仕事のつながり、心のつながり(村瀬俊朗:早稲田大学准教授)
五月のある夜、ネット論客たちの議論を聞きながら食器を洗っていると、気になる発言が耳に飛び込んできた。
「リモートワークが進むと、仕事の達成度の見える化が顕著になる。今までの社内の無駄話や面倒な人間関係が少なくなり、作業に集中でき、仕事が捗る」
「リモートを活用して効率性を上げられる奴だけが生き残る」
──なぜか彼らの発言が頭から離れなかった。
私は10年以上前からリモートで仕事をしている。職場には通勤するが(今は在宅ワークだが)、仕事仲間は世界中に散らばっていて、リモートでやり取りをせざるを得ない。
長いアメリカ生活を終えて3年前に帰国した際、日本企業のテクノロジー活用の遅れに驚きを隠せなかった。2時間の会議のためにわざわざ人が出張していた。過去にタイムトラベルした気分だった。
そんな私だが、冒頭のネット論客の発言に疑問を持っている。会議での小話や社内の人間関係は無駄に思えるかもしれない。しかし、無駄を省き続けた組織が、はたして良い仕事を継続できるのだろうか。
いま私たちはインターネットを介して常につながっている。しかし、機械越しの会話は対面とは違い、つながりを感じにくくないだろうか。効率性を求めるあまり、ネット会議ではプロジェクト関連の情報交換と意思決定に終始し、雑談や何でもない会話がなくなったのではないだろうか。
リモートワーク化が進んでいる今だからこそ、何気ない交流から生まれる「信頼」に目を向けたい。あなたが効率性のみを仕事に求めるなら、今回の記事を読んで考え直してほしい。なぜなら、効率性の極端な追求は、組織を強くしないのだ。
組織を支える心理的インフラ
組織とはサービス・製品を提供するだけの装置ではない。仕事と人間関係が織り交ざった複雑なコミュニティである。
そのため、効率性の追求だけでは組織の力を十分に発揮することは難しい。メンバーの相互信頼が、様々な意見交換を触発し、互いの弱みをカバーし助け合う動機となる。信頼の薄い組織では、協働の喜びや意義が感じづらく、組織のために全力を尽くし難い。
では我々をつなぐ信頼とは、そもそも何なのだろうか。
信頼はビジネスで最も重要な要素のため、経営学で長年研究されてきた。そして、信頼には二つの種類があることを、シンガポール国立大学のマカリスター教授が発見した[1]。一つは認知的信頼、もう一つは感情的信頼だ。
仕事仲間を評価する際に「この人は仕事ができる 」と感じるなら、あなたはその人に認知的信頼を寄せている。一方で「弱みを見せてもこの人は大丈夫だ」と感じているなら、それは感情的信頼だ。
※チームワークにおける「二種類の信頼」については以下の記事もどうぞ。
面白いことに、初対面の人でもプロジェクトを始めれば、比較的早い段階で信頼が発達する。互いの過去の評判や肩書きなどを評価することで、相手への信頼値を計算できるからだ。
しかしこれは認知的信頼であり、この種の信頼だけで結ばれたチームや組織は脆く、危機の際に簡単に崩れてしまう。
「それでも認知の信頼だけで組織は十分機能する」と感じる方がいるだろう。続いては、認知的信頼と感情的信頼が組織づくりにもたらすメカニズムについて説明しよう。
認知的信頼だけではなぜダメなのか?
働く人のパフォーマンスを左右するのものは何か。それは、一人ひとりの心理的状態である。組織に対するコミットメント。仕事に対するエンゲージメント。失敗を打ち明けられる心理的安全性。これらの心理状態が仕事の活力やチーム力に多大な影響を及ぼす。
そして、一人ひとりの心理的状態のカギとなるのが、感情的信頼である[2]。
感情研究で有名な米国アウバーン大学のモスホルダー教授のチームは、上司に対する認知的・感情的信頼が、自発的な職場への貢献や組織へのコミットメントにどう影響するかを調査した。様々な企業に所属する210組の上司と部下からアンケート回答を得た。
上司に対する認知的・感情的信頼のアンケート
・認知的信頼(5項目):例「仕事で最善を尽くすために上司を頼りにできる」
・感情的信頼(5項目):例「上司に個人的な問題を打ち明けると、心配して親身になってくれる」
さらに、信頼の効果を測定するために、次の3つの結果要因をデータ収集した。「担当業務への行動」と「担当業務以外の貢献」は上司が回答し、「企業へのコミットメント」は部下が回答した。
認知的・感情的信頼の効果を測定するアンケート
・担当業務への行動(2項目):例「(部下は)担当の業務責任を十分にこなしている」
・担当業務以外の貢献(5項目):例「(部下は)たとえ補助を直接頼まれなくても、難しい業務を抱えている同僚の手助けを行う」
・企業へのコミットメント(5項目):例「この企業で私の残りのキャリアを費やせるなら、非常に幸福である」
結果は非常にシンプルだ。感情的信頼は、「担当業務への行動」「担当業務以外の貢献」「企業へのコミットメント」の3つすべてにおいて効果があった。しかし、認知的信頼は関係がなかった[3]。
上司を人として信頼できるからこそ、上司との関係に悩まずに仕事に打ち込める。また、仕事の悩みを早期に相談することで問題解決も上手くできる。
加えて、職場全体の責任者である上司を助けようとする意識も働き、例えば自分の役割でなくとも自発的に周りを手助けする傾向が高まる。当然、上司を通して企業への愛着も高まるのだ。
一方で、認知的信頼のみでは、相手からの評価を気にして助言を求めづらく、自分の担当以外の仕事に対して支援する意識も働きにくい。
誤解してほしくないのは、私は認知的信頼に意味がないとは思っていないし、他の研究も認知的信頼の重要性を指摘している。しかし、人間関係の形成と仕事のパフォーマンスにおいて、感情的信頼が私たちの想像以上に重要だということを強調したい。
感情的信頼とサーバントリーダーシップ
組織におけるリーダーの影響力は絶大だ。そして、メンバーはリーダーを信頼できるかどうか、常に意識している。
残念なことに、二種類の信頼は、リーダーの一つだけの行いで同時に勝ち取れるほど甘くはない。感情的信頼と認知的信頼の発達は異なる行為を必要とする。
信頼発達におけるリーダーの影響メカニズムを紐解いたのが、リーダーシップ研究で有名なミシガン州立大学のショウブロック教授だ。彼の研究チームは、「変革型リーダーシップ」と「サーバント(奉仕型)リーダーシップ」に着目し、どのリーダーシップのスタイルが、認知と感情のどちらの信頼に影響するかを発見した[4]。
変革型リーダーは、組織の目的を打ち立て、目的の重要性を雄弁に語ることで、組織に高揚感と存在意義をもたらす。その結果、個人は自己利益を超えて、一丸となって組織の目標へ走り出す。
変革型リーダーは組織にエネルギーを吹き込むことで成功に導くが、そのエネルギーの土台は認知的信頼である。変革型リーダーのカリスマや雄弁さから、「このリーダーについていけば組織は成功できる」と期待する。しかし、変革型リーダーの強烈なカリスマだけでは感情的信頼は育たない。
業務の指揮や効率性を高めるだけでなく、メンバーが安心して仕事に打ち込める心理的環境作りがリーダーには重要である。メンバーに真摯に向き合い、個別の状況に配慮し、作業達成のために支援し、個々人のキャリア成功を全力でサポートする。
これらの「縁の下の力持ち」行動が、サーバントリーダーシップである。リーダーが作業中心の関係を超えて深い人間関係を築けたとき、「このリーダーなら素の自分を見せても大丈夫だ」と部下は感じ、リーダーのために全力を尽くす。つまりサーバントリーダーは、感情的信頼を構築することで人と組織を成功へと導く。
「サーバントリーダーシップ」と「信頼」の関係を検証するため、ショウブロック教授は、大手銀行の香港支店と米国支店の191の金融サービス・チームからデータを収集した。チームは、窓口、融資、営業、そしてマネージャーで構成される。
チームへのアンケート
・感情的信頼と認知的信頼は、前述のモスホルダー教授の調査と同じアンケートを使用。
・心理的安全[5](7項目):例「他のメンバーと違う場合、拒絶されることがある」
・変革型リーダーシップ(23項目):例「チームリーダーは、チームがどこへ向かうべきかを明確に理解している」
・サーバントリーダーシップ(28項目):例「チームリーダーは、リーダー自身の成功よりも、私の成功を気にかけている」
分析の結果、変革型リーダーシップは認知的信頼に影響し、サーバントリーダーシップは感情的信頼を高めることが分かった。
また興味深いことに、この研究では、感情的信頼が心理的安全性のトリガーとなることも発見された。「他人と違っても自分はチーム内で受け入れられる」「みんなと違う意見を提案してもチームは真剣に議論してくれる」とメンバーが感じられるチームは、心理的安全性が高い。
そして、このようなチームでは様々な意見が共有されやすく、それが問題解決力やクリエイティビティにつながる。この心理的安全の根源には、自分の素を見せても他者が受け入れてくれるという思いがあり、これこそが感情的信頼なのである。
効率化と遊びをリモートワークの中に作ろう
さて、冒頭の効率性を追求するリモートワークの話に戻りたい。私は、業務の無駄の排除を否定しているわけではない。むしろ大歓迎だ。リモートワークと対面業務を組み合わせることで、パフォーマンスが向上すると思っている。
しかし、効率性ばかり追求すると、ジワジワと組織の感情的信頼を侵食し、弱体化させてしまう。
会議の前の小話、終業後の何気ない立ち話、互いの個人的状況の共有。こうした業務外の触れ合いが私たちの感情的信頼を高めている。そして感情的信頼は、効率性が高いだけの業務の関係からは育ちづらい。
リモートワークを工夫して無駄を省き、同時に人とのやり取りの中で効率性以外の遊びを持たせてほしい。リモート環境の中で、組織の一人ひとりが雑談する時間を企業は意識的に作るべきではないだろうか。その先に、情熱に満ちたコラボレーションがあると私は確信している。
●参考文献
[1] McAllister, D. J. (1995). Affect-and cognition-based trust as foundations for interpersonal cooperation in organizations. Academy of Management Journal, 38(1), 24-59.
[2]Zhu, W., Newman, A., Miao, Q., & Hooke, A. (2013). Revisiting the mediating role of trust in transformational leadership effects: Do different types of trust make a difference?. The Leadership Quarterly, 24(1), 94-105.
[3]Yang, J., & Mossholder, K. W. (2010). Examining the effects of trust in leaders: A bases-and-foci approach. The Leadership Quarterly, 21(1), 50-63.
[4]Schaubroeck, J., Lam, S. S., & Peng, A. C. (2011). Cognition-based and affect-based trust as mediators of leader behavior influences on team performance. Journal of Applied Psychology, 96(4), 863.
[5]Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383.
構成:山下智也
バナー画像:by mohamed_hassan from Pixabay
村瀬俊朗(むらせ・としお)
早稲田大学商学部准教授。1997年に高校を卒業後、渡米。2011年、University of Central Floridaで博士号取得(産業組織心理学)。Northwestern UniversityおよびGeorgia Institute of Technologyで博士研究員(ポスドク)をつとめた後、シカゴにあるRoosevelt Universityで教鞭を執る。2017年9月から現職。専門はリーダーシップとチームワーク研究。
連載:チームで新しい発想は生まれるか
新しいものを生みだすことを誰もが求められる時代。個人ではなくチームでクリエイティビティを発揮するには何が必要なのか? 凡庸なチームと創造的なチームはどう違うのか? 多様な意見やアイデアを価値に変えるための原則はなにか? チームワークのメカニズムを日米で10年以上にわたり研究してきた著者が、チームの創造性に迫る。
第1回:「一人の天才よりチームの方が創造性は高い」と、わたしが信じる理由
第2回:なぜピクサーは「チームで創造性」を生みだせるのか?
第3回:失敗から学ぶチームはいかにつくられるか
第4回:チームの溝を越える「2つの信頼」とは?
第5回:「新しいアイデア」はなぜ拒絶されるのか?
第6回:問題。全米に散らばる10の風船を見つけよ。賞金4万ドル
第7回:「コネ」の科学
第8回:新結合は「思いやり」から生まれる
第9回:トランザクティブ・メモリー・システムとは何か
番外編:研究、研究、ときどき本
第10回:あなたのイノベーションの支援者は誰か
第11回:コア・エッジ理論で、アイデアに「正当性」を与える
第12回:仕事のつながり、心のつながり
第13回:なぜある人は失敗に押しつぶされ、別の誰かは耐え抜けるのだろう。
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