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怖いだけじゃない! 爽快なヒロインがいて、人間の「おかしみ」のある小説です(久禮書店 久禮亮太 × ジュンク堂池袋店 文芸担当 小海裕美)

ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』。表紙や帯のコピーから「怖そう」「辛そう」と言われがちな本書。
久禮書店 --kurebooks-- の久禮亮太さんと、ジュンク堂書店 池袋本店 文芸担当の小海裕美さんが、本書の「怖いだけじゃない」ところをお話してくださいました。

こういう息苦しさ、あるよねぇ

―書店員さんということで、まずはお二人にPOPを描いていただいて、そこからお話をはじめていただきました。

画像10(久禮さんのPOP)

小海 けっこうフェミニズム的な視点で読んだかんじですか?

久禮 もちろんサスペンスとしての一級のスリルはあるんですよ。
でも、いたるところで、ちょっとした描写の中に、女性の生きづらさみたいなものが描かれているのが印象に残った。著者が、今まで生きてきた社会に対して、「なにくそっ」ていうかんじが出ているなと思って。

小海 たしかに、ちょっとした描写で見える文化が面白いですよね。

久禮 そう、で、女性の生きづらさと同時に、男の息苦しさも出てくる。隠蔽に加担してしまう警察の中間管理職や小役人が、ここで上司に歯向かって、本当のことをぽろっと言ってしまったら、もう明日には自分の社会的地位は吹き飛ぶなって、びびってるのが、ありありと描かれていて。

この村社会的なかんじは、アフリカじゃなくても、普通に僕が生きていた社会とか会社でもあるよねぇって、僕は同じ男性としてかなりの同情を持って読みました。

画像2(小海さんのPOP)

小海 私は、全然違う国の物語だからと思っていたからか、女性の生きづらさに、ものすごい腹を立てながら読んではいなかったんです。はじめは。

でも読み進めていくうちに、物語のなかの人の気持ちがすごくわかってくる。
悲鳴を隠さざるえない人たちの気持ちとか。日常的に権利を踏みにじられる人たちのこととか。意外と日本でも、同じようなことが起こっているような気がしてきて。

だから、異国の話だと思って面白く読んでいたのに、いつのまにか最後は自分の話じゃないかとなった感覚です。

ヒロインの爽快さに注目してほしい!

久禮 僕は、遠い異国ではあるけど、最初から昔の日本の田舎を思い出したかな。

うちの母なんかが、まだ嫁にきたてのころの扱われ方のような。因習のようなものと、近代的な自分らしさが、どちらも存在する光景。

小海 あぁ、それは思ったかも。そういう意味で、主人公のアマントルが、因習に立ち向かっていくのは、爽快でした。

久禮 そうそう! 表紙の怖いかんじから受ける印象よりも、彼女の聡明さとか爽快さとかによる軽やかさがある話だよね。そこは大きな魅力なんじゃないかと思う。『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房) とか『掃除婦のための手引書 ルシア・ベルリン作品集』(講談社)を読むような人にも、読んでほしい。

画像3

小海 序盤は、古い価値観での女性の扱われ方が、よくわかるようになっている。で、それとはちょっと違う文脈で、アマントルっていうヒロインがでてくるんですよね。近代を象徴する人物なんだと思うんですけど、彼女がいろんなことを打破していく。
でも、打破しきれないところにきたときに、「じゃあほんとの問題ってなに?」っていう問いが生まれて、それがこの本の肝かもしれない。

久禮 そう。アマントルという近代的な個人はいるんだけど、なんだんかんだ超えられない溝や差別はあるし、がっちり絡み合った伝統とか村社会の仕組みに依存して生きている。

事件の隠蔽に加担する一人ひとりは、めちゃくちゃ悪い人なわけではない。ちょっと保身にはいっているだけの凡庸な人。だからこそ僕らが生きてる世界にもありそうな話だと思った。

小海 今ある枠で、ちょっと自分がいい生活をしたいというだけなんですよね。でも、それがどんどん重なっていくと、どういうことになるか……。

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久禮 一人ひとりの凡庸な小さな積み重ねが、途方もない苦しみみたいなものになっていくのが描写されているから、実際にそうなんだろうなと思える。リアリティのあるフィクションだなとかんじました。

小海 そうそう。というふうに、ストーリーの筋だけを説明すると、重くて辛い本という印象になると思うんですけど、そんなことはなくて、エンターテイメントとしてもすごく楽しく読める物語であることは、強調したいです(笑)。

普通にみんな呪術師に相談しにいく日常

小海 それはアマントルの爽快さによるところもあるし、あとは普通の人の「おかしみ」みたいなのが描かれているんですよね。

久禮 ちょっと気になったのが、この本、用を足すシーンが、ちょいちょいあって。それがちょっととぼけたかんじを出しているときもあるし、アフリカの土のかんじがするときもある。
それに限らず、そういうちょっとした日々の描写に、リアリティがある本ですよね。

小海 普通にみんな、呪術師に相談しにいく場面がでてくるのも、ちょっと意外だった。けっこう生活に密着しているんだって。日本にいて思うイメージとは、少し違うのかも。

久禮 そうそう、呪術師というと、日本人の感覚ではすごく怖くて非日常にかんじるけど、「かかりつけの呪術師」みたいな人がいるんですよね。中小企業の社長とかが、うちの会社どうしようかって、銀行行く前に占い師に聞いてくるわみたいな感覚に見える。

画像9

小海 たしかに、そういう感覚っぽいですよね。

久禮 そういう呪術というものが、身近にある空気感を、良いも悪いもなく、さらりと書いているところも、この本の豊かさかなと思う。
で、僕らの社会も「近代的な都市生活」をしているように見えて、そういう因習とか血縁とか、そういうものにまみれて生きてるよなと、ふと思う瞬間のある本でした。

小海 そういう意味では、伝統にどっぷり浸かっている人も、必ずしもそこで硬直しているわけじゃなくて、揺れているのに、リアリティをかんじたかも。

久禮 いろんな立場にいる一人ひとりの「揺らぎ」みたいなものが、上手に描かれているかんじがするよね。
主人公のアマントルにしても、ちらっとでてくる小学校のときの先生に影響を受けているかんじもする。

小海 ちょっとずつ、身近な人たちに目を開かされて、人生を変えて、やがては社会も変えていっているかんじがしますよね。

久禮 息苦しい社会の中でも、そこかしこにそういう灯台みたいな、ちょっと導いてくれる、視点を開いてくれるような人がいる。

小海 「自分の頭で考えなさい」っていうメッセージをかんじますよね。
アマントルには、どんな常識でも、自分がおかしいと思うところは、変えていきたいっていう意志がある。
だからこのヒロインを応援したくなるのかなって思う。

「あー面白かった」では、終わらない

小海 で、彼女を応援しながら読んで、勧善懲悪、因果応報で終わるんだって思っていると、最後に現実に放り出されるんですよね。

久禮 僕は正直、もう少し救われたいという気持ちになった…。

小海 「このラストは、あなただったら、どうしますか?」っていう、問題提起なんですよね、きっと。

久禮 その意思は僕もかんじました。簡単には終わらせないって、読んでる僕らに、グーでパンチするような。

小海 そう、私たちも、フィクションに逃げること許されないというか。「あー面白かった」じゃなくて、最後に「じゃあ、あなたはなにをするの?」って突きつけられるという。

どこの世界にも、もちろん日本でもいろんな問題はあって、それを変えていくのは、自分の足元からしかないっていうことを、考えさせられるような。

面白く読んだけど、なかなかの課題を突き付けられたかんじです。
その面白いものの後ろにある重さに、私はかえって心地よさというか、本として価値をかんじもしたんですけど。

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久禮 外務大臣で、弁護士で、活動家でっていう著者の半生の重さみたいなものが、やっぱり、ここに込められているかんじがしますよね。

僕は普段できるだけショッキングなことのない、人が死なない本ばかり読んでいてショック耐性があまりないので、久しぶりにね、もうちょっと受け止めきれないものを抱えてますけど(笑)。

『アメリカーナ』『屋根裏の仏様』『チョンキンマンションのボスは知っている』

久禮 この小説、定義がちょっと難しくて、なにが類書かなって考えてたんですよ。たとえば、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『アメリカーナ』(河出書房新社)とか。

小海 おぉ、アディーチェは私も思いました。

久禮 あとは、戦時中の日系アメリカ人たちの女性を描いた、ジュリー・オオツカさんの『屋根裏の仏さま』(新潮社)は、ちょっと近いムードをかんじる。
儀礼殺人をめぐる陰謀の話ではあるんだけど、生活とか生きることの困難みたいな、自分たちの問題として、もうちょっと引き寄せて描いているかんじとか。

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あとはですね、ちょっと別視点なのが小川さやかさんの『チョンキンマンションのボスは知っている: アングラ経済の人類学』(春秋社)。同じアフリカではあるし、やっぱり伝統の息苦しさと離れがたさが入り混じってはいるんだけど、商魂たくましく香港に出稼ぎに来て、輝くように生きている人たちの話。すごく面白い。

『隠された悲鳴』で重い現実を突きつけられながらも、こっちにも未来の可能性があるんじゃないかって、セットで読むと、僕としては、心の中の重さと軽さが、ちょうどよくなりました(笑)。

生活を覗いていたら、陰謀に巻き込まれたような

―ありがとうございました。そろそろお時間でして、最後に一言お願いします。(編集部)

小海 えーと、面白いからとりあえず、読んでみてくださいっていうのを(笑)。

久禮 そう、面白いからとりあえず、読んでみたらっていう、そのあとどう読むかはお客さん次第、というのが書店員ですよ(笑)。

画像8

小海 表紙から見えにくいことを付け加えるとしたら、普通に生きる人たちの生活を覗き見る面白さみたいなものがある。で、覗いていたら、気が付いたら、大変な陰謀に巻き込まれてる、みたいな本です(笑)。

久禮 僕もそんなかんじ。怖い事件の本ではありつつも、ヒロインのこととか、著者自身が見てきた人々の多様さとか、それぞれの人生を描く豊かさみたいなところも、見てもらえるといいなぁと思います。


●本書が気になった方は、ぜひお二人がいらしゃるPebbles Booksジュンク堂書店 池袋本店でチェックしてみてください●

久禮亮太(くれ・りょうた) 
フリーランス書店員。1975年、高知県出身。早稲田大学法学部中退。97年よりあゆみBOOKS早稲田店でアルバイト勤務。三省堂書店の契約社員勤務などを経て、2010年よりあゆみBOOKS小石川店店長。15年、フリーランス書店員として独立。18年、独立系書店「Pebbles Books(ペブルズ・ブックス)」をオープン。著書に『スリップの技法』(苦楽堂)。
Pebbles Books Twitter

小海裕美(こかい・ゆみ)
ジュンク堂書店 池袋本店 文芸担当
2001年ジュンク堂書店池袋店入社よりかわらず文芸書担当。
好きな作家は村田喜代子さんです。
ジュンク堂書店池袋本店/文芸文庫担当 Twitter


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連載: 『隠された悲鳴』から聞こえたもの
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』。
心をざわつかせる読後感の本書から、なにを感じ、考えるのか? 
各界でご活躍の方に語っていただく連載です。

●レビュー
悲鳴は聞こえ続けている、誰が声を上げるのか(梅田 蔦屋書店 洋書コンシェルジュ 河出真美)
カラハリ砂漠での取材から30年、ボツワナの書店で出会った、アフリカのリアルをうつすエンターテイメント(元ボツワナ教育省コンサルタント 仲居宏二)
この本を語る相手がいないなんて…! 「日本人初の読者」だった私がボツワナ小説に入れ込んだ理由(大学非常勤講師 松本優美)
その「悲鳴」に耳をふさぐ前に 「儀礼殺人」は遠い国の出来事なのか(フォトジャーナリスト 安田菜津紀)
自分とはまったく違う文化に暮らす人たちの、自分とまったく同じ喜怒哀楽(翻訳者 三辺律子)

●本書の第1章は、以下からお読みいただけます!
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』 第1章(前半)/試し読み
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』 第1章(前半)/試し読み

●著者ユニティ・ダウさんへのインタビュー

ボツワナ女性初の最高裁判事は、なぜサスペンス小説を描いたのか?


ありがとうございます!あなたの望む未来への前進に役立ちますように。
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英治出版オンライン

英治出版オンラインとは、連載コンテンツや著者イベントを通じて、共感と学びの場をともにつくるプロジェクトです。よりよい未来をつくる活動が前進するアイデアやストーリーを定期配信。連載著者イベントも開催しています。 運営:英治出版 http://www.eijipress.co.jp/

『隠された悲鳴』から聞こえたもの

ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』。心をざわつかせる読後感の本書から、なにを感じ、考えるのか? 各界でご活躍の方に語っていただく連載です。
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