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キャリアとは自己認識についての仮説構築と検証のプロセスである(篠田真貴子)

「自己認識」をテーマとした書籍『insight(インサイト)─いまの自分を正しく知り、仕事と人生を劇的に変える自己認識の力』。本連載では各界で活躍する方々に、自己認識が自身のキャリアや生活にどのような意味や変化をもたらしたかを語っていただきます。今回は篠田真貴子さんによる寄稿です。自己認識を深めるきっかけとなった3つの経験とはどのようなものだったのでしょうか。そして、自己認識を深める3つの視点とは?

年齢を重ねたからといって自己認識が深まるわけではない

自己認識について書くというのは、なかなかの冒険です。読者が「この人、自分のこと全然わかってない」とニヤニヤ笑うだろうことを想像しながら、自分の自己認識を開陳するわけですから。

本稿のお題である書籍『insight』では、組織心理学者である著者が、「成功と失敗を分ける、最も重要かつ最も見逃されている要素」は「自己認識」である、という問題意識を提示しています。自己認識は、内的自己認識(自分自身を明確に理解する力)と外的自己認識(他人からどう見られているかを理解する力)に大きく分けられます。そして自己認識とは、これらの力を高めようとする意志とスキルだと定義しています。

本書のタイトルになっている「インサイト」とは、2つの自己認識を求める道のりの途中に時々起きる「なるほど!」と一気に理解が深まるような体験をさしています。インサイトを燃料にして、自己認識探求の旅を続けるイメージです。

本書の指摘によると、内的自己認識と外的自己認識の高さは全く相関がないそうです。また自己認識が年齢とともに高まると言うこともないそうなんですね。年齢と内的自己認識の高さの相関係数(注:変数間の関係の強さを示す尺度。1に近いほど関係性が強く、0に近いほど弱い)は0.16、外的自己認識の高さとの相関係数は0.05だそうです。

これを読んで、私はちょっとびっくりしてしまいました。言われてみれば、確かに、同じ自己認識不足のせいで何度も失敗しています。年齢を重ねても自己認識が深くなるわけではないことは、実は経験済みなのに、自覚していませんでした。ことほど左様に、私の自己認識は甘いわけです。

若い頃から私は、自己認識の甘さにおいてはかなりのものがありました。私は20代の終わり、会社を辞めてMBA留学をしました。当時は私費留学が珍しいことだったためか、あるニュース雑誌にそのことを取材していただきました。記事の中で私は私費留学を選んだ理由を「帰国子女である私はすでに英語ができるため、会社に社費留学生として選んでもらえないと思ったから」と説明しています。

それはウソではなかったのですが、本当は、私が所定の社内研修や通信教育をサボりまくっているなど、ダメ社員だったから、選ばれるはずがなかったというのが実態です。当時から外からの評価をうすうすは理解していたと思いますが、目を背けていました。間違った外的自己認識を周りに話してしまうことで、内的な自己認識も曇ってしまうという悪循環に陥っていたと思います。私を知る人があの記事を読んでいたら、苦笑していたに違いありません。

大きなインサイトを得た3つの経験

こんな私にも、その後のキャリアで自己認識を深めるインサイトを得られた体験がいくつかありました。それを3つご紹介します。

まず1つめは、34歳のときのことです。その数年前、私は米系の経営コンサルティング会社に入社しました。MBA留学中にインターンの機会を経て内定をいただき、応諾したのです。入社直後は業績を高く評価していただきました。私はすっかり気を良くして、経営コンサルティングの仕事を天職だ、くらいに思ってしまいました。天職なんだから、自然体の私のままでコンサルタントとして通用する、と。

しかし、現実はそう甘くありません。私の評価は高評価から平均値に、そして要注意ゾーンへと下がっていきました。それなのに、私は「今回のプロジェクトはたまたま難しいテーマだった」「たまたま、マネージャーと相性が悪かった」と周りのせいにし続けていました。「コンサルティングは私の天職」という誤った自己認識を本気で改めることをしなかったのです。最終的に、入社時からお世話になったパートナーの部屋に呼ばれ「よく頑張ったけど、あなたには、コンサルタントとして必要な成長ポテンシャルが認められません」と宣告されました。青天の霹靂です。大変にショックを受け、その夜はボロボロ泣いて、間もなく退職しました。

自己認識、特に外的自己認識が弱いと、その職場で求められる行動や努力ができず、キャリアに悪影響を及ぼす。自分は外的自己認識に鈍感な性質で、内的自己認識も自分に甘くなりがちだから、気をつけないといけない。そのようなインサイトを得た経験でした。

2つ目のインサイトは、経営コンサルティング会社を辞めて、外資系製薬会社に転職した半年後に訪れました。前職での私の人事評価は要注意ゾーンでした。「人柄はいいかもしれないが、パフォーマンスは低い」、要はバカっていうことです。ところが、転職して初めての人事評価は「非常に頭は切れるが、人当たりがきつい」という内容でした。びっくりしました。数ヶ月前と、評価内容が完全に逆転していたからです。

私という人間が短期間で大きく変わったのでしょうか。いくら成長ポテンシャルがないと宣告されてショックを受けたとはいえ、そんなはずはありません。評価が変わったのは、コンサルティング会社と製薬会社のあいだで、人事評価基準がまったく違ったからなのです。的確に外的自己評価をすることは大事だけれど、外的自己評価は環境によって大きく変わる可能性がある。そのようなインサイトを強い印象と共に得ました。

3つめは、40歳代半ばのときの出来事です。前出の経営コンサルティング会社の採用マネージャーだった方が独立され、ご自身のウェブサイトを開設し、様々な人たちのキャリアストーリーを紹介していました。その1つに私のことも載せたいと言って頂いたのです。その方は、私が退職した事情を当然ご存じでした。インタビューの中で「今なら、なぜあなたが辞めることになったのか、分かりますよね」と聞いて下さり、初めてあの時の自分の至らなさについて、自分の言葉で話すことができました。そして私の話を、元採用マネージャーの方はきちんと受け止めてくださいました。

この対話を通して、私は外的自己認識を深め、内的自己認識と整合させることができ、私の気持ちはすごく楽になりました。この時、自分にとって厳しい内容を自ら受け止めることができたのは、この件を語るのに信頼できる相手と対話できたこと、私自身が管理職を経験し当時の自分に対して外的な視点を持ちやすくなったこと、そして自分の仕事で手応えをつかみつつあり自信喪失から脱却していたこと、といった条件が揃ったからだと思います。一言で言うと、安心感をもっていられた、ということでしょう。

これら3つのインサイトを、本書に照らしてみます。まず、1つめの経験から学んだ自己認識の重要性は、この本全体のテーマに直結しています。自己認識は「成功と失敗を分ける、最も重要かつ最も見逃されている要素」だという問題提起から本書は説き起こされていました。また、評価がどんどん下がっているのに自己認識を改めなかった状況は、本書で説明している外的自己認識への障壁そのものでした。

2つめの経験から得たインサイトは、環境によって外的自己認識は変わる、というものです。この点については、本書からは明示的な分析は読み取れず、別の書籍で補完したいと思いました。

3つめの経験から私は、厳しいフィードバックを受けとめるには安心感が必要、というインサイトを得ました。本書では、厳しいフィードバックを受けとめる心構えは「常に明快というわけではないが、最初のステップは自分のなかで弱点をオープンに認め、他人に対しても認めること」と助言しています。

自己認識を高める3つの視点

さて、これらの経験を経てきた私は、その後も数年間、小規模組織の経営職という「周りに見られる」立場にあり、また、自己認識の上手な同僚たちに囲まれて過ごしました。その環境のお陰で、自己認識をずいぶん鍛えてもらいましたし、少しずつですが、自己認識を高める自分なりの方法を工夫してきました。その方法をひとつご紹介しましょう。

それは、何か気になる出来事が起きたら、それを「主観」「客観」「俯瞰」の3つの視点から理解しようとする、というものです。例えば仮に、私が誰かと意見が食い違って感情的になってしまったとします。「主観」はそのまま、自分の感情と考えのこと。「あの人、頭に来る! あんなに丁寧に説明したのに、全然分かってない!」あるいは「あーあ、私がバカ過ぎて何も伝わらなかった。情けなくてつらい……」という感じですね。「客観」は、相手の目から私の言動がどううつっていたか、という視点。言わば相手にとっての主観です。そして「俯瞰」は私と相手を含む全体状況を見下ろす、第三者的な視点です。

例えば、30歳代半ばの頃、私は外資系メーカーに転職して管理部門に配属され、部長の指示で社内のある制度を見直すプロジェクトを進めていました。関係各所とミーティングを重ね、部長にも2週間に一度報告しつつ意見をきき、3、4ヶ月かけて提案をまとめました。部長も内容を了承し、一番大きい事業部の事業部長に一緒に説明に行きました。プレゼン中、事業部長から「おい、篠田、それじゃこういう点が困るだろう」と指摘がありましたが、私はその指摘にもきちんと回答して「なるほど」と言ってもらいました。実現に向けて大きな山を乗り越えた手応えを得たのです。

ところが翌日、私の上長である管理部門の部長が「もうこのプロジェクトはストップします」と宣言。理由を聞いても要領を得ません。私は激怒しました。それまでの経緯一つ一つをふり返っても、部長の判断が全く理解できず、理不尽としか思えないのです。これが私の「主観」です。ぷりぷり怒っている私に、先輩が声をかけてくれました。
「今タイミング悪いっていうことじゃないの?」
はああ?
始めは理解できませんでしたが、先輩と話しながらゆっくり考えると、会社全体の状況からして、例の事業部長にはもっと優先したい懸案事項があり、管理部門の部長はそれをひっくり返せないのかも、と思えてきました。「俯瞰」の視点、ここでは会社全体の状況とその中での私のプロジェクトの位置づけが、ちょっと見えたのですね。心情的に納得いかないものの、理解は進みました。

一方「客観」視点が理解できるまでは時間が必要でした。管理部門の部長は動物的とも言える直感で社内力学を嗅ぎ分け、適切に身を処することが得意な方だということが、だんだん理解できてきたのです。部長の視点(客観)を想像するに、私がプレゼン中に受けた事業部長の指摘に対して「ごもっともです。検討します」と言わずにその場で持論を述べてしまったのが良くない、ということだったのでしょう。

また、直感型な部長と理屈っぽい私はコミュニケーションのスタイルが異なったため、実は、プロジェクト進行中から私は部長の意図を十分理解していなかった可能性も見えてきました。私は急にハシゴを外されたと思ったけれど、部長はもっと前から懸念を示していたかもしれないのです。あの頃にもし「主観」「客観」「俯瞰」の見方を意識的にできていたら、プロジェクト進行中に「外的自己認識の視点」で見直せたかもしれません。

正直言って、私には「客観」が最も難しく、時間がかかります。ですので、まず「主観」をたっぷり味わって感情を吐き出し、その次には「俯瞰」を意識して全体状況を捉えなおします。そうすると、自分の良くなかった点が整理できてきます。この「俯瞰」に基づいて相手の視点である「客観」を想像する。なかなか難しいですが、「私も相手の立場だったら、あのような言動になってもおかしくない」と思えるところまで行けば、最高です。

最後の「客観」まで行きつくのにかかる時間は、数日から、長ければ数ヶ月。年単位の時間をかけている課題もありますし、「俯瞰」「客観」に行き着かないまま止まっている課題も少なくありません。ごく一部の、ある程度「俯瞰」「客観」が整理できた課題では、「こういう状況だったんじゃないかと思うんだけれど、どう思いますか」と周りからのフィードバックをもらい、外的自己認識を深めるのに活用できることもあります。

仮説を更新し続けることの大切さ

振り返ってみると、私にとってキャリア選択は、内的・外的自己認識の仮説構築と検証のプロセスでした。この新しい環境なら自分は今よりも充実するんじゃないかという内的自己認識、そして貢献でき喜ばれるはずだという外的自己認識の仮説をもって、次のキャリアに進んでみる。そこで少し経験してみて仮説を更新する。仮説の更新を怠ると、特に外的自己認識が甘くなって、周囲とずれる。これを繰り返してきたように思います。

これからは、自己理解を深め他人からどう見られているか理解する意志とスキルをきちんと意識しながら、キャリア選択をしていきたいと思います。本書も参考にしていきますが、アメリカでの調査内容に基づいており、アメリカと日本の企業文化の違いにちょっと留意した方がいいかな、と感じた点もありました。

例えば、アメリカは日本より転職が多い環境です。企業での在籍期間が短いと、終身雇用のような環境と比べたら、外的自己認識が弱くても許されやすいのではないでしょうか。もう一つ気づいた違いは、アメリカは世界の中でもかなりローコンテキスト文化(注:コミュニケーションの前提があまり共有されておらず、言葉による意思疎通がより重視される文化)であるのに対し、日本は世界で最もハイコンテクスト文化である点です。外的自己認識を得るために、周囲に直接尋ねるという方法を本書は勧めていますが、日本にはそぐわない場合もあるのではないかと感じました。

本書のウェブサイト(英語)には、内的・外的自己理解度を測る簡易テストがありました。自分と、自分を良く知る誰かが回答し、2つを組み合わせて診断するというものです。試しに夫に頼んで受けてみたら、私は内的自己理解も外的自己理解も低いという診断結果になりました。やっぱりね。

執筆者プロフィール
篠田真貴子
慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年10月に(株)ほぼ日(旧・東京糸井重里事務所、2017年3月JASDAQ上場)に入社。2008 年 12 月より 2018 年 11 月まで同社取締役CFO。現在は、充電中。『ALLIANCE アライアンス――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』監訳。「篠田真貴子が選ぶすごい洋書!」をnote上で連載中。noteアカウントはこちら


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仕事での成果や良好な人間関係、そのカギは「自己認識」にある。しかし、多くの人は思い込みにとらわれ、自分の可能性を狭めてしまっている。ビジネス界でも活躍する組織心理学者が膨大な先行研究と自身の研究・実践から、自己認識の構造を理論的に解明し、思い込みを乗り越え、より深く自分を知るための方法を伝える。


◆各界のプロフェッショナルも大絶賛!!
「自己認識、内省、および自分と向き合う方法に対する世間の考えは、
基本的に間違っていて役に立たない。そうした情報を信じて、私生活でも仕事でも好ましくない行動を続けてしまう人が多い。自身の経験と膨大なリサーチをもとに、ユーリックは真のインサイトにいたる方法、つまり自分自身を変え、仕事で関わる周りとの関係を変革する方法を明らかにする」
──エド・キャットムル(ピクサー・アニメーション・スタジオ共同創設者、『ピクサー流 創造するちから』著者)

「単なる一過性のスキル・ノウハウ本ではない。根底から自己認識の大切さを紐解き、誰もが一生をかけて、本気で向き合っていかなければならい自己を知るためのガイドラインとなっている」
──中竹竜二(本書監訳者、株式会社チームボックス代表取締役、日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクター)
【目次】
第1章 二一世紀のメタスキル
<第1部 基礎と障壁>
第2章 自己認識の解剖学―インサイトを支える七つの柱
第3章 ブラインドスポット―インサイトを妨げる目に見えない心のなかの障壁
第4章 自分教というカルト―インサイトを阻む恐ろしい社会的障壁
<第2部 内的自己認識―迷信と真実>
第5章 「考える」=「知る」ではない―内省をめぐる四つの間違った考え
第6章 本当に活用可能な内的自己認識ツール
<第3部 外的自己認識―迷信と真実>
第7章 めったに耳にしない真実―鏡からプリズムへ
第8章 予想外の厳しいフィードバックを受け止め、向き合い、行動に移す
<第4部 より広い視点>
第9章 リーダーがチームと組織の自己認識を高める方法
第10章 思い込みにとらわれた世界で生き抜き成長する
監訳者あとがき(中竹竜二)


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連載:『insight』私はこう読んだ。
「自己認識」をテーマとした書籍『insight』。本書をベースとして、各界で活躍する方々に、「自己認識にどのような意味を見いだしてきたか」など、様々な観点から語っていただきます。

─ 連載記事一覧 ─
第0回:連載「『insight』私はこう読んだ。」を始めます。
第1回:『insight』の第1章(前半)を全文公開します。
第2回:『insight』の第1章(後半)を全文公開します。
第3回:人生で3冊目の「自己啓発本」(太田直樹)
第4回:キャリアとは自己認識についての仮説構築と検証のプロセスである(篠田真貴子)
第5回:リーダーの自己認識が変われば、チームは変わる(小竹貴子)
第6回:自己認識から考える、個と組織の「4つの発達段階」(タムラカイ)
第7回:僕が変わらなければ組織は変わらない(株式会社コルク代表 佐渡島庸平さんインタビュー)

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