孤独のパラドックス──『孤独の本質 つながりの力』一部公開④
孤独が健康にこれほどの悪影響を及ぼすのだとしたら、社会的な孤立の兆しを察知した瞬間に、あらゆる手を尽くして人とつながろうとするのが理にかなった行動のように思える。そして多くの場合、まさにそうした行動がとられている。
生物学上のプロセスが設計どおりに機能しているとすれば、孤独の兆しを察知して不安を感じたとき、「味方」を見つけようという動機が生まれる。母に会うため実家に帰ったり。配偶者にハグをしたり。隣人に手を貸したり、古くからの友人に電話をしたり。
信頼できる人を見つけてつながることができ、その人がこちらに応じて心からの理解を示してくれたら、孤独感は減り、ストレス状態も弱まっていく。多くの人はこのようにして、引越しや転校や転職にともなう喪失感など、さまざまな場面における孤独感を切り抜けていく。
しかし、こうしたつながりを見つけたり作ったりするのは簡単なこととは限らない。
慢性的に孤独感を抱いていると、自覚していようがいまいが、多くの人はひきこもりがちになる。孤独感を抱いていると脅威に対する反応が敏感になるため、人を遠ざけることもあれば、良い社交の機会であってもそこにリスクや脅威を感じるようになるのだと、ジョン・カシオポは明らかにした。
故カシオポの妻であるステファニー・カシオポ博士も神経科学者としてジョンと密に研究をおこなってきた人物であり、シカゴ大学で孤独に関する彼の研究を継続し拡大する役割を担っている。
彼女によれば、孤独感を抱いている脳は、そうでない脳に比べて2倍も早く社会的な脅威を察知するのだという[1]。こうした反応は、進化によって設計された「孤立を防ぐ」というメカニズムとは対照的な反応に思えるかもしれないが、進化の観点からは理にかなっている。
私たちの祖先が安全なグループからはぐれてしまった場合、命に危険が迫る可能性があるため、どんな小さな脅威にも防衛的に反応する必要があった。しかし現代でも同じような強い警戒状態でいると、無害である場合や、ともすれば好意的な人や状況すら脅威だと誤解してしまう可能性がある。自己保存モードになってしまうと、救いの手を差し伸べてくれる人も避けたり信用しなくなったりしてしまう。孤独感が長く続いた状態だと、誘いを断ったり、電話に出なくなったりすることもある。
こうした警戒状態は自分の欲求や安全に強くこだわるということでもあるため、周りからは自分のことばかり考えているように思われたりもする。脅威に敏感になることと、自己への固執が高まること──この2つは警戒状態を物語る重要な要素で、孤独感を抱く人と関わることを難しくしている。
そしてそうした行動が負の影響を招く。手を貸そうとしてくれた人が背を向けはじめ、さらに孤独感が増していくのだ。やがて疑念や嫉妬や恨みという負のサイクルにとらわれてしまう。
こうして孤独はさらなる孤独を呼び、ちょっとしたヒビから完全なる孤立へとつながっていく。こうした状況への解決策は、孤独感を抱いている人に対してパーティに行けとか、「人と一緒にいよう」と伝えて済むような簡単なものでないことは明らかだ。
スティーブ・コールは言う。
孤独感は、世界に脅威を感じるときに生まれるネガティブな感情を倍加させる。ますます多様になり流動性も高まっている現代では、つながりの欠如による孤独がさらに際立つ。
馴染みのない人たちのなかにいてストレスホルモンが急増すると、文化的なバイアスや、人種的なステレオタイプ、そして差別的な習慣の影響をより受けやすくなるかもしれない。社会が発する信号を読み誤り、存在もしない社会的な脅威を感じたりする。
そうしてささいないら立ちが、過剰な反応につながったりする。ペンをどこに置いたか忘れたり、うっかり何かをこぼしてしまっただけで怒りに火がついたり、世界が崩壊したかのような気分になったりすることもある。自分がいる車線に割り込まれただけで個人的な攻撃のように感じることだってある。
そのため引越しや転職や転校をしたときは、周りがみんな近寄りがたい別の「種族」のように感じられ、その孤独感によって友人関係を築いていくのが特に難しくなるのである。
では、孤立を感じたときでも、身体がもっと別の反応を示すように鍛えることはできないのだろうか?
この点についてカシオポ夫妻が研究した結果、孤独に対して万人が等しい反応を示すわけではないことが明らかとなった。生まれたときからずっと孤独だったと感じる人もいる一方で、ごくたまにほんの一瞬しか孤独を感じない人もいる。孤独が大きな苦痛だと感じる人もいれば、それほど痛みを感じない人もいる。
進化という観点で言えば、こうした差異があるのは良いことだ、とジョンは語っている。なぜならコミュニティのなかに「つながりの欠如は苦痛なので積極的に村を守ろうとする人たち」のみならず、「持ち帰ったものを共有できるようなつながりは保っておきたいと願いながらも、進んで外へ冒険に出る人たち」も生まれるからだ[2]。
しかし、そうするとさらなる疑問が湧いてくる。こうした差異はなんらかの選択の結果なのだろうか、あるいは生まれつきの条件の違いなのだろうか。たどってきた人生によって、人を信用しなくなったりするのだろうか。それとも遺伝子によって決定されているのだろうか。
カシオポらは初めて孤独についてのゲノムワイド関連解析をおこない、2016年に『ニューロサイコファーマコロジー』誌で発表した[3]。彼らは、経験や状況ほどではないにせよ、遺伝子が慢性的な孤独感に影響を与えていることを認めている。
50歳以上の1万人以上のデータを調査した結果、状況によってときおり孤独を感じるのではなく、生涯を通して孤独を感じるという場合、出現頻度の高い遺伝子変異体を調べると14〜27パーセントの遺伝性があると結論づけた。双子の研究を含めた他の研究では、孤独感の遺伝率は55パーセントにも上るとされている[4]。
しかし、孤独感というのは独立した症状ではなく、感情の反応であるという点は指摘しておかねばならない。ジョン・カシオポは次のように語っている。
つまり彼が言っているのは、孤独感というものは、遺伝子や、過去の経験や、現在の状況や、自分が属している文化や、自分の個性などが複雑に組み合わさって生まれるものだということだ。ある日の孤独感の原因が、これらのどの要素であるかを特定するのはほとんど不可能に近い。
孤独感に対処するという難題は、孤独感が不安障害やうつ病と重なったり、それらに付随したりすることが多い点を考えると、さらに厄介になる。
これらの症状が同時に存在すると、似たように見えることが多いため混乱してしまう。どれも気分にネガティブな影響があり、社会的ひきこもりを招く可能性がある。また、こうした症状は互いに悪影響を与え合い、うつや不安によっていままで以上に人とつながることが難しくなり、さらに孤独による痛みを深めてしまう。
◆公開予定◆
①依存症、暴力、うつ──多くの問題をつなぐ黒い糸(はじめに)
②孤独にまつわる調査(「第1章 目の前にあるのに気づかないもの」より)
③生死に関わる問題(「第1章 目の前にあるのに気づかないもの」より)
④孤独のパラドックス(「第2章 孤独の進化史」より)
⑤ずっとオンライン(「第4章 なぜ、いま?」より)
⑥神経科学から見る「奉仕」の効果(「第5章 孤独の仮面を剥がす」より)
⑦思いやりを、行動に(「第8章 ひとつの大家族」より)