人に刺さり、人が集まる「S字の自己紹介」(竹内明日香)
多くの人が苦手意識を持つとも言われる「自己紹介」。あなたにとって、「成功した自己紹介」とはどんなものだろうか。国際舞台で戦う日本企業のプレゼンを長年支援し、1万5,000人以上の子どもたちの「話す力」を育んできた著者が、人を呼び寄せる「S字の自己紹介」という独自の手法を語る。
自己紹介はなぜ難しいのか?
私は幼稚園児から大人まで、プレゼンテーションを教えています。このプレゼンテーションのなかで、最も初歩的で、基本的でありながら、とても難しいのが「自己紹介」です。
場の空気を気にして、適切な内容や程よい長さを推し量っているうちに順番が来てしまい、何の変哲もないつまらない自己紹介をしてしまった…なんていう経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか?
自己紹介が苦手という方の典型は、特に話す内容がないという方、または自分自身のことを話すのは気が引けるという方、このどちらかの場合が多いです。いずれも不安が頭をよぎる結果、短めに、自分を小さめに表現する傾向にあります。
数名それが続くと、なんとなく「前例を踏襲すべき」という雰囲気が生まれ、おしなべて同じような自己紹介が続き、終わってみたら結局誰がどんな話をしたのか覚えていない…なんていう残念な時間になってしまうことが多いように思います。
これではもったいないです!
人に刺さる自己紹介の公式=自分の「好き」+巻き込み
自己紹介を上達させるために私が伝授していることについて少しだけ種明かしをします。研修や授業では、最初にこんな問いを投げかけています。
・まず複数人で自己紹介を行う場面を想像してみてください。
・その自己紹介タイムが終わったときの情景を思い浮かべてください。
・そこであなたはどういう行動を取りますか?
みんなの自己紹介が終わったあとに自由時間があれば、おそらく、聞いていたなかで「あぁ面白いな」「この人ともっと話したいな」と思った人のところに吸い寄せられるように近付いていくのではないでしょうか。逆の立場からすると、大人であれば「名刺交換させてください!」とたくさん人が来てくれたら大成功! 子どもであれば「この子と友達になりたい!」と思わせたらハナマル! ということです。
では、どのような自己紹介が人に「刺さる」のか。
まずは、その人の「好き」がきちんと伝わっているかどうかが肝心です。たとえば、「自分はこんなことにハマっている」「こんなものを集めている」「こんなことに挑戦している」など、個々人の「好き」があふれている自己紹介は、自然と聞いている人の気を引きます。
その上で、「よかったら一緒に何かをしませんか?」というように、その「好き」が人とつながるようにも見えてくると、より人は引き寄せられるのではないでしょうか。
まずはこちらの自己紹介を読んでみてください。
●「前職ではデータをいじるのが仕事でした」
●「趣味は海外旅行です」
●「週末は基本的に家にいます」
ありがちな自己紹介ですよね。では次に、こちらの自己紹介はいかがでしょうか?
●「エクセルをいじるのが大好きで、暇さえあればマニアックな計算式を試しています。データの整理やチャート化に困ったら私に相談してください」
●「食べるのが好きで世界30か国以上に旅行しに行っています。東南アジアの屋台などに詳しいです。近々、海外旅行を計画している人がいれば、一緒にプランを練りますよ」
●「週末は家でボーっとしているのが好きです。昼近くまで寝て、そこから始動、ゆっくり自分で好きなご飯をつくって食べるのが好きです。たまに人を呼んで試食してもらいます」
どうでしょうか? 何が違うかというと、「好き」とか「心地よい」という感情が言語化されて入れ込まれているんです。そのことによって急速に等身大の「その人」が温もりとともに伝わるようになります。さらに「みなさんとこんな話ができたらいいと思っている」というように、聴いている人との接点が見えるようにしている点も魅力になります。
笑いは取れずとも刺さる、「S字の自己紹介」
もちろん、さらに笑いまで取れたら聴き手の印象に残ります。ただ、私はそんなに笑いを取るのが得意ではないので、研修でも講演でもあまり無理はしません。この辺りはみなさんも無理せず、自然体でよいと思います。
笑いは取れずとも、実はこんな工夫の仕方があります。
●「実は前職の会社は倒産してしまいました。でもエクセルをいじるのが大好きで、そのスキルは買われていました。今でも暇さえあればマニアックな計算式を試しています。データの整理やチャート化に困ったら私に相談してください。フリーランサーなのでお手伝いできます」
●「なかなか結婚できないので、もう諦めて世界中を旅行することにしました。食べるのが好きで世界30か国以上に旅行しています。東南アジアの屋台などに詳しいです。近々海外旅行を計画している人がいれば、一緒にプランを練りますよ」
●「彼女もいないので、週末は家でボーっとしています。昼近くまで寝て、そこから始動、ゆっくり自分で好きなご飯をつくって食べるのが好きです。たまに人を呼んで試食してもらいます。そんなシェアテーブルの会をときどき開催していますので、よかったらいらしてください」
これらを私は「S字の自己紹介」と呼んでいます。横に寝かせた「S」の字のように、最初は谷、後半に山というトークです。「自分は〇〇が好き」と言語化することが自己顕示に聞こえてしまうのを避けるために、その前にまずは自虐を入れることで、たとえ笑いを取れなかったとしても、人に愛されやすい自己紹介になります。これにより、自己紹介に入れ込んだ「好き」が引き立つのです。何か自分を落とせるネタが見つかったら、むしろ大切に覚えておいて使ってみてください。
この「S字の自己紹介」は、前述した「自分の好き+巻き込み」と組み合わせて使うことで、さらに効果を発揮すると思います。
入学・就職にこぎつけるための面接も、新しい組織での活躍が始まる初日の挨拶も、燃えるような恋愛も。すべては最初の自己紹介から始まります。みなさまの「始まり」が少しでも鮮やかなものとなりますよう、お祈りしています。
≪連載紹介≫
連載:「好き」を言語化しよう(フォローはこちら)
道徳の教科化が始まり、「忖度」が流行語となる時代。善悪の判断や他人への配慮が問われる一方で、飛び抜けた活躍をする人たちはみな、自分自身の「好き」を表明し、徹底的に追い求めている。社会を動かすのは、正しさ以上に「好き」を原動力にしている人たちではないだろうか。 この連載では、国際舞台で戦う日本企業の発信を長年支援し、4年間で延べ1万5,000人以上の子どもたちに「話す力」を育む出前授業を行ってきた著者が、自らの「好き」を言語化する力の可能性を、プレゼンやチームづくりなどの様々な場面における効用を示しながら探る。
インタビュー:「話す」ことに苦労した子どもが、子ども向けプレゼン教育のプロになった
第1回:なぜ「好き」を語る子どもが「正しい」を語りたがる大人になるのか
第2回:「聴き手のため」を考え抜いたプレゼンは本当に強いのか?
第3回:プレゼンもキャリアも特別なものにできる、「好きのかけざん」の力
第4回:日本の20代の好奇心はスウェーデンの60代並み!?
第5回:「不得意だけど好き」と「嫌いだけど得意」はどちらが強いのか
第6回:「苦手を克服させる」よりも「好きを伸ばし合う」チームが強い理由
第7回:勢いのある企業が社員の「得意」よりも大事にしていること
第8回:なぜ結婚式の主賓スピーチはつまらないのか
第9回:人に刺さり、人が集まる「S字の自己紹介」
第10回:日本で起業家が少ない、見過ごされがちなもう一つの理由
最終回:「好き」を語る子どもであふれる未来は、私だけの夢ではなくなった
編集後記:「話す力」は本人だけの問題ではない。取り巻く環境をどう変えていくか
≪著者紹介≫
竹内明日香(たけうち・あすか)
一般社団法人アルバ・エデュ代表理事。株式会社アルバ・パートナーズ代表取締役。
東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャル・グループ)にて国際営業や審査等に従事。(株)アルバ・パートナーズを2009年に設立し、海外の投資家向けの金融情報提供や、日本企業向けのプレゼンテーション支援事業を展開。さらに、子どもたち・若者たちの話す力を伸ばすべく、2014年に(社)アルバ・エデュを設立、出前授業や教員研修、自治体向けカリキュラム策定などを精力的に行っている。2019年3月現在、延べ150校、15,000人に講座を実施。2014年、経済産業省の第6回キャリア教育アワード優秀賞受賞。2018年、日本財団ソーシャルイノベーター選出。日本証券アナリスト協会検定会員。
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