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いつの時代も、世界の変化は「草の根」から(竹内明日香)

2019年に出版10周年を迎えた『国をつくるという仕事』の著者であり、貧困のない世界を夢見て23年間奮闘してきた元世界銀行副総裁・西水美恵子さんとの対話会を、英治出版にて同年11月14日に開催しました。

世界中で貧しい人たちのもとを徹底的に歩き、彼らの盾となって権力者たちと戦い、世界銀行という巨大組織の改革に挑んだ西水さんの言葉や姿勢から、参加者は何を感じたのか──。

参加者の一人であり、子どもたちの「話す力」を育む出張授業を18,500人以上に届けてきた竹内明日香さん(一般社団法人アルバ・エデュ代表理事)に、その学びを綴っていただきました。
「早く活動を広げなければ…」と焦っていた竹内さんが感じたこととは。

「日本の公教育にはもう未来がない」の一言で募った焦燥感

「日本の公教育にはもう未来がない」
「取り返しがつかなくなるポイントは過ぎ、全体を変えようとしても、もう手遅れだと思う」

西水さんとの対話会を控えた当日のお昼、教育の世界では大きな力をお持ちのある方が仰った言葉です。私が今後の活動のあり方について相談した際のことで、西水さんからのメンタリングの場を前にして、暗澹たる気持ちになっていました。

私は長年国際金融の仕事をしてきました。その中で、日本企業は自社製品やサービスをアピールする力が弱く、実際の実力よりも低く評価されていると感じていました。他方で、学校の教室を覗くと自分が受けたころと同じ、板書を静かに写すだけの旧態依然とした授業が行われていることに焦燥感を抱きました。

このままの教育が続いては、日本の将来は危ういのではないか。

そんな思いから、なんとかこの日本人のアキレス腱だと感じる「プレゼン力」を幼少期から高められないかと考え、5年半前に意を決し 、近所の子どもたちを集めてプレゼンワークショップを開催してみました。ですが、何度やっても親がアンテナを立てているような家庭の子しか来ないことが分かったのです。

そこで4年前から、「学校に授業を届ける」という現在の手段に軸足を変更し、かれこれ18,500人ほどに授業を届けてまいりました。この授業は自治体から評価を受け、今では自治体に教材や教員マニュアルを含むカリキュラムを提供するまでに至りました[1]。

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授業で教育現場に入ってみると、地域によってはクラス内での教育格差があり、児童・生徒どうしの間に「分断」があることが肌身で感じられます。その分断の片方には、勉強に追いつけず不必要な劣等意識を持った子たちが、もう片方には、学習の進度が速く授業をつまらないと感じている「浮きこぼれ」の子たちがいます。

その両方が抱えている課題を、プレゼン教育のインフラ化により解決したい。それが活動における強い思いです。

しかし、このままのペースで活動しているのでは、日本中の教育現場にコンセプトを伝え、授業を導入できるまでに、どれだけの時間がかかるのか分からない。

自分を非力に感じたり焦ったりしている心の叫びのようなものを、ぜひ西水さんに相談させていただきたいと思い、対話会に参加したのでした。

「いつの時代も、世界の変化は『草の根』から起きてきているんです」

西水さんの著書『国をつくるという仕事』を読んだのは1年ほど前のことでした。

世銀では、経済支援先の生活を知るために最貧困世帯で生活するホームステイが推奨されているそうです。ホストファミリーが水を飲まない時間帯には飲まず、ある時は現地の人の暴言にさらされ、さらには独裁者と対峙したり、非常に幅広い層の人たちと真剣に向き合ってきた西水さん、そして世銀の方々の仕事ぶりに驚きの連続でした。

読み始めてから、だんだんと居住まいを正している自分がいました。普段の自分の読書スタイル「ごろりと横になってページをめくる」という態度では何だか失礼な気がしたからです。

世銀で西水さんと共に仕事をしたことがあるという知り合い数名が「厳しい方」だと仰っていたので、正直なところ、お会いできるという英治出版からの声かけに返答するのにはちょっとした勇気を必要としました。

それでも、当日の話題提供者として活動紹介を依頼された時には、何かの力に導かれるように「はい、ぜひ」と即答したのでした。私には時々そういうことがあり、今回もそのうちの1回でした。

「早く活動を広げなければ」という私の焦燥感に対して、西水さんはこんなことを仰ってくださいました。

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「あなたががんばってカリキュラムを導入した文京区って、どのくらいの規模だかご存じ? そこらにある国、一国より人口も経済規模も大きいんですよ[2]。そんなところに入れてもらえたんでしょう? 区や学校や保護者の中に応援してくれる人がいるんでしょう? だからここまで来られたのでしょう。そのことを思い出して」

「世界の歴史をもう一度ふりかえってご覧なさい。トップダウンで変革が起きたことなんてほとんどないんです。いつの時代も、世界の変化は『草の根』から起きてきているんです。役所を頼ろう、簡単な道を選ぼうなんてしないこと。どこか一か所を輝かせなさい。そうしたら自然と道は拓けます」

『国をつくるという仕事』には、この「草の根」という言葉がキーワードのように何度も出てきます。そして、いかに西水さんが草の根で起きている実態を重視され、そこで見聞きしたものを数値データにも増して重んじて判断の一助とされてきたか、ということが書かれています。そのことを思い出し、広げることに焦ってばかりいた私はこの言葉の重みに身震いがしました。

どこよりも身近に輝かせるべきところ

西水さんのご著書には、「女性の教育」に関する言及が多く出てきます。私にも教育現場で見る女子の教育環境に関して思うところがあったため、「日本の女子教育、そして女子たちにコメントをいただけたら」という質問もさせていただきました。

「世界は無意識の偏見に満ちています。日本における男性から女性に対するもの、そして日本の女性から男性に対するものも同様です」

「私はかつて都立西高校に通っていて、そこには女性教員で当時にして育児をしながら教鞭をとられていた、生き方が素敵で尊敬できる方がいらっしゃいました。その先生との出会いで将来に目を開かされたという経験を持っています。子どもたちにはそんなロールモデルを見つけてほしいんです。あなたが授業に入る時、あなた自身も子どもたち、女の子たちのロールモデルになっているんですよ。それを忘れないで」

これも重みのあるお話でした。

以前、小学校への出前授業後、受講した全児童からもらった分厚い感想文の中に、女の子の名前でこんな文章がありました。

「今日来てくれた先生たち5人の中で、女の竹内さんがアルバ・エデュの代表と言っていたのがびっくりした。女の人でも社長をやっていると知れたことがうれしかった」

「プレゼン授業の中身よりそこか」と苦笑しつつ、小学生時代からそんなバイアスがかかったものの見方を強いられる日本の女児たちについて暗い気持ちになったのを思い出します。

西水さんから「女子たちのロールモデルになりなさい」との言葉をいただき、これから行う授業や教員研修において、自分が楽しく生きる背中を、女の子たちや若手女性教員のみなさんに見せていこうと決意を新たにしました。

自分自身を輝かせることは、西水さんが仰る「草の根の一か所ずつを輝かせる」ことの、最も身近な取り組みなのかもしれません。授業の内容だけでなく、私自身との触れ合いが出会った子どもたち一人ひとりにとって良い刺激になるように。そんな心がけも大切にしようと思います。

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頂上を見据えながらも...

西水さんのお話をうかがって、さらに心に火が灯りました。

山登りの比喩でいうと、険しいがけを登っている時はひたすら足元に気を付けているものですが、いったん見晴らしの良いところに立つと、「この先、また岩登りするのは面倒だな」「速く頂上を目指す方法はないかな」と考えたりするものだと思います。その結果、気がせいて足元が疎かになって危険な目にあったり…。

私にとっては、幼稚園から大学まで全学年に授業を提供してきて、自治体のカリキュラム策定にもめどが立ち、一緒に活動してくれる仲間が育った今、この活動を広く面展開していく上で、「あぁ少し楽をしたい...」と、ちょうどそんなことを思ってしまう状況でした。

そんなタイミングでいただいた西水さんのアドバイスは、一方で私を勇気づけ、また一方では戒めとも感じられるものでした。

自治体を国にも喩えるような西水さんのお考えに触れたことで、新たに視座を上げることもできました。今までは国内に住む子どもたちに向けての授業をメインにしてきましたが、ちょうど対話会があった週末に留学生を相手にする教員研修のご依頼をいただくという偶然も重なり、もっと視野をアジア、そして世界に向け、世界中の子どもたち・若者たちの未来が拓けるようにしたいという思いを抱くようになりました。

ビジョンが広がったと同時に、西水さんの教えである「草の根」の重要性も忘れません。

これからも足元が疎かにならないように。
一つ一つ授業を積み重ねるごとに、一人でも多くの子が話す力を手にできるように。
「授業提供先の子どもたちにとって、これが最初で最後のチャンスかもしれない」、それくらいの気持ちを持って一回一回の授業を少しでも輝かせられるように。

頂上を見据えながらも足元をしっかり見つめて、一歩一歩進んでいこう。そう思いました。

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[1]英治出版オンライン連載『「好き」を言語化しよう』にて、活動の経緯やそれを通じて考えたことが綴られている。
https://eijionline.com/m/m8223959c176e
[2]文京区の人口22万5,945人(2019年12月1日時点)は、2019年にWHOが発表した各国の人口と比べると、サントメ・プリンシペ(約20万4,000人)以下21カ国よりも多い。 
https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/324835/9789241565707-eng.pdf?ua=1(WORLD HEALTH STATISTICS 2019)

※本書著者の意向により上記書籍の印税はすべてブータンのタラヤナ財団に寄付され、貧しい家庭の児童の教育費等に役立てられます。タラヤナ財団とそれを設立したブータン王妃(当時)について西水さんが綴った「歩くタラヤナ」もぜひご覧ください。


執筆者紹介

プロフィール候補(正方形)

竹内明日香(たけうち・あすか)
一般社団法人アルバ・エデュ代表理事。株式会社アルバ・パートナーズ代表取締役。
東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャル・グループ)にて国際営業や審査等に従事。(株)アルバ・パートナーズを2009年に設立し、海外の投資家向けの金融情報提供や、日本企業向けのプレゼンテーション支援事業を展開。さらに、子どもたち・若者たちの話す力を伸ばすべく、2014年に(社)アルバ・エデュを設立、出前授業や教員研修、自治体向けカリキュラム策定などを精力的に行っている。2019年3月現在、延べ150校、18,000人に講座を実施。2014年、経済産業省の第6回キャリア教育アワード優秀賞受賞。2018年、日本財団ソーシャルイノベーター選出。日本証券アナリスト協会検定会員。英治出版オンライン連載『「好き」を言語化しよう』著者。

連載紹介

連載紹介バナー

元世界銀行副総裁・西水美恵子さんの著書『国をつくるという仕事』を2009年に出版してから10年。一国の王から貧村の農民まで、貧困のない世界を夢見る西水さんが世界で出会ってきたリーダーたちとのエピソードが綴られる本書は、分野や立場を問わない様々な方たちのリーダーシップ精神に火を付けてきました。10周年を機に、ぜひもう一度西水さんの言葉をみなさんに届けたい——。そんな思いから、本書の全36章より特選した10のエピソードを順次公開いたします。徹底的に草の根を歩き、苦境にあえぐ一人ひとりの声に耳を傾け、彼らの盾となって権力者たちと戦い続けた西水さんの23年間の歩みをご覧ください。

連載:いまもう一度、『国をつくるという仕事』を読む。
第1回:はじめに
第2回:カシミールの水【インド、パキスタン】
第3回:偶然【トルコ、バングラデシュ、スリランカ】
第4回:雷龍の国に学ぶ【ブータン】
第5回:売春婦「ナディア」の教え【バングラデシュ、インド】
第6回:改革という名の戦争【パキスタン】
第7回:神様の美しい失敗【モルディブ】
第8回:ヒ素中毒に怒る【バングラデシュ】
第9回:殺人魔【インド】
第10回:歩くタラヤナ【ブータン】
特別回:「本気」で動けば、何だって変えられる——著書『あなたの中のリーダーへ』、「はじめに」より

~西水さんとの対話会レポート~
竹内明日香:いつの時代も、世界の変化は「草の根」から
宮崎真理子:組織拡大期のリーダーのあり方に光が差した夜
三田愛:勝負の10年。夢物語への想いを本気にさせてくれた言葉
山中礼二:社会起業家を支える、社会「投資家」の本気のあり方
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