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モヤ対話のすすめ:映画「カランコエの花」上映会レポート(八星真里子)

LGBTをテーマにした話題の映画『カランコエの花』の上映&トークイベント@英治出版。その中で「ハッとしたこと」を報告します。レポート後半には映画ネタバレあり!

知人を通して本作と監督のことを知り、女子校時代の友人との会話やLGBT研修受講時に考えたことを思い出した武貞真未さん(左)が「この映画を観ながら皆で語りたい」とイベントを企画。彼女の想いに共感してゲスト参加された、当事者の山下昴さん(中央)、英治出版オンライン『死を想う』著者の占部まりさん(右)。

映画鑑賞後のモヤモヤ経験ありません?

私はあります。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「それでもボクはやってない」「標的の村」……。あれって結局なんだったの? これってなんとかならないの? 誰かと話してスッキリしたいモヤ映画。

今回私が参加してきたのは、そんなモヤ映画の上映&トークイベント。

このイベントを主催している英治出版オンラインの編集パートナーになったことをきっかけに 『死を想う』という連載のファンになり、著者の占部さん(内科医、日本メメント・モリ協会 代表理事)が読者と考えたい映画がある、とのことでイベントレポーターとして参加してきました。

モヤ映画鑑賞に乳児からシニア世代まで老若男女30名弱が集合!

選ばれし映画は『カランコエの花』。

クラスの誰かがLGBTかもしれない……という「初めての衝撃」に生徒も先生もどうしていいか分からず、「相手のためを思っての言動」が相手のためになっているのかビミョーっというお話。

映画上映後、テーブルごとに割り当てられた登場人物の行動や発言をグループで振り返り、モヤモヤを共有。占部さん、そして当事者としてLGBT理解促進活動を行っているLITALICOの山下さんが「モヤモヤ」を紐解き、深めるヒントを話してくださいました。

皆が善意でやっている……のに!

「善意の空回り、というところにこの作品と私の課題意識とのつながりがあります」と、占部さん。内科医として死に向き合い続け、「死を想うことで生が豊かになる場を広く世の中に!」という想いで2018年に日本メメント・モリ協会を立ち上げた方です。

「Aさんが癌だと知ると、Aさんのためにと色んな言葉が集まります。
『あの薬がいいらしい』『これが効く』『なぜまだ〇〇を続けているのか』……Aさんが元気なら、助言が本当に自分に合うのかを確かめる余裕がある。でも病を抱えて疲弊している時、その“優しい”一言が負担になってしまうこともあるんのです。この映画も『苦しむ人のためになりたい』が空回ってしまっているな、と

「僕自身も、ただ自分の想いを、そうなんだね、と聞いてほしいだけだったのに……ということがありました。」と、山下さん。自身の恋愛対象は男性(同性)と気づいてからしばらく誰にも話せず、自分を偽って周りの人たちに接している、という疎外感と孤独感に悩んでいたそう。

「大学に入って、 やっと周りに打ち明けようという気持ちになりました。一人目に打ち明けることができ、続いて二人目というときに相手からこう言われました。『わかった。でもオレのことは好きにならないでね』……いや、ならねーよ!って(会場笑)」

山下さんのツッコミに笑いつつ、「あれ、私、この相手のことを笑えるのかな?」と我に返りました。

去年、友達から「出産後の急な大量出血で大変だった」という話を聞いたときは心配でたまらず「いつでも有休とってでも会いにいかせてほしい」と。

円満離婚を経て、恋愛の仕方を忘れちゃったと笑う友人には「求めればすぐにいい相手に巡り合えるよ」と。

大仕事を終えて燃え尽きている友人に共感を求められた時は「私は燃え尽きない、おんなじみたいに言わないで!」と。

仕事の愚痴を友人には「うだうだ悩んでるのって、生産的じゃないよ」と 。

わ、我ながら、きっつー! 発言前にもうちょっと相手の気持ちをおもんばかれていたら……。

「お前のことは好きにならねーよ!」という山下さんの話には続きが

「2~3年後、その彼に会った時に言われました。『社会の認識力が変わるといいね』。あ、人は成長するんだ、出会い直しができるんだ、そう感じました」 

ここからネタバレします

まだ本作を見ていない方、大丈夫ですか?
この話題作、またどこかで上映されるかもですよ?
もうちょっと待てば、DVDが出るかもしれませんよ?

本当に読んじゃって大丈夫ですか?
いいんですね?
では、がっつりネタバレ行きますよ。

映画鑑賞済の方は、シーンを思い出しながら読んでみてください。

もしハナちゃん(保健室の先生)が相談にきたら?

主人公ツキちゃんに恋心を抱くサクラちゃんから恋愛相談を受けたハナちゃん。ツキちゃんとサクラちゃんのクラスが補習のタイミングで特別授業に行き 「LGBT」について話し、「人が誰かに恋をするって、とても素敵なこと!」と語ります。これに端を発して、クラス内にLGBTがいるのでは?と混乱が始まります。

私自身、かつて教員をしていたことがありますが、あのハナちゃんの行動は教師としてありえないです。しかも『恋は素敵』とか! 自論の押しつけはやめてー。

会場からは「恋心が抱けずに悩んでる生徒だっているだろうに」という声も。ありゃないだろーというハナちゃん批判が盛り上がる中、占部さんから山下さんに質問。

「もし山下さんのところに、ハナちゃんが『こんな授業して生徒を傷つけ混乱させてしまった…』と相談にきたら、どうします?」

「え!!(しばし沈黙)うーん、まずは受け止めてあげたいなあ。ハナちゃん先生の、生徒に応えたい真剣さはよく分かります。どの対応が正解っていうのはないので、サクラちゃんはどうしてほしかったのかを一緒に考えていきたいと思います」と山下さん。

あ……。私、完全に他人事として批判してしまっていた。自分だって、生徒に良かれと思った言動でつまずいたことがあったのに。

もしハナちゃんが私に相談してきたら、どう答えるだろう。

少なくとも一生懸命だった彼女に「あんた、ありえないわ」なんて言えません。サクラちゃんと直接話し合うことを提案するかな~、いやそれって『自分はあなたのためを想ってるんだ』の押し売りかな? 時の解決を見守ればいいのかな?

ハナちゃんへの批判の言葉は次々と浮かんだのに、事態の好転のためのアイディアは全然出てこない自分に気付きました。

wifi freeな会場で、参加者の意見や質問は即時ポスト&投影されながらディスカッションは進みます

犯人探しのユウヤ君、実は当事者!?

ハナちゃんの突然のLGBT授業後、「うちのクラスにいるんじゃね?」と騒ぎ始めるユウヤ君。しかしサクラちゃん自身がレズビアンだと告白し教室を走り去った後、それまでと態度をガラリと変え、サクラちゃんを茶化そうとするクラスメイトに殴りかかります。

「ユウヤ君は、実はサクラちゃんに片思いしていた」というのが大半の見方でしたが「実はユウヤ君自身当事者だったのでは。だからLGBTの授業後、自分のことがばれないようにわざと犯人探しをして、自分は違うと見せつけたのでは」という声も。

テーブルごとに特定の登場人物について ディスカッション。中には「え?この子……印象ない!」という人物も

ユウヤ君がサクラちゃんに片思い中という見方と、ユウヤ君自身がLGBT当事者という見方では、ユウヤ君の言動の見え方が変わってきます。

あの時彼は焦っていたのでは、あの時仲間を探していたのでは、あの時自分にはできないことをやりのけたサクラちゃんを守りたかったのでは……。

他人の解釈を聞いて見方が変わる、自分の盲点に気づく 。
これぞ、「モヤ対話」ならではの発見でした。

認められない多様性もある?

「モヤ対話」のもう一つの特徴は、結論が出ない、いや結論なんて出さなくてもいいということ。

「サクラちゃんは勝手! 世の中、自分の思い通りにいかないことはある。皆多かれ少なかれ人には言えないことを胸に秘めつつ生きている。自分の思うようにいかないからって教室出てって、友達にあたるなんて!」

という10代の学生の方からの感想に、最近部下を持ち始めたという方がうなずきます。「それ私も思った! サクラちゃんが誰に恋心を抱こうが構わない。でも『多様な恋愛のあり方への寛容さ』と『個人の言動の寛容さ』は別の話よー」

さらに意見交換は進みます。

「誰に恋心を抱こうが構わないって、ほんとにそうかな。幼児性愛は問題視されるし、親子間や兄弟間の恋愛観はだめじゃない?」
「いや、恋心を抱くだけならありだと思う」
「うーん、認められる多様性と認められない多様性があるってこと?」

……結論はでません。

モヤモヤモヤモヤモヤモヤ

イベント終了後、結局、私の胸にはモヤモヤが残っていました。でも、他の人たちとあれこれ話しながら生まれたモヤは、一人で見たときに抱えるモヤとは違いました。

モヤを言葉にして吐き出すことでスッキリ、自分のモヤに周りが共感してくれてホッ、他の人と見方や意見が大きく異なっていてハッ……モヤは解消されないどころか、広がり深まりながらも一人では味わえない満足感がありました。なんだ、モヤモヤするのもいいじゃない。

またみんなでモヤ映画を観て、モヤ対話したいなあ。
英治出版オンラインの次なるイベントを楽しみにしています。

企画者より

何度もこの映画を観てきましたが、自分には全然なかった発想・視点からの意見が出てきて、私自身にとって「カランコエの花」を再発見できた会となりました。中高生の参加もすごく嬉しかったです。世代や性別や文化を超えて、また色々な人と語りながら映画を楽しむ会、開催したいです。
ーー武貞真未(LITALICO, Code for Japan)
同じものを観たはずなのにこんなに違う。ある程度予想していましたが、想像を超えていました。そして、それを共有できるのはとても楽しいことでした。感想を投げかけるとそれが広がり、戻ってきて広がる。混じり合って多様な世界観を共有する。マーブルペーパーが出来上がったようでした。またぜひ企画したいと思っています。レポートを読んで感じたことなどをお知らせいただけたら嬉しいです。
ーー占部まり(日本メメント・モリ協会)

モヤモヤをわかちあった参加者で集合写真。余談ですが会場にある英治出版の書籍は自由に手に取り立ち読みすることができ、買いたいと思ったら2割引きで購入できました!

執筆者プロフィール

八星真里子 大学時代に創業間もない英治出版でのアルバイト経験により、社会に価値が提供できれば仕事はある/色んな働き方がある、と知る。大学卒業後は、コンサルタント、海外ボランティア、フリーランス、教員等しながら、価値提供を追究中。

連載「死を想う――その人らしい最期とは」

医療の発達に伴い、多くの人が天寿を全うする時代。誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには。「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。

第1回 「死の文化」に疑問を感じたきっかけ
第2回 命の捉え方が変わった、2つの出会い
第3回 「よりよく生きる」とはどういうことか
第4回 「医療の本質」を教えてくれた二人の患者さんとの出会い
第5回 人生の最後に聴きたい音はなんですか?
第6回 私たちは「痛み」と向き合えているか
第7回 答えは与えられるものではなく、自分自身の中にある。
第8回 「在宅ひとり死」という生き方
第9回 死期を告げることに、どんな意味があるのだろうか?
第10回 「塩の芸術家」から死を想う
第11回 高瀬舟考
第12回 「対話」を選んだ医師たちの話
第13回 人はいつ死ぬのでしょうか?
第14回 『カランコエの花』を知っていますか?