紙の説明

グラフィックのワークショップなのに、絵を描かない? ーー”言葉にできない”自分の本音に気づこう②

グラフィックを使って、「言葉にできない」自分の本音に気づこう。
その「言葉にできない」部分を、「言葉」でお伝えするべく、本連載は、山田夏子さんのワークショップのレポートというかたちでお届けします。
参加するモニター3人の変化をリアルタイムで追うことで、「言葉にできない」感覚が開いていく様子を感じていただければと思います。

11月某日、本連載「“言葉にできない”自分の本音に気づこう」の第1回目ワークショップが開催されました。

昨日の記事でご紹介したモニターの3人とは、この日が初対面です。
応募段階でもらっている情報は、「お名前」と「志望動機」のみ。実際にはどんな方なのか―? ワクワクしながら迎えた当日です。

会場に現れたのは、職種も雰囲気もばらばらの3人でした。
(これからオープンに本音を語っていただくため、あだ名と似顔絵でお送りします)

シンケル(31歳、製薬会社の開発職)

ハルちゃん(41歳、情報サービス会社の人材開発担当、2児の母で今は育休中)

カトちゃん(35歳、機械メーカーの新規事業開発担当)


「こんにちは。山田夏子です。“なっちゃん”と呼んでください」
そんな第一声からはじまったワークショップ。3人は少し緊張の面持ちです。

なっちゃん モニターを引き受けていただき、ありがとうございます。今日から半年間、一緒に「”言葉にできない”自分の本音」を探る旅をしていきましょう!

この半年間のワークショップで、みなさんのお絵描きが上手になることはないと思います。でも、自分のなかにある、目に見えていなければ、言語化もされていないようなものを、表現できるようになるとは思います!
……きょとんとしていますね?(笑)

3人 ふふふ。

「言葉にできない」ってどういうこと?

なっちゃん それでは、その「きょとん」をすこしやわらげるために、少しこの図についてお話させてください。アーノルド・ミンデル博士という人が提唱している、「3つの現実レベル」というものを説明した図です。

ミンデル博士は、人は3つのレベルで現実を見ていると言っているんです。

まず1番上の緑色の部分、「合意的現実レベル」というのは、目に見えて合意できる現実のレベルです。たとえば、「今日は3人のモニターがいます」というようなことですね。
お互いに3人だなって、目で見えますよね。こういう具体的な数字や事実、仕組みが「合意的現実レベル」です。

じゃあ、現実って目に見えるものだけでしょうか?
たとえば、今みなさんどんな気持ちですか? お腹すいたなぁとか、どきどきするなぁとか、ワークショップなのに話長いなぁ(笑)とか、いろいろ思っていることがあるのではないかと思います。

そういう自分が思っていることって、他の人からは見えないですよね。見えないけれど、存在している。これも現実なんです。そういう言葉にできる感情、気持ちを、この真ん中にある「ドリーミング・レベル」といいます。

そしてその下にある「エッセンス・レベル」。これはまだ言葉になっていない直感的な感覚のことをさします。
「なんか……ですよ」「説明できないけど、……ぽいよね」みたいな(笑)。言葉にしようとすると、「ドリーミング・レベル」になっちゃうから、説明が難しいんですけど。

その場の雰囲気とか、組織や家庭のなかの文化、風習みたいなものも、これに含まれます。「うちの会社では当たり前、暗黙の了解だけど、他の人たちがはいってくるとなんかこう……違うよね」みたいな話は、この「エッセンス・レベル」ですね。

今の日本では、多くの人が目に見える「合意的現実レベル」だけで話をしがちだと思うんです。特にビジネスの場面では、「ドリーミング・レベル」や「エッセンス・レベル」をだしてはいけないという雰囲気もある。

そして、そういうことをつづけていると、自分のなかに存在する「ドリーミング・レベル」や「エッセンス・レベル」に気づくこともできなくなってきてしまう。
気持ちや感覚を置いてきぼりのまま、「合意的現実レベル」だけで進もうとしていると、効率化はできてもモヤモヤしたり、なんだかモチベーションが上がらなかったり、というようなことが起こるんです。

みなさんにはこの半年間の旅で、「言葉にできない」自分の本音、つまり自分のなかにある「エッセンス・レベル」に気づいていくというのをやってほしいなと思っています。

A4の紙で、「今、自分のなかにある感覚」を表現してみよう

なっちゃん ということで、さっそくこの「エッセンス・レベル」と向き合うワークをしてみましょうか。
今、自分のなかにある感覚や気持ちをこのA4の白い紙で表現してください。この紙になにか描くということではないですよ。この紙を、こんなふうに、ちぎったり、折ったり、まるめたりして、表現してほしいんです。

(A4の紙を破りはじめたなっちゃんを、3人がまじまじと見つめます。)

なっちゃん またきょとんとしていますね?(笑)今の自分の感覚を胸に手をあてて感じとって、その感覚にピタッとくるまで、この紙を自由にぐちゃぐちゃやっていってください。

一つポイントがあるとすれば、他人にわかってもらおうとしないということです。
このワークをやると「楽しみという気持ちだから」って、音符型にしてくださったりする人もいるんですけど。それって、記号で人に説明していますよね。
そもそも「楽しみ」っていう言葉を認識する必要もないです。紙を触りながら、自分として、今の感覚にピタっとくるかんじをつくってみてください。

(紙が配られると、シンケルとハルちゃんは、さっそく手を動かしはじめました。一方でカトちゃん、苦悩しています。)

カトちゃん こういうの一番苦手なんです(笑)。

なっちゃん 半年間のなかで一番抽象的なワークなので、安心して! でも、はじめに「エッセンス・レベル」を体験してみてほしいので、ちょっとがんばってみてくださいね。では、さくっと3分くらいで、やってみよう!

(紙と向き合う3人。カトちゃんも、しばらく紙を眺めてから、ごそごそ紙をさわりはじめました。)

自分のなかに、こういう気持ちや感覚があったんだ

なっちゃん そろそろできましたか? では、シンケルのから見てみましょうか。

(シンケルの「今の感覚」)

なっちゃん そしたらまずは、ハルちゃんとカトちゃん、これを見てどう感じたかお話してみてください。

ハルちゃん クシャクシャにした紙を、ばくっともう一つの紙で包んでいるね。芯はあれど、緊張しているかんじかな?

カトちゃん たしかに。あ、包んでいるほうの紙に、ちょっと穴がある。中から外へ殻を破りたいかんじなのかな? 

ハルちゃん ちゃんと密封していないかんじが、落し蓋っぽい(笑)。

なっちゃん じゃあ蓋の下にエネルギーがあるのかな?

ハルちゃん そうそう。で、そのエネルギーがちょっと噴き出しているように見える。

(ご長寿番組『開運! なんでも鑑定団』のように、紙をまじまじと見つめながら、まわりをぐるぐる歩く2人。その様子をシンケルが、はにかんで眺めます。)

シンケル ふふふ。

なっちゃん みんなの感想を聞くのも、おもしろいでしょ? ではシンケルさん、これはいったい……どんな感覚ですか?

シンケル えーと、私自身もあまりよくわからずにつくっていたんですけど、みなさんのコメントを聞いて、なんとなくわかってきたような部分もあります。
なかのクシャクシャは、ハルちゃんの言っていたとおり緊張というのもありますし、あとは自分がなにに悩んでいて、なんでここに来たのか、まだ見つかっていないなという感覚です。
包んでいるほうの紙は、すごくわくわくしているのとか、楽しみだなっていう感覚かな。

なっちゃん うんうん、なるほどね。ありがとうございました。やってみてどうでしたか?

シンケル 自分のなかに、こういう気持ちとか感覚があったんだって、あらためて気づいたかんじがしました。

(自然と拍手が起こります。自分の紙を、そっと持っていくシンケル。)

なっちゃん 自分の感覚だと思うと、大切に扱わないとっていう気持ちになるよね。

カトちゃん ケースにいれたら、現代アートの作品になりそうだね(笑)。

この紙は裸の自分というかんじがした

なっちゃん それでは、つづいてハルちゃん、お願いします。

ハルちゃん はーい。

(ハルちゃんの「今の感覚」)

なっちゃん ほぉー、なかなかのクシャクシャ具合。ではでは、シンケルとカトちゃん、見てみてください。

カトちゃん なんだか和紙みたい。

シンケル すごいクシャクシャだけど、破れていない、繊細なかんじ?

なっちゃん やわらかさがでてきているかんじがするよね。ハルちゃん、これはどういう感覚ですか?

ハルちゃん まず、「今の感覚は、この紙じゃない」と思ったんですよね。角があるとか、かたいとか、切れそうとか、そういうかんじが違うなぁって。だから、クシャクシャにやわらかくして、質感を変えて、肌に馴染むかんじとか、いろんなものを吸えるかんじをめざしました。

(たしかにはハルちゃん、一生懸命クシャクシャにしていました。)

なっちゃん そういうことだったんだね。やってみてどうでしたか?

ハルちゃん ものを無心でさわることって、大人になってあまりないから、純粋に楽しかったなぁ。でも、人から見られるのを意識せずにつくったモノを、人から見られるっていうのは、恥ずかしかったです。この紙は裸な自分というかんじがしたから(笑)。

なっちゃん 裸かぁ(笑)。ありがとうございました。では最後に、苦悩していたカトちゃん、お願いします。

客観性とロジカルさが求められる普段とは、違いすぎる

カトちゃん はい、苦悩しましたよ(笑)。

(カトちゃんの「今の感覚」)

なっちゃん ふふふ。では、さっそくお二人お願いします。

シンケル 角がないですよね。あとは全体的に……なんだか出しきれていない気がする。

ハルちゃん ふふふ、わかる。守ってるかんじがするというか、恥ずかしさなのかなぁ? 紆余曲折したかんじもあるよね。あ、この穴なんだろう? 

なっちゃん 恥ずかしいから、この穴からのぞいているかんじ?

(自分たちは終わって安心したからか、ずばずば感想を言う女性陣に、カトちゃん、たじたじです。)

なっちゃん みんな言いたいこと言いますよね(笑)。カトちゃん、よかったらどんな感覚か、やってみてどうだったか、教えてください。

カトちゃん いやぁ、なんかもう、これ以上俺を脱がさないでくれと思いました。とにかく恥ずかしかったです。
聞いた瞬間、やばいなと思ったんですよ。いつも客観性とかロジカルさを求められる仕事をしていて、それと違いすぎる。俺には無理だと。

なっちゃん それで頭を抱えていたんだね(笑)。

カトちゃん はじめは、「半年間で自分の内面に迫っていきたい」っていう言葉を説明するモードでつくってしまっていたんです。
でも途中でそれに気づいて、感覚でつくってみようと仕切り直して。
そうしたら、四角じゃねぇなぁという感覚があったから、角をとって、真ん中ってなんだろうと思って、ぷちって穴あけちゃったり、そんなかんじ……でした。とにかく恥ずかしいです(笑)。

なっちゃん なるほど。自分の本音が明らかになっていくのが、恥ずかしいのかな? 探求しがいがありそうですね。
それでは、そろそろグラフィックを使ったワークにうつろうと思います。


A4の紙をとおして、自分の「エッセンス・レベル」に触れてみた3人。
すでに内側を晒した感覚があるようですが、グラフィックを使ったワークはまだこれから。
明日公開するワークショップ後半では、3人のより深い部分に迫ります!

連載のご案内

連載「”言葉にできない”自分の本音に気づこう」
話したり文章を書いたりするだけではなく、「グラフィック(絵)」を使うことで、「言葉にできない」本音が見えてくる。そして、その本音と向き合うことができたときに、モヤモヤが消えていく――。そう語るのは、企業や行政の会議、NHKの番組『週刊ニュース深読み』や『クローズアップ現代+』などで、グラフィック・ファシリテーションをする山田夏子さん。本連載では、彼女のワークショップに参加する読者モニター3人の変化を追うことで、グラフィックの力に迫ります!

第1回 :「絵が苦手な」読者モニター、3人が決定。グラフィック・ワークショップ、いよいよ開催へ。
第2回:グラフィックのワークショップなのに、絵を描かない?
第3回:読者モニターの語りを、山田夏子さんがグラフィックで描くとどうなるか?
第4回:グラフィック・ワークショップの宿題なのに、またもや描かない??
第5回:グラフィックの講座なのに、ひたすら線を描く。会場は擬音のオンパレード!
第6回:「絵が苦手」だったはずが、いつのまにか抽象画を描いていた!?
第7回:物語をつくると、「言葉にできない本音」が見えてくる!?
第8回:他人だったモニターは、なぜ「家族のような」関係になったのか
山田夏子(やまだ・なつこ)
株式会社しごと総合研究所代表取締役、一般社団法人グラフィックファシリテーション協会代表理事、システムコーチ/クリエイティブ・ファシリテーター。
株式会社バンタンでアーティスト、デザイナーをめざす学生指導や講師マネジメント、バンタンデザイン研究所ヘア&メイクスクール館長、人事部教育責任者を経て、2008年株式会社しごと総合研究所設立。
「クリエイティブ」を仕事や教育、生活などの中で、豊かな営みとして活用できるよう、グラフィック・ファシリテーションの講座、ワークショップや研修を提供している。NHK総合「週刊ニュース深読み」「クローズアップ現代+」などのTV番組で、グラフィック・ファシリテーションをすることも。



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