この本を語る相手がいないなんて…! 「日本人初の読者」だった私がボツワナ小説に入れ込んだ理由(大学非常勤講師 松本優美)
8月30日に発売されたボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』。この本の日本での最初の読者で、企画時から本書の魅力を語りつづけてきた松本優美さんが、レビューを寄せてくださいました。
面倒と思いきや……いつのまにか一気読み
『隠された悲鳴』の原著“The Screaming of the Innocent”との出会いは、2011年秋。
当時、ボツワナ赴任から戻られたばかりの仲居宏二さんと職場でちらりとすれ違い、呼び止められたのが、はじまりです。
「向こうでおもしろい本を見つけてね。これなんだけどね。読んでみて、今度感想を聞かせてくださいね。」
ご本人は気楽な気持ちで言ったのだと思いますが、わたしにとってはプレッシャーでしかありません。
何しろ小学生のときから読書感想文が大の苦手、しかも「今度」という期限付き! 「課題図書」を渡されるのなんて、学生のとき以来です。
「面倒なことになった、読み飛ばして適当に答えよう」と思いながら、読み始めところ……一気読みでした。
ボツワナに放り込まれたかのような没入感
サスペンスとしての魅力、登場人物たちの生々しさ。物語を通して描写される各コミュニティでの人々の営み、ボツワナの抱える社会問題といったものを垣間見れるおもしろさもさることながら、それぞれの章の持つカラーがまるで違うのです。
雰囲気がまるで違って、それがおもしろく、「次の章はどんなカラーになるんだろう」と、どんどんページをめくりました。
文字通り色に例えるならば、犯人が被害者の少女を狙う1章は、目を背けたくなるようなけばけばしくて、どぎついオレンジ。
嫉妬と欲望渦巻く2章は、淀んで腐りかかっている池の水の色。
正義感溢れる主人公の登場する5章 は、キラキラと輝く檸檬色。
……など読み進めるうちに、それぞれの色がどんな模様を作り出すのか、すっかり楽しみになっていました。
そして帯にもある通り、ラスト10ページが読んでいて苦しくなるほど、きつかったです。
サスペンスとして楽しんだのはもちろんですが、読み終えてみると、一度にあまりにも多くのできごとに遭遇してしまったかのように、少し頭の整理が必要でした。
たぶん、自分自身が突然ボツワナという国に放り込まれ、そこで生活しているような気分になったのだと思います。
それほどまでに、生活、文化、風土、政治、社会問題といった、ボツワナの持つあらゆる側面が織り込まれていて、それがこの本の最大の魅力だと思いました。
結末の衝撃とその困惑を引きずりつつも、とにかく誰かとこの本の魅力を共有したくて、仲居さんに「今度」の機会を早々に作ってもらい、一気読みと同じ勢いで感想を話しました。
すると仲居さんは、「やはり僕の目に狂いはなかった」と、わたしに宿題を出した理由を初めて説明してくださいました。
実は日本語訳出版のアイデアを持っているが、自分のようなアフリカ好きではなくても楽しめる本なのかどうかを確認したかったというのです。
わたしは文学の専門家でも翻訳家でもないので、出版業界でこの作品がどう受け止められるのか、まったく予想ができませんでした。
ただ一読者としては、この本の面白さを話せる相手が仲居さんしかいないというのは、あまりにもつまらない。
そこで、仲居さんと一緒に、日本語訳出版の実現に向けて動き始めました。
アフリカに対するステレオタイプへの違和感
この本を日本に紹介することで 、アフリカ(ボツワナ)は「異世界」ではないということを伝えられるのではという思いもありました。
「アフリカ」と聞いてまず挙がるイメージといえば、ライオン、サファリ、飢餓、被援助国といったところでしょうか。わたしはそうしたイメージに、前からぼんやりとした違和感を持っていました。
ニュース的な素材でしかないような、他人事のような「冷たさ」を感じるからです。
大げさに言えば、そうしたイメージをくつがえしたい、という思いで、日本語訳出版に協力することにしました。
なぜ、ステレオタイプ的なイメージに「冷たさ」を感じるのか。
それはおそらく、そこに人々の生活の気配が感じられないからです。
ですがこの物語では、さまざまな血の通った人生が描かれ、人々の熱や匂いを感じることができます。
本書は「儀礼殺人」という暗くて馴染みのないテーマを扱っているものの、物語の中には、日本との共通点が散らばっています。
たとえば、血筋へのこだわりや、社会的に受け入れられている愛人や呪術師の存在は、昔の日本を舞台にした小説にもよく出てきますし、「〇〇ちゃんのお父さん(お母さん)」と同じような呼び方である、「ラー(マー)・〇〇」からは、家族やコミュニティのあり方が日本と似ているのではと思わせます。
性軽視、都市部と村落、職場でのパワハラ、市民対権力などといった、登場人物たちの間で起きる軋轢のなかには、日本に住むわたしにとっても、共感できる部分が多くあり、それも思わぬ発見でした。
そして、日本との共通点だけではなく、「ボツワナらしさ」ももちろん、しっかり紹介されています。
一番驚くのはおそらく、伝統文化と近代文明の共存でしょう。
物語の舞台のひとつとなっている「診療所」には、西洋医学的な治療を求めた村人たちがやって来ますが、かたや、登場人物たちはたびたび「呪術医」をあてにしています。
ほかにも、主人公アマントルが育った土地のように、子どもが学校に通うことや、家の中にトイレがあることが一般的ではない地域があったこともわかります。
また、かつてイギリスに統治されていたことを思い出させるように、イギリス人のキャラクターも登場します。
初対面の人のことをいきなり知ろうとするのは大変だし億劫なものですが、何か共通項を見つけると、それが会話の糸口になったりしますよね。
この本はそんなふうに、「日本と同じだなぁ」思える部分とともに、「へぇ〜ボツワナってそうなんだ」という発見もできる作品です。
そうして少し打ち解けたころには、アフリカ(ボツワナ)は異質な存在ではなくなっていると思います。
人々が日々感じる苦しみに寄り添った物語
この本は柔らかく言うと、「体験型ボツワナガイドブック・サスペンス版」です。
わたしのようにボツワナに行ったことがなくても、どんな街や村があり、そこにはどんな暮らしがあるのか、性別や社会的地位に由来する生きづらさなどを、一気に体験できます。
「儀礼殺人」を中心に物語は描かれているものの、その残忍さや違法性を声高に叫ぶという作品ではありません。
また、そのほかボツワナで起きている社会問題を告発しようとするものでもありません。
何かを主張するというよりも、ボツワナの持つあらゆる側面を受け止め、包容している物語です。
そこには、著者の経歴が関係しているのかもしれません。
著者は、現ボツワナ共和国外務国際協力大臣で、元最高裁判事、様々な立場で人権問題に取り組んできた経歴の持ち主です。
この物語には、祖国への愛や、人々が日常的に感じている苦しさに寄り添おうとする、彼女の思いが投影されている気がします。
初めて読み終えたときから、すでに数年が経ちました。
そしてついに、英治出版の安村侑希子さんと翻訳家の三辺律子さんのおかげで、日本語版の出版が実現できました。おふたりへは、感謝の気持ちしかありません。
また、表紙に不穏な世界観を作り出してくださった、装幀の緒方修一さんと装画の都築まゆ美さんにも、お礼を申し上げます。
これからこの本の面白さを語れる相手が増えてくのだと思うと、ただただそれが楽しみです。
松本優美
大学非常勤講師。聖心女子大学文学部人間関係(社会心理学)卒業。テンプル大学大学院にて教育学英語教授法修士課程修了(M.S.Ed. in TESOL)。
連載: 『隠された悲鳴』から聞こえたもの
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』。
心をざわつかせる読後感の本書から、なにを感じ、考えるのか?
各界でご活躍の方に語っていただく連載です。
●レビュー
悲鳴は聞こえ続けている、誰が声を上げるのか(梅田 蔦屋書店 洋書コンシェルジュ 河出真美)
カラハリ砂漠での取材から30年、ボツワナの書店で出会った、アフリカのリアルをうつすエンターテイメント(元ボツワナ教育省コンサルタント 仲居宏二)
この本を語る相手がいないなんて…! 「日本人初の読者」だった私がボツワナ小説に入れ込んだ理由(大学非常勤講師 松本優美)
その「悲鳴」に耳をふさぐ前に 「儀礼殺人」は遠い国の出来事なのか(フォトジャーナリスト 安田菜津紀)
自分とはまったく違う文化に暮らす人たちの、自分とまったく同じ喜怒哀楽(翻訳者 三辺律子)怖いだけじゃない! 爽快なヒロインがいて、人間の「おかしみ」のある小説です(久禮書店 久禮亮太 × ジュンク堂池袋店 文芸担当 小海裕美)
エンターテイメントの形で、問題を伝える意味について (メロンパンフェス代表 平井萌)
衝撃のラストのあと、なにを思いましたか? 『隠された悲鳴』に届いた声をまとめました
●本書の第1章は、以下からお読みいただけます!
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』 第1章(前半)/試し読み
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』 第1章(前半)/試し読み
●著者ユニティ・ダウさんへのインタビュー
ボツワナ女性初の最高裁判事は、なぜサスペンス小説を描いたのか?