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人生で3冊目の「自己啓発本」(太田直樹)

「自己認識」をテーマとした書籍『insight(インサイト)─いまの自分を正しく知り、仕事と人生を劇的に変える自己認識の力』。本連載では各界で活躍する方々に、自己認識が自身のキャリアや生活にどのような意味や変化をもたらしたかを語っていただきます。今回はNew Stories代表の太田直樹さんに寄稿いただきました。コンサル、総務大臣補佐官、起業と多様なキャリアを歩んでこられた太田さん。キャリアを通して、どのように自己認識と向き合ってこられたのでしょうか。

これから何度か読み返す本になると思う。

「自己啓発」に関する本を読んだのは、人生でこれが3冊目だ。1冊目はデール・カーネギーの『道は開ける』。大学を卒業したころに最初に読んで、何度も読み返した。2冊目はスティーブン・コヴィーの『7つの習慣』。ロンドンの大学院を卒業したころに手にとり、かなり入念に読み込んで、自分なりに実践してきた。3冊目が本書『insight』になる。

本を読むのは大好きなのだけれど、「自己啓発本」は苦手だ。理由を考えてみると、ひとつは、人の記憶は曖昧だから。「こうしたらうまくいった」というのは、本人は意図していないかもしれないが、基本的には作られたもの(フィクション)だと思っている。

もう一つは、所得が「べき乗分布」というのを知ったこと。身長は「正規分布」だ。この二つの違いは大きい。向こうから人が歩いて来た時に、日本人男性であれば身長は170センチを中心にプラスマイナスで予測できる。しかし、所得は違う。最初に出会った人の収入が100万円で、次の人が1億円だったりする。

べき乗分布というのは、株価の変動や地震の大きさなどが知られている。これらは、再現性のある予測の方法がない。つまり「こうしたら(金銭的に)成功する」という方法には再現性はあまりない、ということだ。

そういう苦手意識を超えて、本書はぐいぐい迫ってきた。僕はいま5年前の自分では想像もできなかったキャリアチェンジの途上なのだけれど、そこには「自分は何者なのか」という認識の変化が大きく関わっていることが改めて分かった。また、過去の自分に対する認識と仕事や人生の関係についても、深い気づきがあった。

これからの自己認識の旅も楽しみにしているが、これまでの旅について、少し書いてみたい。

フェースブックでミュートせざるを得ない人

まず「感じが悪い」話から始めたい。本書の前半で明らかにされている、自己認識の難しさについての身近な例だ。自分のことを知るのは、なかなか難しい。

フェースブック(FB)でミュートしているのは、ずばり「自分語り」が多い人だ。リアルの関係で疎遠な人から近い人までいる。FBは、フィルターバブルがあるとは言え、刺激的な情報も流れてくる。また、年々「自分語り」の投稿が増えていて、どうにも具合が悪くなったので、2年ほど前からミュートを始めた。

「自分語り」の背景には何があるのだろう。本書では、第2章で自己認識の7つの柱を定義したあと、自己認識に向けた障害について第3章から第5章で議論している。

第4章の「自分教というカルト」では、ソーシャルメディアは自己陶酔を強めること、そして、利用者の80%が、いわゆる「ミーフォーマー」で、とにかく自分のことを周りに知らせるために投稿をしていることが述べられている。そして、自己認識に優れた人には、残りの20%の「インフォーマー」が多く、役に立つ記事、興味深い考察、笑える動画などを投稿しているとある。

また、第5章では、「自分のことを考える行為」は、「自分のことを知ること」とまったく関係がないことを解き明かしている。このことを示す分析結果には著者も驚いたという。本当の自分を知ろうとすること、自分に起こったことの理由を考えること、日記を毎日つけること、これらは自分のことを知ることにつながらないばかりか、マイナスの効果もあることが、様々な研究結果を用いて明らかにされる。

FBは、シンプルな自己陶酔型の投稿から、なぜ自分はこうなのだろうという長文の投稿、なぜ世の中はこうなのだろうと取り上げながら、自分のことを語る投稿があふれている。こうしたことによって、よりよく自分を知ることから遠ざかっていることが、本書の前半でよく分かる。

僕自身も「ミーフォーマー」として投稿することが皆無なわけではない。ただ、かなり自覚的にやっているつもりだし、そのような抑制的な行動をFB上で感じる友人もいる。また、自分のことを知ってほしい、自分について考えることは「自然のこと」「大事なこと」という意見もあるだろう。そう思うときにはこの本は向かないだろうし、それでも、いつかこの本を手にとることがあるかもしれない。

デコボコした自己認識をもっていたコンサル時代

僕のもっとも長いキャリアはコンサルタントだ。新卒で5年弱、外資系のコンサルティング会社に勤めて、ロンドンの大学院を卒業した後、18年近く別のコンサルティング会社に居た。

前述した通り、記憶にはあまり意味がないと思っているので、当時の行動について、手元の「記録」を元に振り返ってみたい。大きな部分を占めるのは、30歳から40過ぎまでの、毎週の行動記録だ。20代は力技で乗り切ってきたけれど、30代になって「日々積み重ねること」が必要だと感じていた。当時のメモには「仕事に消費されている。バランスシートが大事」と書いている。そのときに出会ったのが『7つの習慣』だった。

何度か読み込んで、そのエッセンスを週次の行動表という形で、自分なりのテンプレートにして、10年以上の間記入していた。具体的には、自分のミッションから5つ程度の役割(マネジャー、夫・父親、研究者など)を定義し、各役割について4つ程度の行動を定める、という単純な構造だ。だいたい、土曜日に行動の結果を振り返っていた。

コンサルタントは激務だ。当然「マネジャー」という役割が他を逼迫していくわけだけれど、他の役割、例えば「研究者」を推進するために、マネジャーの役割には時間に上限を設けていた。これはかなりの覚悟を持って続けてきた。

また、週次の行動表の左下には「のこぎりを研ぐ」という欄があって、「身」「心」「知」「情」についての行動を記録した。具体的には、運動をする、美術館に行くなど、単純なことを積み重ねていく。

第2章で、自己認識の7つの柱が明らかにされているが、当時の自分の行動を振り返ると、自分がすべきこと、すべきでないことは何かという、1つ目の「価値観」についての比重が大きい。ついで行動を振り返る中から、5つ目の「パターン」と6つ目の「リアクション」についてよく考えていた。

コンサルタントとしては、優秀な方だったと思う。人や仕事の縁に恵まれていて、その上に、いくつかの点で自己認識が出来ていたのだろう。例えば、「すべきでないこと」という引き算ができていたことにより、テーマを設定した勉強や異分野の人に会いに行く時間が生まれた。それを「バランスシート」と呼び、定期的に棚卸ししていたことは、コンサルティング会社で、消耗せずに長い期間働くことにつながったのではないだろうか。

また、行動パターンの分析から、「相性が悪い人と、年に1回は仕事をする」「M&Aのデューディリジェンスプロジェクトを、年に1回はやる」ということを自分に課していた。前者は、愉快でない日々が続くのだけれど、少し距離を置いて起こっていることを観察すると、コンサルタントとしての自分の強みと弱みがよく分かる。また、後者は短期間ながら激務が続くのだが、「会社の価値とは何か」ということを全方位で考えるので、同じく自分の強みと弱みを整理することができる。

ただ、本書の7つの柱を読んで痛感するのは、7つ目の「インパクト」、すなわち、自分の行動が周りにどう受け止められるか、という自己認識が人並み以下だったことだ。内的な自己認識は出来ていた方だと思うが、外的な認識が弱かった。当時、そのヒントはあったにも関わらずだ。

コンサルティング会社は、フィードバックに大きな投資をしている。入社してパートナーに昇進するまでの全てのプロジェクトの評価を分析すると、共通する特徴がある。それは「共感力が弱い」ということだ。

このことは、当時、どうしてよいか分からず、他方で、パフォーマンスは良かったので、結果としては放置した。ただし、仕事はよかったが、家庭では苦労した。当時のメモには「あなたは人の気持ちが分からない、ということについてどうするか」とある。

現時点でも外的な自己認識は苦労が絶えない。ただ、「分かっている」と思っていた自己について、50歳を前に大きな認識の変化があった。

50歳を前に「30点」と言われて見えてきたこと

ちょっとショックだったので正確な言葉は覚えていないのだけれど、「あなたは30点」と言われたのは、2015年の1月にコンサルティング会社を辞めて、総務大臣補佐官という新しい仕事を始めて1年半くらいのときだった。

僕にそう言ったのは、コクリ!プロジェクトの発起人で、リクルートの研究員として活動していた三田愛さんだ。ちなみに、この文を書くにあたって、改めて確認したところ「自分の可能性の30%しか活かしていない」というのが事実らしい。やはり記憶はあてにならない。

2016年の秋から、コクリ!プロジェクトのディレクターとして、活動に関わることになった。コクリ!は研究活動開始から5年が経ち、次の方向性を模索していた。当時の議事録には、三田愛さんのこのような発言がある

「変わらずにあるのは、より深くその人の源につながる、地球につながること。目の前の仕事ややることなど、今の視点よりも、より深いもの。より大きなシステムを感じたり、その中の一部だと感じていること。自分の再発見。」

そう、残りの「70点(70%)」には、7つの柱で言えば、2つ目の「情熱」や3つ目の「願望」が含まれているのだろう。そのことを体感したのは、コクリ!プロジェクトで2016年の9月末に実施した合宿だ。実は、コンサルタント時代の最後のときに、パーソナル・コーチングを受けた。そのときに困惑したのは「自分を駆動するものは何か」という問いだった。自分の願いや情熱について、腹に落ちるような答えは出なかった。「自分のことはよく分かっているし、特に困っていない」という心のバリアもあったのかもしれない。

合宿ではどんな体験をしたのか。ワークの一つに、ある課題についてグループで寸劇をやる、というものがあって、僕は起業家の役を演じた。これは身体を使って、状況を「感じる」もので、起業家以外にも「スタッフ」「行政」「家族」「銀行」など、起業家を取り巻く人が、状況の中で、感じたままに動いていく。そのときの感覚は生々しかった。足を大きく踏み出して、どんどん姿勢が苦しくなって、足が震えた。スタッフが支えてくれたときの手の温かみ、目も耳も閉じて関与を拒む行政など、いまでもよく覚えている。

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2017年夏には、総務大臣補佐官を退任して、年末に起業をすることに決めた。テクノロジーを、セクターや組織を超えて社会実装することを生業としている。自分の中にある「情熱」や「願望」について、いま考えてみても、とても意外な答えを出したと思う。自分について知る旅には終わりがないのだろう。

自分のことを、自分より他者が深く理解している時代へ

前述した通り、僕は外的な自己認識については、まだまだ課題が多いのだけれど、個人を超えた社会的な観点から、大きな危機感を持っている。

本書は、自己認識を21世紀で最も重要なメタスキル、としているが、その理由は自己認識力が低下しているということだけではないと思う。自分が、ソーシャルメディアで自己陶酔を深め、自分語りをしている間に、自分の発言や行動がデータとしてどんどん蓄積され、分析されて、他者が自分のことを深く理解するようになるからだ。

当然、他者は「理解する」だけで止まることはない。

自分語りの投稿やメッセージを送り、友人の投稿に「いいね」を押す。それがアルゴリズムで解析され、あるパターンの投稿やイベントが流れてくる。また自分語りの投稿をする。結果として、ソーシャルメディアの滞在時間が伸びる。こうした他者による自己の分析は、これから、企業や政府によって加速されていくだろう。

ウェブマガジンの『Wired』に、『サピエンス全史』『ホモデウス』のユヴァル・ノア・ハラリと、Center for Humane Technologyのトリスタン・ハリスの興味深い対談がある。二人は「人間はハックされる動物である」とした上で、自己認識がとても重要になってくる、と述べている。

特にハラリは、生々しくそのことを話している。2歳のとき、自分のことをいちばんよく知っているのは母親で、成長するにつれ、自分の方が母親よりも自分を知る段階にくる。そこで突如、企業や政府に追いかけられるという。例えば、ハラリは21歳のときに、自分が同性愛者だと知ったが、アルゴリズムはもっと早く見抜いただろうと考えている。例えば、コカコーラは高度なアルゴリズムを通じて自分の秘密を知っていて、広告を操作する。すると、14歳の自分は、ペプシではなくコーラを選ぶだろうと。

企業や政府よりほんの少し早く走るための方法はたくさんある、とハラリは続ける。本書では6章から10章に、ハラリが挙げたマインドフルネスも含めて、実践的な形でまとめられている。

自分自身に起こったことを整理し、いま自分が進めているテクノロジーの社会実装の意味を考える上で、本書はとても貴重なインサイトを与えてくれた。また、ここではほとんど触れなかったが、自己認識がずれている身近な人への対応についても、とても丁寧かつ明快に解説されている。21世紀を生き抜くために、側に置いておきたい本の一冊だと思う。

執筆者プロフィール
太田直樹
New Stories代表。地方都市を「生きたラボ」として、行政、企業、大学、ソーシャルビジネスが参加し、未来をプロトタイピングすることを企画・運営。 Code for Japan理事やコクリ!プロジェクトディレクターなど、社会イノベーションに関わる。 2015年1月から約3年間、総務大臣補佐官として、国の成長戦略であるSociety5.0の策定に従事。その前は、ボストンコンサルティングでアジアのテクノロジーグループを統括。


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仕事での成果や良好な人間関係、そのカギは「自己認識」にある。しかし、多くの人は思い込みにとらわれ、自分の可能性を狭めてしまっている。ビジネス界でも活躍する組織心理学者が膨大な先行研究と自身の研究・実践から、自己認識の構造を理論的に解明し、思い込みを乗り越え、より深く自分を知るための方法を伝える。


◆各界のプロフェッショナルも大絶賛!!
「自己認識、内省、および自分と向き合う方法に対する世間の考えは、
基本的に間違っていて役に立たない。そうした情報を信じて、私生活でも仕事でも好ましくない行動を続けてしまう人が多い。自身の経験と膨大なリサーチをもとに、ユーリックは真のインサイトにいたる方法、つまり自分自身を変え、仕事で関わる周りとの関係を変革する方法を明らかにする」
──エド・キャットムル(ピクサー・アニメーション・スタジオ共同創設者、『ピクサー流 創造するちから』著者)

「単なる一過性のスキル・ノウハウ本ではない。根底から自己認識の大切さを紐解き、誰もが一生をかけて、本気で向き合っていかなければならい自己を知るためのガイドラインとなっている」
──中竹竜二(本書監訳者、株式会社チームボックス代表取締役、日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクター)
【目次】
第1章 二一世紀のメタスキル
<第1部 基礎と障壁>
第2章 自己認識の解剖学―インサイトを支える七つの柱
第3章 ブラインドスポット―インサイトを妨げる目に見えない心のなかの障壁
第4章 自分教というカルト―インサイトを阻む恐ろしい社会的障壁
<第2部 内的自己認識―迷信と真実>
第5章 「考える」=「知る」ではない―内省をめぐる四つの間違った考え
第6章 本当に活用可能な内的自己認識ツール
<第3部 外的自己認識―迷信と真実>
第7章 めったに耳にしない真実―鏡からプリズムへ
第8章 予想外の厳しいフィードバックを受け止め、向き合い、行動に移す
<第4部 より広い視点>
第9章 リーダーがチームと組織の自己認識を高める方法
第10章 思い込みにとらわれた世界で生き抜き成長する
監訳者あとがき(中竹竜二)


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連載:『insight』私はこう読んだ。
「自己認識」をテーマとした書籍『insight』。本書をベースとして、各界で活躍する方々に、「自己認識にどのような意味を見いだしてきたか」など、様々な観点から語っていただきます。

─ 連載記事一覧 ─
第0回:連載「『insight』私はこう読んだ。」を始めます。
第1回:『insight』の第1章(前半)を全文公開します。
第2回:『insight』の第1章(後半)を全文公開します。
第3回:人生で3冊目の「自己啓発本」(太田直樹)
第4回:キャリアとは自己認識についての仮説構築と検証のプロセスである(篠田真貴子)
第5回:リーダーの自己認識が変われば、チームは変わる(小竹貴子)
第6回:自己認識から考える、個と組織の「4つの発達段階」(タムラカイ)
第7回:僕が変わらなければ組織は変わらない(株式会社コルク代表 佐渡島庸平さんインタビュー)

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