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『insight』の第1章(後半)を全文公開します。

「自己認識」をテーマとした書籍『insight』。本連載では各界で活躍する方々に、「自己認識にどのような意味を見いだしてきたか」など、本書をベースにしつつ様々な観点から語っていただきます。連載の前提を共有するため、今回は本書の全体像を説明した第1章の後半を公開します。

insight』第1章「21世紀のメタスキル」(後半)

(前半はこちら

あの中佐の決戦は、ついに7月3日の朝に開始された。700名の敵の大軍勢が、殺された偵察隊員の腹違いの兄弟に率いられて、中佐の脆弱な砦を三重に囲んだ。敵軍の規模もお構いなしに、中佐は最後の瞬間まで自分の勝ちを信じて疑っていなかった。

あの松林のなかから、敵は銃弾の雨を降らせ始めた。そしてまったく無防備な場所であったため、中佐の部隊は塹壕からさっと顔を出して、やみくもに撃つしか反撃の手だてがなかった。ほとんどの弾は外れた。そしてこれ以上事態が悪くなることはないと思われたそのとき、どしゃ降りの雨が草原を水浸しにし、砦を泥の沼に変え、弾薬が使い物にならなくなった。

戦闘はわずか一日だったが、中佐は途方もない代償を払うこととなった。敵はわずか30名の犠牲だったのに対し、中佐の隊は100名が死ぬか負傷して泥のなかに倒れ、草原が血に染まった。7月4日、中佐は降伏し、読めない国の言葉で書かれた文書に署名した(そのため、彼はうっかり戦争犯罪を犯したことを認めてしまい、その影響が数か月にわたって彼につきまとうことになる)。

屈辱に追い打ちをかけるように、街へ帰還する中佐と生き残った隊は、所持品を略奪されてもなすすべがなかった。この容赦ない厄災からやっとのことで逃れると、中佐の隊は10の小隊に分かれてしまった。そして中佐は大尉への降格を受け入れるのではなく、職を辞した。

この屈辱の戦闘と、それを率いたどうしようもなく自己欺瞞に満ちた男について、まだ伝えていないことがあった。時は1754年。場所はグレート・メドウズ、現在のペンシルベニア州だ。そしてこの中佐とは、ジョージ・ワシントンその人に他ならない。このネセシティ砦の戦いは、すぐに七年戦争へと発展していき、イギリスの作家ホレス・ウォルポールが記したように、「アメリカの奥地で若きバージニア人がおこなった一斉射撃が、世界に火をつける(ことになる)」。そしてこれはワシントンが敵に屈する最初で最後の機会となった。

ワシントンが英雄的な指揮官であり、聡明な政治家であり、建国の父として知られていることを考えると、22歳の新米の彼の行動はとても驚きだ。しかしまさにその点こそが重要である。彼は聡明で、自制心のある、自己認識を持った政治家となるが、駆け出しの頃は向こう見ずで、傲慢で、自分を知らない生意気な新人だったのだ。歴史家のW・W・アボットが記したように、「何にも増して、ワシントンの伝記は、ひとりの人間が自分自身を作りあげていく物語だ」。そしてその過程を検証していけば、自己認識への旅の成功例がどのようなものなのか、多くの手がかりが得られる。

ワシントン1・0が自分の欠点を見つめ把握することができない人物だったとしたら、ワシントン2・0はそうした欠点を見つけることを楽しむ人物だった。「私は転嫁されたものでも本当のものでも、自分の過ちを耳にすることをいとわない」と彼は断言した。「周りから一目を置かれたいと願う者は、そうあるべきだ」。ワシントン1・0が周りからどう思われようがお構いなしだったのに対し、ワシントン2・0は「(重要な決定の)あらゆる側面を検討し、自分の行動がどのように受け止められるかを分析した」。ワシントン1・0が現実よりも空想を好んだのに対し、ワシントン2・0は「願望ではなく資金と相談して」策を練った。ワシントン1・0が誇大妄想にふけっていたのに対し、ワシントン2・0は、より大きな善のために自分の野心に謙虚さと奉仕の精神を混ぜ込んだ。たとえば、議会が彼を大統領に選出したとき、彼は控えめにこう語った。「与えられた仕事が多大な努力を要する困難なものであることは承知のうえで、それを遂行する自分の無力さを感じていますが(中略)、それは真摯なる熱意によってのみ達成可能だということだけは言うことができます」

重要な点を述べよう。ジョージ・ワシントンは世界にひとりしかいないが、彼と似たような自己認識の変革を遂げた人びとは、会社で働く人間であれ、親であれ、教師であれ、学生であれ、アーティストであれ、数多くいる。私はこの3年間、通常とは異なる大きな変革を遂げた人びとを研究してきた。困難を乗り越えて驚くほどに自己認識を向上させ、そこから成果を得た人びとだ。本書を通して、そうした人びとの示唆的で有益なエピソードを紹介していく。

しかしそうした例外的な人びとを研究することが元々の計画ではなかった。自己認識について手に入る限りの研究をチームと共に目を通してから調査を始めたときは、私たちの考える「高い自己認識」の基準を満たす数十人にインタビューをおこなうことにした。その行動を知れば、万人に応用できる秘密の公式が手に入ると思っていたのだ。しかし私は行き詰まってしまった。

後から考えると、そうした壁に行き当たることを予測しておくべきだった。自然に自分のことが理解できる人(そして少なくとも大人になってから常に自己認識ができてきた人)へのインタビューは、驚くほど役に立たなかった。自己認識を持ち続けるために何をしているか尋ねてみると、「どうでしょう……自分のことをじっくり考えようと心がけているかな」とか、「考えたことありません。ただやるのみです」とか、「生まれつきそうなんだと思います」といった答えが返ってくるだけだった。

突然、私はひらめいた。自己認識の秘密をひもときたいなら、それが自然にできる人の話を聞いても答えは見つからない。代わりに、大人として生活するなかで自己認識に劇的で人生が変わるような向上があった人びとにあたるべきだ。つまり私は、初めは違ったのに今では自己認識を持っている人びとを研究する必要があったのだ。

自己認識に詳しい人びとを探すにあたり、私たちは二つの確固たる厳しい基準を設けた。一つ目は、内的・外的両方の自己認識において、自己評価も知人からの評価も高い人物。二つ目は、自己認識が低いか普通の状態で大人としての生活を始め、それから劇的な向上を見せ、自己評価も知人からの評価も高い人物だ。

世界中の数千人のなかから、この二つの基準を満たす50名を選出した。リサーチ・アシスタントのひとりは、冗談めかして、しかし的確な表現で、その50名のことを自己認識ユニコーンと呼び始めた。そう、この50名は希少で、ほとんどの人がその存在すら疑っているような特別な生き物なのだ!そしてこの言葉が定着した。私たちが選んだ自己認識ユニコーンたちは、仕事も実にさまざまで、職種や、業界や、年齢や、性別や、学歴や、国籍や、その他の人口統計学的属性においても、共通したパターンは見受けられなかった。会社に勤める人もいれば、起業家、アーティスト、学生、教師、専業主夫/主婦、重役(『フォーチュン』誌の番付でトップ10に入る企業のCEOも含む)などもいた。しかし、こうした多様なグループには共通する点が二つあった。それは自己認識が極めて重要だと考えている点と、人生を通して自己認識を向上させ磨いていこうと取り組んでいる点だ。

こうした自己認識ユニコーンがどのような人物であるかをさらに理解してもらうために、私が初めてユニコーンと出会ったときのことを紹介しよう。

試験の時期に差しかかっていたナイジェリアのチボクにある公立中学校の寮で、276名の女生徒たちは貴重な深い眠りについていた。2014年4月14日未明、彼女たちの平穏は、暗い寮に侵入してきた男たちによって突然打ち砕かれた。その男たちはパニックになり混乱する生徒たちを「警備員であり、守るために来た」と言って落ち着かせた。

安全な寮から出されて怯える女生徒たちは、銃を向けられながらトラックに乗せられ、サンビサ森林にある武装キャンプへと連れていかれた。男たちの正体は、ナイジェリアのテロ組織「ボコ・ハラム」のメンバーだった。本書の執筆時点で、57名の女性たちが何とか脱出し、二三名が釈放や救出されているが、残りの196名が発見されるかどうかは定かではない。そしてこの事件は広く世界からの注目を集めたものの、ナイジェリア軍がこの襲撃を4時間前に察知していたという事実は広く知られていない。さらに軍は彼女たちがどこへ連れ去られていくかも把握していた。しかしそうでありながら、何もできなかった。

サンビサ森林から遠く離れたニューヨークで、ナイジェリアの石油ガス会社のマネジャーを務める彼女はそのニュースを知った。初めは、自分にはどうしようもないことだと片付けていた。しかし34歳のフローレンス・オゾーは、これが悲劇的で受け入れることのできない現実だと思い直した。私も何かしなければ――でも何を?

フローレンスは家で本を読んでいるのが一番快適に感じるような女性だった。社交的ではなく、職場でもコミュニティでも目立たないでいようとしていた。目立ちたがり屋だとか傲慢だと思われないよう陰に潜んでいたフローレンスは、テロとの戦いの最前線で目にするとは思えないような人物だった。しかしタイミングに導かれてか、彼女は少し前に、自分の人生をすっかり変えてしまうことになる深いインサイトを得たばかりだった。自己認識をひとつの旅と捉えるなら、インサイトはその道中で起こる「アハ」体験だ。自己認識という高速を走る高出力のスポーツカーに燃料を与えるものだ。そんな燃料を得て、私たちはアクセルを踏む。燃料がなければ、路肩に乗り上げてしまう。

そしてフローレンスはまさにアクセルを踏もうとしていた。チボクで女生徒たちが誘拐される数日前、彼女はワシントンDCで『フォーチュン』誌とアメリカ国務省が主催する待ちに待った四週間のメンタリングプログラムのオリエンテーションに参加していたのだった。そのプログラムで、ある朝フローレンスはメディアを通じた社会変革についての分科セッションに参加し、とても居心地の悪さを感じた。セッションでは「行動に移すこと」が呼びかけられていたが、それはまるで、メディアに対して「私を見て!」と描かれたネオンサインを掲げることのように思えたからだ。彼女はいつだって正義の側に立つ人物だったが、人前でそうするわけではなかった――フローレンスはもっと小さな仲間内で正義に向けて戦う傾向にあった。内向的だった彼女は、世界を相手にすると多くの人が自分の空間に入って来すぎて、必然的にプライバシーがなくなりコントロールが利かなくなるのではないかと恐れていた。

しかしそのセッションが終わってホテルの部屋に戻ると、突然彼女のなかでダムが決壊した。自分のプライバシーなんて、世界に起こしたい変化に比べれば、どうだっていいことだと彼女は悟った。そしてチボクの女の子たちが誘拐された日、この決意が大いに強まった。彼女は本能的かつ瞬時に決断をくだした。どんなリスクがあろうとも、どんなことを諦めることになろうとも、彼女たちを家に帰せと声を上げるのが人としての責務だと決めたのだ。もう二度と、注目を浴びるのが怖いからといって何かから逃げるようなことはしない、と彼女は誓った。私はずっと戦ってきた――それを世界に知ってもらおう。それが本当の自分なんだから。

フローレンスがニューヨークから地元へ帰る頃は、#BringBackOurGirls(女生徒たちを返せ)運動が世界に広がり始めていた。しかしナイジェリア政府は変わらず何もしなかった。その頃、ハディザ・バラ・ウスマンという素晴らしい女性が、世界やナイジェリア政府に応答を呼びかけるグループを作った。広く社会に影響を与えられるのだという新たなインサイトをもとに、フローレンスはそのグループが首都アブジャでおこなった最初の抗議活動に参加した。雨が降るなか、街にある「連帯の噴水」に集まった。巨大なコンクリートのモニュメントで、水が何階建てもの高さにまで吹き上がる場所だ。ここで抗議活動をおこなったのは、グループの活動の意図(連帯)に呼応した場所であるからだけでなく、国会の近くでやる必要があったからだった。

抗議者たちは日に日に増え続け、ついにグループのメッセージが届いた。そこに至るまでには、脅しや迷惑行為に直面した。雇われた悪人たちが棒を持って追いかけてきたり、電話やカメラを盗んだり、椅子を壊しさえしたのに、見ている警官や役人たちは何もしなかった。しかしこのグループの意志は何ものにも折れない。フローレンスや仲間たちは、女生徒たちが無事に帰るまで、行動を呼びかけ続けるだろう。

周りの人びとはいつも、フローレンスが小さな仲間内のサークルを抜け出して世界へ訴えるようになった驚きを語る。フローレンスは、自分自身も最初は驚いていたが、こうした思いは自分にとってまったく新しいものというわけではなかったという――ただこれほど力強く表に出してこなかっただけだ。

それ以降、彼女の知名度は(オンラインでもオフラインでも)高まっていき、彼女の国に、大陸に、世界に対し、より深く広い影響を与えられるようになっていった。たとえば新たに設立したフローレンス・オゾー財団を通して、フローレンスらは、アフリカ大陸に機会を生み出し、成功を後押しし、繁栄を促そうと尽力している。2014年、彼女たちは市民に向けて党派を越えたプロジェクトを先導し、選挙のプロセスをナイジェリア市民に教育した。広範にわたるメディアでのキャンペーンをおこない、政治についての議論を促し、ナイジェリアの人びとにどこで(そしてなぜ)投票が実施されるか周知した。選挙が延期されると、彼女たちは各組織と手を組んで抗議の行進をおこない、ナイジェリア国民はこれ以上の延期を受け入れないと力強いメッセージを送った。そうして大部分は彼女たちの努力によって、テロや暴力の大いなる恐怖があるにもかかわらず、およそ3000万人近くのナイジェリア国民が2015年3月28日の大統領選挙に足を運んだ。

自己認識と深く向き合ったことによって、フローレンスは長期的な観点から、自身の成功や幸福につながる決断をくだすことができた。そして自分でも世界に影響を与えられるのだと知ることにつながった。人生の天職を見つけるきっかけにもなった。そして自分を新たな方向へと動かした決定的なインサイトを得た日から毎日、多くの人に届けば届くほど、大きな違いを生むことができるのだと思い知っている(ついでに言えば、フローレンスをよく知る者として、しばしば本人にも伝えているように、私は彼女がナイジェリア初の女性大統領という大いなるビジョンを実現させるであろうことを信じて疑わない)。

しかしフローレンスがすごいのは、このインサイトが数あるうちのひとつにすぎなかったことだ。そしてこれこそユニコーンたる理由だ。ユニコーンたちは、自己認識が一度やったら終わりのエクササイズではないことを知っている。それは自分の内側に目を向け、問いかけ、そこにあるものを発見していく不断のプロセスだ。ジョージ・ワシントンと同じように、フローレンス・オゾーも、自己認識が持つ変革力を示す一例だ。

本書に向けた調査の過程で、私は幸運にも歴史上屈指の企業再生を率いたフォード社の元CEOアラン・ムラーリーにもインタビューをおこなうことができた。彼は偶然にも私にとっての個人的なヒーローでもあった。インタビューの始めに、私はかなり率直な質問をした。インタビューの依頼はたくさんある(実際そうだった。週に数十件来ることも多いという)にもかかわらず、なぜ私のインタビューを受けてくれたのですか? スコッツデールの陽が射す中庭でコーヒーを飲みながら、彼は微笑んだ。そして目を輝かせて、こう答えた。「なぜならまだ誰もこのテーマについて本を書いていないし、書かれるべきだからさ。私のキャリアと人生を通して、ひとつ重要な真実がある。ビジネスでも、家庭でも、人生でも、成長の最大の機会は気づきにあるんだ」

まったくその通りだった。多くの経営思想家やビジネスリーダーが自己認識の大切さを説いているものの、自己認識がどこから来ていて、どうすれば高められるかを科学的に検証して体系的に語ろうとするものは、あったとしてもごくわずかだった。そのため、私の研究の中心的な目標は、人が個人的な充足や仕事での成功に向けて自己認識を高める手助けをすること、となった。その過程で、これまでに言われてきたことを覆すような驚くべき発見を何度も重ねた結果、大半とは言わないまでも、自己認識を向上させると考えられているものの多くが、実は正反対の効果を生んでいるということが分かった。本書を読み進めると、自己認識をめぐる驚きの迷信を知り、自己認識に向けて何が本当に必要かを学ぶことになるだろう。

本書は、自分を知らない状態から一歩抜け出し、自分に対するインサイトを得て、より賢明な選択をし、より強固な関係を育み、そしてより良い人生にしたいと願うすべての人に向けた本だ。私の目標は、読者が行き詰まったり間違った方向へ進まないように手助けすることだ。まったく新たな次元の自己認識に向けたツールを与えることだ。そしてこのますます不透明になっていく世界で、生き残り繁栄する方法を提示することである。

第1部では、自己認識にとっての必須要素や妨害要素を学んでいく。第2章では、自己認識の有無を分ける「インサイトの7つの柱」について語っていく。「自己認識」とは実際に何を意味するのかを確認したら、自己認識に至るまでの障害と、その障害を乗り越える方法を学ぶ。第3章では、自己認識を阻むだけでなく、自分にはすでに自己認識があると考えてしまう根拠のない自信という心の障壁について検証する。第4章では、インサイトにとっての最大の社会的障害に話を移す。「自分教というカルト」と呼ばれるものだ。知っていようといまいと、この誘惑の強い宗派は、自分や周りの誰に対しても自己陶酔を促して、自己認識から遠ざけようとしてくる。

第2部は、内的自己認識に焦点を当てる。第5章では、自己認識の向上をめぐる数多くの迷信や間違いを覆していく。この章を読めば、内省が必ずしもインサイトにつながらない理由や、自分自身についての絶対的真実を求める人がほとんどその答えを見つけられない理由、そしてセラピーや日記など自己認識に向けた一般的なアプローチの多くに落とし穴が潜んでいる理由が分かるだろう。何が内的自己認識を向上させないかを確認したら、第6章では、何が内的自己認識を向上させるかを検討し、すぐに実践できる具体的なアプローチをいくつか紹介する。

第3部では、外的自己認識をめぐる驚きの迷信や真実について語り、それが自分だけでは知り得ないものである理由を示す。自分は他人からどう見られているか分かっているつもりであっても、致命的に誤っている場合が多いことが分かるはずだ。第7章では、外的自己認識に対する最大の誤解を取り上げる。ビジネスの世界やその他の場面で「フィードバック」がリップサービスになってしまっている現在の状況を考えると、自分のどこは上手くいっていて、どこは改善するべきかについて率直かつ客観的な情報が得られることはほとんどない。こうした障害を乗り越えて、職場でも自宅でも思うがままにフィードバックを得られるいくつかのアプローチを紹介する。そして第8章では、反論したり逃げ出したりすることなくフィードバックを聞き、自分自身に忠実でありながらフィードバックに対して行動をとる方法を学んでいく。

第4部では、一歩引いてより大きな視野で見ていく。第9章では、優れたリーダーがいかにチームや組織の自己認識を成長させているかを検証する。チームに率直であれと強いることが、驚くほどの代償を生む過ちになり得る理由が分かるはずだ。自己認識に向けた必須要素を持っていない場合、努力は逆効果となり、インサイトを減らし沈黙を増やしてしまうのである。チームが安心しながら率直で生産的なフィードバックをおこなうための段階的プロセス(私が10年以上使っているもの)を紹介して締めくくる。

第10章は、このますます妄信的になる世界で生き抜き成長する手助けをするという非常に険しくも重要な目標を持っている。私が自分の研究について話すと、よく「お願いだから[妄信的な知人の名前を挿入]への対処法を教えて」と言われる。もちろん私たちは他人に自己認識を持つよう強制することはできないが、相手のネガティブな影響を減らす方法は驚くほどたくさんあり、いくつかのケースでは、妄信ぶりを減らす手助けさえできる。そして本書は「七日間インサイト・チャレンジ」で閉じる。自己認識への旅で手軽にささやかな成功をおさめるための実践的かつ実証済みのツールだ。さらに詳細なガイドに関心があれば、www.insight-book.comでワークブックをダウンロードすることをお勧めする。

結局のところ、この世には二種類の人間が存在する――自分には自己認識があると思い込んでいる人間と、実際に自己認識している人間だ。この世界を後者で満たしたい、というのが私の大きな願いだ。自己認識にとっての障害は無数にあるが、外からの視点といくつかの強力なツールを持ってすれば、それらを乗り越えていくことも不可能ではない。そうして乗り越えたとき、まったく新たな次元の自信と成功の礎を手に入れることになる。何にしても、インサイトがなければ、自分に喜びと幸せをもたらす道筋を描くこともできない。長続きする深い関係を築くこともできない。自分の真の目的を果たすこともできない。本書が次の三つのシンプルな事実を喚起する強力な目覚ましとなることを願う。自己認識とは人生を良く生きるための素晴らしい礎だ。そして自己認識に至る旅は実現可能だ。自己認識に至るために勇気や力を振り絞る価値は充分にある。

insight――いまの自分を正しく知り、仕事と人生を劇的に変える自己認識の力』の第1章(後半)をお読みくださり、ありがとうございます。英治出版オンラインでは、記事の書き手と読み手が深く交流し、学び合うイベントを定期開催しています。連載記事やイベントの新着情報は、英治出版オンラインのnoteFacebookで発信していますので、ぜひフォローしていただければと思います。「『insight』私はこう読んだ。」の連載マガジンのフォローはこちらから。(編集部より)
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『insight』私はこう読んだ。

「自己認識」をテーマとした書籍『insight』。本書をベースとして、各界で活躍する方々に、「自己認識にどのような意味を見いだしてきたか」など、様々な観点から語っていただきます。
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