組織拡大期のリーダーのあり方に光が差した夜(宮崎真理子)
2019年に出版10周年を迎えた『国をつくるという仕事』の著者であり、貧困のない世界を夢見て23年間奮闘してきた元世界銀行副総裁・西水美恵子さんとの対話会を、英治出版にて同年11月14日に開催しました。
世界中で貧しい人たちのもとを徹底的に歩き、彼らの盾となって権力者たちと戦い、世界銀行という巨大組織の改革に挑んだ西水さんの言葉や姿勢から、参加者は何を感じたのか──。
参加者の一人であり、訪問型病児保育をはじめ、親子の笑顔を妨げる社会課題に挑む事業を運営する宮崎真理子さん(認定NPO法人フローレンス副代表理事/ディレクター)に、その学びを綴っていただきました。
組織の急拡大のさなかで、ビジョン浸透やリーダーとしての自身のあり方に悩んでいた宮崎さんが感じたこととは。
北極星のような存在だった女性リーダー
西水美恵子さんの著著『国をつくるという仕事』を初めて手にしたのは、2012年に成立した子ども・子育て支援法の施行前後だったと記憶している。
この新法の目玉の一つである小規模保育事業(6人以上19人以下の子どもを預かる保育園)を運営する私は、実務者の一人として、当時、制度の細かい部分の提案に関わっていた。人生で初めて、法律が社会にインストールされていくプロセスを経験する中で、「国をつくる」という言葉にアンテナが立ったのだと思う。
「今の日本にも、こんなに熱量高く、世界で活躍するリーダーがいた、しかも女性だ!」
と、胸を熱くしながら読み進めたことを覚えている。
私自身は、超氷河期と言われる就職難の時代に総合職として社会に出た。男女雇用機会均等法施行からちょうど10年。希望が叶って入社したモノ作りの会社で見たのは、活躍しているはずの女性の先輩たちがライフステージの変化を前に、軒並みいなくなっている現実だった。特定の会社に限らず、女性が働き続けるための環境は、今よりはるかに未整備だった。
そんなキャリアのスタートを切った私には、世界で数々の逆境をくぐり抜けた西水さんの姿は、とても力強く、そして眩しく映った。今回、そんなはるか遠くで輝く北極星のような西水さんとのメンタリングにお誘いいただき、私なんかでいいのかと一瞬躊躇したが、せっかくいただいたご縁を無駄にしたくないと思い直し、ありがたく参加させていただくことにした。
「組織拡大」「ビジョン浸透」「事業スピード」...どう共存させるか?
私は、「みんなで子どもたちを抱きしめ、子育てとともに何でも挑戦でき、いろんな家族の笑顔があふれる社会」をつくるというビジョンを掲げる、保育のNPOを運営している。創業15年だ。
私が参画した当時、たった1つだった事業は現在7つに増え、30名程度だったスタッフは650名になった。決して拡大を求めたわけではなく、事業を運営する過程で出会う一人ひとりの声に向き合い、その人たちの困難をなんとかしたいと、皆でチャレンジし続けた結果だ。
ビジョンへの強い共鳴が原動力となって、新たな事業を興すことで、より多くの親子に保育を提供できるようになった。しかし一方で、急速な規模拡大の結果、新たな悩みも生まれていた。
スタッフ数の増加は、組織に多様な価値観を持ち込んだ。これまでであれば、ビジョンに照らして考えれば、多くを語らずとも方向を選択できたようなことでも、決定までに多くの時間がかかるようになった。多様な経験や価値観をもとに検討を行うと、「ここから説明しないといけないのか…」といったような場面に出会うことも増えた。
そのたびに、組織拡大期に避けては通れないプロセスであるとは思いながらも、これまで皆の拠り所であったビジョンへの想いが、組織全体として薄まっているように感じていた。
一方で、現場からのニーズは止むことがない。やったほうがいいことはいくつもあるし、子どもの成長は待ってくれない。ビジョンをもとにスピード感をもって進む組織であり続けるためにどうしたらよいのだろうか。
これらの課題を解決するため、数年前から、経営チームづくりに取り組んでいる。事業を統括するリーダーを増やし、それぞれの領域で各自が意思決定することで課題解決のスピードを上げることがねらいだ。かつ、彼らの行動を模範として、団体として大切にしたいビジョンや価値観を組織のすみずみまで浸透させるチャレンジをしている。
このような取り組みを行ってはいるものの、自身の力不足を感じることも多々ある。
一般的に、リーダーの器以上に組織は成長しないと言われる。この言葉をヒリヒリと受け止め、成し遂げたいことと、自分の力量のギャップに悩むリーダーは私だけではないと思う。
未来に向けて、リーダーとしての自分やチームをどう成長させたらよいか、拡大する組織と自分の関係性をどのように変えていくべきか、そんなまとまらない想いを、西水さんに打ち明けた。
私の話を一通り静かに聴き終えると、西水さんは、時に私に問いかけながら、ご自身の経験を交えてお話ししてくださった。特に心に響いたアドバイスを紹介したい。
リーダーは、いつでも組織を辞められる準備を
経営チームは、単なるグループではなくチームでなければならない。ビジョンを真に腹落ちさせ、有事には、通常の役割を超えて、流動的にお互いをカバーし合える関係性が重要。こうした関係性や自主的な行動は、ある日突然できあがるものではない。あなたが育てるのよ。毎日がチームづくりであり、これは終わりのないマラソンのようなものね。
チームづくりを「終わりのないマラソン」と言っていただけたことで、なんだかホッとした自分がいた。
事業開発と違い、組織開発はゴールが見えにくく、自分の行動がこれでいいのかと不安に襲われることもしばしばだ。だが、そもそも終わりなきマラソンなのだ。先は長い。毎日のチャンスを見つけて、焦らずチームをつくっていこうと思えた。
相手が誰であっても、真正面から、ハートと繋がって話しなさい。
そんなアドバイスもくださった。
組織が大きくなり、役割に対する責任の高まりを感じるほど、自分の内面は脇に置き、役割の仮面をかぶって話すことが増えていたように思う。なにせ、650人の生活を背負っているのだ、「私」のことなど考えていては進めないという緊張感の中にいた。
だがむしろ、きちんと自分のハートと繋がることで、ぶれない軸を持ち、真に伝えたいことを伝えられるようになり、結果としてチームを形作ることができるのではないだろうか。そんな風に考えられるようになった。
組織の成長とリーダーのあり方、二つの関係性の話の中で、こうもおっしゃった。
いつでも辞められる準備をしておきなさい。しがみついてはダメ。その覚悟があるからこそ、組織で思う存分行動できるのよ。
世銀で変革を成し遂げ、任期を待たずに潔く辞められた経験のある西水さんの言葉には説得力があった。
西水さんご自身が退職を決めたのは、スタッフ同士の何気ない会話を聞いたことによる。職員が自分に依存しつつある様子を感じ、去るべき時が来たと判断したとおっしゃっていた。リーダーの引き際は、重要で普遍的なテーマであるにも関わらず、なかなか表に出てこない話だ。
メンバーがリーダーに依存することにリスクがあるのと同じように、リーダーが組織への所属に依存することにも、やはり問題がある。組織から外れることを恐れていては、リーダーは自分にとってリスクがある挑戦をできなくなってしまう。いざという時には組織を離れる準備と覚悟があるからこそ、本気で今に集中できるのだ。
私も、自分と組織のベストな関係性にアンテナを張りながら、今、真に必要なことに全力で取り組んでいこうと思う。
具体的な方法は答えてくれなかった理由
その日の帰り道、対話の中で、私が具体的な方法を質問しても、西水さんが答えてくださらなかった場面を思い出していた。「なぜだろう? たくさんのご経験があるはずなのに…」と、対話の一言一句を点検するように思い出しながら歩いていると、ふとある光景が蘇ってきた。
障害児向けの訪問型保育事業を始めた時のことだ。第1号の利用者さんであるお母さんが、こんな風に言ってくれた。
「この事業があったから、私は職場復帰することができた。私を社会に還してくれてありがとう。私も社会に恩返しできるよう、がんばります」
今の日本には、障害児をケアするインフラが圧倒的に不足している。お子さんの誕生以降、予期せぬ困難にぶつかってきたお母さんが、それでも前を向いて進もうと顔を上げた瞬間だったと思う。その場に立ち会い、「やってきてよかった」と、仲間と共に涙したことがありありと思い出された。
自分一人の力ではどうしようもない不利な立場に置かれている人のために仕組みをつくる、これこそ私がやりたかったことだ。足りない最後のピースをはめることで、歯車が回りだし、子どもも親も、私たちも、社会も元気になる、そんな光景を見るために活動しているのだ。
そこに行き着くために必要なことはすべてやろう。大丈夫、たくさんの仲間がいる。
夜道を歩きながらそんなことを考えていたら、自然と涙がこぼれた。
ああ、そうか。上辺の方法論ではなく、自分の原点にしっかりと繋がりなさい、と西水さんは伝えてくださっていたのだ。西水さんは、具体的な解決方法には答えない代わりに、私の話を全身全霊で聴き、真正面から目を見て話してくださった。こういう姿勢が相手を開かせ、深い内省に向かわせるのだと、リーダーのあり方とそのインパクトを体感した夜でもあった。
こんな風に、自らの原点に還り、これからの方向性を考える機会をいただけたことを心から感謝している。最後に、今日のこの想いをいつでも取り出せるよう、『国をつくるという仕事』の一文を書き留めて終わりとしたい。
リーダーの仕事には夢と情熱と信念がある。頭とハートが繋がっているから、為すことが光る。心に訴えるものがあるから、まわりの人々にやる気と勇気をもたらす。
──同書「はじめに」より
※本書著者の意向により上記書籍の印税はすべてブータンのタラヤナ財団に寄付され、貧しい家庭の児童の教育費等に役立てられます。タラヤナ財団とそれを設立したブータン王妃(当時)について西水さんが綴った「歩くタラヤナ」もぜひご覧ください。
執筆者紹介
宮崎真理子(みやざき・まりこ)
特定非営利活動法人フローレンス 副代表理事/ディレクター
大手アパレルメーカーからベンチャー企業に転じ、2008年フローレンスに参画。新規事業立ち上げ、既存事業の深化、組織基盤づくり、人材育成を行う。また、日本の画一的且つ長時間労働の働き方を変えるため、自社の働き方革命を推進し、その成果を広めている。筑波大学大学院教育研究科カウンセリングコース修了。国家資格キャリアコンサルタント。2児の母。
連載紹介
元世界銀行副総裁・西水美恵子さんの著書『国をつくるという仕事』を2009年に出版してから10年。一国の王から貧村の農民まで、貧困のない世界を夢見る西水さんが世界で出会ってきたリーダーたちとのエピソードが綴られる本書は、分野や立場を問わない様々な方たちのリーダーシップ精神に火を付けてきました。10周年を機に、ぜひもう一度西水さんの言葉をみなさんに届けたい——。そんな思いから、本書の全36章より特選した10のエピソードを順次公開いたします。徹底的に草の根を歩き、苦境にあえぐ一人ひとりの声に耳を傾け、彼らの盾となって権力者たちと戦い続けた西水さんの23年間の歩みをご覧ください。
連載:いまもう一度、『国をつくるという仕事』を読む。
第1回:はじめに
第2回:カシミールの水【インド、パキスタン】
第3回:偶然【トルコ、バングラデシュ、スリランカ】
第4回:雷龍の国に学ぶ【ブータン】
第5回:売春婦「ナディア」の教え【バングラデシュ、インド】
第6回:改革という名の戦争【パキスタン】
第7回:神様の美しい失敗【モルディブ】
第8回:ヒ素中毒に怒る【バングラデシュ】
第9回:殺人魔【インド】
第10回:歩くタラヤナ【ブータン】
特別回:「本気」で動けば、何だって変えられる——著書『あなたの中のリーダーへ』、「はじめに」より
~西水さんとの対話会レポート~
宮崎真理子:組織拡大期のリーダーのあり方に光が差した夜
竹内明日香:いつの時代も、世界の変化は「草の根」から
三田愛:勝負の10年。夢物語への想いを本気にさせてくれた言葉
山中礼二:社会起業家を支える、社会「投資家」の本気のあり方
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