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思いやりを、行動に──『孤独の本質 つながりの力』一部公開⑦

2023年11月19日発売の新刊『孤独の本質 つながりの力──見過ごされてきた「健康課題」を解き明かす』(ヴィヴェック・H・マーシー著、樋口武志訳)。出版を記念して、本書から抜粋したパートを連続で公開してきました。

最後となる今回公開するのは「第8章 ひとつの大家族」より、「思いやりを、行動に」。ある学校で行われるプログラム「親切の潜入捜査官」──クラスメートへの思いやりの実践を促す取り組みによって、子どもたちに起きた変化とは。

※WEB掲載にあたって、可読性を考慮し、書籍にはない改行を加えるなど調整しています。


子供たちが社会的・感情的スキルを伸ばしていくことも重要だが、社会的なつながりを育む次のステップは、積極的な思いやり、つまり「奉仕」をおこなうことだ。

子供たちに他者への思いやりを持てと伝えるだけでは十分ではない。自分という存在は周りや社会にとって本当に大切な存在だと感じながら育つためには、助けを得たり与えたりすることを学ぶ必要があり、それによって、自分は世界に意味ある変化をもたらせるのだと知ることができる。

そのことをジャスティン・パーメンターが深く理解したのは、2018年にノースカロライナ州シャーロットにある高校で銃乱射事件が起きたあとだった。彼はその学校で20年以上教師を務めていた。

私がジャスティンのことを知ったのは、この銃乱射事件のあとで彼が中学1年の生徒たちと立ち上げた、思いやりプロジェクトに関するラジオインタビューを聞いたからだった。

「個人的な対立によって、こうした子供たちの一方が死に、もう一方が刑務所に行くような事態が起きてしまう」と彼は言った。「そうした状況への対抗手段は、共感や親切心だと思ったんだ」。

彼のプロジェクトの呼称が「親切の潜入捜査官(Undercover Agents of Kindness)」だと聞いて、もっと詳しく知らべてみなければと思った。

ジャスティンに会うと、プロジェクトのヒントとなったのは、センター・フォー・ヘルシー・マインズのリチャード・デビッドソン博士とヘレン・ウェン博士による2013年の研究だと教えてくれた。親切を実践するだけで、脳が思いやりのある行動をもっととるよう訓練されることを示した研究だった。

そもそも銃乱射事件が起きる前から、ジャスティンはネット上での対立やいじめ行為が教室に広がることにいら立ちを覚えていた。しかし彼は、特に子供たちの年代を考慮すると、こうした対立には複雑な要因があることも理解しており、どれだけ子供たちがケンカをしたり無視し合ったりしていても、そうした生徒たちが根本的に意地の悪い人間だとは考えなかった。

「どちらかというと、人から傷つけられないように自分を守り、身を固くしているんだと思う」

傷つけられることへの恐れは、子供たちが思いやりを持つ能力を奪っているようだ。その結果、多くの子供たちが孤独感や疎外感を感じることになる。

誰かに親切にするのは普通のことであり、おかしなことではないと理解するサポートができれば、子供たちは意地悪くならずに済むのではないか、ジャスティンはそう考えた。

「人との交流や互いの接し方についてじっくり考えていく、人生でも大事な時期なんだ。そこから得られる教訓は、実際に長期的な違いを生む」

親切の潜入捜査官とは、次のようなものだ。

ジャスティンは生徒全員の名前をボウルに入れ、生徒はそれぞれひとつずつ名前を引く。任務は、名前を引いた相手に親切な行為をすること。そしてそれを「ミッションレポート」に書いてまとめることだ。

大半の生徒が、すぐに満足のいく反応を示した。何度か実践して数週間が経つころには、試験前にロッカーに励ましのメモが貼られたり、手作りのカップケーキや袋入りのお菓子が生徒に差し入れられたり、クラスメートを笑顔にし、少しでも気分が良くなってもらえるよう心に響く名言や折り紙が机の上に置かれたりするようになった。

ジャスティンは、クラスメートのソニアに親切な行為をする任務を請け負ったマヤという女の子の話を教えてくれた。

ソニアはサッカーをしていて脳震盪のうしんとうを起こした経験があり、外で遊ぶことを制限されていた。それまでマヤはソニアと話したことがなかったが、マヤは友達と外に遊びにいくのではなく、ソニアにアイスクリームを買って、彼女が孤独を感じないよう室内で一緒に話して過ごしたという。

ジェフという別の生徒は、すぐにいら立ちを表してしまうクラスメートの名前を引いた──何か自分の分からない課題を課されると、持っているフォルダーを床に投げつけてしまうような男の子だった。その様子を観察していたジェフは、家からストレスボールを持ってきて彼に渡し、いら立ちがこみ上げてきたらそのボールを握りつぶすよう伝えた。

「もらった子はストレスボールを授業のときに持ってくるようになって、ずいぶん上手にいら立ちに対処できるようになった」とジャスティンは教えてくれた。「その大きな要因は、くじの相手と人間的なつながりができ、自分の状況を理解して手助けしたいと思ってくれる人がいることに気づいたからだと思う」。

ジャスティンは、すべての子供たちがすぐに任務を受け入れるわけではないことを認めている。すごくシャイで人との関わりに不安を抱えている生徒は、知らない相手に話しかけるなど考えただけでも苦しいものだ。そのため、ジャスティンは匿名性を保ちながらも全員にしっかりと親切が行き届く方法を考え出さねばならなかった。

とはいえ数回実践すると、ほとんどの生徒は次の機会を待ち望むようになった。そして親切という行為に対し、これまで以上に創造的かつ敏感になった。親切をする相手のことをもっと知ろうとするようになり、相手が関心を持っていることや、どんな支援なら役に立つかを尋ねるようになった。

ジャスティンが担当した生徒の多くが、別に任務でなくとも親切をし合うことはできるじゃないかと気がついた。ジャスティンは同意し、こう伝えた。

「それこそがポイントなんだ。本当は任務が課される必要なんてないのに、それが必要かのように思われている。誰かとの交流をほんの少しだけ正しい方向に動かすだけでも、相手の人生に計り知れない影響を与えることだってある」

2017年に親切の潜入捜査官を始めて以降、アメリカやコロンビアやミクロネシアの教師たちからジャスティンに連絡が届き、生徒たちに親切や思いやりを実践する機会を作っていくにあたっての相談を受けたという。自分のクラスでは、この取り組みを通したメッセージが子供たちのなかに長く残ることを願っているとジャスティンは語る。

「長期的な目標は、この取り組みから学んだことを別の新しい状況でも実践していってもらうことだ。町の食料品店に行ったときとか、見知らぬ人と接するときにね」


◆公開予定◆

依存症、暴力、うつ──多くの問題をつなぐ黒い糸(はじめに)
孤独にまつわる調査(「第1章 目の前にあるのに気づかないもの」より)
生死に関わる問題(「第1章 目の前にあるのに気づかないもの」より)
孤独のパラドックス(「第2章 孤独の進化史」より)
ずっとオンライン(「第4章 なぜ、いま?」より)
神経科学から見る「奉仕」の効果(「第5章 孤独の仮面を剥がす」より)
⑦思いやりを、行動に(「第8章 ひとつの大家族」より)

本書目次
第1部 孤独を理解する
 第1章 目の前にあるのに気づかないもの
 第2章 孤独の進化史
 第3章 つながりの文化
 第4章 なぜ、いま?
 第5章 孤独の仮面を剥がす
第2部 よりつながりのある人生を築く
 第6章 外側より先に、内側とつながる
 第7章 つながりの3つのサークル
 第8章 ひとつの大家族