組織文化は「評価」によってつくられる(カヤック・柳澤大輔さんインタビュー)
鎌倉を拠点に、ゲーム・広告・Webサービスなど、面白くてバズるコンテンツを次々とリリースするクリエイター集団「面白法人カヤック」のCEO・柳澤大輔さん。カヤックの「面白」の定義は「多様性」。多様な社会をつくるための取り組みとして、地域の特徴と強みを活かし、他の企業や行政、市民を巻き込んだ地域資本主義も推進しています。今回はそんな柳澤さんに、ティール組織の経営観について語っていただきました。(聞き手:下田理、執筆:加藤紀子、写真:上村悠也、カバー写真:Photo by Couleur on Pixabay)
ティールは「組織の価値観」によって向き・不向きがある。
── 最近の社会に感じる変化があるとしたらどんなことでしょうか?
柳澤:社会全体で、多様化・個性化が進んでいる気がします。『ティール組織』の本には、組織の型が徐々に進化していく絵が描かれていますが、「今後の潮流は達成型(オレンジ)よりも進化型(ティール)がメインになる」といったことではなくて、「いろいろな組織の色が混在するようになる」ということなんじゃないかなと思います。
僕は、そうしたカラフルな世の中になっていく多様化こそが「進化」だととらえています。地方も東京も、それぞれの特徴や強みを出していく…僕はそういう世界にしたいし、今後は自然にそうなっていくだろうと思っています。
柳澤大輔 Daisuke Yanasawa
面白法人カヤック 代表取締役CEO。1998年、面白法人カヤック設立。鎌倉に本社を置き、ゲームアプリ、各種キャンペーンアプリやWebサイトなどのコンテンツを数多く発信。さまざまなWeb広告賞で審査員をつとめる。ユニークな人事制度やワークスタイルなど新しい会社のスタイルに挑戦中。2018年11月、地域から新たな資本主義を考える『鎌倉資本主義』(プレジデント社)を上梓。
── 日本で『ティール組織』が発売されてから1年半が経ちますが、日本でも世界でも売れ続けています。今、これほどティール組織が関心を持たれる理由は何だと思いますか?
柳澤:資本主義の下、会社というものをベースに「たくさん稼いだほうが幸せの総数は上がる」と信じて頑張ってきた人たちにとって、生活はそれなりに満たされるはずでした。
ところが、物質的には豊かになったものの、誰もが心の豊かさを実感できているわけではない。なんとなく疲弊していて、「どうやらそれだけじゃ幸せになれないぞ」と気づき始めたところに、ティールという考え方が受け入れられたんだと思います。
軍隊のような上意下達の組織であっても、「儲かりさえすれば幸せ」という価値観を持つ人たちだけでなく、「お金はもちろん大事だけど、それよりもっと人間の主体性を引き出して働くほうが、幸せの上積みができるのではないか」と思う人たちも増えています。そうしたニーズを持つ人たちに、ティールが注目されているのではないでしょうか。
── 実際に組織を経営している立場から見て、ティールに向き・不向きというのはあると思いますか?
柳澤:そもそも、ティール的な組織運営に向いた経営者は限られると思います。それは、人を強制的に動かすよりも、一人ひとりの自発的な思いにじっくりと注目し、各々の可能性を広げ、主体的に動くことに喜びを感じる人間を増やしたいと願う人です。
だから、「ティールにすれば儲かる」という前提でティールを目指しても効果はないと思います。むしろ、今これだけ一生懸命に頑張って、しっかり稼げているのに、なんだか幸せになれていないというフェーズの時に、ティールを検討する会社が増えているということではないでしょうか。
あるいはNPOみたいにお金を稼ぐことを目的としない組織にも、ティールは向いているのかもしれません。
── NPOもティールに向いているかもしれないということですが、カヤックは鎌倉市のまちづくりとして「鎌倉資本主義」を掲げ、地域コミュニティ活動にも積極的に取り組まれています。実際のところ、そうしたコミュニティ運営はどうとらえていらっしゃいますか?
柳澤:カヤックを含めた鎌倉のベンチャー企業の経営者が鎌倉の活性化のために立ち上げた地域団体「カマコン」の参加者は、同じ地域に住んでいて、この地域を盛り上げようという共通の価値観を持っています。やりたい人が手を挙げて主体的に生き生きと活動していて、リーダー次第で規模が縮小することがあってもいいという感じで、組織を大きくする義務もありません。
そういった点で「カマコン」はティール組織なんだと思いますが、同じ価値観を共有しているだけでなく、報酬がほぼゼロで明確な評価制度もない。だからうまくいっている気がします。
本にはボランティア組織のことは書かれていませんが、誰かに報酬を決められる組織構造はおのずとヒエラルキーを生み出しますから、報酬を自分自身で決めるか、みんなで決めるか、あるいは一律であるほうが、本来はティール的なのだと思います。
ティール組織は本来、上場には向いていない?
── 柳澤さんから見て、カヤックは今、どういうステージにあると思いますか?
柳澤:2014年12月に東証マザーズに上場したのですが、上場の準備に入った段階で組織としての意識が大きく変わりました。大きな変化は二つありました。
一つは、会社を大きくしようという明確な意志を持ったこと。そしてもう一つは、計画を事前にしっかりと示すという有言実行のルールに則らなければならなくなったことです。
ところがティール組織のメタファーは「生態系」や「生命体」であり、人工物ではないので、大きくなり続けるということは起こりえないんですよね。生命体の一つである人間だって、調子が良い時もあれば悪い時もあるし、歳を重ねるごとに判断力は多少伸びても、記憶力や体力は低下していきます。
けれど上場企業であれば、成長し続けることが前提となります。企業としての成長やゴーイングコンサーン(企業が将来にわたって存続していくという前提)を当然とするなら、それは生命体というよりも、もしかすると人工物に近いのかもしれない。
だから、ティール組織は本来、上場にはあまり向いていないのかもしれません。
ただ実際には、自分たちの文化や価値観を守るということと、規模の拡大を追求していくことのバランスをとりながら、生態系を維持していくことになるのだろうと感じています。
── 上場企業として継続的な成長を目指しつつ、上場前から大切にしてきた会社の文化や価値観を保つ、そのためには具体的に何をする必要があるのでしょうか?
柳澤:「面白法人」という言葉に忠実に生きていく姿勢を保ち続けることです。まずは自分が面白がる。そして、さまざまな面白さを持っている多様な人材を集め、社会から面白がってもらう。カヤックでは、株主の皆さまを「面白株主」と呼び、一緒に世の中を「面白くする」仲間になってほしいと考えています。
結局、ティール組織とは何を指しているかというと、会社の「文化」の話なんです。一人ひとりの主体性が尊重され、それぞれが心豊かに、幸福に生きていける組織でありたい、その願いを会社の「文化」として保ち続けることが大事なのです。
ではその「文化」は何でつくられるのかというと、結局のところは「評価」だと思うんですよね。
組織文化の要は「評価」。そこには二つの方法がある。
── その点について詳しくお伺いできますか?
柳澤:会社での評価には二つの方法があります。一つは「報酬」、そしてもう一つは「肩書き」です。
まず報酬の話からいくと、ティール組織にするには、先ほどもお伝えした通り、報酬を自分自身で決めるか、みんなで決めるか、あるいは一律であるかが大切だと思います。誰がどう評価しているのか、どのようなプロセスで報酬が決まるのか、360度からすべて見える化されて、誰もがそれに納得できる仕組みをつくる必要があります。
360度評価であっても、職種がバラバラだと納得感の醸成には時間がかかります。職種が違えば、評価の尺度を一律にできないため、数字を公平に比較することが困難だからです。
カヤックの場合、報酬を決める仕組みは360度評価で、社員の多くが「クリエイター」という同一職種なので、ティール的な組織になりやすいのだと思いますね。報酬を自己申告制にしている会社でも、社員全員が研究職といった同一職種だとうまくいっていると聞きました。
── もう一つの「肩書き」についてはどうでしょう?
柳澤:「肩書き」というのもまた、その会社の文化をつくります。例えばものすごく軍隊的な人がリーダーになると、会社も軍隊的な構造になりやすいと思います。「◯◯長」という役職を置いたり。
では、ティール組織ではどうやって人の肩書きを決めるのかというと、本来は、この役割を担いたいと思う人に挙手してもらう。それで決められなければ、社員全員で選挙をやる。これは、会社の代表取締役を決めることも含めて、そう難しくはなく機能するのかなと思います。
ただ、究極のティール組織は、タイミングや社会情勢、会社の置かれている状況から判断して、自由自在にリーダーを変え、その権限まで変えられるはずなんですよね。それは、有事の際にある特定の人に権力を集中させて、言われた通りに動く体制をつくることさえ含んでいます。
でもなかなか今の時点ではそこまで自由に変えることは難しい。だから、まずは自主的な表明、次に選挙でリーダーを決めるという構造が、現時点ではティールに近いのでしょうね。
権限はなくならない。「全員に代表印」はありえない。
── 挙手や選挙でリーダーを決める場合、そのリーダーが暴走してしまうリスクについてはどう考えますか?
柳澤:確かに、選ばれたリーダーの暴走に歯止めをかける仕組みはセットで考える必要があります。いつでも解散選挙ができるようにしておくと同時に、選ぶ際には「自分たちの信念や文化を守ろうとする人に託すんだ」という自覚が全員にないと、相応しくない人が選ばれてしまうリスクがあります。
だからといって、リーダーを決めない合議制という、最終的な権限が誰にもない状態は会社としてはありえません。ティール組織も合議制ではなく、さまざまな立場の人たちのアドバイスを聞き入れつつ、最後は決定権を持つ人が意思決定をします。
会社の最終的な意思決定は代表取締役の印鑑を押すことです。その印鑑を社員全員に持たせることが究極のティールなんでしょうけれど、現実にはそれは不可能です。自分の持ち場には誰よりも詳しい社員であっても、会社全体を俯瞰した上で経営判断を下すことはやはり難しい。
だから結局は、代表の肩書きを持つ人が、周りからのアドバイスを聞き入れることを前提に、その印鑑を押す役割を担うしかない。
── 権限はなくならないという前提のもと、いかに文化を守れるかという難しい判断ですね。カヤックは権限についてはどのような仕組みになっているのですか。
柳澤:カヤックでは代表を三人置いています。権限が一人に集中してしまうことに対して抗いたい思いがあるからです。三人の中では合議制をとっていますが、すべてにおいてその都度周囲からのアドバイスを聞き入れるという体制にはしています。そういう意味で権限を分散していると言えるでしょう。
では、社員への権限分散に関してはどうか。そもそも、会社の代表が会社にあるすべての役割を担うことは構造上ありえません。社員一人ひとりの役割がなくなることは絶対にないわけです。できるだけ多くの人に権限があったほうが、自分ごと化も進んでいい。
だからできるだけ、現場レベルでの意思決定がスムーズに早くできるようにして、社員自身が主体的に動ける構造をつくることを大事にしています。これは組織規模の大小とは関係なく、裁量を移譲すること、当事者意識を醸成することで実現できることだと思います。
── 最後に、9/14(土)に柳澤さんがご登壇されるカンファレンス(ティール・ジャーニー・キャンパス)に期待することをお聞かせください。
会社の大事にしている価値観ごとに、さまざまな形態のティール組織があるのだと思います。いろいろなティール組織の形態や、そこに込められた哲学に触れて、勉強できることを楽しみにしています。
9/14 TEAL JOURNEY CAMPUS 開催!
日本初、「新しい組織の探求者」が一堂に会するカンファレンスを開催!
「ティール・ブーム」から「ティール・ムーブメント」へ
「これからの組織のあり方」を示して注目を集めた『ティール組織』発売から1年余り。 日本各地で、自然発生的に多くの勉強会・読書会が開催されてきました。その草の根の動きも新しい現象であり、国会でとりあげられたり数多くの賞を受賞したりするなかで、日本社会においても少しずつ広まっていっています。
しかし、ティールを始めとする新しい世界観(パラダイム)の実践は、探求すればするほど味わい深く、すぐに答えが出るものではありません。どの実践者も試行錯誤を繰り返し、独自のやり方を見出そうと模索し続けています。
私たちは、今こそ日本における実践知を集めることで、新たなる動きを生み出せるのではないかと考え、日本ではじめてのカンファレンスを開催します。
●公式サイト
https://teal-journey-campus.qloba.com/
連載「Teal Impact」をお読みくださり、ありがとうございます。次回記事をどうぞお楽しみに。英治出版オンラインでは、連載著者と読者が深く交流し、学び合うイベントを定期開催しています。連載記事やイベントの新着情報は、英治出版オンラインのnote、またはFacebookで発信していますので、ぜひフォローしていただければと思います。(編集部より)
連載のご案内
連載 Teal Impact:日本の組織と社会はどう変わるのか
『ティール組織』発売から1年余り。それまで日本でほとんど知られていなかったコンセプトは急速に広まり、実践に取り組む組織も次々と現れている。なぜ「ティール組織」がここまで注目されているのか? これまでどのような取り組みがあったのか? そして、これからどんな動きが生まれるのか? 多角的な視点から、「日本の組織と社会のこれから」を探究する。
第1回:「ティール組織」学びの場づくりについて語ろう。(前編)
第2回:「ティール組織」学びの場づくりについて語ろう。(後編)
第3回:自分たちの存在目的を問う「哲学の時間」を持とう( 『ティール組織』推薦者 佐宗邦威さんインタビュー)
第4回:ティール組織では、リスクとリターンの等分がカギとなる(コルク・佐渡島庸平さんインタビュー)
第5回:内発的動機はどこから生まれるのか? (篠田真貴子さんインタビュー)
第6回:組織文化は「評価」によってつくられる(カヤック・柳澤大輔さんインタビュー)
第7回:ティール組織は耳心地が良い。それでは「明日から」何を始めるのか?(チームボックス・中竹竜二さんインタビュー)
第8回:ティール組織において「人事」はどうなるか?(ユニリーバ・ジャパン 島田由香さんインタビュー)
第9回:「できないこと」が受け入れられ、価値にすらなる世界が始まっている(FDA・成澤俊輔さんインタビュー)
第10回:「ティール組織」の次に来るのは、「〇〇組織」ではない(サイボウズ・青野慶久さんインタビュー)
第11回:「全力で振り切る」組織をどうつくるか(ガイアックス・上田祐司さんインタビュー)
第12回:ティールを広げるためには「国家レベルのデザイン」が求められる(早稲田大学ビジネススクール・入山章栄さんインタビュー)
~Teal Journey Campus参加レポート~
沖依子:仲間の声に耳を澄ませると、 組織のありたい姿が見えてくる
野田愛美:組織は「つくる」のではなく「できていく」