生死に関わる問題──『孤独の本質 つながりの力』一部公開③
ジュリアン・ホルト・ランスタッド博士は、ミネソタ州セントポールで生まれ育つなかで社会的なつながりが持つ力を学んだ。子供6人のうち4番目に生まれた彼女の家は、勤勉と絆の強さを誇りにしていた。父の4人の兄弟姉妹もそれぞれ大家族を作っていたため、いとこ、おば、おじがたくさんいて、毎年1週間を全員で過ごすのが習慣となっていた。この習慣は、家族の大切さを強く信じている彼女の祖父母が推奨したものだった。
「子供のころは、いつも周りに家族がいたし、だいたい家族がいちばんの友人だった」とジュリアンは語った。
こうした社会的なつながりの力は、彼女のキャリアを導くことにもなった。ユタ州の大学を卒業したあと、メンタルヘルスに影響を及ぼす生物学的要因に関心を膨らませていた彼女は、健康・社会心理学の博士課程へと進み、行動から細胞機能にいたるまで、人間関係があらゆるものに与える影響について研究に取り組みはじめた。
ブリガムヤング大学の教授となるころには人間関係と健康の関連性を示すデータが十分にあったが、彼女は学問の世界もその外側の人たちも多くがまだこの分野に対して懐疑的であると感じていた。本当かどうかあやふやな主張だと思われていたのだ。
ジュリアンは、そういう人々の意識を変えたかった。そこで彼女と共同研究者たちは1年以上をかけて148もの研究を丹念に分析した。それらの研究の被験者数は、累計で世界各地30万人以上にも及ぶ[1]。
チームは研究を細部まで読み込み、分析ソフトウェアに無数のコードを書き込んだ──すべては、ひとつのシンプルでありながら深い問いに答えを与えるためだった。
「社会とのつながりは、早く死ぬリスクを減らすのだろうか?」
2009年の夏、ついにジュリアンは答えを導き出した。待ちわびた分析結果がパソコンにまとめられると、彼女は信じられない思いでその成果を見つめ、「これはすごいことになる」とつぶやいた。彼女がそう考えるのも、もっともなことだった。
ジュリアンの研究では、社会とのつながりが強い人は、弱い人より早死にする確率が50パーセントも低いことが明らかになった。さらに驚くべきことに、社会とのつながりの欠如は、1日にタバコを15本吸うのと同じくらい寿命を縮める影響があり、肥満やアルコールの過剰摂取や運動不足よりも大きなリスクであることが示された。要するにジュリアンは、社会とのつながりの弱さが健康に対する大きなリスクになりうることを明らかにしたのだった。
そう聞くだけでは信じられないかもしれない。心臓病や早死ににつながる真の問題は肥満や貧困であり、それらに該当する人がたまたま孤独だったという可能性はないのか? 統計学的な言葉を使うなら、孤独は交絡因子にすぎず、主因ではないのでは?
もちろんジュリアンは、それらの可能性についても検討した。彼女の研究では、何が健康に影響を与えているか明確にするべく、たとえば年齢、性別、初期の健康状態、死因など被験者たちのリスクファクターも多岐にわたって考慮して分析している。こうした要素を踏まえてもなお、社会とのつながりが命を守り、孤独が早死にに影響を与えることが確かめられた。
ジュリアンの研究に対する世間の反応はすばやかった。新聞記者たちは彼女の興味深い発見についての記事を書きはじめた。テレビやラジオのプロデューサーたちは彼女をスタジオに呼び、喫煙と同じほどのリスクを持つのにこれまで見過ごされてきた孤独について話してもらった。イギリスやオーストラリアの機関は、自国の孤独問題に対処するプランを立てるため、彼女に相談を持ちかけた。
5年後、ジュリアンはまた別の膨大なデータの分析結果を発表し、孤独であるほうが早死にする可能性が高いことを裏付けた[2]。そのころには、冠状動脈性心疾患、高血圧、脳卒中、認知症、うつ、不安などにとって、孤独な場合のほうがリスクが大きいと主張する論文がたくさん出てきていた。そうした研究はさらに、孤独感を抱く人は相対的に睡眠の質が低く、免疫システムに障害が起きる可能性が高く、衝動的な行動をしがちで、判断力が低くなることも示唆していた[3]。
彼女には世界中の大手メディアや組織からお呼びがかかることがますます多くなった。みな、聞きたいことはひとつだった。
「どうして孤独は、そんなに健康に悪いのだろう?」
◆公開予定◆
①依存症、暴力、うつ──多くの問題をつなぐ黒い糸(はじめに)
②孤独にまつわる調査(「第1章 目の前にあるのに気づかないもの」より)
③生死に関わる問題(「第1章 目の前にあるのに気づかないもの」より)
④孤独のパラドックス(「第2章 孤独の進化史」より)
⑤ずっとオンライン(「第4章 なぜ、いま?」より)
⑥神経科学から見る「奉仕」の効果(「第5章 孤独の仮面を剥がす」より)
⑦思いやりを、行動に(「第8章 ひとつの大家族」より)