悲鳴は聞こえ続けている、誰が声を上げるのか(梅田 蔦屋書店 洋書コンシェルジュ 河出真美)
8月30日に発売されたボツワナ発のサスペンス小説『隠された悲鳴』。
実際の儀礼殺人事件をもとにしたこの小説には、社会へのどんなメッセージが込められているのか。
梅田 蔦屋書店洋書コンシェルジュの河出真美さんが、レビューを寄せてくださいました。
儀礼殺人の犯人は、いつもつかまらない
1994年、14歳の少女、セガメツィ・モゴモツィがさらわれ、翌日、遺体で発見された。
遺体からはいくつかの部位が持ち去られていた。彼女の死は儀礼殺人によるものだと言われている。
儀礼殺人とは、キャリアやビジネスの成功のための特殊な薬の原料として人間を殺し、その体の部位を奪うものだ。こうした犯行には権力を持つ政治家が関わっているという声がある。
彼らは当然ながら儀礼殺人の撲滅に乗り気ではない。そして彼らを恐れる警察もきちんとした捜査を行わない。
結果として儀礼殺人はなくならないし、犯人が捕まることもない。
セガメツィ・モゴモツィの事件でも、二十年以上を経ても犯人は捕まっていないし、遺族に捜査の進捗が知らされることもないと言う。
『隠された悲鳴』で扱われているのは、セガメツィ・モゴモツィを思わせる少女の殺人事件だ。
物語の舞台はある小さな集落だ。
国家奉仕プログラムという若者向けの研修制度で派遣されてきた22歳の女性、アマントルは、勤め先の診療所で、5年前に遺体で発見された12歳の少女ネオの服が入った箱を見つける。
事件の証拠として扱われるべきそれがなぜそんなところに?
アマントルとその友人たち、村人たちが正義を求めて立ち上がる。
『隠された悲鳴』の原書である"The Screaming of the Innocent”が出版されたのは2002年。
物語はその少し前の1999年を舞台としている。
作中ではネオの遺体が発見されたのがその5年前、つまりセガメツィ・モゴモツィの事件が起きたのと同じ1994年なのである。
著者ユニティ・ダウがモゴモツィの事件を念頭に置いていたことは想像に難くない。
では彼女は、実際の事件を思わせるこの小説を書くことで、何を伝えたかったのだろうか。
声なき者に、声を与えてきた人生
ユニティ・ダウはボツワナの現外務国際協力大臣である。
彼女はその生涯を通じ、様々な問題に対して声を上げてきた。
たとえば1992年、ダウは法務長官を相手取った裁判を起こしている。
ダウがこの時声を上げたのは、父親がボツワナ人である場合にしか子どもがボツワナ国籍を与えられないという法律に対してだった。
自身もアメリカ人男性と結婚して三人の子どもをもうけた母親であるダウはこの裁判で勝利を収め、以降、ボツワナでは母親がボツワナ人である場合も子どもにボツワナ国籍を与えられるようになった。
また、LGBTの人権団体、LEGABIBOが正式な団体としての登録を求めた裁判で国と争ったときも、ダウはその代理人を務めている。
LEGABIBOは後にLGBTの人権団体として、初めてボツワナ政府に認められた。
こうして彼女の人生を振り返ってわかるとおり、ダウはこれまで声なき者に声を与えてきた。
そして社会変革の一端を担ってきた。
先に述べた二つの出来事はまさに、それまで声を上げることができなかった人々が声を上げたことによって社会が少しでも変化したという好例である。
かき消された声は、無駄なのか
しかし、セガメツィ・モゴモツィの事件はどうだろう。
そして、それをモデルにしたと思しき『隠された悲鳴』はどうだろう。
前述の通り、モゴモツィの事件は解決を見ていない。
だが人々は黙ってそれを見ていたわけではない。
事件当時、人々は怒りの声を上げた。
1995年、ボツワナ大学の学生たちは暴動を起こした。
鎮圧のために警察が動員され、死傷者や多数の逮捕者を出す事態となった。
かつてない出来事に人々は衝撃を受けたと言う。
それにもかかわらず、むごたらしくモゴモツィを殺した人間は裁きを受けてはいない。
『隠された悲鳴』を見てみよう。
アマントルはネオの服を発見し、彼女の死が儀礼殺人であったために警察が捜査に乗り気でなかったことを悟る。
このままでは5年前の事件はきちんとした捜査をされることもなくうやむやにされてしまうかもしれない。
アマントルは22歳という若さで堂々と警察と渡り合い、友人の女性弁護士ブイツメロの協力を得て独自に事件を調べ始める。
彼女たちの努力はやがて実を結び、政府高官を動かすに至る。事件を解決することができるのではないかという希望が見えてくる。
しかしそこで、帯にも書かれているラスト10ページがやってきて、「あなたの耳から悲鳴が離れなくなる」。
では、声を上げることは無駄なのだろうか。
ダウが『隠された悲鳴』で言いたかったのは、世界には正義を果たされないことがあること、声を上げたところでそれがかき消されて誰にも届かないことがあること、望みとは権力者だけのものであるということなのだろうか?
# MeTooムーヴメントから見えるもの
ここで、世界を揺るがした別のムーヴメントに目を向けよう。
2017年、ニューヨーク・タイムズが映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインのセクシュアル・ハラスメントを告発した。
それに端を発して、映画業界では、多くの告発が相次いだ。それまで沈黙を強いられてきた被害者たちが一斉に声を上げ始めたのだ。
数多くの著名人が告発され、また告発を行った。おぞましい物語が語られ始めた。
そのなかで印象に残っているものがある。
『レオン』『スター・ウォーズ』といった代表作で知られ、『ブラック・スワン』でアカデミー賞も受賞している女優、ナタリー・ポートマンが、あるインタビューで語っていたことだ。
あるプロデューサーのプライベートジェットに乗った時のこと。
プロデューサーと2人で乗ったのに、ベッドは一つしか用意されていなかった。
明らかなハラスメントだと思われるが、注目すべきは、セクシュアル・ハラスメントの告発が相次ぐ中、はじめのうち、ポートマンが「自分には語るべきことは何もない」と考えていたことだ。
それが当たり前だと思っていたために、ハラスメントだと気づいてもいなかったのだという。しかしその後、「語るべきことが何もない」どころか100もあると気づいて、彼女もまた語り始めた。
この話が印象に残っていたのは、人間の意識の変化を物語っていたからだ。
あまりにも昔から行われてきたこと、当たり前に受け取られてきたこと、問題であるとは思ってもみなかったこと、解決できるなんて夢にも思っていなかったこと。
それらを「変えなくてはならない問題である」と意識してはじめて、人は声を上げることができる。
セガメツィ・モゴモツィのために声を上げた人々がやったのはそういうことだ。
儀礼殺人は昔から行われてきた。
だがこれからはそれを許してはいけない。
声を上げれば弾圧されるかもしれない。
殺されるかもしれない。
しかしそれでも人々は声を上げる。
そうしなければ、問題を止めることはできない。
『隠された悲鳴』を書いた時にユニティ・ダウの頭にあったのは、そういうことだったのではないだろうか。
それは、声を上げることで社会を変革してきた彼女だからこそのメッセージではないだろうか。
悲鳴は聞こえ続けている
一人のかけがえのない命が奪われた。
その無垢な者の悲鳴が聞こえるなら、人はアマントルにならなければならない。
会ったこともない少女の死を不当だと、私たちはそれを許さないと、言い続けなければならない。
たとえ自分たちが最後に勝てるかどうかわからなくとも、直ちに正義が果たされることがなくとも、それでもまず立ち上がり、声を上げなければならない。
誰一人それをする人間がいなければ、世界は決して変化することがないだろう。
しかし声を上げる人はいつの時代にも現れてきた。
私たちの世界は変わり続けてきた。変化はこれからも終わらない。
悲鳴は聞こえ続けている。
変えなくてはならないことがまだ世界中に残っている。
変えなくてはならないのはどこかの誰かではない。
私たちだ。
■参照(セガメツィ・モゴモツィの事件について)
http://www.sundaystandard.info/botswana-police-failing-nation-ritual-murders
http://www.mmegi.bw/index.php?aid=47391&dir=2014/november/14
河出 真美
好きな海外作家の本をもっと読みたい一心で、その作家の母語であるスペイン語を学ぶことに決め、大阪へ。新聞広告で偶然蔦屋書店の求人を知り、3日後には代官山 蔦屋書店を視察、その後なぜか面接に通って梅田 蔦屋書店の一員に。本に運命を左右されています。2018年4月より世界文学・海外ミステリーも担当するようになりました。おすすめ本やイベント情報をつぶやくツイッターアカウントは @umetsuta_yosho。#梅蔦世界文学 も御覧ください。
連載: 『隠された悲鳴』から聞こえたもの
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』。
心をざわつかせる読後感の本書から、なにを感じ、考えるのか?
各界でご活躍の方に語っていただく連載です。
●レビュー
悲鳴は聞こえ続けている、誰が声を上げるのか(梅田 蔦屋書店 洋書コンシェルジュ 河出真美)
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●本書の第1章は、以下からお読みいただけます!
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』 第1章(前半)/試し読み
ボツワナ現職女性大臣によるサスペンス小説『隠された悲鳴』 第1章(前半)/試し読み
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