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ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』 第1章(後半)/試し読み

8月30日発売の新刊『隠された悲鳴』。ボツワナの現職女性大臣によるサスペンス小説です。前回につづき、本書の第1章(後半)を公開します。

子どもたちは縄跳びを始めていた。
ディサンカ氏が目を付けている少女は、2人の友だちが回している縄を、歌に合わせて巧みな足さばきで跳んでいる。

「モロイ、ティケ、ティケ、モロイ! モロイ、ティケ、ティケ、モロイ!(魔女、隠れろ、隠れろ、魔女! 魔女、隠れろ、隠れろ、魔女!)」。

立派な男はそれを見ていた。うっとりと、引きこまれるように。
少女が跳ぶたびにスカートが風でめくれあがって、インパラのような脚が丸見えになる。
硬く引き締まった濃いブラウンの脚。磨きあげられたモセレセレの木と同じ色だ。脂肪はまったくない。つややかな脚。

少女はスカートをつかんで、すそをパンティーにたくしこむ。慎みのためではなく、目の前の課題―これから跳ぶジャンプを成功させるためだ。
おかげで、じっと観察している立派な男は、ブラウンの脚をずっと上の股の部分、ピンク色の下着のところまで、なににもさえぎられずに眺められるようになる。
もちろん上半身はなにも着ていない。暑い昼下がりに、近所で友だちと縄跳びをしているだけなのだ。いちいち胸を隠すはずがない。

「よし、完璧だ」

ディサンカ氏はつぶやく。あの体ならぴったりだ。まだ少しも膨らんでいない。かろうじて2つ突起があるのがわかるだけだ――目的にはちょうどいい。
それに、あの小さく引き締まった尻。ジャンプしながらぐるぐる回している腕の下からは、うっすら産毛がのぞいているはずだ。毛はまだ生えていない。ここからだと遠くて見えないが、まちがいない。
まだ少女に近づいた者はいない。純潔を失っていれば、あんなふうにスカートをめくりあげたりしない。胸をはだけたまま、縄跳びもしないだろう。
そもそも、縄跳び自体しなくなるはずだ。
あの少女は刈り入れ にぴったりだ。

「まさに完璧だ。非の打ち所がない」

立派な父親であり、夫であり、愛人であり、実業家である男は、そっとささやく。
もはやハイラックスを停めて、おおっぴらに眺めている。
見ているうちに、前回の刈り入れの記憶がよみがえってきて、期待といっしょくたになり、全身にじわじわと喜びが広がっていく。興奮でくらくらし、これ以上待てないと思う。
全身がガタガタと震え、隣に座っている愛娘にももはや隠せないほどだ。

愛されて脂肪の塊になり果て、縄跳びすらできない娘。
これからもこの娘を愛し、抱きしめ、アイスクリームやポテトチップスや脂肪分たっぷりのケーキやチキンやジュースやガムを際限なく与えて、家事をさせないためにも、あそこで縄跳びをしている少女が必要なのだ。
何千という小さな橋が同時に崩壊したかのように、毛穴から汗が吹き出し、感情のサ イクロンが吹き荒れ、制御できなくなる。
一瞬、失禁したかと思ったほどだ。脚のあいだに生暖かいものが広がり、腋の下もじわっと濡れる。一抹の恐怖に息をつく。

その感情が喜びに色を添え、後には苦みの混ざった甘さが残される。
ほろ苦い感情がまた新たな震えをもたらし、また一から同じサイクルを繰り返す。狂気の波が襲ってくるのを感じる。
エアコンの効いた快適な車の中から、暑い午後の陽射しの下に飛び出していって、今、この場で少女を捕まえたい衝動に駆られる。
が、すぐに正気に戻り、そんなことは狂気の沙汰だと思い直す。
うまくやらねばならない。うまくやれるはずだ。
前回から2年がたち、もはや待ちきれない。期待で体がヒリヒリするほどだ。
心臓は猛烈な勢いで鼓動し、今にも爆発しそうだ。

「パパ、あの子たちの家が倒れそうだから、かわいそうに思ってるの? あの子たちも、パパが貧しい子どもたちのために建ててる学校に行くの? ねえ、パパ、うちに帰ろうよ。あたし、アイスクリームが食べたい!」

デベイビーは父親の視線の先に関心を持ったもののすぐに駄々をこね始める。こうなったら、立派な父親は娘に逆らえないことがわかっている。
甘やかされた娘を愛しているからだ。
だから、娘をぐっと抱きよせてハグし、キスをして、アイスクリームもほかのものも、ほしいものはなんでも買ってやる、と言う。
娘は嬉しそうにほほ笑み返す。自分のパパは世界一だと知っているから。
優しくて、思いやりがあって、いつもハグして、キスして、守ってくれる。
あそこにいる、結び目だらけの縄で遊んでいる半裸の汚らしい子どもたちには、彼女のパパほどすてきな父親はいないにちがいない。

ふたたびエンジンをかけると、4歳くらいの小さな男の子がこちらを見あげる。ばかみたいに手をふって、幼い声で叫ぶ。

「4WDだ! 4WD! トヨタのハイラックス! ハイラックスだ! ニッポン! ニッポーーーーーン!!!」

そう、4歳児の目から見ても、ディサンカ氏は成功者なのだ。

縄跳びをしている少女は男の子の声を聞いて、そちらに気を取られる。
そのせいでリズムが乱れ、縄を足首に引っかけてしまう。友だちはきゃあきゃあと大声をあげ、少女は跳ぶ側から縄を回す側にまわる。
顔をあげると、新車に近い車と、中に乗っている男と小さい女の子が見える。
少女は礼儀正しくにっこりとほほ笑む。疑いを知らない村の少女は、偉い男の人が自分のことを見るに値すると思ったことが誇らしい。
男が自分という存在そのものに興味を持っているとは夢にも思わず、縄跳びの腕前に感心しているのだと勘違いしてしまう。
少女は、男が密猟者だと気づかないインパラだ。密猟者を猟区管理人だと勘違いしているのだ。

「ネオ!」

自分の番が待ちきれない友だちが、じりじりして少女の名を呼ぶ。
インパラの少女は立派な男から視線を戻し、友だちのために縄を回しはじめる。友だちは、また別の歌を歌いはじめる。

「プドゥフードゥ タイサ!(ダイカー〔アフリカにいるウシ科の動物〕、捕まえろ! ダイカー、捕まえろ!)」。

友だちは輪縄を避けるダイカーのふりをして、巧みにジャンプをする。
村の少女たちは想像上の輪縄を避けながら、家の近所でなんの心配もせずに、安心しきって楽しく遊んでいる。
立派な男は頭をはっきりさせようとして左右に振る。
そして、どうやって与えられた任務を遂行しようかと考えながら、車を発進させた。
人目にさらされる前に刈り入れなければならない。男どもがしゃしゃり出てきて、汚してしまう前に。
彼はハファーラの村と少女を後に残し、マウンの町へ向かう。
必ず戻ると、心の中で誓いながら。

マウンに着くと、携帯電話を見て着信がないかチェックする。1件あったので、友人に電話することにする。

「もしもし、首長 。ディサンカだ。会えるかね? ああ、今夜でいい。ああ、きみも気に入ると思うよ。まったく完璧だ。ああ、そうだ」

立派な男ディサンカは携帯電話の赤いボタンを押して、通話を切る。
3人目の男が必要だ。4人目も必要かもしれない。
だが、まず3人目だ。

マウンの町に入り、家に向かう前に、スーパーマーケットによって末娘との約束を果たすことにする。
そのころには、娘はとなりでぐっすり眠っていた。
この後は、上の娘のレセホも学校まで迎えに行かなければならない。レセホくらいの年齢になっても、自分を溺愛している父親といっしょのところを見られたがっていることに、彼は気づいている。

2年前、父親と距離をあけたがっていた時期もあったが、今ではまた昔のレセホに戻った。だから、あのころ口を利かなかったのは思春期によくある不安定な情緒のせいだったのだろうと、考えている。
昔の娘に戻ったことに満足し、いっしょにいてやるためにも、できるかぎり運転手に行かせずに自分で迎えに行くようにしているのだ。

ふいに腹がへってきて、愛する家族との夕食が楽しみになってくる。
少なくとも、食欲は大っぴらに満たすことができる欲望なのだから。

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。

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『隠された悲鳴』から聞こえたもの

ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』。心をざわつかせる読後感の本書から、なにを感じ、考えるのか? 各界でご活躍の方に語っていただく連載です。
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