナーズを2009年に設立し、海外の投資家向けの金融情報提供や、日本企業向けのプレゼンテーション支援事業を展開。さらに、子どもたち・若者たちの話す力を伸ばすべく、2014年に(社)アルバ・エデュを設立、出前授業や教員研修、自治体向けカリキュラム策定などを精力的に行っている。2019年3月現在、延べ150校、15,000人に講座を実施。2014年、経済産業省の第6回キャリア教育アワード優秀賞受賞。2018年、日本財団ソーシャルイノベーター選出。日本証券アナリスト協会検定会員。

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