自分とはまったく違う文化に暮らす人たちの、自分とまったく同じ喜怒哀楽(翻訳者 三辺律子)
8月30日に発売されたボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』。翻訳者の三辺律子さんが、レビューを寄せてくださいました。
子どものころから、外国のお話が好きだった。
「クランペット」とか「コケモモのジャム」が食べてみたかった。
「鹿肉」とか「ミード」の出る晩餐会にいきたかった。
「マントルピース」とか「フランス窓」のある家に住みたかったし、凍った川をスケートですべって学校に通ってみたかった。
外国のお話好きの子どもは、案の定、外国のお話好きの大人になった。
子どものころは、海外文学といえば欧米、しかも英語圏のものが圧倒的に多かったけれど、大人になってからは、それ以外の国々の文学と出合う機会も多くなった。
耳慣れない名前や言葉にロマンを感じ、見知らぬ文化や風習に興味をかきたてられ、そこに暮らす人たちの悲しみや楽しみに驚いたり共感したり。
あまりの面白さに、翻訳家の金原瑞人さんとイラストレーターのオザワミカさんと作っているBOOKMARKという海外文学紹介のフリーペーパーで、「非英語圏の文学」という特集まで組んでしまったくらいだ。
韓国、中国、チベット、台湾、イタリア、ドイツ、スイス、ハンガリー、ロシア、フィンランド……などなどの文学を紹介したけれど、一方で、アメリカと一部ヨーロッパ以外の文学はまだまだ翻訳紹介されているものが少ないということも知った。
もっともっと読みたいし、もっともっと紹介したい……けど、(英語以外)読めない! うー、くやしい。
そんなとき、このコーナーにも登場なさっている松本優美さんからツィッター経由で連絡をいただいた。
「面白いボツワナのサスペンスがあるのですが、ご興味はありませんか」
ボツワナ!? アフリカの!?
ボツワナの公用語はツワナ語だ。
しかし、ツワナ語は文字は持たない言語なので(表記するときはラテン文字)、書き文字にはもう一つの公用語である英語が使われている―――と、偉そうに書いているが、知ったのはこの時。
それならば、わたしにも読める、とばかりに「ありますあります!」とお返事して、さっそくその本"The Screaming of the Innocent"を取り寄せ、読みはじめた。
期待通り、この本には、わたしが海外文学に求めているものがすべてあった。
随所に登場する耳慣れない魅力的な言葉にわくわくし(モセレセレの木、ラー、マーといった敬称、『モロイ、ティケ、ティケ』という縄跳び歌など)、見知らぬ文化や風習に興味や恐怖を覚え(名前のほかに英語名をつけることや、ボーア人とイギリス人を揶揄することわざ、そしてもちろん儀礼殺人)、自分とはまったく違う風土・環境で暮らす人たちの、自分とまったく同じ喜怒哀楽に深く共感した。
また、これまで日本で紹介されているアフリカ諸国の文学の中では、かなりエンターテイメントの要素が強いのも、面白いと思った。アフリカの「お話」にもいろいろあるはずなのだから。
そして、松本さんと松本さんにその本を紹介なさった仲居宏二さんとお会いしたのが、2016年の冬。
仲居さんはボツワナに3年住んでらっしゃったこともあり、物語の背景をいろいろ教えてくださった。そして、3人で「必ず日本で出版しましょう!」と誓い合った。
ところが、出版してくださる出版社を探しはじめたら、これが難航。だから、英治出版さんが出してくださることになった時は、文字通り天にものぼる気持ちだった。日本で出版されているアフリカの文学をまた一冊増やせたことが、本当に嬉しい。
どうか、ボツワナ人によるボツワナを舞台にしたボツワナの小説が、少しでも多くの皆さんの手に届きますように。
三辺律子
翻訳家。東京生まれ。聖心女子大学英語英文学科卒業。白百合女子大学大学院児童文化学科修士課程修了。訳書に『龍のすむ家』(竹書房)、『サイモンvs人類平等化計画』(岩波書店)、『エヴリデイ』(小峰書店)、『オリシャ戦記 血と骨の子』(静山社)、『最後のドラゴン』(あすなろ書店)など多数。海外文学を紹介する小冊子BOOKMARKの編集もしている。
連載: 『隠された悲鳴』から聞こえたもの
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』。
心をざわつかせる読後感の本書から、なにを感じ、考えるのか?
各界でご活躍の方に語っていただく連載です。
●レビュー
悲鳴は聞こえ続けている、誰が声を上げるのか(梅田 蔦屋書店 洋書コンシェルジュ 河出真美)
カラハリ砂漠での取材から30年、ボツワナの書店で出会った、アフリカのリアルをうつすエンターテイメント(元ボツワナ教育省コンサルタント 仲居宏二)
この本を語る相手がいないなんて…! 「日本人初の読者」だった私がボツワナ小説に入れ込んだ理由(大学非常勤講師 松本優美)
その「悲鳴」に耳をふさぐ前に 「儀礼殺人」は遠い国の出来事なのか(フォトジャーナリスト 安田菜津紀)
自分とはまったく違う文化に暮らす人たちの、自分とまったく同じ喜怒哀楽(翻訳者 三辺律子)
怖いだけじゃない! 爽快なヒロインがいて、人間の「おかしみ」のある小説です(久禮書店 久禮亮太 × ジュンク堂池袋店 文芸担当 小海裕美)
エンターテイメントの形で、問題を伝える意味について (メロンパンフェス代表 平井萌)
衝撃のラストのあと、なにを思いましたか? 『隠された悲鳴』に届いた声をまとめました
●本書の第1章は、以下からお読みいただけます!
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』 第1章(前半)/試し読み
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』 第1章(前半)/試し読み
●著者ユニティ・ダウさんへのインタビュー
ボツワナ女性初の最高裁判事は、なぜサスペンス小説を描いたのか?