神経科学から見る「奉仕」の効果──『孤独の本質 つながりの力』一部公開⑥
最近の研究者たちは、この点について神経科学的な観点からアプローチしている。そのひとりがスティーブ・コール博士[1]だ。奉仕は目的およびやりがいと結びついており、これら3つはどれも社会的なつながりにおいて重要な役割を果たしているとコールは言う。
しかし特に、孤独のトラウマを癒やすにあたっては奉仕が大きなカギとなるかもしれない。
結局のところ、孤独感から生じる強い警戒状態は自己中心的な現象だとコールは指摘する。孤独感を強く抱いた人は、脅威を感じるあまり自分の心の安全ばかりを気にするようになり、他者を思いやったり心配したりするエネルギーがほとんど持てないのだという。
しかし一方で「人間は自分の健康や安全以外の多くのことにも価値を置くものだ」とコールは言う。自然、芸術、政治、貧困問題などはそうした例のひとつであり、孤独を感じているときであっても地元の美術館やフードバンクでボランティアをしようと思うことだってある。
2016年、ナオミ・アイゼンバーガー博士らが発表した研究によると、人を助けるという経験はストレスや脅威を司る扁桃体、背側前帯状皮質、前島皮質などの活動を低下させるという。それと同時に、介助に関連する部位や報酬に関連する部位(腹側線条体と中隔野)では活動の増加が見られる[2]。
これはつまり、他者を手助けするとストレスを減らすばかりかウェルビーイングが高まるということであり、孤独感や孤立の苦しみに対する重要な対抗手段になるということだ。
2017年に老年学会誌『ジャーナル・オブ・ジェロントロジー』で発表された別の研究でも、この傾向が確認された。
その研究はアメリカの約6000人の未亡人と既婚女性の孤独感を測定して比較している[3]。あまり驚くことではないが、未亡人のほうが既婚女性よりも孤独感が強い傾向にあった。
しかしながら、ひとつ特筆すべき例外があった。
1週間に平均して2時間以上なんらかのボランティア活動を始めた未亡人は、同じくボランティアをしている既婚女性と孤独感の差がなかったのだ。人助けは、喪失による孤独感を効果的に解消していたのである。
この事実にあまり驚きはない。人を助けることは、自分にも能力や生きがいがあると感じることに役立つうえ、行動によって生まれる価値が他者に広がることで、その行動にさらなる意義がもたらされる。簡潔に言えば、人を助けることで自分が大切な存在だと感じることができるうえ、そうした感覚は気分がいいものなのだ。
奉仕の具体的な内容についてはあまり重要ではないとコールは言う。人助けには「最善の方法」や「万能の方法」などない。そのうえ相手が人間でなくても構わない。
孤独であるとき、恵まれない子供たちや高齢者と直接触れ合うようなグループ活動に参加するのは腰が引けるかもしれないが、動物が好きなら動物保護施設でボランティアすることだってできる。環境に関心があるなら、海岸や森を清掃するグループに参加することだってできる。文学が好きであれば、公立図書館で棚を整理するボランティアに参加してもいい。
心からそれを思い、自分にとって意義のあることであれば、どんな形の奉仕であってもよいのである。
コールによると、強い目的意識ややりがいを感じていると、「2つの強力な脳のシステムのバランスが変化する──なんとか危険や脅威を回避して対応しようとするシステムと、何かを探求し、発見し、欲するシステムだ」。求め、発見し、欲するシステムは、ひとたび活性化すると脅威を回避するシステムを覆すことができる。そうするとある種の「治癒状態」となり、焦点が自分から逸れる──それで気持ちが楽になることがある。
こうして気持ちが楽になると今度は、ともに手助けをする人や助けを受ける人たちとの交流も楽になり、全員で共通の目標に向かって力を合わせ、互いに目的意識ややりがいを感じられるようになる。図書館や動物保護施設などで他者と協働しているとき、社会的にも感情的にもこうした相互作用が起こっている。
これは、ボランティア組織、活動家による運動、宗教団体、そしてARC(再犯防止連合)のようなプログラムが人を孤独から救い出すために重要な役割を果たしている理由でもある。こうした組織や活動は、人とのつながりを持ちながら、やりがいや価値や目的意識をよみがえらせる安全な機会を提供しているのだ。
もちろん、なんらかの問題に関心を持つだけでは十分ではない。グループに参加するだけでも十分ではない。
真に治癒的な相乗効果が生まれるのは、共通の目的を達成するために周りと一緒になって行動を起こすときだ。しかしながら、「少なくともはじめのうち、大切なのは他の人に会うことよりも、目的を見つけて自分より大きな何かに奉仕することだ」とコールは言う。
結局のところ、人間は社会的な生き物であるため、自分のことばかり考えている状態が正常でないことは身体が知っている。神経生物学的に言えば、だからこそ力を合わせて何かポジティブなことを成し遂げると、脳は報酬を与えてくれる。別の言い方をすれば、良いことをすると良い気分になるのだ。
孤独感への影響は、巡りめぐってもたらされる、とコールは強調する。
スティーブ・コールが示唆しているのは、奉仕は孤独から社会復帰へ向かう裏口のようなものだということだ。これは自分の経験に照らしても納得できることだったが、一歩引いて考えてみると、ある有名な組織も、この回復への裏口を1世紀近くにわたって活用していることに思い至った。
◆公開予定◆
①依存症、暴力、うつ──多くの問題をつなぐ黒い糸(はじめに)
②孤独にまつわる調査(「第1章 目の前にあるのに気づかないもの」より)
③生死に関わる問題(「第1章 目の前にあるのに気づかないもの」より)
④孤独のパラドックス(「第2章 孤独の進化史」より)
⑤ずっとオンライン(「第4章 なぜ、いま?」より)
⑥神経科学から見る「奉仕」の効果(「第5章 孤独の仮面を剥がす」より)
⑦思いやりを、行動に(「第8章 ひとつの大家族」より)