はるちゃん描く2

読者モニターの語りを、山田夏子さんがグラフィックで描くとどうなるか? ーー”言葉にできない”自分の本音に気づこう③

ワークショップ前半では、A4の紙を使って「今、自分のなかにある感覚」を表現した3人。苦悩しながらも、「言葉にできない」自分の感覚に触れるという体験をしたようです。
後半戦では、いよいよグラフィックを使います。どんな感覚が表にでてくるのでしょうか?

なっちゃん いやぁ、おもしろかったですね。

カトちゃん 普段と違う脳みそを使って、だいぶ体力が削られました(笑)。

なっちゃん これからもっと深くいきますよ。今度はみなさんに、ある質問に答えてもらって、私がその語りをグラフィックで描きます!
質問はずばり、「宇宙はなぜあなたをここに連れてきたのか?」

(壮大な質問に、3人はぽかーんとしてしまいました。)

なっちゃん あやしいでしょう?(笑) でも、あえてこういう抽象的な質問にします。「6か月後、どんな自分になっていたいですか?」というのもありなんだけど、もっと深くいきたいなと思って。
さっきA4の紙でやったように、「言葉にできない」感覚、つまり「エッセンスレベル」で、「自分がなぜ人生のこのタイミングで、この場所にいるんだろうか?」っていうところを感じとってもらえればなと思います。
まぁでも、シュールだよね、この質問(笑)。

3人 ふふふ。

「あなたはどうしたいの?」に答えられない

なっちゃん じゃあまずは、シンケルからいこうかな。他の2人にも質問してもらって、みんなでシンケルの語りを深めながら、進めていきましょう。

(なっちゃんによるグラフィックがスタート! 似顔絵を描くところから、はじまります。)

シンケル わぁ、似顔絵描いてもらえるのうれしい!

なっちゃん 歯を見せて笑うところが特徴かな? どんどん描いていくので、さっそく語りはじめてください。

シンケル はい、えっと、最初のきっかけは、先輩からこんなのあるよっていうメールをもらったことです。普段はあまりこういうものに応募しないんですけど、募集要項に書いてあったことが、どれもあてはまるなと思って。
「絵の苦手な人」って書いてあったことで、一気にハードルが下がったのもあります(笑)。

なっちゃん なるほど、どんなところがあてはまると思ったのかな?

シンケル 会社にはいって3年目なんですけど、一緒に仕事している先輩とのコミュニケーションに、モヤモヤしているんです。
その先輩とは「大事にしているもの」が違う気がしていて、どうやったらうまくいくんだろうって考えているタイミングで、ちょうどこの企画に出会ったかんじがします。

なっちゃん たとえばどんなときに、モヤモヤするの?

シンケル 先輩に「あなたはどうしたいの?」って言われて、答えられないときかな。
私、あまり自分がどうしたいっていうのがないんです。むしろ誰かのためだったらがんばれるから、まずは他の人の気持ちを知りたい。でもそう言うと、先輩には「そうじゃない。自分の意志は?」ってかえされて、お互いにイライラしてしまう。

なっちゃん どっちの気持ちもわかるなぁ。

ハルちゃん 「私はいいです」の絵が、かわいい(笑)。

シンケル ふふふ、本当にそんな気分ですよ。先輩は私が独り立ちできるように言ってくれているとは思うんですけど、自分に自信がないんですよね。
あとは、結婚して1年半くらいたって、家庭と仕事の両立をどうしたらいいのかなとかいうのも考えていて。とにかくモヤモヤしているタイミングだったんです。
なんだか話してて、頭痛くなってきた……(笑)。

なっちゃん お疲れさまです。ハルちゃんとカトちゃん、どこか気になったところはありますか? 気になったところに、色をつけたり線をひいたりしながら、話してみてください。

カトちゃん 気になったところは、「あなたはどうしたいの?」のところかな。

ハルちゃん 私もそこかなぁ。シンケルと先輩は違うようで、お互いに「あなたはどうしたいの?」と思っている点では、同じような気もする。

シンケル そう言われるとそうかも。じゃあ、どうしたらいいんだろう?

なっちゃん もしかするとシンケルは、今までの人生で、みんなを優先することで平和をつくるっていうのを、当たり前のようにしてきたのかもしれないね。そこに「あなたはどうしたいの?」って言われると、それまでのやり方と反しちゃうかんじがするのかな。

シンケル うーん、そうかもしれない。そうえいば、学生時代も同じような課題を感じたことがあります。「どうしたいの?」って言われると、うーんってなっちゃう。

カトちゃん ランチのお店とか決められないほうですか?

シンケル 決められないです。誰かが「あそこ行きたい」って言ったら、100%「うん」って言う。

なっちゃん 昨日と同じもの食べてても?

シンケル ぜんぜん大丈夫!

なっちゃん 私は子ども相手でも、「昨日お寿司食べたから、お寿司はやだ!」って言っちゃうほうです(笑)。なるほど、シンケルのことが、なんとなく見えてきた気がしますね。

私はあの感覚を、どこにやったのかな?

なっちゃん つづいて、ハルちゃんいきましょうか。

ハルちゃん はい、私はなんていうか…「これだよ!」って思ったんです。その「これ」を説明しないといけないんですよね(笑)。難しいなぁ。
あえていえば、英治出版の本が好きなんですよ。その本をだしている会社のスペースに興味があったのと、絵がものすごくダメなのと。あと、応募しても通らないだろうなと思ってたし(笑)。

なっちゃん そうなの?(笑)。

ハルちゃん だから、お願いしますっていう連絡がきたときはびっくり! でも、行ってみたい場所で、今なら行けるっていうタイミングで、やりたいことが行われている。「これだよ!」っていうのは、そういうことかなぁ。

ハルちゃん あとは、「言葉にできない」というのに、興味があったというのもある。子どもがいるんです。2歳7か月の女の子と4か月の男の子。これがおもしろいんですよ。

2歳7か月の女の子は、もういっぱいしゃべるの。でも、論理的に考えて言葉にしている部分と、そうじゃなくて音だけ大人のマネをしてニュアンスは大人と同じように使っている部分があって、おもしろい。

一方で弟のほうは、言葉はまだだけど、泣くときのトーンに、意志があるかんじがする。ふにゃふにゃって泣くのと、わーって泣くのと、この世の終わりみたいに泣くのとで三段階。でもそれって、意志をこめようと思ってしているわけじゃなくて、本能的にでているんですよね、きっと。

で、「私はそういうものどこにやったのかな?」と思ったんです(笑)。

なっちゃん ほぉ、まさに前半で話した「エッセンス・ レベル」の部分かな。でも、話しているトーン的に、暗いかんじではない?

ハルちゃん そう、「失くした」とは思っていなくて、どこかにはあるんだけど、どこにいったのかなぁっていうのを、探りにいってみたいと思ったの。
私自身は、よくしゃべるし、本も読むし、言葉で表現しようとしちゃうから。その……なんだろう。

(絵を眺めて少し考える、ハルちゃん。)

うーん、別に感情を置いてきているわけではないんだけど。なんとなく言葉が先にいってしまいがちな感覚。

なっちゃん 「先にいってしまう」「どこにやったのかな」。なんかスピード感……なのかな?

ハルちゃん うーん。言葉を発したあとに、「これじゃないんだよねぇ」っていうときがやっぱりある。

(ふたたび絵を眺める、ハルちゃん。)

そういえば、仕事でマネジャーとしてチームをひっぱるときも、みんなで一緒に同じ方向にいくのが難しいなと思うことがありました。
さっきのシンケルの話みたいに、「私はあなたとは違うんだけど……」って思っているメンバーと、どう進むのがいいんだろうって。
それぞれの性格や方法が多様なままで、一緒に前進する方法が知りたいし、きっと言葉では解決できないなにかがあるんじゃないかな。そういうことを考えていたというのもある。

なっちゃん なるほど。このへんでシンケルとカトちゃん、絵を眺めながら、しゃべってもらって、いいですか?

シンケル 「どこにやったのかな」はすごく印象に残りました。「失くしたわけじゃない」っていうのが、そうなんだろうなって。

カトちゃん うん! 「どこにやったのかな」っていうのを、このワークショップで発見していけたら、すごくいいんだろうなって思った。

カトちゃん あとは、自分の関心からはじまって、お子さんのことを探求する話になって、自分の話にぐるって戻ったのが、おもしろかった。

シンケル 私もそうだったんだけど、グラフィックに導かれた感があるのかも。

ハルちゃん そう言われると、話が散らかっているなぁと思いながら話していたんだけど、最後には集約したかんじがする。

なっちゃん なるほど、迷子にならずに、ちゃんと戻ってくるかんじ?

ハルちゃん 自分は迷子なんですけどね(笑)。でも、ベースは自分からでているものだから、つながるのかなぁ……。

(あらためて絵を眺める、ハルちゃん)

うん、「どこにやったのかな」っていうのは、やっぱり気になる。ここに来る楽しみが増えました。
ありがとうございます!

(ハルちゃん、シンケルとカトちゃんにお辞儀をしていました。)

アートってなんだ!?

なっちゃん では、最後カトちゃん、いってみましょうか。

カトちゃん はい、まず「宇宙がなぜあなたを連れてきたのか」っていうのを聞いて、「宇宙!?」って思いました(笑)。

カトちゃん 俺は宇宙になにができるのかという点は、なにもない気がするので、俺がどうしてここに来たんだろうっていうのを考えることにしますね。
そういう意味では、知識欲が大きいなと思います。普段から本を読んだり、いろんなところで情報を集めて、自分なりに仕事に消化して使っていくのがすごく楽しいんです。今回もFacebookを見てたら、おもしろそうなのが流れてきたから、やってみようかなと思って。
動機は5分くらいで書いたんじゃないかな。そしたら選ばれたから、ラッキーってかんじです。

なっちゃん いいなぁ、この軽さ。

カトちゃん でも、アンテナがこの方向に向いていたからとか、セレンディピティみたいなものはあるんじゃないかと思っています。

(「ラッキー」と言っているグラフィックを描く、なっちゃん。)

カトちゃん そうそう、そんなかんじ(笑)。
仕事は客観的、論理的にものごとを片付けることがすごく多くて、こういう絵での表現は全くないんですね。
図を使ったとしても、フローチャートとかとかマトリックスとか、「こうである、だからこうすべきだ」っていうのを言うため。「べき」論で合意形成をはかることが多いなと、思います。

でもそれって、人じゃなくても、AIとかでできるのかもしれないなと思うし、「俺はどうしたいんだっけ」っていうのがあまりないなぁと思って。
さっきのA4の紙もそうだけど、自分を主体的に表現するのが、なんか……恥ずかしいんですよね。なんでかわからないけど(笑)。そのへんをどうにかできるかもという期待もあります。

カトちゃん さらにプライベートでいくと、今35歳独身で、年齢的にそろそろ婚活しないとやばいなと思って。でも、「そんな社会的にすべき年齢だから結婚をめざすって、おかしくない?」っていう自分もいる。自分のなかで「冷静くん」と「情熱くん」がけんかしているかんじです。

なっちゃん 冷静くんと情熱くんね(笑)。描きますね。

カトちゃん たいてい冷静くんが勝つんです。元々理系だからかな。
理系といえば、デザインはエンジニアリングと近いから、共感できるんですよ。でも、今回みたいなアートというのが、よくわからない。「自己表現? 人生は爆発だみたいな? えー?」って混乱してしまうというか。

美術館に行っても、「この額にいれているのはなぜだ?」「なぜこの照明で照らすのだ?」とか、そういうところが気になって、アート作品自体を楽しめない。
自分にアートな部分がないから、ほしいと思って、ここに来たのかも。未体験ゾーンに、アクセル踏んで、突っ込んでいくかんじ。

なっちゃん カトちゃんは、話している内容は理系的だけど、話し方はなんだかアートなかんじがするなぁ(笑)。心底、「言葉になっていない」ものを探求したいというのを、情熱的に語ってくれたかんじがする。二人はどう感じましたか?

ハルちゃん うーん、いろいろな表情がある人だなと思いました。内面にある多彩な表情を、本人はメタ認知していないかんじがする。

カトちゃん いろんな表情? それは認知してない……。

シンケル いろんな表情があるんだけど、「自分はこうあるべきだ」っていう仮面を前に置いているかんじなのかも。

カトちゃん たしかに、客観的であるべきだというのはあるかな。

ハルちゃん でも情熱くんなところは、丸見えだよ? 前は隠れてるけど、横からすごく見えちゃってるかんじ(笑)。

カトちゃん え……丸見えなのか……。

なっちゃん なるほど、この半年でその仮面のうしろにある、「俺どうしたいの?」「恥ずかしい」っていうやわやわな部分を、みんなで見つけていけるといいのかなぁ。

カトちゃん こわいなぁ(笑)。

なっちゃん 恥ずかしいだけじゃなくて、こわいんだね。

シンケル こわいから、仮面を置いているんだよね? きっと。

カトちゃん そうなんだろうなぁ。これから俺はどうなっていくんだろう(笑)。

なっちゃん ふふふ。いやぁ、おもしろい3人が集まってくださいました。今日はここで終わりです。
さて、一つ宿題があります。このグラフィックを眺めたうえで、あらためて最初のA4の紙のワークをやってほしいんです。
「今の自分」と半年後やもっと先にこうだったらいいなという「未来の自分」。2つ、つくってみてください。


グラフィックによって、三者三様の中身が見えてきました。これを見て、3人はなにを感じたのか? そしてどんな未来を感じとったのか?
宿題の結果は、明日公開の記事につづきます。

連載のご案内

連載「”言葉にできない”自分の本音に気づこう」
話したり文章を書いたりするだけではなく、「グラフィック(絵)」を使うことで、「言葉にできない」本音が見えてくる。そして、その本音と向き合うことができたときに、モヤモヤが消えていく――。そう語るのは、企業や行政の会議、NHKの番組『週刊ニュース深読み』や『クローズアップ現代+』などで、グラフィック・ファシリテーションをする山田夏子さん。本連載では、彼女のワークショップに参加する読者モニター3人の変化を追うことで、グラフィックの力に迫ります!

第1回 :「絵が苦手な」読者モニター、3人が決定。グラフィック・ワークショップ、いよいよ開催へ。
第2回:グラフィックのワークショップなのに、絵を描かない?
第3回:読者モニターの語りを、山田夏子さんがグラフィックで描くとどうなるか?
第4回:グラフィック・ワークショップの宿題なのに、またもや描かない??
第5回:グラフィックの講座なのに、ひたすら線を描く。会場は擬音のオンパレード!
第6回:「絵が苦手」だったはずが、いつのまにか抽象画を描いていた!?
第7回:物語をつくると、「言葉にできない本音」が見えてくる!?
第8回:他人だったモニターは、なぜ「家族のような」関係になったのか
山田夏子(やまだ・なつこ)
株式会社しごと総合研究所代表取締役、一般社団法人グラフィックファシリテーション協会代表理事、システムコーチ/クリエイティブ・ファシリテーター。
株式会社バンタンでアーティスト、デザイナーをめざす学生指導や講師マネジメント、バンタンデザイン研究所ヘア&メイクスクール館長、人事部教育責任者を経て、2008年株式会社しごと総合研究所設立。
「クリエイティブ」を仕事や教育、生活などの中で、豊かな営みとして活用できるよう、グラフィック・ファシリテーションの講座、ワークショップや研修を提供している。NHK総合「週刊ニュース深読み」「クローズアップ現代+」などのTV番組で、グラフィック・ファシリテーションをすることも。