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ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』 第1章(前半)/試し読み


8月30日発売の新刊『隠された悲鳴』。ボツワナの現職女性大臣によるサスペンス小説です。今回は本書の第1章(前半)を公開します。


少女に恨みがあるわけではなかった。ただほしかったのだ、必要だったのだ。
もちろん、必要であり、ほしいのだから、そこにある種の感情はあったが、愛とはちがう。それに、聞いたところによれば、たやすく手に入るのもまちがいなかった。

少女が友だちと笑っているのを、彼はじっと見つめた。
頭をのけぞらせ、腕を翼みたいにパタパタさせている。鳥の真似をしながら面白い話を友だちに聞かせているらしい。
友だちもみな、笑っている。子どもがよくやるように、ただふざけているのだろう。

なにをしているにしろ、彼が値踏みするように見ていることには気づいていない。少女たちが集まっている近くを彼が通るのは、2度目だ。
少女のことはすぐわかった――前にも見ていたから。


繰り返すが、本当に恨みなどない。憎んでいるわけでもなければ、少女や家族を苦しませたいわけでもない。
単に少女がほしいだけだ、どうしても入り用なのだ。苦しみはやむを得ない。


彼は、誰にきいても、立派な男だ。
20年間同じ女と結婚していて、別れるつもりはない。20歳のロシナと結婚したとき、彼は23歳だった。
20年のあいだに、ロシナはほっそりとした若い女から威厳のある落ちついた女へと変わっていった。

ロシナの友人たちは、プロに編んでもらった彼女の髪を羨ましがっている。三つ編み1本につき250プラする。家政婦の1か月分の給料と同じだ。
友人たちは、たっぷりと膨らんだガーナ風のドレスと、頭に巻くおそろいのおしゃれなスカーフのことも羨ましがっている。
伝線していないストッキングのことも。

ロシナは、葬式のときも結婚式のときも教会の集まりのときも、いつも完璧だ。PTAでも、政治関係の集まりのときも、抜かりはない。
リップもごく薄くぬるだけ。「安っぽい」と言われるほど濃くなく、あくまで「つやがあるわね」という程度に。
人々は、ディサンカ氏のことを本当に立派な夫だと、繰り返し褒めたたえる。


彼は立派な愛人でもある。
愛人のメイジーにはトヨタのハイラックス二輪駆動のツードア・タイプを買ってやったところだ。車を買ったときには、愛人宅の建て増しの費用もすでに払っていた。
見境のない男なら(そして、見境のない男はやまほどいるわけだが)、愛人には四輪駆動のフォードア・タイプを買ってやったかもしれないが、ディサンカ氏はそんなことはしない! 

ディサンカ氏は、境界を守ることが大切だとわかっていた。
妻は、トヨタのハイラックスのフォードアを運転していたし、ディサンカ氏も同じだ。愛人も同じものに乗るのは、まずい。
愛人が、妻のテイクアウトの惣菜店のとなりの土地を割り当てられそうになったときも、ディサンカ氏はしかるべきすばやさで介入した。


近すぎるという問題に最初に気づいたのは、ディサンカ氏の母親だった。
母親はすぐさま息子に忠告した。

「ラー・レセホ、妻と愛人を同じように扱っちゃだめだよ。争いになるからね」

母親はいつも息子のことを、ラー・レセホと呼んでいた。レセホの父という意味だ。
自分のことは、マー・ディサンカと呼ばせていた。ディサンカの母という意味で、それを誇りに思っている。
世の母親が必ずしも子どもを自慢に思えるとはかぎらないが、ディサンカ氏はまちがいなく自慢の息子だった。

「どういう意味です?」

ディサンカ氏はしぶしぶテレビの画面から視線をそらした。
ひいきのチームのマンチェスター・ユナイテッドの試合中なのだ。邪魔されたくなかった。

「マー・ベティがお兄さんから聞いたんだ。お兄さんは友だちから聞いたらしいよ。メイジーが、おまえの店から2軒はさんだところに土地を買おうとしているってね。郵便局の横だよ。つい昨日、土地管理委員会が測量に来たそうだ。こんなこと、許しちゃだめだよ。いいかい、妻と愛人を同じように扱ってはだめ! どんなにすばらしい妻でも、文句を言うからね。すぐさま手を打つんだよ!」

マー・ディサンカはこちらへやってきて、彼とテレビのあいだにでっぷりとした体で、でんと立ちはだかった。
息子が気もそぞろの様子なので、わざとやったのだ。

マー・ディサンカには、家族をひとつにまとめるという役割がある。
なんやかんや言って、嫁のマー・レセホはよくしてくれるし、家にも温かく迎え入れてくれる。
もともと息子の家に来たときは、ちょっと立ち寄っただけという体ていを装っていたが、自分の家に帰るつもりはなかった。
孫たちが育っていくさまを見るのは楽しかった。息子の家庭の平和が脅かされようというときに、ほっておくことなどできない。
避けようと思えば避けられることなのだから。


ディサンカ氏は母親の助言を聞きいれ、すぐさま村の土地管理委員会の理事長に状況を説明し、理事長はしかるべくディサンカ氏の愛人に村の反対側の土地を割り当てた。
裁縫の店を開くのに最適な場所とは言えなかったが、少なくともこれで争いは避けられる。ディサンカ氏は理事長に借りを作ることになった。
理事長はあと4年、今の地位に留まることを望んでおり、票を集めるために、ディサンカ氏に水面下で動いてもらうつもりだった。

多くの人々が、愛人のために家庭における責任を忘れるような真似をしなかったディサンカ氏を立派な夫だと言った。
理事長も、愛人の土地を別の場所にする理由はよくわかったし、だからこそ認めたのだ。
ほかの男たちがもっとディサンカ氏のように賢明ならいいのだが、と理事長は思った。多くの委員会の委員を兼任し、プロジェクトがうまく進むよう、なにかと便宜を図ってくれる立派な男だ。
大統領府にネオ・カカンの殺人事件の捜査が遅々として進まないことを訴えに行くときも、当然、ディサンカ氏は代表団の1人に選ばれた。
ディサンカ氏がどれだけ尊敬を集めているか、わかるというものだ。
まさに立派な委員というのにふさわしい男だ。


それに、ディサンカ氏は立派な父親でもあった。
常に笑顔を絶やさぬとまでは言えないものの、常に怒鳴り散らしもしない。
顔つきは険しいが、品がある。人はディサンカ氏のことを話すとき、よく「洗練」という言葉を使った。ハンサムだし、姿勢がよく、体は引き締まっていて、背は高い。
つまり、親切で頼れる男だということが、全身から滲み出ている。

4人の子どもたちを愛し、なにくれとなく愛情を示した。もちろん、正妻の子たちのことだ。
愛人の子どもたちに関しては、愛す必要もなければ、嫌う必要もない。
立派な男であり、社会の枠組みの中で生きているディサンカ氏は、愛人の子どもたちを愛してもいなかったし、嫌ってもいなかった。

彼らは、母親とディサンカ氏との関係から恩恵を受けている。ディサンカ氏が母親と寝ていれば、子どもたちは(彼の子どもであろうが、別の男との子どもだろうが)経済的な援助を受けることができる。
たまにディサンカ氏は前の愛人のところへ行って、数週間、あるいは数か月の蜜月を楽しむこともあった。
そのあいだは、愛人と子どもたちは余分に食べ物をもらえたし、特別幸運に恵まれれば、新しい靴を買ってもらえることもあった。


ディサンカ氏は、正妻の4人の子ども(息子2人、娘2人)にたっぷりと愛情をかけた。
学校には車で送ってやっている。まわりの生徒たちはほとんどが徒歩か、ガタガタ揺れるバスで通学していた。

特に末っ子のモラティのことをかわいがっていて、愛情をこめてデベイビーーつまり、「ベイビー」とか「パパのかわいい赤ちゃん」と呼んでいた。
あまりにかわいがるせいで、今もゆっくりと走る車の中でディサンカ氏のとなりに座っているモラティは、パツンパツンのトレーニングウェアから飛び出しそうになっている。

だが、実際にはジャンプすらできない。アイスクリームやポテトチップスや脂肪分たっぷりのケーキやチキンやジュースやガムを際限なく与えられるという形で愛情を示されるために、せいぜいぶよんぶよん揺れるだけだった。
誰かがほんのちょっとでも家事を言いつけようものなら、ハグと文句という武器がくりだされる。もう11歳になるというのに。


モラティとは対照的に、父親の関心の対象は、レイヨウの仔のように軽やかに跳びはねていた。

たいていの基準から言って、ディサンカ氏は立派な男だった。
商売は繁盛し、立派な妻と立派な子どもたちに恵まれ、立派な愛人は子どもの面倒は自分で見ているし、立派な元愛人たちまでいて、彼女たちも婚外子を自分たちで育て、しかも、妻や現在の愛人との関係が単調になると相手までしてくれる。
結局のところ、男はおかゆだけでは生きられない、と言うではないか?

あらゆる点から考えて、ディサンカ氏は成功したボツワナ人だった。

ずっとこのままでいたいと願っていたし、このままでいられるように計画していた。
ビジネスを広げ、来年中には新しい車を買うつもりだ。
愛人の家に自動湯沸かし器を付けることも考えているし、マットレスがでこぼこになってきたベッドも買い替えなければならない。
なにごとにも妻を優先させるためには、自宅のベッドも新しくしたほうがいいだろう。
本当は替える必要はないが、どちらが妻でどちらが愛人かという境界をあやふやにしたくなかった。
引き続きほうぼうの開発委員会の委員を務め、近隣の犯罪監視委員会にも出席し、地域活動にも関わりつづけていくつもりだ。
もっと大勢の子どもが通えるよう、地元の学校の拡張も要求しようと考えている。
次に厚生大臣が村に来たときには、地元の病院にもっと予算を配分してほしいと直訴もできるかもしれない。

村では、ディサンカ氏についてひそやかなうわさが流れていた。

だが、世間というものは、成功者についていろいろなうわさをするものだ。高い政治的地位、ビジネスでの成功、出世、学問の分野での栄誉、つまりはどんな分野であれ成功した男に対し、汚い手を使ったのではと疑いの目を向けることなど、日常茶飯事だ。

ディサンカ氏は、そうしたうわさを流す人々は、悪意や妬みに駆られているのだと思うことにしていた。(後半につづく)


(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。

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『隠された悲鳴』から聞こえたもの

ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』。心をざわつかせる読後感の本書から、なにを感じ、考えるのか? 各界でご活躍の方に語っていただく連載です。
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