ボツワナ女性初の最高裁判事は、なぜサスペンス小説を描いたのか?
8月30日発売のサスペンス小説『隠された悲鳴』。著者はボツワナの現職外務国際協力大臣で、同国女性初の元最高裁判事。一見「サスペンス小説」とは無縁に見えるキャリアの彼女が、なぜこの本を書いたのか?
彼女の人生と2019年春に行ったインタビューから、その理由に迫ります。
自分の子どものために、法律に立ち向かった女性
1959年にボツワナの電話も舗装された道路もない、伝統的な村で生まれたユニティ・ダウさん。
好奇心旺盛で本好きだった彼女は、大学に進学して法律を学び、卒業後は女性の人権問題に取り組む活動家として活躍しました。
そして33歳のとき、歴史的な裁判を起こします。
当時、父親しか子どもに国籍を与えることができなかったボツワナ。
アメリカ人の男性と結婚していたダウさんの子どもは、アメリカの国籍しか持てず、ボツワナで暮らすうえで数々の不便がありました。
この法律を不当だとして裁判を起こし、勝訴したのです。
この裁判の結果、今のボツワナでは、母親も子どもに国籍を与えることができるようになっています。
土地を追われた先住民、法律で禁じられた同性愛
その後、最高裁判事に就任したダウさんは、女性や子ども、先住民、AIDS患者、LGBT等の人権問題について、先駆的な判決を下していきます。
特に先祖代々の土地から追い出されていた、ボツワナの先住民であるサン人(ブッシュマン)が、土地に帰ることができるという判決をだしたことで、一躍世界で注目される存在に。
ボツワナ国内にかぎらず、国連ミッションのメンバーとして、ルワンダ、シエラレオネ、ケニア、イスラエル・パレスチナでも活躍するようになりました。
2019年6月、ボツワナ最高裁判所は、同性愛を違法とする刑法の廃止を支持する判断を下す、歴史的判決がニュースになりましたが、この判決も彼女のこれまでの活動があってのことでしょう。
(この1ヶ月前には、同じアフリカにあるケニアの高等法院が、刑法の反同性愛規定の廃止認めないという判決をだしています)
なぜ最高裁判事が、サスペンス小説を?
そんな彼女が、最高裁判事時代に書いたのが、今回の『隠された悲鳴』。
実際に起こった少女の儀礼殺人(呪術のために人体の一部を得るために行われる殺人)事件をもとに描かれたものです。
なぜ当時、最高裁判事として人権問題に取り組みながら、実際の経験に基づくノンフィクションではなく、あえてフィクションのサスペンス小説を書いたでしょうのか?
日本語版出版にあたり2019年5月、メールで質問をしたところ、こんな回答がありました。
フィクションは、著者の意見が明確に見えないぶん、読者が読みながら自分
の考えを紡いでいく余地がありますし、自分とは異なる立場にある登場人物の考えを体感できるものだと思ったからです。
サスペンスというエンターテインメントのかたちで、問題について伝えたいという思いもありました。
この本を書くことは、私にとって登場人物をとおして、自分のなかの叫びを
表にだすことでもありました。そして、これまで届いた読者の感想は、読者のなかにあった叫びだったとも感じています。
この回答にあるとおり、さまざまな登場人物の思惑や弱さ、その背景にある社会や文化のしがらみが描かれた本書。
ぜひご一読ください。
●あらすじ
ある午後、ある村で行方不明になった12歳の少女。
村では「儀礼殺人」ではと噂が流れるが、警察は野生動物に襲われたのだと結論づけた。
5年後、その村に赴任した若者が、ひょんなことから事件の真相を追うことになる。警察、政治家、実業家、校長、村人、被害者の母…
何重にも折り重なった嘘と秘密の先で、彼女が見たものとは―。
●本書の第1章は、以下からお読みいただけます!
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』 第1章(前半)/試し読み
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』 第1章(前半)/試し読み
連載: 『隠された悲鳴』から聞こえたもの
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』。
心をざわつかせる読後感の本書から、なにを感じ、考えるのか?
各界でご活躍の方に語っていただく連載です。
●レビュー
悲鳴は聞こえ続けている、誰が声を上げるのか(梅田 蔦屋書店 洋書コンシェルジュ 河出真美)
カラハリ砂漠での取材から30年、ボツワナの書店で出会った、アフリカのリアルをうつすエンターテイメント(元ボツワナ教育省コンサルタント 仲居宏二)
この本を語る相手がいないなんて…! 「日本人初の読者」だった私がボツワナ小説に入れ込んだ理由(大学非常勤講師 松本優美)
その「悲鳴」に耳をふさぐ前に 「儀礼殺人」は遠い国の出来事なのか(フォトジャーナリスト 安田菜津紀)
自分とはまったく違う文化に暮らす人たちの、自分とまったく同じ喜怒哀楽(翻訳者 三辺律子)怖いだけじゃない! 爽快なヒロインがいて、人間の「おかしみ」のある小説です(久禮書店 久禮亮太 × ジュンク堂池袋店 文芸担当 小海裕美)
エンターテイメントの形で、問題を伝える意味について (メロンパンフェス代表 平井萌)
衝撃のラストのあと、なにを思いましたか? 『隠された悲鳴』に届いた声をまとめました
●本書の第1章は、以下からお読みいただけます!
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』 第1章(前半)/試し読み
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』 第1章(前半)/試し読み
●著者ユニティ・ダウさんへのインタビュー
ボツワナ女性初の最高裁判事は、なぜサスペンス小説を描いたのか?